グリシナ村会議
「ビオレッタちゃん、よく言ってくれたわ。うちも困っていたのよ」
そう口を開いたのは宿屋のオリバだ。
宿屋も冒険者の宿泊客が少なくなったことで、先行きの不安があったようだった。
ここはグリシナ村の高台にある村長の家。
この村で一番広い広間には、村の皆が勢揃いしていた。
コリーナの丘で泣いたあの日。ビオレッタは、ラウレルに胸の内を打ち明けた。
すると彼は「道具屋の危機は村の危機だ」と、村の皆にも相談してみることを勧めてくれた。
「皆、ビオレッタさんのことを大事に思っています。きっと力になってくれますよ。もちろん俺も」
背中を押されたビオレッタは、まず村長に話をしてみることにした。
恥を忍んでおそるおそる事情を説明したところ、村長は予想以上に親身に話を聞いてくれた。そして村の皆でこれからの話し合いをしようと企画してくれたのだった。
話が大きくなってしまい恐縮していたビオレッタだったが、集まってみると意外にも皆まじめに向き合ってくれた。
「うちはもう武器なんてさっぱり売れねえよ。研ぎ直しばかりでさ」
城下町へ出稼ぎに行っていたシリオも、わざわざ帰ってきてくれた。彼のところもだいぶ苦しいとは聞いていたが、道具屋と同じくなかなか大変なようだ。
逆に、生活が安定してきたのは農業や漁業などで生計を立てている村民達だった。
村の外に出てもモンスターがおらず安全になったため、村で取れた作物を隣街などで売ることが容易になった。
特にグリシナ村の芋はとても人気があるそうだ。そういえば、ラウレルも旨い旨いといつも言う。お世辞だと思っていたが、あれは本当だったらしい。
「オリバもシリオもビオレッタも、農業をやればいいんじゃない?」
村民の一人が提案した。しかし。
「俺は親父から継いだ武器屋を潰したくはねえんだ」
シリオがその案を突っぱねる。
オリバもビオレッタも、店を辞めたくないのは同じだった。
「武器屋も宿屋も道具屋も、この村には必要じゃ。なんとか維持してほしいがの……」
村長も、三人それぞれに店を続けてほしいようなのだが……
村の皆で、ああでもない・こうでもないと話を始めた。
つまりは、こんな平和な世の中でも売れる商品があって、それを買いにグリシナ村まで来てくれる人が増えれば良いのだ。
その『売れる商品』と『来てくれる人』が足りていないわけなのだが。
「プラドにはハーブ料理があって、バザールがあって……コラール村には広大なビオラ畑があったわ」
ビオレッタは、ラウレルと訪れた二つの場所を思い返した。そういえば、どちらにもちゃんとその土地の売りがあった。
グリシナ村の強みと言えば、やはり砂浜での『予知夢』だが。
「『リヴェーラの石』はどうじゃ。道具屋にも売っておろう。あれは役に立つし綺麗じゃろう?」
村長が言う特産品『リヴェーラの石』とは、グリシナの浜辺に落ちている小さな透明の石のことだ。
身に付けていれば防御と魅力が僅かに上がる優れものなのだが、ビオレッタの道具屋ではあまり売れることはない。
「売れ行きは良くありません。綺麗ですが宝石ではないので、中途半端なのかもしれませんね」
「そうかの……」
「砂浜の予知夢をもっと広く売り込めば、人も来るんじゃない?」
「芋料理を名物にして客を寄せるとかは」
「あんな料理、どこの街でも食べるでしょ?」
「なんでも、村が『名物』って言えば名物になるんじゃねえの」
皆からポンポンと意見が飛び交う。
話し合いは、村長がお開きを知らせるまで続いた。
結局はっきりとした案は浮かばぬまま時間切れとなってしまったが、とりあえず村がやるべきことは二つ。
『グリシナ村に、人を呼び込むこと』
『グリシナ村の名物を作ること』だ。
もう少し世の中が落ち着けば、平和になったぶん旅する者も多くなるだろう。
その際にはグリシナ村にも人を呼び込めるよう『予知夢』の周知、そして来てくれた旅人達に『グリシナ村の名物』を提供したい。
具体的なことをこれから考えていく必要がある。また各々考えたことを話し合おう、ということで、本日は解散となった。
村長の家からの帰り道。ずっと後ろから話し合いを見ていたラウレルが口を開いた。
「皆、俺のことを責めないんですね」
「え? なぜラウレル様を責める必要があるんです?」
「俺が魔王を倒したから、生活が一変して困っているのに」
なにを言うのかと思えば。
ずっとラウレルの口数が少なかったのは、それを気にしていたからだったようだ。
「まさか! 責めるわけないですよ!」
「ビオレッタさん……でも」
あろうことか、彼は申し訳なさげな顔を浮かべている。
平和のために魔王を倒したラウレルをこのように悩ませてしまうなど、あってはならないことだ。
「ラウレル様。私とシリオの両親はモンスターにやられました」
「……そうだったんですね」
「他にもモンスターに家族を奪われた者達は沢山います」
ビオレッタはラウレルの顔を見上げた。
「皆、ラウレル様には感謝しかありませんよ。責めるなど、そんなはずないでしょう」
そういえば、ラウレルには直接伝えたことがなかったかもしれない。プラドのバザールでもコラールの村でも、彼の隣を歩くと当たり前に聞こえてきた言葉。ありきたりだけれど、とても大切なあの言葉を。
「ラウレル様。世界を救って下さり、ありがとうございます」
ビオレッタはラウレルに向き直り、深く頭を下げた。
「そして……私の背中を押してくれて、本当にありがとうございました」
ラウレルに相談して、村の皆と話し合って、ビオレッタの不安は驚くほど軽くなった。
悩みが解決したわけではない。
ただ、誰かと前向きな相談が出来ることで、こんなにも晴れ晴れとした気持ちになるなんて。
下げていた頭を上げたビオレッタは、ぎょっとした。
ラウレルがうるうると涙目になっているではないか。
「すみません、う、嬉しくて……」
「嬉しくて、泣きそうなのですか!?」
いつも余裕なラウレルが、瞳を潤ませるなんて。
「だって、まさかビオレッタさんからそんな感謝の言葉を聞けるなんて」
「私のこと一体なんだと思ってるんですか」
「未来の妻だと思っています」
相変わらず、彼の想いはブレることがない。
涙を抑えたラウレルはビオレッタの手を取り、再び道具屋へと歩き出した。
「少しは俺と結婚する気になりました?」
「それとこれとは話が別なので」
夕陽の中、手を繋ぐ二人の影が長く伸びる。
少しずつ距離が近づく彼らの姿を、村の皆が微笑ましく見守っていた。