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両親のおもかげ

 明くる日、暇を持て余していた道具屋に、お隣のシリオがやって来た。

 武器屋である彼の手には切り傷が絶えない。今日もまた新たな傷を作ってきたシリオは、「やっちまった」とバツが悪そうに傷口を見せた。


 仕方がない。ビオレッタはシリオの無骨な手に、容赦なく傷薬を塗りこんでいく。


「痛え……もっと優しくできねえ?」

「染みるかもしれないけど、傷口に塗らないと意味無いでしょ? 我慢して」


 シリオは文句を言いながらも、ビオレッタが傷薬を塗り終えると「ありがとよ」と屈託なく笑う。いつもこうして言葉にしてくれる所が憎めない男だ。


 薬を片付けながら、ビオレッタはふと昨日の出来事を思い出し、何気なくシリオにも聞いてみた。


「……ねえシリオ、あなたは予知夢見たことある?」

「あ?」

「目を閉じると、未来が見えるっていうじゃない?」

「ああ、砂浜のやつか? 俺は見たことあるぞ」

「えっ、嘘!」


 なんと、ロマンチックなことには無縁なシリオすら、予知夢を見たことがあるらしい。

 シリオは経験無いだろう……と勝手に仲間意識を抱いていただけに、なんとなく敗北感を抱いてしまう。


「嘘じゃねえよ。見たのはまだガキの頃だが、予知夢でも俺は武器屋してたな」

「シリオらしいわね。予知夢はちゃんと当たってるし」

「お前は? 予知夢でも道具屋やってたか?」

「それが……」


 ビオレッタは、つい口篭る。

 昨日ラウレルと砂浜で試してみた時も、ビオレッタには予知夢が見えなかった。

 ラウレルが見たという結婚生活……は置いておいて、道具屋として生きている未来さえも見えてこなかったのだ。

 

「私……この先、道具屋できているのかしら」

「あ? 何言ってんだ?」

「私には予知夢が見えなくて」


 シリオの前で不安を口にした時、外からラウレルが帰ってきた。

 カウンター越しに向かい合うビオレッタ達を見て、ラウレルの動きが僅かに止まる。

 

「あ、シリオさん」

「おう、ラウレルおつかれ。じゃ、またなビオレッタ」


 ラウレルが帰ってくるなり、シリオは手を振りながら道具屋を後にした。

 以前ラウレルにビオレッタとの仲を誤解されかけてからというもの、彼なりに気を遣っているらしい。ラウレルの前では、誤解されるような状況を避けようとするのである。それはもう、わざとらしいほど。


「はは。シリオさん、気を遣ってくれてますね……やっぱり、妬けますけど」

「え?」

「お二人が特別な関係では無いと分かってはいるんです。でも、俺なんかには敵わない絆みたいなものが見えて」

「それは……」


 天涯孤独のビオレッタにとって、隣に住むシリオは家族のような存在だった。みんな仲の良いグリシナ村の中でも、歳の近いシリオは気を遣わなくていい唯一の存在なのだ。

 

「シリオは、兄のようなものなので仕方がないですよ。ラウレル様にも、ご兄弟はいらっしゃるでしょう?」

「いえ、俺に家族はいないので」

「えっ……では、オルテンシアでは?」

「一人で暮らしていましたよ。物心ついた時には、一人きりだったんです」


 それは初耳だった。

 ラウレルいわく、都会であるオルテンシアにはそのような子供も多く、特に珍しいことでもないらしい。


「ご両親は……?」

「顔も知らないし、どこにいるのかも分かりません。もしかしたら両親とも既に死んでいるのかも」

「そうなのですか……あの、こんなこと聞いてしまってすみません。私……」

「そんな顔しないでください。俺にとってはそれが当たり前なので」

 

 ラウレルは本当に気にしていないようだけれど、ビオレッタは反省した。彼のことをよく知りもしないのに、突っ込んだことを聞いてしまった。

 親の顔を見たことも無く、子供の頃から一人きりで生きてきたなんて……それが『当たり前』であったとはいえ、大変な思いをしていたに違いない。その孤独は、ビオレッタにも少しくらいなら分かるから。


「当たり前とはいえ、寂しかったですよね。私も両親がいなくなってからは一人きりで寂しい思いをしたので……少しですが、そのお気持ちは分かります」

「そうですね、寂しくなかったといえば嘘になりますけど、でも大丈夫です。今はこうしてビオレッタさんと暮らせているから」

「えっ……」


 笑顔でそんなことを言われたら、ラウレルを道具屋から追い出せなくなってしまう。この生活は、一時的なものであるはずなのに。


 現在、ラウレルとの暮らしに不満は無い。

 むしろ彼には助けられている部分も多い。

 けれど、やはり結婚前の男女がひとつ屋根の下で暮らし続けるというのは、あまり宜しくないのでは……とも思う。こう思うビオレッタは冷たいだろうか。


「あの……そのことなのですが――」

「ビオレッタさんのご両親って――」


 ラウレルにそれとなくビオレッタの考えを伝えようとしたけれど、彼と言葉が重なってしまい言い出すタイミングを失った。

 それに気付かないラウレルは、道具屋に置いてある計算道具を手に取り、しげしげと見つめている。


「もしかしてご両親は元々、行商人だったのではないですか」

「えっ、なぜ分かるのですか?」


 言い当てられたことに、ビオレッタは驚いた。

 ラウレルの言うとおり、両親はもともと世界各地を点々としていた行商人だ。

 父と母は商人同士、旅の途中で出会い、そして結婚したと聞いている。


「父と母は、偶然立ち寄ったグリシナの浜辺で予知夢を見たそうなのです。この村で道具屋を営んでいる光景が見えたとかで……それでここに店を構えたらしくて」

「なるほど。だからこのような道具を使っているんですね」


 ラウレルが手にした計算道具。

 それは昔から両親が愛用していたものだった。


 木枠に並行して数本の針金が張ってあり、そこに堅い木の珠が通されている。計算をする時はその珠を動かすだけという、とても便利な道具だ。


「この道具、移動する時でも持ち運びが便利で、行商人達が持っているのをよく見ました。けど、このあたりではあまりポピュラーな道具では無いんですよね」

「そうだったのですか? 当たり前に使っていたので知りませんでした。確かに持ち運ぶには良いですよね」

「この帳簿の付け方も、効率が良くて素晴らしいですよね。紙が少なくて済むから――」


 一緒に暮らして一ヶ月ほど。ラウレルは、道具屋の様子までよく観察しているようだった。

 これまで帳簿の付け方や商品の仕入れなど、両親のやり方を見よう見まねで続けてきたが――なるほど、行商人であった両親の名残があったらしい。


「ラウレル様はすごいですね。少し見ただけで、私の両親のことまで分かってしまうなんて」

「いえ、そんなことはありません。経験上、見たことがあるというだけで――そうだ」


 ラウレルは、道具屋のカウンターに置いてあるランタンを手に取った。

 鈍色に輝くフレームに、レリーフ入りのガラスがはられた可愛らしいものだ。中にキャンドルを灯すと、明かりのない夜を優しく照らしてくれる。

 それも、両親が現在の頃からずっと使い続けていた。


「これも、エーデルニの街の名産品なんですよ」

「エーデルニ……?」

「子を望む夫婦が、訪れる街なのです」


 エーデルニは、グリシナ村のずっとずっと西に位置する大きな街だった。街の北側には大きな運河が横切っており、その先に子宝の女神を祀る大きな神殿があるという。

 

「その神殿には跳ね橋を下ろして行くしかないんですけど、そこに以前モンスターが現れまして。討伐の要請があって、訪れたことがあったのです」


 モンスターは、行く手を阻むかのごとく跳ね橋手前に陣取った。そこでラウレル達勇者一行が討伐を引き受け、そのモンスターを退治したということがあったらしい。


「よく覚えています。神殿へ参拝した人々は、みんな祈りを込めたランタンを持ち帰っていたので」

「で、では、父と母も」

「かつてエーデルニへ行かれたのでしょうね。ビオレッタさんを授かりたくて」


 ビオレッタは、ラウレルの手にあるランタンを見つめた。

 毎日、何気なく使っていた淡い灯火にそのような願いが込められていたなんて。


「……いつか、私も行ってみたいです。エーデルニへ」

「そうですね! ご両親が行った場所――ビオレッタさんが行きたいと思う場所、すべて行きましょう!」

「はい……連れて行ってください、ラウレル様」


 ビオレッタと同じ、孤独を知っているはずのラウレルは、そんな影も見せずに明るく笑う。

 その強さには惹きつけられるものがあって、ビオレッタも大きく頷いた。


 

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