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グリシナの浜辺

 プラドのバザールへ行ったその翌日。ビオレッタは、積まれていた箱の山に手をつけた。


 大小積み重なる木箱、それらはすべてプラドのバザールで商人達から贈られたものだ。

 彼らからの贈り物は、指輪以外にもこんなに沢山……並べていると、道具屋のカウンターを占領してしまうほど。


 謎のスパイスやお茶などの食品は、ラウレルに使い方を教えてもらいながら少しずつ使っていくとして……

 鮮やかな異国の壁飾りは、自室に飾ることにした。

 木彫りの置物は、道具屋のカウンター脇に置いてみる。

 緻密な細工の骨董品は、普段使いが出来そうもないので宝物としてしまっておく。


(あと、使えないものといえば、これね……)


 彼等からの贈り物には、シルクのドレスや、豪奢なネックレスなどまで混ざっている。グリシナ村では見ることも出来ないような美しいものだ。


 しかしこのように高価なもの、グリシナ村のような田舎にいては一体いつ身につけることができるだろうか。もしかしたら、一生着る機会は無いかもしれない。


 せっかく贈られたものなのに勿体ない……とは思いつつ、ドレスとネックレスも大切にクローゼットへ眠らせる。



「ビオレッタさん、何してるんですか?」

「あ、ラウレル様おかえりなさい」


 贈り物の扱いに悩みつつ片付けていたところに、ラウレルが帰ってきた。

 今日も村のみんなから仕事を頼まれては、あちこちで働いてきたようだ。


「昨日頂いた贈り物を整理していたのです。本当に珍しいものばかり頂いて……」

「確かドレスとネックレスもありましたよね? 時が来るまで大切にしまっておいてくださいね」

「え? ええ、もちろん大切にしますが」


(時が来るまで?)


 一体何の?

 よく分からないが、あれはラウレルが念を押すほど大切なものらしい。もしかすると、ビオレッタが想像する以上に高価なものなのかもしれない。


「それはそうと、お疲れ様でした。みんな次々と仕事を頼むから大変だったでしょう」

「いえ、そんなには。でも暑かったですね、ずっと太陽が出ていましたから……」

 

 仕事を終えたラウレルは汗だくだ。たった今も、彼の頬からは一筋の汗が流れ落ちた。よっぽど暑かったのだろう、よく見てみると服が汗で透けている。

 

「すごい汗……もしよろしければ、水浴びにでも行きますか?」

「水浴び?」

「暑い日は、皆よく海へ行きますよ。私も、砂浜くらいならご一緒に――」

「行きます!」


 ラウレルは食い気味に返事をした。

 ただ何気なく砂浜へ誘っただけなのに、なんて嬉しそうな顔をするのだろう。


「これはデートですね!」

「ち、違います。私は砂浜へリヴェーラの石を採取しに行くだけで」

「それでも、ビオレッタさんから誘ってくれるなんて嬉しいです」

 

 さっそく行きましょうと、ラウレルに手を取られた。

 彼はなんでも行動が早い。ビオレッタは準備をする間もなく、グリシナの浜辺へと出発したのだった。






「ビオレッタさーん」


 青く澄んだ海から、ラウレルが大きく手を振っている。

 もう片方の手には大きな魚。まさか素手で魚を捕まえたというのか、彼は。

 ビオレッタは驚きつつ、手を振って彼の笑顔に応えた。


 砂浜へ着くなり服を脱ぎ捨て、ズボン一枚になって泳ぎ回る姿は、まるで無邪気な子供のようだ。勇者ともなると、泳ぐのも上手なのだな……と彼を見ながらぼんやりと思う。


 ビオレッタ自身、海へ来るのは久しぶりだ。

 砂浜までは歩いて数分ではあるのだが、釣りや水浴びなどの目的がない限り、地元の人間はなかなか来ない。


 足元を見下ろすと、砂浜には稀にリヴェーラの石が落ちていた。ビオレッタの目的といえばこちらだ。

 乳白色に透き通った綺麗な石は、光に反射して見つけやすい。ラウレルが泳いでいる間、形が綺麗なものをひとつひとつ見つけては、ポケットに入れていった。

 

(こんなに綺麗で、付加価値もあるのだけど……あまり売れないのよね)


 まあ、売れないのはリヴェーラの石に限らないけれど。


 道具屋では、リヴェーラの石以外にも薬草や傷薬、グリシナの水などを売っていた。

 父や母が健在であった頃から変わらない堅実な品揃えだ。

 生まれてからずっと、道具屋の商品とはこのようなものだと思っていたけれど……最近はまったく売れない。


 昨日、バザールの素晴らしい品揃えを目の当たりにしたことで、ビオレッタには急に道具屋が色褪せて見えた。

 華やかなバザールに比べ、地味で、品数も少なくて、面白味がなくて……客が来なくても仕方がない。


 比べてしまうと、ついつい気持ちが暗くなる。

 片田舎の道具屋が、バザールのようにはいかないと分かっているけれど――




「それ、綺麗ですよね」


 隣には、いつの間にか海から上がったラウレルがしゃがんでいた。

 まだ水が滴る彼は、足元に落ちていたリヴェーラの石をそっと拾い上げる。


「あ……ラウレル様。気が付かなくてすみません」

「考え事ですか? ボーっとしていましたけど」


 ラウレルは気遣わしげにこちらを覗き込んだ。

 心配させてしまうほど、ボーっとしてしまっていたらしい。


 プラドのバザールとグリシナの道具屋を比べてしまっていたなんて恥ずかしくて、ラウレルには知られたくないことだった。

 ビオレッタはなるべく自然に笑顔を作り、気取られないように取り繕う。


「いえ……海に来たのは久しぶりだなって思いまして」

「そうなんですか? こんなに近いのに」

「ラウレル様も以前、この砂浜にいらっしゃったのですよね?」

 

 勇者一行がこの砂浜で予知夢を見たことは広く語り継がれている話だ。

 それが魔王を討伐を成し遂げるというもので――


「はい。その時、ビオレッタさんと結婚している予知夢を見たんです」

「あ……そうでしたね」


 そうだった。ラウレルはそんな予知夢も見ていたのだった。そしてビオレッタへ唐突にプロポーズした。予知夢が見せた未来を信じて。


「もしかしたら、今は違った未来が見えるかもしれませんよ」

「そんなことありません。絶対に」

「なぜそんな風に言い切れるんですか」

「俺には分かります。ほら」


 自信たっぷりのラウレルは、ビオレッタへ見せつけるようにまぶたを閉じた。


 彼はまた予知夢を見ようとしている。

 迷いなく目をつぶる彼の自信は一体どこから来ているというのか。もし、違う未来が見えたとしたら……ラウレルはどうするつもりなのだろうか。


(もし、予知夢が違っていたら……)


 ラウレルはグリシナ村を出ていってしまうのだろうか。

 そもそもグリシナ村に留まっていること自体がおかしいのだから、出ていっても当たり前ではあるのだが。


 彼が予知夢を見終わるまで数分間。待ちながら、なぜかこちらがドキドキしてしまう。

 ラウレルがどんな予知夢を見ているのか知りたいような、知りたくないような……



「――終わりましたよ」


 答えを待ち構えるビオレッタの隣で、ラウレルはゆっくりと目を開けた。

 その顔は、良いものを見たという満足感に満ちている。


「俺にはやっぱり、ビオレッタさんと子供たちが見えました」

「えっ……」

「道具屋で家族四人、仲良く暮らしているんです」


 ラウレルの予知夢はなにも変わっていなかった。

 彼の未来には、どうしてもビオレッタがいるらしい。


「ビオレッタさんにもこの未来が見えたらいいのに。そうしたら信じてくれますよね?」

「私、予知夢を見たことがないのですが……」


 ビオレッタには、昔から予知夢が見えた試しが無い。

 砂浜で目をつぶったとしても、波の音が聞こえるだけなのだ。


「試してみましょうよ、ほら、ビオレッタさんも」

「ええ……?」


 勧められるがまま、ビオレッタも目を閉じてみた。

 彼の予知夢が本当に実現する未来なのであれば、ビオレッタにだって同じ予知夢が見えるはず。


「なにか見えますか?」

「うーん……」


 けれど、やはりビオレッタに予知夢が見えることはなかった。

 目を閉じていても、そこにはまぶたに遮られた視界があるだけで、耳に届くのは海にあるべき波の音。

 自分に、ラウレルが見たような『未来』は無いのだと……その事にホッとしたけれど、うっすらと寂しさも感じながらビオレッタは目を開けた。


「わ、私には見えません、その未来が」

「そうですか……ビオレッタさんにも見せてあげたいです。予知夢の俺達は、とても幸せそうだから」


 二度も、そんな未来が見えるなんて……と信じ難い気持ちもあるけれど、彼が嘘をついているようには見えなくて。

 ラウレルがこちらを優しく見つめるから、ビオレッタの心臓はたちまちうるさく騒ぎ出す。


「……今も幸せだな。本人がこうして隣りにいるなんて」


 変わらぬ予知夢に、ビオレッタの胸は振り回される。

 熱くなっていく頬を、爽やかな海風が吹き抜けた。

 

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