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プラドのバザール①



『五日に一度、お休みをいただきます。

 次のお休みは○日です』


 ビオレッタが道具屋の扉に張り紙を貼っていると、ちょうど武器屋のシリオが通りかかった。

 彼はビオレッタの隣に並び、しげしげと張り紙を眺める。


「おお。勇者様もその日は休むって言ってたぞ。デートでもすんのか」

「ち、違う!」


 ビオレッタは慌てて否定した。

 ラウレルには他の街に連れていってもらうだけだ。決してデートなどでは無いのだ。


「なんだ。サクッとデートしてサクッと結婚しろよ。何をモタモタと」

「シリオ、あなた勇者様をなんだと思ってるの」


 シリオは竹を割ったような男だった。こうしていつも、雑に急かす。


「勇者様、いいじゃねえか。男前だし金持ってるし強いし。村の奴らに言われるがまま俺と結婚するより、ロマンがあるんじゃねえの」

「ロマンって……」




 シリオと店の前で立ち話をしていると、突然、道具屋の影からガタンと大きな物音がした。


 振り返ってみると、いつの間にかラウレルが青い顔で立っていた。あの物音は、彼が鍬を落とした音だったようだ。


「ラウレル様、お帰りなさい。オリバさんちの畑仕事、大変だったでしょう」

「今、聞き捨てならない話を聞いてしまったのですが」


 彼は早足で二人に近づくと、顔を青くしたままビオレッタに詰めよった。

 しかし、彼の言う『聞き捨てならない話』とは一体何のことだろうか。世界の終わりを迎えたようなラウレルの表情に、ただならぬものを感じてビオレッタも身構えた。


「ビオレッタさんとシリオさんは……結婚するような仲だったのですか」

「あー……そのこと?」


 シリオが面倒くさそうに頭を掻いている。ラウレルは先程の話を立ち聞きしてしまい、二人の関係を誤解したようだった。

 さすがに誤解されたままでは居心地が悪い。ビオレッタは慌てて説明する。


「この村は若者が少なくて……私が十八歳、シリオが二十五歳で。年齢のバランス的にちょうどいい組み合わせだったので、昔から村の皆がくっつけようと……それだけの話なのですが」


 グリシナ村で、ビオレッタと釣り合いが取れそうな年の近い男はシリオただ一人だった。

 そのため、昔から村ではセットにされ、いずれ二人は結婚すると暗黙の了解のようなものがあった。


 しかし残念ながら、恋愛感情は微塵も生まれなかった。お互いを兄のように、妹のように、家族同然に思っていた二人に、そのような関係になる要素が存在しなかったのだ。

 ただし、「しょうがないからいつかは結婚してもいいか」くらいには割り切っていたのだが。


「恋人、というわけではないのですよね?」

「はい」

「ああよかった……」


 そこまで聞いて、ラウレルはやっと安心したように息をついた。


「それなら俺は二十歳です」

「? そうなんですか」

「年齢でいうなら、シリオさんよりもビオレッタさんに近いですよね?」

「そうですけど…………」


 彼は、二十歳だったのか。意外と若い。

 それよりも、年齢のことだけでシリオに張り合おうとするラウレルがなんだか可笑しくて……うっかり笑ってしまった。勇者様に対して失礼だろうか。


「ふふっ……申し訳ありません、つい……」


 控えめに笑うビオレッタを、ラウレルは惚けるように見つめている。

 シリオはそんな勇者の肩を組み、兄貴風を吹かしてニヤリと囁いた。


「勇者様、こいつのことよろしく頼むよ」

「……はい!」

「お前たち、お似合いだぜ」

「シリオ! やめて!」


 真っ赤な顔のビオレッタと輝くような笑顔のラウレルを残して、シリオは武器屋へと姿を消した。




(まったく、シリオったら……)


 まだ顔が熱い。シリオがあんな事を言うものだから。

 一方、誤解が解けて明るい顔のラウレルは、扉に貼ったばかりの貼り紙に触れながら何かを考え込んでいる。


「ラウレル様、どうされました?」

「ビオレッタさん、もし良かったら今度の休みの日はバザールに行ってみませんか」

「バザール……バザールとはなんですか?」


 ラウレルによると、今の季節、南の暑い国では沢山の店が並ぶ市場のようなものが開かれているらしい。様々な国の行商人達が集まり、とても賑やかなのだという。


「いわば、道具屋や武器屋のお祭りみたいなものです。すごい人出で賑わいますよ」

「想像がつきません……」

「楽しめると思いますよ。ビオレッタさんも道具屋の一人なんですから」


 ビオレッタはむくむくと心が浮き立った。自分以外の道具屋を沢山見ることが出来るなんて、そんな夢のような場所に行けるなんて。頬が自然とゆるんでしまう。


「ビオレッタさん、楽しみですね」


 ラウレルは、楽しみが隠しきれないビオレッタの顔を覗き込んで、嬉しそうに笑った。


 

 





 そして迎えた休日。

 精一杯身支度をととのえて一階へ降りると、すでにラウレルは出発の準備が万端だった。


「ラウレル様おはようございます。もう、出発するんですか?」

「はい! 朝のほうが賑やかなので」

「私、朝食を作ろうと思ったのですが」

「あちらで食べることにしましょう」

「あと荷造りがまだ……」

「荷物はほとんど要りませんよ」

「お金もこれで足りるか……あと私の服装はこれでも変ではないかと……」


 もたもたとするビオレッタを見て、ラウレルがぷるぷると笑いを堪えている。ひどい。


「なんて可愛い……ビオレッタさんが心配するようなことは、だいたいなんとかなります。さあ、行きましょう」


 ラウレルがビオレッタの身体を優しく抱き寄せると、急にまばゆい光が二人を包んだ。


「眩しいから、目をつぶっていて」


 身体の周りを風が巻き上がり、桃色のスカートがひるがえる。ビオレッタはわけも分からぬまま、彼の腕に掴まりぎゅっと強く目を閉じた。






 賑やかな楽器の音。人混みの喧騒。

 村とは違う熱気を感じる。


「ビオレッタさん。着きましたよ」


 転移魔法で、ものの数秒。

 ラウレルから呼び掛けられ、もう着いたのかと、ビオレッタは恐る恐る目を開けた。

 目の前に広がっていたのは……赤・緑・黄……極彩色の街。様々な旗が垂れ下がり、石畳の大通りに面して両脇にはズラリと店が並ぶ。


「……ここは」

「ここはプラドのバザールです。賑やかでしょう」


 あちこちで商人達の声が飛び交う。人が入れそうな大きな壺、見たこともない花、どう食べるのか見当もつかない野菜、あたりにたちこめるのは魅惑的な香のかおり……

 ここは夢の国だろうか。


「これは現実ですか」

「現実ですよ。ほら」


 ラウレルはわずかに腕の力を込め、ビオレッタをぎゅっと抱きしめた。ビオレッタはあまりの衝撃に忘れていたのだ、彼の腕のなかにいたことを。一気に、彼へと意識が集中する。

 

「わ、わかりましたこれは現実でした。離してください」

「ずっとこのままでもいいですよ」


 ビオレッタはあわててラウレルから距離をとった。顔が熱い。

 その時ちょうど、タイミング悪くビオレッタのお腹が鳴った。顔から火が出そう……とはこういう事をいうのだろうか…………


「朝食がまだでしたよね。あそこでなにか食べましょう」


 ラウレルは彼女の手を引いて、湯気が立ち上る屋台へと向かった。


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