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休日をつくりませんか



 そんな経緯で、勇者ラウレルはビオレッタの道具屋へ居候することとなった。


 二階へ上がり、階段すぐの扉がビオレッタの部屋。

 その奥にある扉が両親が寝ていた部屋……ラウレルが一時的に寝泊まりする部屋となる。つまり、勇者が隣の部屋で暮らすということだ。


「俺、ビオレッタさんに嫌われるようなことは絶対にしません。約束します!」


 部屋に案内するなり、ラウレルがそう叫んだので。

 ビオレッタは勇者である彼をとりあえず信用することにした。


 家に自分以外の誰かがいる生活。

 両親が死んでからというもの一人暮らしだったビオレッタは、誰かと暮らすということが久し振りだった。最初の数日は顔を合わせただけで気まずい思いもしたが、彼がビオレッタの生活リズムに合わせてくれているお陰もあって、慣れるのも早かった。


 そして現在、同居開始より三週間ほど……冒頭へと戻る。







 早朝からラウレルが鶏と格闘して手に入れた卵は、オムレツにした。芋は千切りにして、粉と一緒にカリカリに焼く。これがラウレルは好きだとか。

 あとはミルクとパン。ビオレッタが一階奥にあるテーブルに皿を並べていると、洗濯を干し終えたラウレルが戻ってきた。


「わあ、いい匂いですね!」

「朝食ができましたよ。洗濯ありがとうございます、ラウレル様」


 ラウレルは目をきらきらとさせてテーブルについた。二人揃って「いただきます」と言うと、彼は好物である芋のガレットを真っ先に食べ始めた。


「ラウレル様、いつも質素な食事で申し訳ありません」

「何言ってるんですか。これ以上のご馳走はないですよ」


 三週間ほど、ビオレッタはこのように素朴な料理を出し続けている。

 勇者様相手にこれでいいのだろうかと自問自答しながらも正解が分からぬまま、村で採れるものしか提供できていない。幸いにも、ラウレルは毎日美味しそうに食べてくれているけれど。


「ごちそうさまでした。皿は僕が洗いますから」

「いつもすみません、勇者様に皿洗いなんて」

「食べたら片付ける! 当たり前ですよ!」


 そう言ってラウレルは皿を片付け、たらいで手際よく洗い始めた。


 洗濯や料理もやります、と豪語していたラウレルはこの三週間、宣言通りじつに良く働いてくれている。それはビオレッタが恐縮してしまうほどで、正直とても助かっている。


「ありがとうございます、ラウレル様。終わったらもうゆっくり休憩なさって下さいね」

「いえ、このあとは村長様に薪割りを手伝うよう言われていて」


 案外、ラウレルは多忙だった。

 村長をはじめ、宿屋のオリバ、武器屋のシリオなど、皆が色々と頼みごとをするので休む暇がない。彼もそれを軽く引き受け、器用にこなしてしまう。そのため、どんどん頼まれることが増えていった。


「働きすぎですよ。たまには断ったっていいのですよ」

「いえ、頼られるのは嬉しいですし……俺はこの毎日が楽しいんです。グリシナ村でこんなに平和な毎日を送ることができるなんて」


 実際、ラウレルは楽しそうである。薪割りをしていても、家屋の修繕をしていても、いつもにこにこと朗らかだった。


 考えてみれば、ひと月前までは魔王と生きるか死ぬかの戦いをしていたお方なのだ。ビオレッタにとってはありふれたこの平凡な毎日が、ラウレルには新鮮に映るのかもしれない。


 でも……働き過ぎると、人は身体を壊すのだ。これは絶対だ。勇者といえど、人間だ。自分も含め、皆ラウレルを働かせ過ぎなのだ。


「それではラウレル様、休みの日を設けてはいかがですか?」

「休み?」

「そうです、何日でもかまいません。丸々一日、きっちり休む日を決めるんです。そして皆に伝えれば、その日は丸々身体を休めることができますよね」


 ビオレッタが休みを提案すると、ラウレルはあごに手を当ててなにやら考え込んでいた。


「でも、ビオレッタさんも休んでないですよね?」

「え?」

「毎日、道具屋開けてるじゃないですか」


 確かに、ビオレッタは毎日道具屋に立っている。

 だって、それがビオレッタにとって当たり前であったから。


「私はラウレル様みたいに疲れることはないんです……お客さんも少ないですし、ただ道具屋の番をしているだけですから」

「それも仕事ですよね。ずっと道具屋に拘束されているわけですから、ビオレッタさんにも自由が必要だと思います」

「自由?」


 そんなもの、考えたことがなかった。ビオレッタは道具屋の娘として生まれ、道具屋のために生きてきた。店を開けて一日が始まり、店を閉めて一日を終える。そこからはみ出る過ごし方をしたことが無かったのだ。


「ビオレッタさんも、前もって休日を道具屋の扉に張り紙を出しておけばいいんですよ。ね?」

「でも、それだとお客さんが困りませんか」

「村の人達は皆いい人です。すこしくらい休んだって大丈夫ですよ」


 そう言われてみれば、確かに大丈夫な気もする。ビオレッタの道具屋が一日休んだところで、グリシナ村には何も変わらぬ時間が流れるだけだろう。モンスターもいなくなった今、傷薬を買いにやってくる客も激減したことだし……


 ただ、一歩踏み出せないのは、怖いからだった。ビオレッタが今まで築き上げてきた生活が変わってしまうことが。

 彼女が躊躇している様子を見て、ラウレルは良いことを思いついたように口を開いた。


「……じゃあ、俺はビオレッタさんが休む日に休みます! そう決めました」

「ええ!?」


(そんな!)


 それではラウレルが休むためにはビオレッタが休みをとるしかないじゃないか。


「私のことはお気になさらず、ラウレル様の休みたい日に休んで頂いて構わないのですが」

「俺はビオレッタさんと休日を過ごしたいです。そしたら一緒にどこへでも行けますよね」

「一体どこへ行こうと……」


 毎日道具屋のカウンターに立っていたビオレッタは、村の外を知らなかった。

 村から出ることがあったとしても、薬草の採取に森へ行ったり、せいぜい傍の海岸くらい。海岸も、特産品『リヴェーラの石』を拾いに行くという目的があってのこと。石は拾ったあと軽く磨いて、道具屋で売っていた。


「ビオレッタさん。グリシナ村の『リヴェーラの石』みたいに、世界にはたくさんの特産品が存在します。見てみたくないですか?」


 それは……道具屋として心が疼く。


「他の街の道具屋がどのようなものを売っているのか、知りたくないですか?」


 ラウレルはなんて魅力的な誘い文句を……


「俺と一緒ならどこへでも行けますよ。行ってみませんか?」




「い、行ってみたいです」


 またもやラウレルに流されている自分が情けない……

 ラウレルはというと、さっそく地図を広げて「どこへ行きましょうか」なんてプランを立てている。


 今を楽しむ彼を見ていると、ビオレッタの先行きの見えない不安など自然と軽くなっていく気がした。

 不思議な人だ。人を巻き込むのが上手い人。そんな彼に救われる。

 ビオレッタは情けない自分を受け入れて、ラウレルと一緒に地図を覗き込んだのだった。



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