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そして始まる新生活



「ビオレッタちゃん。ねえ、何とかならない?」


 宿屋の女将、オリバがビオレッタに詰め寄った。

 そうは言われても、ビオレッタも非常に困っている。

 もちろん、勇者についてである。




 勇者ラウレルから求婚された、事件とも呼べるあの日から一週間。

 予知夢を信じている彼は、グリシナ村に居座った。どうやらビオレッタとの結婚を諦めないらしい。


 そのため、彼がずっとこの村の小さな宿屋で寝泊まりしているわけだが。


「ほら、うちの宿屋は客室が二部屋しかないじゃない? 勇者様に一部屋占領されてしまうと、もう一部屋しかないの」


 オリバの宿屋は客室が二部屋。小さなグリシナ村には、予知夢を試しに来るような客が少しだけ。だからそれで充分だったのだが。


 一週間前からラウレルが一部屋を占領してしまっているため、空室がたった一つになってしまった。これからもこの調子では、いくら客が少ない宿屋とはいえ流石に困る。


「勇者様はビオレッタちゃん目当てで村に居座っているわけでしょ? 道具屋の二階に泊めてあげられない?」

「むむむむむむ無理ですよそんなの!」


 勇者とはいえ、ラウレルはほぼ他人である。

 良く知りもしない男を家に上げるなど、年頃のビオレッタとしては拒否感しかない。

 しかも彼女は両親を亡くしてから一人暮らし。年頃の男女が一つ屋根の下で二人きりになるなど……少し考えただけでも有り得ない。


「教会はどうでしょうか?」

「神父様はお年だもの、お世話させるのは気の毒よ」

「それでは、村長様のお家にお願いはできませんかね……?」

「村長様なんてもっと無理よ。空いている部屋が無いもの。ビオレッタちゃんの道具屋は、空き部屋があるでしょう?」


 確かに両親が使っていた部屋が、家具もそのままに空いている。しかし……


「大丈夫よ。となりの武器屋に、あのシリオが住んでいるんだもの。万が一ビオレッタちゃんに何かあれば、シリオが助けてくれるわよ」


 そうだろうか。シリオは体格も良く力も強い男だが、相手はなんせ魔王を倒した勇者である。勝てる気がしない。


「でも……」

「とにかく、今週中にはどうにかしたいの。ビオレッタちゃん、お願いよ」


 オリバは手を振りながら道具屋を後にした。





 さて困った。これではビオレッタがラウレルを何とかするしかない。

 とりあえず彼と話をしよう。もう一度、お引き取り願おう。


 彼がオルテンシア城のあるオルテンシアの街出身というのは有名な話だ。ということは、オルテンシアの街に彼の家も残っているのではないか。

 オルテンシアの街は、このグリシナ村よりもはるかに都会で住みやすいそうだ。この村でビオレッタやオリバに迷惑がられ続けるよりも、ずっとちやほやとしてくれるだろう。

 彼が街へと帰ってくれることを願って、ビオレッタはラウレルの姿を探した。


 けれども、どこを探しても彼の姿は見当たらない。村の皆に聞いても「さっきそこにいた気がする」とか「あそこで喋ってたような」とか目撃情報ばかりなのに、ビオレッタが探しに行くと忽然と姿を消しているのだ。


「勇者様なら、村長んちの屋根を直してるらしいぞ」


 シリオから有力な情報を得たビオレッタは、急いで村の一番高台にある村長宅へ向かった。





 村長の家の屋根には、ハシゴがかかってあった。


 (これは、いるわね……)


「ラウレル様」


 ビオレッタは村長の家の下から声をかけた。しかし屋根からは返事がない。


「お願いです、出てきて下さい」


 応答がない。


 ……だが、しばらく待っているとラウレルが申し訳なさそうに顔を出した。


「ビオレッタさんから『お願い』なんて言われたら観念するしかないじゃないですか」


 そう言いながらラウレルは屋根から飛び降りると、ビオレッタのそばへ華麗に着地した。


「ラウレル様。私から逃げていたでしょう」

「だって、ビオレッタさんがわざわざ俺を探すなんて……きっとまた『お引き取りを』とか言いに来たのでしょう?」

「なぜ……それを」


 図星だった。正確には、街へ帰る気はないのかと帰宅を促したかっただけなのだが。


「ラウレル様はオルテンシアの街が御出身だと伺っています。一度お戻りになられては? 皆さん心配されておりますでしょう」


 やんわりと伝えてみると、彼は首を横に振った。


「戻りません」

「どうしてですか。ご自宅がありますよね?」

「オルテンシアなど、戻った途端に姫と結婚させられるでしょうから」


(姫!?)

 

 オルテンシア王の愛娘、コラール姫のことだろうか。

 世界を救った勇者と、オルテンシアの姫。なんてお似合いなのだろう。


「素晴らしい名誉じゃないですか! 姫とご結婚だなんて」

「俺はビオレッタさんと結婚したいんです、姫とではありません」


 そんな名誉も、ラウレルにとってはちっとも喜ばしいものでは無いようだ。


「姫との結婚が『褒美』などと言うのですよ、あのオルテンシア王は。姫のことも俺のことも馬鹿にしているとしか。ねえ、そう思いませんか」

「あ、はい……」


 彼は王に対し随分とご立腹の様子。その勢いに、ビオレッタも思わず相槌を打ってしまった。

 このラウレルの怒りよう。もしかしたらビオレッタへの求婚を隠れ蓑にして、グリシナ村に身を隠すことが真の目的なのかもしれない……と深読みしてしまう。

 ただ、目的はどうであれ、これ以上ここに居座られるのは困る。単純に居場所がないのだから。


「ですがこれ以上、ラウレル様が村の宿屋に居座るのも難しいのですよ。何せ小さな宿屋ですので」

「はい。俺も女将のオリバさんから圧を感じてました。ですから、村長様へ直談判しに来たんですよ」

「直談判?」


 ラウレルは、このグリシナ村でどこか身を寄せられる場所を提供して欲しいと村長に頼み込んだらしい。なんという勇者の特権を行使したのだろうか。

 すると村長は、屋根の修繕を交換条件として、住む場所を提供しようと約束したようだ。


「修繕も終わったので、これから村長様のところへ返事を伺いに向かいますが……ビオレッタさんも来ますか?」


 なんとなく……胸騒ぎがする。やな予感がする。

 ビオレッタは確認のために、村長のもとまでついていくことにした。





「ビオレッタ。道具屋の二階に空き部屋があるじゃろ。そちらに勇者様をおとめできんかの」


(やっぱり……)


 ビオレッタは項垂れた。

 村長もオリバも、道具屋の二階しか当てはなかったようだ。


「シリオの武器屋にも、空き部屋はあると思います……」


 彼も隣の家に一人で暮らしている。一時的でも住むなら、男同士のほうが……


「あいつに勇者様のお世話が出来ると思うかの?」


(……思わない)


 ビオレッタはシリオの生活を思い浮かべた。人参を生でまるかじり。魚を焼いてまるかじり。部屋は汚部屋と化している。

 無理だ。勇者の住む所ではない。


「ビオレッタさん。俺は便利ですよ」


 項垂れていたビオレッタに、目を爛々と輝かせたラウレルが向かい合った。


「まず、強いです。レベル99の勇者です。女性の一人暮らしはなにかと危険ですが、用心棒になります。誰にも負けるつもりはありません。

 転移魔法も使えます。薬草の採取も、私と一緒ならあっという間です。世界中を旅したので、どこでも転移魔法で連れていって差し上げます。

 旅をしていたので、料理や洗濯もそこそこ出来ます。もちろん自分のことは自分でやりますがビオレッタさんが忙しいなら俺が全て請負っても構いません。

 現在は定職に就いてませんが、魔王を討伐した褒賞を使いきれないほどいただいているので金ならあります。家賃が必要なら言い値をお支払いします。あとは……」


「も、もういいです」


 駄目押しとしてラウレルから怒涛のプレゼンをされ、圧倒されてしまったビオレッタは反論する気力も失せてしまった。


「ビオレッタ、お願いできるかの」

「はい…………」


 ビオレッタは、とうとう首を縦に振ることとなった。


「ビオレッタさんありがとうございます! きっとお役に立ってみせますから!」


 ラウレルは満面の笑みでビオレッタの手をとった。

 ぎゅっと握られるその手からは、喜びが溢れているようだった。




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