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解放



 ビオレッタは、プルガの背に乗りオルテンシア城上空へと舞い上がった。


 そこで目の当たりにしたのは……鉄壁と言われたオルテンシア城の、見るも無惨な姿だった。

 あちこちが燃えさかり、石壁は剥がれ落ち、掲げられていた旗は今や燃え尽きて跡形もない。


 これらを、すべてラウレルと竜達でやってのけてしまった……


(早く止めなければ。取り返しがつかなくなる前に)


 竜達の合間を縫い、プルガと共にラウレルを探した。

 塔へと逃げた王を追ったという彼は、きっともう塔付近にいるはずだ。




「……いた!」


 物見の塔の最上部。そこに、オルテンシア王らしき人物とラウレルが向き合って立っていた。


 ラウレルは暗黒のオーラを纏い、手からは稲妻のようなものがバチバチと爆ぜている。その手のひらは、今にも王に向けられようとしていた。


「ラウレル様! だめ!」


 ビオレッタは、力の限り叫んだ。

 しかし遠すぎてその声は届かない。


「お願いプルガ。私をあそこまで連れていって!」


 返事のように咆哮を上げたプルガは、スピードを上げ一直線に塔へと飛んだ。

 急にかかる風圧にビオレッタはバランスを崩しながらも、プルガの背中に必死でしがみつく。




 無表情のラウレルが、王に向かって手をかざす。

 手のひらには、稲妻が集まってゆく。


「ラウレル様っ…………! 気付いて!」


 塔の上空へたどり着いたプルガの背中から、ビオレッタはラウレル目掛けて飛び降りた。

 いつかの、ラウレルのように。


「ラウレル様!!」


 ビオレッタの悲鳴にも似た声に、ラウレルの動きがピタリと止まる。


 はるか上空――プルガから降ちてくるのがビオレッタだと分かると、険しかった彼の顔が驚愕の表情を浮かべた。


「ビオレッタ!」


 大きく広げられたラウレルの腕に、ビオレッタの身体がズシリと収まる。


 彼女を受け止めることに成功すると、ラウレルは安心したようにずるずる腰を下ろした。

 少しずつ、彼を包んでいた黒いオーラが弱くなっていく。



「……ラウレル様。無茶しないでって、言ったじゃないですか」

「ビオレッタこそ……なんて無茶なことを」


 ビオレッタは、青ざめる彼をきつく抱きしめた。

 自分の無事が、彼にちゃんと伝わるように。


「……君に何かあったら、俺は俺じゃ無くなってしまう」


 ラウレルはわずかに震えていた。先程まで稲妻を放っていた彼の手は、すがるようにビオレッタをかき抱く。

 

「私は無事です、ラウレル様。こうして迎えにきてくれたから。それよりも城が大変なことに……」

「ビオレッタ以上に大事なものなど無い。こんな城、滅びてしまえばいい」

 

 闇にのまれそうなラウレルの身体からは、パチパチと稲妻が爆ぜている。

 時折、肌にあたる稲妻がピリリと痛い。

 しかし彼はそれ以上に苦しそうだ。どうにかして、ラウレルを救いたかった。

 

(どうしたらラウレル様の心は元に戻る……?)


 心を殺して、ずっと世界のために戦ってきたラウレル。

 魔王を倒し、やっと手にすることができる彼の望み。

 それをまたオルテンシアに取り上げられそうになったから、彼は――

 


「……こうなっては『オルテンシアの勇者』失格ですね。ラウレル様、私と村に引っ込みましょう」

「……グリシナ村に?」

「王も、城をこんなにめちゃくちゃにしたラウレル様を『勇者』の任から下ろすはず。そうですよね、オルテンシア王」


 ビオレッタは、そばで腰を抜かしているオルテンシア王に強い視線を送った。「ここで決して間違えぬように」というメッセージを込めて。


「……ああ、ご苦労様であった。勇者の任を解こう……」


 殺されかけ呆けてしまったオルテンシア王は、力の無い声でそれに応えることとなった。

 




 ついにラウレルは、『勇者』の重責から解き放たれた。


 彼を覆っていた暗黒のオーラは完全に消え去り、それを感じ取った竜達も少しずつ里へと帰っていく。


「次ビオレッタに何かしたら、こんなものでは済まさない」


 ラウレルはオルテンシア王を見下ろしながら言い捨てると、ビオレッタを横抱きにして迷いなく塔から飛び降りた。


「えっ? ラウレル様? えっ?」


 これは落ちたら間違いなく死ぬ高さ。

 思わずぎゅっと目を閉じると、次の瞬間ふわりとした浮遊感を感じた。そして風に乗る大きな羽音。


 そこはプルガの背中であった。


「……ラウレル様、プルガ、驚かせないで下さい……」

「ごめん、早くこんな場所から離れたくて」


 みるみるうちに、プルガは塔よりも高く舞い上がる。


 空から見れば、オルテンシアの街は無事のようだった。ラウレルと竜達は城だけを狙って徹底的に攻撃したらしい。


 あちこちから立ち上る煙、後処理に追われる兵士達、そして……塔で座り込んだままのオルテンシア王。

 欲をかいた成れの果て。王も、彼を敵に回してはいけないと思い知っただろう。


「これで俺はオルテンシアの嫌われ者だ。もう二度とこの街に来ることはない」


 言葉とは裏腹に、ラウレルは実に晴れ晴れとした表情をしている。


「もう、俺の帰る場所はグリシナ村だけです」


 二人はプルガの背にのって、グリシナ村へ続く空に消えていったのだった。








「ビオレッタちゃん! 勇者様!」


 村へ着くと、皆が二人を出迎えてくれた。

 オリバはビオレッタを見るなり抱きつくと、声を上げておいおい泣いた。


「よかった……本当に無事でよかった……」


 兵に押さえ付けられたオリバやシリオ達にも、目立った怪我など無い様子だ。

 ビオレッタは心底ホッとした。皆が無事に出迎えてくれたことがこんなにも嬉しい。


「勇者様ね、ビオレッタちゃんがオルテンシアにさらわれたの聞いたとたん真っ黒になっちゃって! ほんと怖かったんだから……」


 オリバが泣きながら訴えてくるのは、あの暗黒のオーラをまとったラウレルのことだろう。

 村ではいつも笑顔で朗らかな彼だったから、あの真っ黒な姿にはギャップがあり過ぎたかもしれない。ビオレッタから見ても、あの姿は正直恐かった。

 


「実は……ラウレル様、本日をもって『勇者』ではなくなったんです」


 ビオレッタはオリバだけでなく、村の皆に今日オルテンシアであったことを報告した。

 地下牢に閉じ込められたこと、コラール姫が助けてくれたこと、怒りに身を任せたラウレルが、竜と共にオルテンシア城を襲撃したこと――


「……皆さんにはご迷惑をおかけして、すみませんでした。勇者じゃなくても……俺をこの村に置いてくれますか」


 ラウレルの謝罪を聞いて、皆がシンと静まり返った。


 お互いに顔を見合せ、他の誰かの出方を待っている。

 代表して村長が一歩前に出ると、ラウレルを見上げた。

 

「村に置くも何も……君はビオレッタの伴侶になるんじゃろ?」


 ラウレルは、村長の言葉に目を丸くした。


「は、はい。俺はそのつもりで居座ってますが」


「……じゃあこれからも道具屋に住むのよね?」

「『勇者』じゃなくなることってできたんだな……」

「俺も『勇者』って一生『勇者』なのかと思ってた」

「勇者様じゃないなら、ラウレルさん、って呼ぶ? ラウレルくんって呼ぶ?」


 のんびりとした村民達がざわざわと騒ぎ始めたが、皆どこかズレている。

 そんな村民達を前に、ビオレッタは気付いてしまった。感激屋のラウレルが目を潤ませていることを。


「おいラウレル。もう二度とビオレッタをあんな目に遭わすんじゃねえぞ。」

「はい、必ず……」


 兄貴分であるシリオからぎろりと睨まれると、涙目のラウレルは深く頷いた。






「皆、やっぱりいい人だ」

 

 二人はやっとのことで道具屋へと戻ってきた。

 辺りはもう夕暮れ。長い長い一日だった。自分の家なのに、随分と久し振りのような感じがする。


「他人は自分の写し鏡と言うじゃないですか。ラウレル様がいい方だからですよ」


 扉を閉め、ランタンに火を灯そうとするビオレッタの手をラウレルが止めた。

 その手から彼を見上げると、ほの暗い道具屋で、蒼い瞳が切なげに輝く。


「ビオレッタは、これからも俺の事そう呼ぶの」


 ランタンに伸ばされていたビオレッタの指は、ラウレルに絡み取られてしまった。全神経が指先に集中して、また彼のことしか考えられなくなっていく。

 

「ようやくただの『ラウレル』になれたのに、ビオレッタは変わらない?」


 シンとした店内で、彼の熱っぽい声だけが妙に響いて。

 ビオレッタには痛いくらいに伝わってくる。

 彼が何を求めているのか。


「本当にいいんでしょうか? ……私で」

「何度でも言うけど、俺はビオレッタと結婚したい」


 ラウレルが『オルテンシアの勇者』では無くなった今、 急に二人の結婚が現実味を帯びた。


「グリシナ村はとても田舎ですし」

「転移魔法を使えばどこへでも行ける」

「道具屋は経営も上手く行っていなくて……」

「そんなもの、二人で一緒に頑張ればいい」

「……私は世間知らずの田舎者で」

「俺はビオレッタの元に帰りたい」


 強く、ラウレルは言い切った。


 いつもそうだ。ビオレッタがどんなに後ろ向きな態度をとっても、彼は想いを貫き通してくれる。


「ラウレル……様」


『勇者』という言い訳の理由が無くなった今、ビオレッタにできるのは自分の気持ちに素直になることだけ。




「……ラウレル」


 勇気を振り絞って、彼の名を呼んだ。

 

「ラウレル、ずっと私の傍にいて」




 素直になってしまえば、止まらなかった。

 この熱い顔を隠すように彼の胸にしがみつくと、それに応えるようにラウレルもビオレッタを抱きしめた。


「ああ、俺はビオレッタの傍にいる」

「ずっとだからね……」


 いつの間にか目からは涙が溢れていた。

 ビオレッタは、またひとつ知った。幸せすぎて流れる涙もあることを。


 そして愛すことも愛されることも、このキスも。ラウレルがすべて教えてくれた。


 二人は、何度も何度も、気持ちが溶け合うようなキスをした。深くなるキスは、互いの想いを伝え合うようで……

 



 ひっそりとした道具屋の窓からは茜色の夕陽が射し込む。

 

 雨上がりの空には、喜びを分かち合うようにほのかな虹がかかっていた。

 


次回で完結となります。

明日か、明後日更新予定です。


ここまでお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました!

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