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オルテンシア城



 一体、どのくらい馬車に揺られていただろうか。


 グリシナ村では土砂降りの雨が降っていたけれど、この辺りはもう雨も止んでいる様子だ。

 田舎の砂利道を走り続けていた馬車は、次第に石で舗装された道を通り、ゆっくりと停車した。


「さあ、降りてください」


 目的地に到着したのだろうか。

 ローブの男に促され、仕方なく馬車を降りる。


 降りた先は大理石敷きのエントランスで。

 つるつるとした立派な床に驚き、思わず上を見上げてみれば――頭上にそびえるのは物々しい城であった。


「あれっ……?」


 ビオレッタは意外に思った。誘拐されたのだから、てっきり山小屋や森などに放り込まれるものかと思っていたのに。


 連れてこられたのは立派な城。

 まさかとは思うが……


「ここはオルテンシア城……ですか?」

「ええ、そうですよ。城と言っても、貴女が入るのは地下牢ですがね。行きますよ」


 ローブの男に連れられ、薄暗い地下への階段を降りていく。

 足音が響く冷たい階段を抜けると、通路の両側には牢がずらりと並んでいた。


「あの、私はなんのためにここへ連れてこられたのでしょう?」

「そんなことも分からないのですか。勇者と姫を計画通り結婚させるためですよ。二人が無事御成婚なされば、貴女もここから出して差し上げましょう」


 オルテンシアは勇者と姫の結婚を諦められず、強行手段に出たようだ。ビオレッタの身柄と引き換えに、ラウレルへ姫との結婚を強制しようとしているらしい。


「そんな……あなた達、なんてことを」

「貴女も悪いのですよ。分不相応な相手をそそのかして」

「あ、あの……!」


 ガシャン! と硬い音をたてて、無情にも牢の扉は閉められる。

 ローブの男はビオレッタを牢へ閉じ込めると、満足げに去っていってしまった。


 (ああ、どうしよう……!)

 

 きっともう今頃、ラウレルはグリシナ村に戻っていることだろう。オリバやシリオから、ビオレッタがオルテンシアの兵に連行されたことも聞いているに違いない。




 連れ去られてからというもの、ビオレッタの脳裏をよぎるのは……以前カメリアに向けられた、ラウレルの怒り。

 

 ビオレッタを連れ去ったというだけで、仲間であるカメリアに対してもああまで怒ったのだ。

 ただでさえ憎々しく思っているオルテンシアが、私利私欲のためにビオレッタを攫った……となると、その怒りは想像を絶する。思わず身震いしてしまう。


 (ここは城……しかもすぐそばには城下街がある。もしこのままラウレルが来てしまったら、大変なことになってしまうわ)


 本当に、オルテンシアはなんてことをしてしまったのだろう。魔王を倒してしまうほどの勇者相手に、このように雑な喧嘩を売るなんて。


 ラウレルはきっと間もなく、ビオレッタを救いにやって来る。

 少なくとも、ビオレッタの身柄をここから移したほうが良いのは確実だ。

 ひと気の少ない森や山なら、被害を最低限に抑えられるかもしれない。その事を誰かに伝えたいが……


「そんなことを言って、その機に乗じて逃げるつもりなのだろう」


 牢屋番の兵士に伝えてみても、全く取り合ってもらえなかった。

 ただ、信用されなくても無理はない。ビオレッタは、ここより粗末なところに自分を監禁しろと言っているのだから。


「そんな……どうすれば」



 ビオレッタが途方に暮れていると、廊下の奥からカツンカツンと足音が聞こえてきた。

 地下牢に相応しくないヒールの音は、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


「姫様! なぜこのような所にいらっしゃったのです」


 廊下の奥で、牢屋番と女性の言い争う声がした。


(姫様……?)


 なんと、女性側は姫のようだ。

 オルテンシアの姫といえば――妖精のように美しいと評判のコラール姫。ラウレルとの縁談が進められている張本人だ。


「わたくしは囚われた女性に会いに参りました。さあ、おどきなさい」


 強い語気で牢屋番の兵を押しのけ、しとやかな足音が近づく。


 薄暗い通路からビオレッタの目の前に現れたのは……世にも美しい珊瑚色の髪を持つ美女だった。

 彼女は淡いピンクのドレス姿に、ガラスの靴を履いている。本当に、妖精のような愛らしさだった。


(この方が、オルテンシア王国のコラール姫……)


 コラール姫は牢の中にいるビオレッタの姿をとらえると、眉を下げ、鉄格子に走り寄った。


「ひどい……! 何の罪もない方を、このような場所へ閉じ込めるなんて」


 彼女は急いで牢の鍵を開け、ビオレッタを解放してくれる。 


「えっ……いいのですか」

「いいもなにも、あなたは被害者ですわ」


 コラール姫は玉座の間にて聞いてしまったらしい。

 ラウレルの恋人をさらい、引き換えにコラール姫と結婚させてしまおうという話を。


 実の父である王と、信頼していた大臣が、このような卑劣な計画を立てていた。

 話を聞いてしまったコラール姫は、深くショックを受けた。そして、そのようなことがあってはならないと、姫自らビオレッタを助けにきてくれたのだ。


「姫様直々に、ありがとうございます」

「いいのです……謝っても許されることではないけれど、王がごめんなさい」


 コラール姫に謝られてしまった。彼女自身はなにも悪くないのに。


「お止めください、コラール姫が謝ることは何もないではありませんか」

「いえ、頭の固い父ではあったけれど、まさかこのようなことまでするとは思ってもみなかったのです……わたくしの考えが甘かったわ」

 

 コラール姫の目には涙がにじんでいた。余程傷付いたのだろう。優しいコラール姫なら尚更。彼女の身の上を考えると胸が痛む。


(そうだ……姫なら、私の話を聞いてくれるかも)


「コラール姫。おそらくもうすぐ……ラウレル様がオルテンシアまで助けに来てしまいます」

「よかったわ! 助けに来てくれるのね?」


 コラール姫は、ぱっと顔を明るくして喜んだ。

 そうなのだ。普通ならその反応だ。

 ただラウレルは普通では無い。

 脅威的な速さで魔王を倒した、最強の勇者だ。


「すごく、王に対して怒ってると思うんです……」

「当たり前だわ? 愛する人を拐われたんですもの」

「その、ラウレル様は怒りが、尋常ではなくて……姫だけでも逃げませんと」

「え? ……きゃあ!」



 

 時間が刻々と過ぎていく中。

 ついに地上から、地響きとともに稲妻の落ちるような爆音が轟いた。


「な、何事ですの?」

「遅かったわ……」


 先程の爆音を皮切りに、何度も爆発音が何度も繰り返される。ガラガラと城が崩れる音は、地下にいるビオレッタ達にもはっきりと聞こえた。


 コラール姫はがたがたと震えだしてしまった。

 このオルテンシア城が何者かに攻撃されている。


 おそらく……怒り狂ったラウレルに。


「コラール姫は、どうか私と共にいて下さい。きっとそれが一番安全なので……」


 ビオレッタは震えるコラール姫を抱きしめた。

 地上を駆け回る兵士の悲鳴が聞こえる。鳴り止まぬ爆音。屋根が崩れる音。竜の羽音。

 ここまでとは想像も出来なかった。ビオレッタは、実際にラウレルが戦っている姿を見たことが無かったのだから。


 ああ、オルテンシアがビオレッタをさらったりしなければこんなことにはならなかったのに。

 


 彼の目的はビオレッタを救い出すことだ。これ以上の被害を食い止めるためにも、姿を見せたほうが良いだろうか。

 ビオレッタが立ち上がると、コラール姫が彼女を引き止めた。


「駄目よ、地上は危険だわ」

「でも、ラウレル様は私を探しています。私が見つからない限り攻撃は止みません」

「……では、これは勇者様が……?」


 コラール姫は顔を青くした。


 オルテンシア城は、モンスターに攻撃されたことはあってもびくともしなかった堅牢な城。それを真正面から破壊する勇者ラウレルに、姫は言葉を無くしてしまった。


「大丈夫です。言葉が届くことを信じます」

「あなた……どうか、気をつけて」


 ビオレッタは深く頷くと、コラール姫の元から駆け出した。







 地下牢からの階段を駆け抜け、玄関ホールへと出ると……そこは瓦礫の山となっていた。

 

 つややかであった大理石の床は砂埃にまみれており、そこかしこが焼け焦げ、煙が立ち上っている。

 抜け落ちた屋根から空を見上げれば、上空を何匹もの竜が舞っていた。竜達は遠慮なく火を吐き、城を炎で包み込む。


「プルガだけでなく他の竜まで……」


「皆、ラウレルに味方しているのだ」


 変わり果てた光景に呆然と立ち尽くしていると、目の前に背の高い男が現れた。

 さらさらとした銀色の髪は足元まで長く、褐色の肌に、ガラス玉のような金色の瞳。

 初めて会ったはずなのに、その不思議な雰囲気には触れたことがあったような――


「あなたは……?」

「ラウレルの女。このままではラウレルが王を殺してしまうぞ」


 男の声は、妙に落ち着きがあった。

 いや、それよりも。

 ラウレルが王を殺す。そんなまさか、そこまで……


「ラウレルが人殺しになってしまうぞ。娘、そのような場所でじっとしていてよいのか」

「どういうことですか! ラウレル様は一体どこに……」

「王は塔へ逃げた。ラウレルはそれを追っているはず」

 

 ビオレッタは、屋根に空いた穴から空を見上げた。

 空には飛び交う竜と立ちのぼる煙が見える。その先に、王が逃げたと思われる塔を見つけた。

 しかしずいぶんと遠く、そして高い。


「あんな場所、どうやって――」

「さあ乗れ、女」


 銀髪の男は目の前で白く発光したと思うと、みるみるうちに銀色の竜へと変身した。

 その瞳は、透き通った金色。


「あなたは……プルガだったのね……」


 乗れと促すように、プルガは大きく咆哮した。

 竜に一人で乗るなど、自分に出来るだろうか。でも今は乗るしかない。


 ビオレッタは震えつつプルガの背中に跨がると、プルガは彼女を振り落とさぬよう、慎重に羽ばたいた。


 (気を遣ってくれているのね……)


「ありがとう、プルガ」


 返事をするような鳴き声が、瓦礫だらけの玄関ホールに響く。

 プルガはゆっくりと上昇し、抜け落ちた屋根から塔へと飛び立った。


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