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カタラータ神殿



 眩しさと浮遊感がおさまり、足が地に着く。


 柔らかな芝の感触。かぐわしい花の香り。

 そして腕にあたるふくよかな肉感。



 ビオレッタはカメリアの豊満な身体に抱かれたまま、花が咲きほこる美しい庭に降り立った。

 あたりを見回すと、広大な庭の遥か向こうには大きな滝が流れ落ち、そのそばに真っ白な神殿が佇んでいる。まるで楽園のような美しい場所だ。


「ここは……どこですか」

「カタラータ神殿よ。私、今はここに住んでるの」

「この世では無いみたいです……なんてきれいな場所なんでしょう」

「そうでしょ? ラウレルはここに来たことがないから、転移魔法でも追ってこれないわよ。安心して」


 カメリアは子供に接するように、ビオレッタの頭を優しく撫でた。

 確かに彼女のほうが年上のようだが、ビオレッタももう十八歳。子供扱いされると少し気恥ずかしい。


「あ、あの……?」

「ビオレッタちゃん、なんかラウレルに我慢してる感じだったから、もどかしくて連れてきちゃった」

「我慢?」

「ラウレルは、全っ然遠慮しない奴でしょ? でもビオレッタちゃんは遠慮しちゃう子。私、そういうの敏感なの」


 カメリアからは、ビオレッタが遠慮しているように見えるらしい。


(遠慮……しているかしら? ラウレル様に?)


 ピンと来なくて、ビオレッタは首を傾げる。


「遠慮なんて、してないのですが。逆に甘えてばかりで……」

「してるしてる。ラウレルのこと好きって言えないんでしょ?」

「えっ!」


 なんとカメリアに当てられてしまった。

 誰からも隠しておきたかった気持ちなのに。


「好きだけど、ラウレルが『勇者様』だから好きって言えないんでしょ? きっと、姫との縁談のことも聞いたのね」

「な、なんで……」


 ビオレッタ自身でさえ、この恋心に気づいたのはつい先ほどだ。

 なのになぜ一瞬会っただけのカメリアに分かってしまったのだろう。

 

「会ったときの二人を見て、まだラウレルの片思いっぽい感じはしたの。でもビオレッタちゃんが私に嫉妬してるのも、なんとなく分かったから」


 顔に血が上る。

 まさか、嫉妬に気付かれていたなんて。





 カメリアは、庭のテラスにお茶を用意してくれた。

 テラスからは、虹のかかる滝がよく見える。


「きれいですね……ずっと虹がかかっていて」

「あの滝は、このカタラータ神殿のシンボルなの。この地方では、虹のかかるものに神が宿ると言われていてね――」


 同世代の友人がいなかったビオレッタにとって、こうして女同士でお茶を飲むことは初めてだった。

 ホッとするお茶の香りが全身に染み渡る。頭上からは鳥がさえずり、木の葉が囁く。辺りに流れる清廉な空気に、やっとビオレッタも落ち着いてきた。


「私……カメリア様に嫉妬してしまって、やっと気付いたんです。ラウレル様への気持ちに」


 ビオレッタは胸の内を正直に話した。

 このような話を他人に打ち明けるのは初めてだった。あけすけなカメリアだったから話せたのかもしれない。


「でも、ラウレル様は勇者様です。オルテンシアのお姫様とのご結婚があります。そのような方を、グリシナ村のような狭い世界に縛るわけにはいかないと、分かってはいるのです」


 短い間ではあるが、ラウレルと一緒に過ごして思い知った。彼と自分の違いを。


 ラウレルはただ魔王を倒しただけではない。国から国を渡り歩いて、広く影響を与えてきた唯一の人だ。勇者として、王族から……世界中の人から必要とされている。


 一方、ビオレッタはただ狭い村で毎日同じことを繰り返してきただけの人間だった。彼は、自分のような者が独り占めしていい存在ではないのだ。



「いずれ、この生活には終わりが来ると思っています。だから私の気持ちは、隠しておくべきだと……」

「とは言ってもね……あいつは諦めないよ。予知夢通りにビオレッタちゃんと結婚したくてしょうがなくて、魔王倒したくらいだから」

「ええっ!?まさかそんな」


 ビオレッタなんて、ただの道具屋だ。たった一度、予知夢に登場しただけで、なぜそれほどまで結婚を望まれるのかが分からない。


「ラウレル様は何故そんなに予知夢にこだわるのでしょうか……」

「だって、好きになった子と結婚している未来を見ちゃったんだもの。予知夢を信じたくもなるわよ」


(……ん?)


 ビオレッタの認識と、カメリアの言っていることが噛み合わない。


「順番が逆では? 予知夢に私が現れたから、ラウレル様は私を選んだのでは?」

「違うわよお。あいつ、好きな子が予知夢に現れたもんだから、大喜びで予知夢を信じたのよ」


(どういうこと……?)


 わけが分からない。それではラウレルは、予知夢を見る前からビオレッタのことを好きだったということになる。

 しかし、ビオレッタはグリシナ村でただ道具屋を営んでいただけだ。どこにラウレルから好かれる要素があるというのだ。


「詳しいことは本人に聞いたこと無いけど、とにかくラウレルはビオレッタちゃんしか見えてないの。

 ビオレッタちゃんと離れたくないからグズグズとグリシナ村に留まって、グリシナ村を発つ直前に例の予知夢を見て、発ってからは確実に魔王倒すためにひたすらレベル上げ。キツかったわ、あれは」


 カメリアが当時を思い出して遠い目をしている。おかげでカメリアのレベルも99だ。ここまで来れば最上位魔法が軽々と撃てるとのこと。単純にすごい。


「あんなに早く魔王討伐出来たのはビオレッタちゃんのお陰みたいなものなんだから、あんまり自分を卑下しなくても良いと思うんだけど」

「とんでもないことを言わないで下さい……」


 ビオレッタは震え上がった。結婚するためには魔王を倒さなければならなくて、ラウレル達は相当無理をしたらしい。自分のせいで、と思うと、カメリアに平謝りしたい気分だ。


「……でも、気持ちを聞いてくれてありがとうございました、カメリア様。ずいぶんと心がスッキリした気がします」

「話くらいならいつでも聞くわよ! ラウレルのことも色々教えてあげる」


 そう言って、カメリアはまたウインクをした。

 二人はポットのお茶が無くなるまで、女同士の話を楽しんだのだった。






「もうこんな時間……ラウレル様も心配しているかもしれませんね」

「そういえば、私ラウレルに言いたいことがあって探しに行ったんだったわ。あいつのことだから絶対、グリシナ村に居座ってると思って」


 カメリアの予想はずばり当たっていた。さすがだ。


「そろそろグリシナ村に戻りましょ。……ん?」




 突然、二人の上に影が射した。

 急な雨雲かと空を見上げると、それは違った。なにやら大きな黒い影が上空を旋回しているではないか。


「カメリア様……あれはモンスターですか!?」


 しばらく旋回していた黒い影は、こちら目掛けてどんどん近付いてくる。魔王は倒され、モンスターもいなくなったはずなのに、一体どういうことなのだろう。


「………………ビオレッタちゃん、あれはモンスターじゃないから安心して。竜なの」

「竜?」

「名前はプルガ。ラウレルの竜よ」


 カメリアは上空を仰ぎ見ながら大きなため息をついた。


 以前、竜族の里をモンスターから救った際に、勇者ラウレルは竜と契約したという。それがプルガ。


「転移魔法で追ってこれなかったから竜で追ってくるとか……もう、あいつ何なの……怖……」


 竜のプルガが間近に迫ってきている。

 翼の羽ばたきで木々がざわめき、ビオレッタのスカートもたなびく。



「ビオレッタさん!!」



 プルガの背中にラウレルの姿が見えた。

 彼はビオレッタの姿をとらえると、ためらい無くプルガの背から飛び降りた。


「ラウレル様! 危ないっ……」



 ビオレッタの心配をよそに、ラウレルは柔らかな芝をめがけて着地する。

 芝に座り込み、こちらを見上げる彼の目には、怒りの色が宿っていた。



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