クエバの工房
「ねえ道具屋さん、その指輪綺麗ね。売ってないの?」
今日は珍しく、村に外からの客がやって来た。
旅人風の男女、二人組だ。平和な世の中になり旅を始めた、その先駆けだろう。先に『予知夢』で有名な砂浜に立ち寄ってから、グリシナ村まで歩いてきたようだ。
女性客は、ビオレッタの指輪をじっくりと見ていた。
プラドのバザールで、商人から贈られた金の指輪だ。
「こちらは……売り物ではないのです。申し訳ありません」
「そうなのね、残念だわ」
女性客のすらりとした指は、他にも銀やメノウの指輪で飾られている。アクセサリーが好きなのだろう。
結局、二人は傷薬とグリシナの水を買い、道具屋の店先でお茶を飲んでから帰っていった。
「ビオレッタさん、お客さんにお茶を出し始めたんですね」
ラウレルがそのことに気がついた。
「はい。他の街を見て、おもてなしの心って大事だと思って」
プラドのバザールも、コリーナの村にも、客を迎え入れる用意がされてあった。宿だけではなく、街や村、全体で。
ビオレッタはそれを見習うことにした。
手始めに、狭い店内に置いてあったテーブルセットを道具屋の軒先へ移動した。外のほうが開放的だし、旅人が疲れた足を休めることも出来る。
ずっと閉めたまま営業していた扉は開け放ち、休憩ついでに道具屋にも立ち寄ってもらう作戦だ。
「さっそく、作戦が成功しましたね!」
「はい! ありがたいことに。……でもうちは、旅のお客さんに『売れるもの』がないんですよね……」
ビオレッタは茶器を片付ける自分の手を見た。指には、きらりと蒼の石が光る。
「リヴェーラの石も、指輪に出来たらいいのに」
「どういうことですか?」
「先程のお客様は、この指輪を欲しがっておいででした。リヴェーラの石も、指輪みたいに加工出来たら売れると思いませんか?」
ただ、ビオレッタはそのような加工技術を持ち合わせていない。
プラドで出会った行商人達は、あの指輪や首飾りなど、どこで仕入れているのだろう。まさか自分達で作ったりなんかは……
「いいですね。もともと防御と魅力が上がる石ですし、付加価値のある指輪……試しに作ってみましょうよ」
さすがラウレル。いとも簡単に言い放った。
「ビオレッタさん、今度の休みは『小人の街』へ行きましょう!」
慣れない浮遊感と白い光がおさまり、ビオレッタはラウレルと共に地面に降り立った。
ひんやりとした空気。
子供達のはしゃぐ声。石を打ち付ける硬質な音。
「ビオレッタさん、着きました」
二人が合わせた休日。転移魔法でやって来たのは小人の町だ。
ラウレルの声を合図に目を開けると、そこは広い洞窟の中だった。ドーム状の天井には無数の光石が埋め込まれ、洞窟全体をほのかに照らす。
行き交う人々は皆、子供のように見えた。小さな手には金槌、目にはルーペ。それぞれ小人達は忙しそうに走り回っている。
「世界の装飾品のほとんどは、この町『クエバ』で作られています」
「すごい……!」
それでは、プラドのバザールで見たあの煌びやかな金細工も、色とりどりの耳飾りも、この指を飾る指輪も……この小人達が。なんて凄い。
「あんなすごい装飾品を、こちらの子供達が作っていたなんて」
「彼らは子供ではありません。じつは私達の何倍も生きている大ベテランなんです」
小人達は長寿で、生まれて数年するともう装飾品作りに携わる。
何十年も人生をかけて技術を磨き、仲間内でその技術を継承し、あのような素晴らしい装飾品達を造り上げていくのだ。
「ビオレッタさんの指輪を作ったのは、おそらく私の友人です。行ってみましょう!」
そう言うと、ラウレルはビオレッタの手を引いて洞窟の奥を目指した。
「ピノひさしぶり! 元気だった?」
ラウレルは、洞窟の奥の横穴に住んでいる小人を訪ねた。ピノと呼ばれた彼は、ちょうど指輪の仕上げをしている最中だった。
「ラウレル! また来てくれたんだね!」
嬉しそうにニコニコと話すピノは、どう見ても五・六歳位の男の子としか思えない。しかし彼が、クエバの工房のリーダーであるとラウレルは言う。ということは、きっともう何十年も生きている人生の大先輩だ。
「ピノ。この石をどう思う?」
ラウレルは、ピノにリヴェーラの石を差し出した。
「リヴェーラの石じゃないか。とても綺麗だね!」
「だろう?この人は、グリシナ村の道具屋さんなんだ。名産品リヴェーラの石を、指輪にしてみたいと思ってるんだ」
ラウレルは、ピノにビオレッタを紹介した。紹介されたビオレッタは、ピノに目線をあわせてお辞儀をする。
「ピノさん初めまして、私はビオレッタと申します。今日はこの石を指輪にしていただきたくて、お願いにまいりました」
「いいよ!」
「えっ」
初対面であるビオレッタからの依頼に、ピノは快く即答した。
「もちろん指輪作ってあげる! 加工賃は払ってもらうけど……あと、僕たちと友達になってくれるのなら!」
それなりに加工費用がかかるのはビオレッタも覚悟していた。ただ、いきなり友達になど……いいのだろうか。
「い、良いんですか? 私、ただの道具屋なんだけど……友達になってもらえるの?」
「とうぜんだよ! ラウレルが連れてきた人だもの」
「俺もピノとは友達なんです」
ラウレルによると、以前このクエバの工房は盗賊に襲われたことがあったらしい。
それを聞き付けた勇者一行が盗賊達を退治してからというもの、ラウレルはピノ達と友達になったという。
「よろしくね、ビオレッタ!」
ピノは人懐っこい笑顔でビオレッタと握手を交わした。
ピノの小さな手には、ゴツゴツとしたマメが出来ている。アンバランスにも見える、職人の手だ。その頼もしさに、ビオレッタは勇気づけられた。
「この指輪、ピノが作ったものだろ? 偶然手に入れることが出来たんだ」
ラウレルは自身が身に付けている紫の指輪と、ビオレッタの蒼の指輪をピノに見せた。
「そうだよ! 分かってくれたんだね!」
「当たり前だよ。とても良い指輪だね。ピノの魔力が込もっているのが分かるよ」
「身に付ける人が幸せになりますようにって、心を込めて作ってるんだ!」
ラウレルが言うには、プラドのバザールでこの指輪を手に取った瞬間、ピノの思いが伝わったらしい。さすが勇者、といったところだろうか。
「ビオレッタ! その指輪をつけていて幸せになった!? どう?」
「えっ、私?!」
ピノが、ビオレッタへ無邪気に問いかける。
ラウレルの前で、正直に言って良いものだろうか。幸せになったか、と聞かれれば……
「ええ、幸せになったわ。ありがとう、ピノ」
毎日、この蒼い指輪が視界に入る度に、ラウレルの存在を思い知る。
彼との生活が始まり、良くも悪くも寂しく感じることが無くなった。二人でいると、笑うことも多くなった。
こう考えれてみれば、一人思い悩んでいた時よりも随分と幸せになったのではないだろうか。
「よかった! じゃあ、リヴェーラの石でもこの指輪みたいに素敵な指輪を作ってあげる!」
リヴェーラの石はピノのアドバイスを元に、金の指輪と銀の指輪、ブローチなどに加工してもらうことになった。デザインはピノにおまかせ。出来上がるのがとても楽しみだ。
ピノにまた来ることを約束して、二人はクエバの工房を後にしたのだった。