第4話 闇の中でこんにちは 四
コボルトさんがいうには古い記録を見つけたところから話がはじまっているらしい。コボルトのコミュニティにも文字でのコミュニケーションは取られているようだ。いわゆる魔族の共通語みたいなものなのかはわからない。呪文をかけないと意思疎通ができないのだから読んでもわからない記録なのだと思う。
その記録によると以前のコボルトはヒトの元を頻繁に訪れていたらしい。ヒトの手伝いをしてみたり、いたずらをしてみたりと至ってきまぐれな関係だったようだ。時代を経るにつれてヒトから声をかけられることもなくなり、おどろおどろしい何かの扱いになってくるにいたり交流はほとんどなくなってしまったようだ。ここにいるコボルトたちは好奇心の旺盛なグループのようで、古き良き時代をふたたび楽しみたい。しかし、ヒトについての情報をアップデートする必要があるので、いまどきの人間社会というのを事前に知りたかった……ということだった。
「なるほどなるほど。そうすると、ヒトからみたコボルトという存在をお話した方がいいですね?」
「はい、コボルトのことをヒトは知っているのですか?」と、このグループのまとめ役っぽいコボルトが答えてくる。彼女はわたしを迎えにきてくれたコボルトだ。そう「彼女」だった。
コボルトには本当にわずかながらも性差があった。小柄なこともあってコボルトたちの声は高めで、ちょうど声変わり前の子供と一緒くらい。そのためかほとんど男女差を感じられない。しかし、ヒトの二次性徴のようなものがあるようで身体的特徴の差は見てとれた。おそらく彼女ひとりだったなら判らなかったけれどグループの中にいる彼女を見てみるとその差を感じることができた。
ひんやりとした地べたに座ってコボルトたちと車座になって話をはじめるわたし。正直、この状況は異常だと思う。なんだこれ?と思いながらも敵意を感じないコボルトたちとの会話を楽しいと思い始めていた。
「そうですね。ひょっとしたらみなさんのことをコボルトだってかもしれません」
「え?」
わたしはいまどきの人たちが思い描くコボルトの姿形について話はじめます。
「コボルトの一番大きな特徴は犬のような頭というのが定番になりつつあります」
初出ではないものの、ダンジョンズ&ドラゴンズというロールプレイングゲームが流行ったおかげもあって、コボルトと言えば犬のような頭で描かれることが多くなった。身体は鱗に覆われていたり、モフモフの毛皮だったりといろいろだけれども頭は犬が定番だろう。獣人っぽいイメージが強くなるにつれて体長も人間サイズに描かれることが多くなってきた。なんなら狼男みたいなイメージの場合もあるようだ。
「おとぎ話の中では小人という描写のが多かったようです。そのころのコボルトと言ったらいまのみなさんの姿そのままですね」
そうなのだ。コボルトはドイツやデンマークなどが伝承の中心で食べ物と引き換えに家事を手伝ってくれる精霊として言い伝えられていた。また贈り物がなくなるといたずらをして人間の元を去ってしまったようだ。似たような精霊のお話は多い。ブラウニーやノッカー、ノームやドワーフ、ゴブリン。伝承の中のコボルトは決して悪鬼の類ではなく対価を提供すれば人間に利益をもたらしてくれる精霊として知られていたようだった。
「犬の頭だって」
「俺たちそんなことになってるの?」
「ケモノ扱いかよ」
コボルトたちが溢すのも無理はない。
「うん、わたしもびっくりしましたよ。コボルトは人を襲う魔物じゃなくて本当によかった」
「ま、魔物?」