第2話 闇の中でこんにちは 二
「ことばはわかいますか?」
灯りの主はわたしがここにいることを判っていたようだった。
こくりと頷く。
頷きは返事になるのだろうか。わたしには相手の表情を伺うことができなかった。わたしに言葉をかけてきたのは小鬼のように見えるのだ。1mに満たない身長と痩せた身体を覆うふさふさとした毛。ファンタジー世界の常識に照らすならコボルトと呼ぶべき存在だと思う。邪悪なモンスターではなく、もっと妖精や精霊っぽいコボルトかな?すくなくとも敵意を感じさせない呼びかけだったのは間違いないだろう。しかし、常識的に判断できる状況でもない。異状ありと言わざるを得ない。
「ここは?」
口に出してみたものの小鬼からは反応がない。話しかけてきたのだから言葉はわかるはず。ましてや向こうから近づいてきたのだから無視する言われもないような気がするのにどうしたものなのだろう。本格的に困惑せざるを得ない。
「わたしはあなたのことばがわかいません」
マジか!話してるのに?
「わたしたちはあなたをしょうかんしました」
召喚?コボルトが私を召喚したの?なんで?ますます意味がわからない……。コボルトが召喚したということは、わたしはコボルトの食事になるとかコボルトに命を奪われるっていうことは考えにくいと理解していいのかな。一体どんな目的があって私を召喚したと言うのだろう。言葉が解らなければそんなことを聞くことすらできない。
「ついてきて」
言葉が分からないと言うのにヒトの言葉を発するとはこれ如何に。わたしは首を傾げながらも腰を上げて小さな小鬼の後に続くことにした。
灯りに照らされる世界は洞窟のような場所だった。比較的ゴツゴツとした洞窟で鍾乳石のような滑らかなものはみられない。石灰岩がどうのなんて知識があるわけでもないので岩としか捉えようがなかった。ただ枝や葉といったものが落ちていないと言うことは、木の生えた外の世界が遠いだろうことはなんとなく理解できた。
前を行く小鬼は裸。あとに続くわたしも裸。恥ずかしくない……。そう思い込むことにする。簡単じゃないけどそれで納得しないことにはこの暗い闇の中に取り残されるだけだし、食べるものがなければいずれ迎えるのは死。選択肢はどこにもない。黙って歩く以外にない。
どのくらい歩いたのだろう。30分?1時間?ぐったりと疲れ切る前に前方から光が見えてきた。長かった洞窟の出口が近づいてくる。しかし、それほど明るくない。どうやら夜のようだ。召喚といったら夜の秘密の儀式が鉄板というものか。これで目の前に服を着た人たちが並んでいたらどうしよう……。
心配は無用だった。洞窟の前にはちょっとした空間があった。テニスコート2面くらいはあるだろうか。洞窟の中の広い空間だった。この広場のような空間からさらにいくつかの通路が伸びているのが伺える。ひょっとしたら辻とよぶべきところなのか。目の前には照明装置が用意されており、その明かりのまわりに複数のコボルトがわたしを待っていたようだ。ここは広場という理解でいいのかな。
わたしの姿をみたコボルトたちが騒がしい。
いきなり素っ裸の人間がやってきたら、何事だ?ってなるよね。その驚きはごもっともです。わたしもびっくり。何か服を着たいけれど、目の前のコボルトたちも服を着ていない。この羞恥の気持ちを忘れるしかない。
案内をしてくれたコボルトが明かりの前までくるようにわたしを誘う。
照明装置は篝火の類ではなく苔のようなものに見える。その苔のようなものが淡い光をだしている。わたしが明かりの前に近寄ると、案内してくれたコボルトが何やら複雑な言葉を発した。その言葉に応えるように淡い光は明度を上げていき昼光色の電球程度の明るさになった。明かりは一箇所だけではなく、複数あるようだ。そこかしこにある苔から同じような明かりが灯され、広場全体をほのかに照らしてくれた。苔なのか魔法なのかははっきりしないけどアロマな雰囲気。もちろんそんな効果はないんだろうけどそんな気分にしてくれた。
空間が明るくなると、案内をしてくれたコボルトはわたしは羊皮紙の手紙を手渡してきた。
「これ日本語だ」