第1話 闇の中でこんにちは 一
ひとつのエピソードを書き上げてから投稿しますので各話の間は多少お時間をいただくと思います。お手隙の時にお楽しみいただけたらと思います。よろしくお願いいたします。
何かの夢をみていた気がする。ゆっくりと眼を開く。
映画の中でしか見ることのなかった中世ヨーロッパを思わせる煉瓦組の建物と石畳の道。行き交うのは聞きなれない言葉を話す変わった髪色の人たち。どうやらライトノベルやアニメでおなじみの異世界召喚に違いない。
こんなことが本当にあるものなのね。
————そんな感慨をいたくはずだったのに、目の前は真っ暗なままだった。
眼が開いているのかいないのか、それすらも釈然としない完全な闇の中。ひょっとしたら眼が見えなくなったのだろうか。瞬きはできているようなのでスライムのような眼のない魔物に転生したわけでもないようだ。
となると召喚自体は成功しているの？
なにしろ神との対話の末にとっておきのスキルやアイテムを貰うおきまりの流れに覚えがない。ステータスウインドウはどうやったら出せるのだろう。これではいささか説明不足というものではないだろうか。
想像してみてほしい。本当の真っ暗な闇の中では手を動かしたり指を曲げてみたりしたところで感覚は意外と曖昧なもので、何かを触ることでやっとまわりの環境を把握することができた。
地面が硬い。
身体は横になっていたようで、そのままの姿勢で地面を触ることができた。やや凸凹とした石の地面のようだ。加工された木製の床だったり、ツルツルに磨かれた大理石ではない。気温も肌寒さを感じることに気づいた。ここは光も射さないような洞窟のようなところだろうか。
おもむろに身体を起こすのは危険かもしれない。何しろ目の前に岩の壁があれば頭をぶつけて流血することになるかもしれない。ならばと手で探るとしても、もしも目の前にプロペラのような回転体があったならスパッと手が飛ぶことになるかもしれない。そんなことを考えていたら何もできなくなってしまった。視覚情報がないというのはこれほどに不安を掻き立てるものなのか。
ゆっくりと右手を前に伸ばしていく。
どうやら身体の前、正確には胸の前には障害物らしいものはないようだ。そのまま手を動かして届く範囲を探っていく。顔の前や身体の横にも何もない。左手も同様に探る。
足も動かしてみる。
こちらもゆっくりと動かす。慎重に少しずつ。たっぷりと時間をかけて身体の周りの状況を把握する。
何もない。
身の回りの情報が得られると同時に、身体を動かすことに支障がないことがわかった。どうやら怪我をしていたなんてことはなさそうだ。ただしひとつ差し障りのあることに気がついた。
服を着ていない。
真っ暗闇なことに感謝すべきなのだろうけれど、しばらくすれば服を着ていないことなど気にならなくなった。見られて困るより見つけて欲しい状況だと思う。
ゆっくりと身体を起こす。そしてあたりをじっと目を凝らして見てみる。どこかに明かりが漏れていて見えるものはないだろうか。
————。
やはり何も見えないと途方に暮れていたころ、遠くの石壁がほんのりと明るくなりはじめたのがわかった。何かがやってくる。この状況を説明してくれる存在であることを祈るばかりだった。
