商業科は淑女科に無償の奉仕を求める
商業科のイベントの為に、淑女科にボランティアを頼みたい。そう仰ったのは、商業科三年生で代表的な立場にあるブリュット侯爵令息様。先生方には許可を取ったという事で、ブリュット様を含めて三人でこちらの教室にいらして説明会が開かれた。
三人の中にフィユモルト様も含まれていて思わず見つめてしまったら、目があった瞬間小さく微笑んだ。良く一緒にいらっしゃるランコントレ様は一年生で今日は一緒に居ないからなのか、彼女の入学前までの柔らかな雰囲気で、久しぶりに落ち着いた気分でフィユモルト様を見る事が出来る。
「淑女科の皆様も年度末に行われる学術院購買会の事は良く知っていると思います」
学術院購買会は商業科が日頃の学習内容を反映させて行う販売会。一年生は見学、二年生は上級生の依頼を受けて裏方を担当。三年生から学年毎にテーマを決めて出店をします。その際、商業科の生徒自身が店員になっても良し、営業者として外部から店員を手配しても良し、商品も家業で扱っている物があればそれを仕入れても良いし、新しい取引先を見つけても良いという、卒業後に役立つ実技試験を兼ねたお祭りです。
一昨年は真剣にメモを取り観察するフィユモルト様と一緒にお店をまわりました。去年は裏方として忙しいフィユモルト様に、直ぐに食べられる差し入れと複数枚のハンカチをお渡しして喜ばれました。今年は一緒にいられる時間が有りませんが、私にお手伝い出来る事があればと思っていた所です。
「今年度始めて参加する我々商業科三年生は、淑女科の皆様の作る手芸品をメイン商品として取り扱う事になりました。こちらから発注しますので、刺繍等の授業時間と余暇時間を使って納品して下さい。購買会で売れた物については材料費の実費をお支払いしますので、納品時に材料費の請求書を添付して下さい。請求書の用紙は発注書と一緒にお届けします。売れなかった物は速やかに返却致しますので、全ての納品物に名前を記載したタグをつけて下さい。その際、納品物に傷がつかないよう注意をお願いします。以上、よろしくお願い致します」
一気に捲し立てて「では失礼する」と出て行きかけた三人に、大きな声で「お待ち下さい!」と声が掛けられた。
「わたくし、クローネ・フォルネリと申します。ブリュット様に質問があるのですが宜しいでしょうか?」
「フォルネリ嬢というと、王都に店を構えるフォルネリ商会の方ですか?」
クローネ様のお爺様は香辛料を扱うお店を大きくされて、南方から王都に進出。王都で使用する香辛料を多く取り扱う様になった事を陛下に認められて、男爵を賜ったと聞いております。元々あった南方の三店を支店とされ、クローネ様も休日は店に出てたり事務の補佐をして働いておられるそうなので、商売についてかなりお詳しい様子。
「はい、フォルネリ商会長の孫娘です。失礼を承知で商売という観点でお聞きします。淑女科が制作した品が売れた場合は材料費を、売れなかった場合は現品を返却とおっしゃいましたが、製作者に対して支払われる手間賃についてはいかがお考えでしょうか?」
「手間賃とは?」
「確かに淑女科は手芸全般の授業がありますが、各自の技術向上の為であって、商業科の利益の為にやっているのではありません。ブリュット様は授業時間と余暇時間を充てるようにとおっしゃいましたが、百歩譲って授業で作った作品を寄付する事までは仕方が無いとも思えますが、何故個人の時間を削ってまで商業科に奉仕しないといけないのですか?商品の仕入れ価格は、材料費と諸般の経費を合わせたものであり、ブリュット様も良くご存知の事だと分かっておりますが、淑女科の人件費についてお話が出ませんでしたのでどの様にお考えかお聞かせ下さい」
確かにそうですね。私の作る織物も実家とコーズ家から頼まれる分は材料費のみで作っておりますが、レアリテ様や先生から依頼されたものは手間賃をいただいて、それで自分の生活の足しにしております。レアリテ様からはお金だけでなく生活の面倒までいただいておりますが、ヴィーヴさんやモンラシエ様から「製作者がきちんとした技術料を受け取らなければ、同じ仕事をしている人達の報酬が下がってしまう」と言われて受け取っております。私が安く見積もれば、同程度の品を作っている職人さんも同じ金額で仕事を受けねばならなくなり、結果的に織物職人全体の収入が下がってしまう。言われるまで気が付きませんでしたが、丁寧に説明していただいてからは、自分の技術に自信を持てる様に、より良いものをという努力を続けております。
実際にご実家の商売に携わっておられるクローネ様が声を上げて疑問をぶつけなければ、一気に説明された私達は勢いにのまれてブリュット様達をそのまま見送ってしまっていたかも知れません。
「何故淑女科に手間賃を払わねばならないのでしょうか?」
「は?何故とは?」
「淑女科に手間賃を払う理由がありません」
首を傾げて辺りを伺えば、同じ様にしている皆の姿が目に入ります。
「ブリュット様は購買会に出品される商品を淑女科に依頼されるとおっしゃいました。人件費が掛かって当然ではありませんか」
「私はボランティアと言いました。商業科に淑女科がボランティアとして作品を寄付していただく形ですので、商取引にはあたりませんので報酬である手間賃は不要です」
「意味が分かりません。何故、商業科の為に淑女科が無償どころか個人の時間と手間を持ち出してまで、奉仕するとお考えですか?」
「それが淑女の理念だからです。奉仕の気持ちで主人と家を支え守り、弱者に手を伸べるのが淑女であり、金銭と引き換えに作業をする労働者と同じ様に扱うのは皆様に対して失礼にあたります」
ちょんちょんと右から腕を突かれてそちらに顔を向けると、目をまん丸に見開いたシャニーが口元に手をあてて顔を近づけて来た。




