クラルテはクラルテ・エタンセル子爵令嬢となる
ずっと貴方が好きでした。そして貴方を愛していました。
貴方の口からたった一言聞きたいだけなのに、それはとても贅沢で無理な事で、だから貴方の態度と周りの言葉で満足しろと言われても、心がそれを拒むのです。
貴方が私のたった一つの願いを拒み続けるのに、何故、私は貴方の願いを受け入れ続けねばならないのでしょう。
愛しているからこそ、一度だけ、一言だけ、微かな声でも良いから、私に聞かせて欲しかった。
最後に貴方が蕩ける様な笑顔で「まだ諦めないのか?無駄な事はもうするな」と言った時、私の心は折れました。
だから私はもう諦めます。無駄な事はしません。
貴方から言葉を貰うのを諦めます。貴方の言葉を待つ様な無駄な事はもうしません。
さようなら、貴方。ずっと好きでした。そして愛していました。
貴方の優しさを理解してくれる方は、数多いる事でしょう。だって貴方は「言わなくても俺の気持ちは分かるだろう」「周りだって分かっているだろう」と言っていましたもの。そして周囲も「大変愛されておられますね」「貴女が本当に大切なのですね」「彼の人の気持ちが強く伝わって来ます」と言っていましたもの。
分かっています。貴方は私を大切にして愛しんで下さっておられます。
でも私は我儘で、たった一言をいただけないだけで、心が悲鳴をあげるのです。
さようなら、貴方。
貴方の愛を、貴方の愛し方で、十二分に受け入れられる方とお幸せに。
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私、クラルテ・エタンセルは田舎の村の出身で5歳の時に母を亡くして以来、母方の祖父母の家で育てられた。
物心ついた時に父は居らず、生きてはいるが一緒に暮らせないと母に言われていて、それでも納得出来ず何度も聞いているうちに母が過労で倒れ、祖父母の家に親子で引き取られた時には既に回復するだけの体力が残っていない母を祖父母と共に見送った。
母は私にいつも『私の大切なクラルテ、心から愛しているわ』『お母さんはクラルテの笑顔が大好きよ』『クラルテ、大切な事はちゃんと言葉にしないとダメよ』と言っていた。その度に私も『お母さん世界で一番大好き』と返す。ただ、父の事を答えてくれない事に不満を持っていて、『大切な事は言葉にしないといけないのにどうして教えてくれないの?』としつこく聞き続けて文句を言った事を後悔している。
最後まで母は私に『いつまでもクラルテを愛しているわ』と笑顔と愛情をくれた。以来私は父の事を聞くのはやめて祖父母と沢山話をしたし、人に対してきちんと言葉で気持ちを伝える様に心掛けている。
祖父母は織物と刺繍の工房を持っていたけれど、私が引き取られた時は既に引退していて、個人的に頼まれた織物を織る程度のゆったりとした生活を送っていた。
母も祖母から機織りを習っていたので、倒れる前まで大きな工房の下請けとして働いていた。母が調子良く機を織る姿はとても綺麗で、魔法みたいに美しい織物が出来るのが楽しくて、母がどこからか手に入れた子供用の機と端材の糸を使って見様見真似で布を作り、拙い刺繍を施して母に自慢した。
だから、母が亡くなってからは本格的に祖母に機織りを、祖父に刺繍を学び、祖父母の工房を継ぐ為に技術を磨いた。
それから五年、私が10歳の時に家の前に見た事もない絵本に出てくるような馬車が止まって、綺麗な服を着たオジさんが降りて来た。
「クラルテだね。私が君の父親だ」
父と名乗るオジさんと祖父は長く話をしていて、私は祖母とキッチンでクッキーを焼いて待っていた。子供だった私は、どういう風に話が纏まったのかその時は分からず、お姫様の馬車は綺麗だったけれど無理やり乗せられて祖父母から引き離された時は、恐怖と悲しみでいっぱいだった。
後になって知ったのだけれど、私の実の父は出身地の村を含む、田舎の地域を治める領主で王家から子爵位を授かっていた。母は機織りの腕を買われて領主館に作られた工房で住み込みの指導員として働いていたのだけれど、子爵夫人が体調を崩された為、館の仕事も手伝う様になった。そんな母に子爵が目を付けて、傷付いた母は祖父母を頼るのも気が引けて隣村に小さな家を借りて私を育ててくれたという事。
酷い話だと思ったけれど、父の領地で平民として暮らす祖父母が私を渡さなければ、村の人達だって何をされるか分からない。私は黙って父に従うしか無かった。
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