1話
紅葉が染まり切った頃、蓮人 啓介の新生活は始まった。
東京湾の人工島、プラネット。中ノ瀬と呼ばれる海域を埋め立て出来た、市区町一つ分ほどの大きな島。人口増加を考慮し、緻密に計算された島単位の建設計画からか直進的な道路。ブロックごとに分けられた土地には背の低いモダンな住宅街が並び、落ち着いた雰囲気が漂っている。
この場所が、これから蓮人が暮らす島。体の奥から高揚感が湧き出して、蓮人は大地を踏み締めていた。
引っ越すにあたり、現地の人が案内やある程度の世話を請け負ってくれる事になっている。その人物との集合時間ほぼ同時刻に港に辿り着いたのだが、それらしき影はない。
引っ越しの荷物はすでに新居まで送っている分、荷物は少ないが、早めにたどり着きたいのが青年の本音だ。
転入する学校の制服だけでは寒い上、新居に先に送ったペットの事も心配だ。
十分程度待たされた後、青年のそばまで走って駆け寄ってきたのは、一人の女子高生だった。
「ごめんなさい、待ちました?」
青年はその女子高生の登場に驚愕する。案内やある程度の世話をしてくれると聞いていた以上、もっと目上の人が来るのかと思っていたが、彼女は青年と同年代。もしくは一、二歳違いに見受けられる。ただし年下かもしれないと言う想像は、青年の思考から消え去っていた。
スッと伸びた女子生徒にしては高い身長。海風に煽られ暴れまわっているものの、肩まで伸びるだろうセミロングの黒髪に、凛とした瞳は良く映えていた。典型的な日系の輪郭だが鼻が高く、それでもなお顔立ちのバランスは整っている。
青年と同じく転入先の学校の制服を身に纏っているが、服の見え方がまるで違う。清潔感のあるYシャツには当然しわなど無く、体のラインを強調する黒い細身のブレザー。襟の淵には、白いラインが入っている。Yシャツとブレザーの色彩差を強調するかのように、ワインレッドの細めのネクタイを締めているのも、青年的にはぐっとポイントだ。
かしこまった上半身とは裏腹に、ダークグリーンのチェックのスカートは膝上よりもはるかに上げられ、若々しさと遊び心が見えるが、その足を覆う黒いニーハイソックスにはどこか安心感がある。
まさに社会人と学生のいいとこどりをした案内役に、青年は一目奪われていた。
彼女としては申し訳なさそうに、急いでやってきたには違い無いのだろうが、それを考えても落ち着きのある大人びたトーンの口調。その声がもう一度耳に届くまで、青年は口を開けたまま唖然としていた。
「……あの」
「あっ、はい」
緊張のあまり、うまく言葉が出てこない。
「遅れてしまって申し訳ありません。お時間待たれました?」
先ほどよりも丁寧に聞かれてしまう。まずい、言葉を返さなくては。
「いいえ、数分です。待ったと言う程ではありませんよ」
青年は自分自身に高得点の印鑑を押したい気分になる、我ながらいい返事だ。青年の中ではこれが紳士淑女の会話だと想像しながらも、話を続ける。
「ただ、堅苦しい言葉遣い必要ないですよ。おそらく俺の方が年下ですし。初めまして、蓮人 啓介です。今年で17歳の高校2年です。失礼かもしれないですが、先輩なんですよね?」
その言葉を聞き、女子生徒は口元に手を当て驚愕していた。
「すごいね。私、今3年なの。よく分かったね」
「そりゃあ随分と大人びていましたから。顔つきや表情、俺に対する対応から察すると、社会馴れしてると思ったんです」
「ははは、褒めてくれてどうも。でも良かった。こんな時期に、しかもこのプラネットに転入って聞いてたから、訳アリの人なのかと思ってたよ」
「訳アリと言えば事実ですけど、そんな大層な人間じゃないですよ、俺は」
「またまたご謙遜を~。私の名前は日谷 遥。これから二週間、あなたの案内役兼、教育係を務めさせてもらいます。何か不備があった際は私に連絡してね」
そう言い、日谷は健やかに笑って見せる。表情豊かでしっかり者、それが蓮人が持った印象だった。
蓮人は言葉を続けようとしたが、日谷が「続きは移動しながら話そうか」と、提案を出してくる。さすがは出来る女子高生。
港を出て歩く事二百メートル。沿岸沿いの岩場を横目に真新しい舗装路を通ると、駐車場へと案内される。
蓮人はがっくりとしていた。もう少しでも、お世話役の美人お姉さんと二人で話していたいものだが、まさか同席者がいるとは。余計な口出しをしない運転手がいなければいいのだが。
そんな心配事をしながら、彼女の近づくオリーブグリーンのSUVに近付き、運転席を除くと、そこには誰も乗っていない。
どこかで一服でもしているのかと辺りを見渡しても、あるのは白波の打つ磯と、道路沿いにある漁港に隣接する市場のみ、人の姿と言えば、遠目で漁師や市場のおばちゃんが団欒に花を咲かせている姿しか映らなかった。
「あの、運転手は?」
「ん? 私。AI操作でもいいんだけど、君の家はAIには厳しいから」
現代では聞きなれたAI操作だが、まさかプラネットにも対応していたとは、蓮人は思いもしなかった。車両のAI操作と言えば、衛星からの位置情報と、車両備え付けの外部カメラを参照し、AIが自動で目的地まで運転を変わりに行ってくれるのだが、それは平均的な交通量など、交通状況の統計や地図データが衛星やAIに反映されて初めて機能する代物だ。
厳しい、と言い切るからには、既にプラネットの道路状況類はすでに衛星がデータ管理を行っている証拠だ。類を見ない更新速度に驚きつつも、蓮人はもう一つの疑問を投げかける。
「日谷先輩、免許取るの早いですね。早生まれとか」
「十二月生まれだから、まだ蓮人君と同い年だよ。あと数週間だけだけどね。でも、プラネットでは日本の法律と違うから、プラネットでの試験を受ければ高校生から乗れるよ。AIのサポートもあるし、そんなに難しいものじゃないよ」
彼女はまるで卵の殻を割るかのように、さも簡単そうに答える。
確かに日本本国でも、車の免許取得は技術の進歩と共に簡略化されてきた。
AIサポートのおかげで誤操作をした場合はアラームが鳴り、全ての操作を車両が受け付けず安全域までAI操作に変わる。
一瞬でも操作をミスすれば、運転手の危険予測の範囲外であっても強制的にAI操作に切り替わるサポートは、いわばAIに乗らされている、と皮肉を言われる事も多い。
おかげで車愛好家の人々は、満足に自分の愛車を唸らせる事も出来ないのだろう。最も、電気自動車のモーター音など、たかが知れているのだが。
そんな蓮人個人の批判を脳裏に秘めながらも、日谷は尋ねてきた。
「もしかして、プラネットの事、全然知らない?」
「……恥ずかしながら」
引っ越し先の情報くらい、下調べをしておくべきなのだろうが、日本国近海、しかも東京湾に浮かぶプラネットであろうが、国と人工島には、『厄介な』違いがあるのだ。
日谷はふふんと自身にありふれた笑いをしながら、車を運転しながら説明してくれた。
「時は西暦二千三十七年、世界は戦火に包まれていた。三ヶ国以上が同時に核を使用した戦争、その名も終末戦争。世界中がミサイルポンポン打ち合って、世界の土地の約七十パーセントが、放射能で汚染されてしまいました」
「その話なら知ってます、小学校から散々習ってきましたから。終戦後、居住可能な土地は限られていて、新たな居住地が必要となった。それで宇宙開発が話題に上がり、世紀の大失敗に終わった所までは」
「なら話が早いね。宇宙開発時代、列強諸国は新たな土地、『移民地』を作るにあたり法案を作った。それを管理しているのが、現在世界の行政の心臓部、地球連邦局。そこが移民法と呼ばれる法案を管理している所だよ」
「宇宙開発に浮かれて、地球連邦局だなんて気取った名前つけて、皮肉ですよね。いまだ人類は、地球の重力から離れて暮らす夢を叶えた訳ではないのに」
「おや、連邦局はあまり好きじゃない?」
「あまり好きではありませんね」
「それは気が合うね、私も嫌いなんだよ。とまあ、嫌われ者の気取り連邦局さんは、宇宙開発時代こんな法案をつくった。『人類の永住を想定した施設、設備を施工した場合、連邦局より定められた一定期間を、施工した組織、企業または団体が管理し、連邦局より安全の確認が認められた場合のみ、組織、企業、または団体に所有権が認められ、国土として所有する事が出来る』」
「その法案自体は普通ですよ?」
蓮人が彼女の言葉を否定すると、日谷は「まあね」と、つまらなそうに答える。
宇宙開発と言う点においては、この法案に不備があった訳では無い。
仮の話になるが、某国が宇宙に移民ポッドを作成したとして、国土として主張したとする。
しかし、別の国が某国の移民ポッド付近に新たな移民ポッドを作成した場合、厄介な事が起こる。
すでに過去の世界で散々揉めたように、移民ポッド同士の間にある空間を、誰が所有するかと言う話に発展する。そんな過去の教訓を生かした結果、『連邦局が安全を認めた土地』と言う、優先順位を付ける事によって、争いを回避しようと言う算段だ。
一見すれば、なんの不備の無い、よく出来た法案と言えるだろう。その後の話を除けば。
「知っての通り宇宙開発は、地球と宇宙を結ぶ超巨大エレベーター、起動エレベーターの開発中の事故により、建造コストの再計算を余儀なくされて、結局、宇宙開発そのものが消滅したんだよ。そこでようやくご登場! プラネットを施工したわが社ネクスト社が、起動エレベーター施工時に開発された洋上プラントに目を向け、四年の歳月をかけて改良を重ね、今年ようやく完成したのが、このプラネットって訳」
彼女は嬉しそうに自社の登場を言い張ったが、残念ながら登場はもっと前。起動エレベーター開発の時点でネクスト社の名前が上がる。新たな移民地を作ったのも、大失敗をしたのもネクスト社だ。その違いくらい、蓮人は知っている。
しかし、わざわざ訂正する気にもならなかった。そのまま彼女は続ける。
「日本政府から要請されたプラネットは、完成したら日本に納品して仕事終わりっ、と言うのがうちの仕事だったんだけどね。連邦局さんは、何をトチ狂ったのか、移民法をプラネットにも該当させたんだよ」
「日本の領海内に、しかも東京湾内にある以上、領域間の問題は無いですからね。経済水域が膨れる訳でもありませんし」
「そう、なのに連邦局側は法案を優先した。きっと日本に移民地の先駆者になってほしくないからだよ」
「かもしれませんね」
日谷の言う通り、現在の世界はどの国が早く移民地を作るか、と言う競争が行われているのだ。
国によって、放射能により事実的消滅した土地の広さは違えど、どの国にも移民地は必要としている。
当然移民地が完成すれば、一番先に施工した企業は、移民地の作成が出来ない発展途上国から絶大な需要を得る。ともなると、世界の一大需要を事実上の独占状態になれば、経済バランスはおろか世界の力関係がひっくり返ってしまう。
それを恐れる列強側の組織、連邦局の嫌がらせを受けているのが、プラネットの現状なのだ。
「けれど、俺たち的にはその移民法があるからこそ、プラネットで働けるんですけどね」
「まあ、そうなんだけどねー……」
蓮人の言葉に、日谷も賛同する。
新たな居住地は連邦局側が安全と認めた土地のみ、国土としての権利を認められる。つまりは安全に生活できる事を証明しなくてはならない。
その為審査期間内は、施工した組織、企業、または団体が居住地を管理し、安全に暮らせる証明をする。その勢力に属する人材がその地に住み、法を定め、防衛しなければならない。
その中で蓮人達学生は、主に生活モニターと言う事になっていた。
ただ、このご時世だ。移民地を完成させまいと、テロ行為を行う組織を日谷はいくつも知っている。テロが行われる土地では安全と認められず、国土として認められない移民地は、今まででも数多く存在した。日本政府が東京湾上にプラネットの施工を依頼したのも、それが原因だ。
欲を膨らませたと言う訳では無いが、かつて他国が行ってきた洋上プラント計画は、国に海が面していなかったり、他国との領海が曖昧だったり、領海内が放射能で汚染され、外海に施工する他無かった場合ばかりだ。
それらはすべて、『謎の』テロリストたちから攻撃を受け、審査機関を延長されている。蓮人たちモニターとして雇われた学生にとっては、雇用期間の延長。小遣い稼ぎの期間が延びるため、嬉しい事なのだろうが、それだけの話で終わらないのが現状だ。
蓮人にとっては聞きなれた小難しい話も、日谷の「意外と知ってるじゃん」と言う言葉を最後に、重々しい空気で閉ざすように終わってしまった。
蓮人としては、プラネットの法律に付いて聞きたかったのだが、結局聞けずじまいだ。
もう一度話を振り直し、日谷に聞こうとした時、一本の連絡がSUVの無線に入った。
『……第九中央区に、詳細不明の不審物有り。付近の警備隊員は、現場に急行してください』
その一報が入る境に、日谷の表情が変わった。先ほどまでの律儀ながらも、どこかあか抜けた柔らかな表情などでは無く、女性らしからぬ、眉間にしわを寄せたこわばった表情へと激変する。
車内の空気が一気に緊迫して、唐突に蓮人に告げた。
「ごめん、蓮人君。一旦降りて」
唐突な申し出に、困惑する蓮人、しかし車はすぐに路肩に止められ、運転席側からボタン操作により、助手席のドアが開く。
「えっ、でも俺の家」
「終わったらすぐ戻って来るから、何かあったら連絡して!!」
日谷のあふれ出る喧騒から、いられるがままに車から降りる蓮人。直後、日谷はドアを閉める暇も無く、アクセルを踏み込み車は急発進。
そんな荒々しい運転ではAIが誤操作と判断し、オートクルーズに切り替わってしまうのではないかと疑ったが、日谷のSUVはその様子を見せる事も無く蓮人の視界から消えていった。初めて聞く、サイレンの音を鳴らしながら。
「何なんだ、まったく……」
たかが不審物。詳細を聞いた訳では無いが、どうせ誰かの忘れ物だろうと思う蓮人。しかし蓮人はまだ、警備隊と呼ばれていた彼女らが焦る理由を、理解していなかった。
どうもこんにちは、本居です。
僕は以前ハーメルンにて2次創作活動をしていて、いっつもあとがきを書いていたので今回も書いてこうと思います。(作品を書いたのは過去ですけど)
さてさて、僕の大好きな近未来SFが始まってしまいました!
SFって設定ばかりで難しくなりがちですが、読みやすく出来ていたでしょうか? 感想とかで教えてくれたら嬉しいです!
1話だけで感想なんてあるかボケェ! と思う方もいるかもしれませんが、何気ない一言だけでクリエイターはご飯3杯はいけるんです。ほんとだよ?
既に完結済みを投稿してるので毎日投稿を目指して行きますが、手直ししたい部分が多く投稿が遅れてしまった時はご容赦ください。ではでは、また次回〜