新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 9
まともに顔を合わせるなり、不敵に言い捨ててきたレイ。
子供である雷を馬鹿にしているわけではなく、危険な仕事と承知しながら子供を連れている風早たちを心底蔑んでいるのである。
視線は雷の頭の上を通過し、風早たちを薄茶色の目で睨んでいる。
頭上の仲間たちをちらと見上げ確認すると、椎名は面白がる含みのある笑みを浮かべ、風早は客観的にどう見られるかは理解しているので「まあ、そう思うよね」と対処を思案する顔をし、旭日は雷の視線に気付き「お前が侮られて売られた喧嘩だぞ、買っとけ」と無言でこちらを嗾けてくる好戦的な表情を浮かべ見下ろしていた。
「いやはや、面と向かってそういった類の批難をぶつけられるのは随分と久しぶりだ。君たちは相当素直な性質なようだ。耳が痛くて返す言葉もない……とでも言ったら君たちは満足なのかな?
他者からどう見えようとも、よほど法から外れない限り、干渉無用というのが狩猟士の掟だ。真っ当すぎる批判をしたかったら冒険者にでもなって出直してくればいい。
それと、危険な仕事に連れ歩いている、というのは少し言葉が足りないよ。彼は危険な仕事に戦力として我々に貢献してくれているんだから」
逡巡した風早は、レイの強い言葉に対して声音だけは柔らかく返した。その実、口出し無用とはっきりと拒絶し突き放している。
仲間にしようかという話しをしていた矢先に、常識的な倫理観の持ち主であるが故に嫌悪感を持って対応されるとは予想していなかった。
ゲームのレイに先入観を持ち過ぎていた。彼は悲しい過去を持ちながらも、初対面の主人公に友好的に接してくる。同行を是非を尋ねても最悪断られる可能性もあるかもしれない、と考えていた。だが、見通しが甘かった。それ以前の問題だった。
「そっちのほうが尚悪いじゃないか」
レイは鼻で笑った。
彼ら一行からしてみれば、雷たちの第一印象は最悪なのだろう。
シャナは不躾な険悪さをぶつける仲間におろおろとしていて可愛いものだが、他の者は大なり小なりレイと似たような雰囲気だ。ルッズは役割柄、やや冷静に仲間たちを俯瞰しているように見えるが、こちらに対する好意は一切感じ取れない。
一触触発、とまではいかないが、冷ややかな空気だ。
何かにつけて己の見た目が足を引っ張ってしまうことに、雷は仲間たちへ罪悪感を抱く。彼らは雷にとって胃痛のタネみたいな言動と行動をしてくれるが、侮蔑の眼差しを向けられなければならない人たちではないのだ。
同時に、沸々とした怒りが胸にせり上がってくる。
自分たちのことを知りもしないくせに、思い込みで彼らの人となりを誤解されることが、たまらなく腹立たしい。
仲間たちに向けられる不躾な視線への不快感を、雷はなんとか飲み込んだ。
この連中を、今後の目的のために利用……ではなく協力のために勧誘しようとしているのだから、穏やかにいくべきだ。
子供の見た目を利用して場を取りなすか。
だが、仲間がせっかく自分の実力を買っている発言をしてくれたのだから、風早の言い分を参考にし、おもねらず、かつ卑屈にはならず、個人主義の狩猟士らしく強気で押し通すか。
「俺たちを見てどう思おうと自由だが、風早さんが言った通り狩猟士がそんなまともな指摘をして批難してくるなんて酷く場違いだ。気に入らないことがあったら他人に目くじらをたてるのが当然という態度がまかり通るなどと、勘違いしないほうがいい。
なにやら見当違いの違いの心配でもしているのか?
幼さゆえに俺が彼らに利用されているとでも?
守られてしかるべき子供が戦いの場にいるのは哀れだとでも?
何も言わずに見過ごすのは良心の呵責に耐えきれないか?
世間様の良識のご題目を高尚に並べ立てられれば満足か?
こんな血生臭い生き方しか選べない場所で、普通の者ならば、などということを前提にした物差しに当てはめて考えるのは愚かだとは思わないか?
で、お前たちはその喧嘩腰でこちらを不愉快にして何をしてくれるんだ?
戦わされていると勘違いしている俺を助けて、生活の面倒でもみてくれるとでも?
出来やしないだろう?
驚くくらいに滑稽な限りだ。
コハンの狩猟士の中には、随分と『ぬるい』やつがいるみたいだな。
さっさと酒場を出て、躾の行き届いた札付きの組合の犬にでもなるのをおすすめする」
雷は、三人に向けられる侮蔑をこちらに向けてやろうと決めた。
可愛げのない子供を連れ回していると思えば、嫌悪も減るはずである。そうであってほしい。
鋭い語調で雷が吐き捨てると、若者たちは悪辣な挑発に怒るよりも、鳩が豆鉄砲を食ったように面食らっていた。
ヒュウと二人分の口笛が聞こえた。
ひとつは旭日と、もう一つはマスターだ。
「仲間以外には基本無口な人見知りなガキだと思ってたが、結構いうじゃねえか。ま、ひとつ言っとくと最後の罵倒だがな、よその国では狩猟士にとっては罵倒だろうが、この辺じゃあそうでもないってことを教えとくぜ」
「知ってる。だから言ったんです」
嘲笑する台詞に、さらに不快感を加えるスパイス程度の挑発の意味しかないのは、雷とて承知済みだ。
東部に長くいたから喧嘩の常套句として覚えていたが、これが東部であったら絶対に言わない。
意味合いがさほど通じないからこそ、言えた言葉だ。修復不可能なほどに無効に激昂されたいわけではないのだ。
大陸東部の狩猟士と冒険者は、同じ穴の狢ともいうべきなのに、かなり仲が悪かった。
顔を合わせれば喧嘩に発展するのも珍しくなかった。
雷はその幼さからはなから相手にされず傍観者に徹していたが、椎名は運悪く巻き込まれ、旭日は冒険者と狩猟士の喧嘩に積極的に参加して、レベルの高い者にボコボコにされるのも珍しくはなかった。風早はダヤン神族であるせいか、周囲がどれほど興奮状態にあっても怪我を負わせられることは少なく、どちらかというと種族の特性を発揮し喧騒を治めていることのほうが多かった。
元の世界でいう同じ軍隊でありながら仲が悪いことで定評がある、陸軍と海軍のようなものなのだろう。
大陸東部では、冒険者は狩猟士を「道理を知らない無法者」と罵り、狩猟士は「組合に尻尾を振る犬」と嘲る。
札付き、とは冒険者に何らかの不幸が降りかかった場合身元を特定するためのタグのことだ。
狩猟士の生き方にこだわり、成果を打ち立てている者にとって、札付きになれと言い放たれるのは最大級の侮辱だ。
しかし、大陸中央部の狩猟士と冒険者は、互いの存在を嫌いあってはいない。
必要があれば、情報を交換し摩擦なく協力しあえる程度には円滑な関係だ。
「やっぱり売られた喧嘩は買っておかねえとな! よく言った雷」
「おいやめろ」
乱暴な手つきで雷の頭をなでる旭日。雷は鬱陶しさに振り払おうとするが、彼が満足するまで止まらなかった。
「まあまあ、雷くん。穏やかにいきましょう。初対面の若者たちにいきなり喧嘩腰になるのは、やめておきなさい」
椎名が雷の肩に軽く手を置いた。
「こちらにも都合があるといっても、君たちのような手合いは納得しないでしょうし、君たちに納得してもらいたいわけでも納得してもらわなければならないことではありませんから、語ることは特にありません。
それはともかく、ぼくたちが君たちを不快にさせてしまったことは確か。どうしようもない不可抗力な要素ではありますが、それに関しては謝罪しておきましょう」
肌に刺すようなぴりぴりとした空気をなだめるように、椎名が一方的な苛立ちをぶつけてくる面々にしなくてもいい詫びをいれる。
「売られた喧嘩を買うのは楽しいと思うんですけどねえ。風早さんだってそう思いませんか?」
おどける旭日に、風早は肩をすくめた。
「旭日ほど見境なく好戦的にはなれないけれど、私もこの喧嘩ならば買うの楽しそうだとは思うよ。けれど、ここは優さんの顔を立てて尻尾を巻いて引きさがろうか。
レイ君、だったね。それと君たちにも、大人気ない態度をとってすまなかった。
雷君も」
言いたいことは言い捨て痼りを残しつつも、こちらが折れるという形でとりあえずこの場を有耶無耶に収める方向に持っていくようだと察し、雷は促されたまま素直に頭を下げ謝った。
しかし、レイは形ばかりにこちらが折れたところで、本質的には全く気が済んでおらず、言い足りないとばかりに何か口を開こうとする。それを自然に遮って風早が告げる。
「ひとつ付け加えておくと、悪し様に言い返したけれど君たちの考え方自体は好ましいよ。
子供は守るもの。世の中にはそんな当たり前のこともできない人がいるから、見ず知らずの会ったばかりの幼い子供のために怒りを抱くことができる君たちのことは嫌いにはなれないね」
「俺は嫌われたって構わないけどな」
「それは残念だ」
全く応えていない様子で薄く笑う風早。
なおも言い募ろうとするレイを、ルッズが止めた。
「レイ、やめとけって。そいつらが言うとおり俺たちが口出ししていいもんじゃない。放っておくのがここでは一番正しいんだ」
力の込もった手で肩を掴まれたレイが、砂を噛むような顔で乱暴にそれを振り払った。反意は押しとどめることにしたのか、押し黙ったまま少年は何も言わない。
話はこれで終わりだ。
「その……レイが、すみませんでした」
大人しそうな僧侶の少女、シャナが頭をさげる。
「いえいえ、こちらこそ」
椎名が腰低く少女の謝罪を受け入れ、気にするなと声をかける。
その応酬を聞きながら、ここからどうやって仲良くなるんだ? 仲間にするのはなしで進めるのか? 人手を別な形で手に入れる必要があるんじゃないか? と雷はこれからのことで頭がいっぱいだった。
頭を悩ませる雷を尻目に、旭日はなんとか治ったに見せかけた場を、かき乱す。
「よう、お前ら。何を言われようと、どうせ気になる……いや、俺たちが気に入らないんだろ?」
腕を組み、仁王立ちした堂々とした立ち姿の男は、挑発するかの余裕のある笑みを見せる。
「それならいっそのこと、俺たちと仕事してみたらいいんじゃないか?」
「はあ? どうしてそうなるのよ」
疑問を投げたのは赤毛の少女だ。
「明らかに言い足りないって顔してるやつらばかりじゃねえか。俺らも言われっぱなしは面白くない。けど、うちの椎名さんは穏当におさめたいようだから、ここで口でぶつかり合うこと出来やしない。
けど、俺たちと同じ仕事をするのならば、一緒にいるぶん言いたいことをお互い言えるんじゃねえかって思ったんだよ」
雷は旭日の魂胆に眉をひそめる。ここから言葉を重ねて、彼らと一時的に組む流れにして、その間に良好な関係にもっていく運びにするつもりなのかもしれない。
有りか無しかと言えば、今の状況では無しだ。
「おい旭日、適正レベル5のモンスターを狩りに行くのに、足手まといを誘うなよ」
これがもう少しレベルの低いモンスターであれば、その考えに乗った。
ルッズとシャナはゲームのように初期レベル1ではないだろうが、それでもレベル2しかないだろう。
レイを除く他の面々もそうだ。
ローズ・レディと戦うにはあまりにもレベルが低い。
敵が二体、三体程度で数の優勢を誇れるならばともかく、昨日のトレント戦のように絶えず湧き出てきたら、彼らの命が危ぶまれる。
「ん、ああ。そういやそうだったなあ。すまん、今の話は忘れてくれ。言われてみれば、こいつらが危ないか」
旭日は照れ隠しするようにぼりぼりと頭を掻いた。本気でそのことについて失念していたようだ。
誘いを投げかけたものの、すぐにそれを否定した。にも関わらず、どこか思い詰めた表情でひとりの青年が旭日の提案にくいつく。
「……行く。俺はあんたたちの仕事についてく」
断言したのは、レイの後ろで黙っていた獣耳の青年だ。
「ちょっとジル。いきなりどうしたのよ?」
信じられない、と目を丸める赤毛の少女。
「そいつらの言う通り、なんか、気に入らないんだよ。言うだけ言ったって、なんかもやもやするばっかりだ。このまま別れてそれを抱えているくらいだったら、ついていったほうがましだ」
「ちょっと待ってください。さきほどの旭日くんの誘いは短慮でした。口にした言葉をすぐに翻すようなことをしたのはこちら非です。
けれども、ついてくると言われても困ります。
ぼくたちは薔薇の乙女討伐の依頼を受けました。適正レベル5、いわば中堅向けの相手です。
君たちのレベルはいくつですか? レベル1、2程度では危険な相手ですよ」
椎名が慌てて獣人の青年の同行を拒絶する。
中堅向けの依頼と言われて若者たちはたじろぐが、そうはならなかった者もいる。
「調べてないからわからないけど、全員レベル2はあるんじゃないか?」
レイが椎名の問いに答えた。
「おい、まさか。レイ、お前まさかこのおっさんとちびたちについて行くなんていうつもりじゃないだろうな。やめておけよ、何を張り合ってんだ、お前」
真顔で嗜めるルッズに、レイは「わかってる」と告げる。
「行きたいやつが、行けばいい。
お前たちまで、危険な目にあうことはない。
だが、俺はあいつらについてく。
あの気竜をいずれ倒さなきゃいけないのに、今更ローズレディ相手にビビって躊躇ってなんかいられるか」
何人たりとも折れそうにない固い決意に、みな視線を合わせて固まる。
なによりも、レイの最後の言葉が胸に突き刺さり、動揺していた。
「そうだよな、本当にそのとおりだよな」などと、雷たちをよそに少年たちは盛り上がっている。
「ああ、こいつら。もう……」
熱くなる仲間をよそに、ルッズは天を仰ぎ嘆いた。
「おいおい。誘っちまった俺が言うのもなんだが、ついてこられても困るぞ」
「みなさん、落ち着いてもらえんませんか? 今は植物系モンスターが多く発生しているのをご存知ですか? ローズレディがコハンの近くで目撃されているくらいに、異常が発生しているんです。
数も通常の二、三体での行動をしているのとは限らず、こちらから攻撃をしかけて戦闘を開始したら、姿を見せなかった魔物が大量にでてくる場合もあります。
そうなったら、ぼくたちでも君たちを守ることはできません」
「別に、あんたたちに守ってもらう必要なんてない」
場は混乱していたが、ひとり冷静な男が平素と変わらぬ態度でマスターに声をかけた。
「マスター。ロズレの討伐は別に今日でなくてもいいだろう? ドラゴニクス草の刈り取り依頼を同時に請けるよ。今日はドラゴニクス草を始末しにいこう」
風早はさらりと解決案をだした。