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仕事:狩猟士  作者: まほさん
8/23

新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 8

 四人の中で一番寝起きが悪いのは、雷だ。

 子供の体は大人よりも長い睡眠を欲しているが、つい三人に合わせて夜更かししてしまう。

 慣れない手つきで針と糸を使い、自分の衣服と椎名の衣服に防御力を上げる魔法文字を刻んでいた。

 刺繍自体は初めての作業だが、刻印魔法技能のおかげか綺麗に仕上がった。

 魔法文字には二種類ある。

 一度使用すると消えてしまうものと、恒常的に使えるものだ。

 衣服に刺繍する魔法文字は、効果は微小だが特殊な糸を使っているので永続する。

 これを染料で描くと、一定時間だけ防御力を上げるだけになる。

 もうひとつ、重要な作業をした。

 ルーンストーンの補填だ。


 トレント戦で大分減ってしまった軽石に停止(ストップ)を刻印したルーンストーン。

 一度使用したルーンストーンからは、刻印が消えてただの石に戻る。戦闘後余裕があったならば、それを拾ってあつめ、刻印を刻み再利用している。ゲームでは停止の刻印(ルーン)魔法を使うとエフェクトで停止の刻印がされた礫が自動で飛んで行ったが、現実ではそんなにお手軽ではない。

 何もないところから礫は出てこないし、礫は勝手にぶつかっていってくれない。

 刻印魔法ができるのは、刻印した物質に文字の属性を与えることだけ。

 まずは刻印するものを自力であつめ、自分でそれに魔法文字を描き、攻撃に用いる場合は自分の腕でそれをぶつけなくてはならない。

 魔法の知識と魔力さえあれば、簡単に形にできる普通の魔法に比べ、非常に手間がかかるのだ。

 それでも、使える能力の幅は広いから、覚えて損するものではない。

 昨夜は服に刺繍を終えた後、買ったばかりの染料を使って軽石に刻印を刻みつづけた。


 その結果、まだまだ眠り足りないため起きるのが辛い。

 旭日に雑に体を揺さぶられてなんとか目を覚まし、くっつきそうになる瞼をなんとか引き剝がして着替えをする。

 井戸の使用料をあらかじめ払っているので、外に赴き気兼ねなく水を汲み顔を洗った。

 それでやっと目が覚めた気がする。

 雷が宿の食堂に行くと、年上の友人たちはすでに食事をはじめていた。

 席に着きいただきますと小声で言い、雷はもそもそと食事を始める。 


「適正レベルですし、依頼が残っているようであったら薔薇の乙女(ローズ・レディ)でも倒しに行きませんか?」


 四人揃ったところで椎名が本日の稼ぎの提案をした。

 ローズ・レディは攻撃性能がトレントよりも高く俊敏性もあるうえ、テクニカルな動きになってくる。その代わり、防御力はトレントよりも落ちる。一体で行動することはなく、常に二、三体でいる、はず。

 ここまでが遊びで培った予備知識だ。

 今は植物系のモンスターが増えているから、二、三体どころか昨日のように思いがけず大勢を相手にすることになるかもしれない。

 

「いいと思いますよ。依頼がなくても、街の近くを探して見るのもいいかもしれません。ロズレの魔核は見た目がいいから高く売れるのが金欠にはありがたいです。

 昨日の私の買い物で狩猟隊(パーティー)の財布は空ですから。気竜に万全の状態で挑むには、まだまだ稼いでおかないと。

 仮に大量発生して苦戦しても、都市のすぐ近くであれば撤退が容易のところもいいですね」


 事もなげに告げる風早。

 半年間の収益すべてを突っ込んだ思い切りの良さに、雷は食事のために伏せるふりをした顔を引きつらせた。相当値が張るとは伝えられていたが、予想以上である。パーティーの資産は30万ゴールド近くあったはずだ。

 

「薔薇女相手なら、トレントより腕が鳴りますねえ。楽しみですよ」

 

 危機感を持たずに笑う旭日が、雷は心底羨ましかった。


「頑張ります。稼ぎましょう。金欠は嫌です。個人資産があっても、金欠は絶対嫌です。それじゃあ下級回復薬も買えないじゃないですか」


 据わった目で雷は気合を入れる。

 雷はそんなに金を使うこともないため、個人用に使うために分配された金を貯め、3万ゴールド所持している。いざとなったら躊躇わずその金を使うが、それでも、仕事用の金がないと聞くと不安になる。

 

「全員、やる気十分。それじゃあ、今日はロズレ狩に行くとしようか」


 ◇


 専ら朝早くから活動を開始する狩猟士には少し遅い宿の朝食の時間に合わせたため、酒場が混雑する時間帯はとうに過ぎていた。

 四人が酒場に着いた時には、ひとけがなかった。

 マスターが受け付けで退屈そうに座っているのと、依頼を選んでいる数人の年嵩の男たちがいるだけだ。

 

 酒場の掲示板には、目当ての依頼が残っていた。

 ブラセルという人物からの討伐依頼を受注する。

 情報を詳しく聞いたところ、春になり雪解けした畑を耕していると、遠くに見える藪の中に薔薇の乙女がいたという。依頼主本人はその姿が詳しく何であるか知らなかったが、ブラセルの説明からマスターが薔薇の乙女だと判断を下したようだ。


 確実性がない話であったため、皆が面白がった。


「もしかしたら、一個上の薔薇の兵士(ローズ・ボーン)かもな」

「おい、やめろ旭日。変なフラグを立てるな」

「その上の薔薇の騎士(ローズ・ナイト)かもしれませんよ」

「椎名さん、お願いですからやめてください」

薔薇の姫(ローズ・プリンセス)薔薇の女王(ローズ・クイーン)だったら、私たちでは瞬殺されてしまうね」

「そんなのがこんなところに居てたまるか!

 面白がるのはやめてください、風早さん。薔薇姫はレベル20あたりから敵だし、ローズクイーンに至ってはラストダンジョンのエンカモンスターですよ。はじまりの街がどうしていきなり修羅の国になるんですか」


 雷は、青筋立てて年上の友人たちの無責任な発言を咎める。

 薔薇の乙女には上位モンスターがいる。兵士、騎士、姫、の順番で強くなっていき、最強格は女王。

 最下位である薔薇の乙女であるならばいざ知らず、その一つ上の薔薇の兵士と戦うのすらまだ危うい。

 彼らの発言は益体のない冗談であることは察せるが、雷は反射的についむきになってしまう。

 

「イカズチじゃあねえが、怖い話をすんなよな。本当になったらどうすんだよ。今のところ大きな被害はないが、植物系モンスターの大量発生は結構深刻なんだからな。呑気に構えてると足元掬われんぞ」 


 マスターが険しい顔で腕を組んでいる。眼差しは鋭く、雷たちを厳しく睨みつけていた。

 明るい雰囲気は一気に沈み、不穏なものが混じり出した。


「おや、ぼくたちの話が冗談ですまない感じですか。もしかして、スタンピードの予兆でも……?」


 椎名は穏やかな笑みを浮かべながら、マスターを探るように問う。

 スタンピードどは穏やかではない。

 雷は眉をひそめた。

 魔物の異常発生と暴走が起こるなど、あって欲しくない。


「この異常が予兆そのものだろ。まあ、最悪の事態が起きるまえに、冒険者組合があいつら(・・・・)をよんだんだ。あの化け物がなんとかするだろうよ」


 あの化け物というのは貶しているのではなく、その実力への賞賛なのだろう。

 彼を信頼しているのか、マスターは用心はしているがスタンピードへの恐れをさほど抱いていない。


「瞬刻の一閃、か……」


 コハンには本来いないはずのライオラがここにいるのは、魔物の大量発生の異常に対応するためだったのかと納得する。

 同時に、忘れていたかった存在を思い出して、雷は胃が痛みはじめた。

 正解を口にした雷に、マスターは頷く。

 

「商国が誇る最強の冒険者、瞬刻の一閃に所属するザカル人のライオラ。元々王国で登録していたらしいが、頭角を表すにつれ貴族の勧誘が鬱陶しくなって、貴族がいないこの国に来たんだと。なんでも、王族すらその強さに惚れ込んで配下にしたいと願ったらしいぞ」


 マスターが実しやかに噂を語る。

 

「王族といえど、従属種族を配下にしようとはなかなか不遜な方がいるものですね。彼らは自分たちの神以外には仕えないでしょうに」


 大陸の常識からしてみれば、例え王族であろうとあってはならない話だ。

 神族のために存在する部族の主になろうとするのは、己が神と語るのと同義。

 王族は人であり、神ではない。

 ザカル人やアステラ人を配下に望むなど、人の分を過ぎた奢りであり、神に対する不敬に等しい。

 雷にはぴんと来ない話だが、そういうものであるらしい。


「ま、王族云々に関してはあくまで噂だ、噂。

 とにかく、気をつけろよ。普段のコハンの周辺には低レベルのモンスターしかいないが、今は第五級緊急事態を街に公表するか話し合われてる段階だ。正直なところ、何があってもおかしかねえ。

 ……そこのチビ助も相当ビビってるようだしな、無茶はしないこった」


 第五級緊急事態は、スタンピードが起きる前段階に入っているということ。予防でどうにかなる段階ではなく、確実に発生するのだ。

 雷は、大量の魔物が押し寄せて暴走する状態というものをまだ経験していない。

 だが、それに居合わせたらとしたら、とても恐ろしく命がけのものになるのだろうということは容易に想像できる。


「ビビらないほうがおかしいだろ。俺は命が惜しいんだから。こういう局面で面白がってる風早さんたちが異常なんだよ」


 雷の顔色の悪さの理由をスタンピードへの怯えと受けとったマスターに揶揄られる。雷はそれもまた事実なので、否定せずに肯定した。


「雷君、別に私は面白がっていないよ。ただ、男ならば危機的状況になった場合は積極的に戦いに行かなければな、と思っているだけだからね」

「心外ですね、雷くん。冒険者と違って狩猟士には強制戦闘義務はありませんが、何かあったら見過ごして逃げるわけにはいかないだろうな、と一般的な義務感を抱いているだけですよ」

「何もないのが一番だとは思うけどな。心のどっかで力があるなら、その限界まで使ってやりたいっつーか。力を奮って見せつける機会が欲しいっつーか。まあ、英雄願望にちぃっとばかり振り回されてるだけだよ。面白がってはいねえよ。そんな不謹慎なことはしないっつーの」


 雷は三人の返答に額を押さえて黙って首を振った。ゲーム脳が抜けきれていない彼らには、処置なしだ。

 マスターは呆れたように頼もしいもんだと呟き、肩をすくめた。

 話ているうちに酒場の扉の外から賑やかな声が聞こえてきた。


「さっむーい。もう春なのにありえない! なんでこんなに寒いのよ」


 扉が開き、寒がる少女の悲鳴が響く。若者たちの一団が談笑とともに酒場にはいってきた。

 先頭になってはいってきて喚くのは、大陸中央部に多い赤毛をツインテールにした少女だ。

 若者の半数は赤毛や、茶髪の人間だ。獣耳と尻尾の生えた獣人もいる。


 噂をすればというやつかな、風早がそんなふうに小さく呟くのが雷の耳に届いた。

 初めて見るはずの顔ぶれの中に、覚えのあるものがある。CGで表現された容姿と現実になった世界の容姿は当然のことながらやや異なるが、特徴は一致し自分たちが思っていた人物と同一なのだと判断できる姿形。

 

「動いていれば暖かかくなるだろ」


 ぼやく少女に煩そうに半眼になる銀髪の少年、ルッズ。


「朝の寒さに合わせた格好にすると、お昼になると暑くなるのが困るよね」


 可愛らしい顔立ちをしたダークブラウンの長い髪の少女、シャナ。


「防具にもなるし薄手の外套(マント)でも羽織ってればいいんだよ。財布には余裕があるし、ミリアもマントを買ったらどうだ? これから暑くなるのは我慢しろ」

 

 気の強そうな赤毛の少年、レイ。


「ルッズのマント借りたことあるけど、上手く捌けなくて苦手なのよー。戦闘中にもたついたら命取りでしょ。だから、私はマントはいらないわよ。それだったら、レイが買えばいいんじゃない? ガンガン前に出て戦うから、一番怪我するのはレイよ。防御を上げるなら、まずあんたでしょ」

「俺もマント系苦手なんだ。冬のとき防寒用に上に何か着てても、戦闘始まる前に脱いでいたしな」


 ローブを纏ったシャナ以外、皆戦士系の装備だ。

 レイは長剣を収めた鞘を腰から下げ、ルッズは細々とした道具類と共に短剣二本をベルトにひっかけている。

 赤毛の少女は手斧と円盾を背負っていた。

 そのほかの面々も、いかにも駆け出し染みた手頃な軽鎧を装備した物理系装備でまとめていた。

 

「やあ、初めて見る顔だね。私たちは最近この街に来た風早というものだ。これからここで顔を合わせることになりだそうし、よろしく。私たちはこの四人で組んでいてね、私は狩猟隊(パーティ)では探索役をしているよ」


 掲示板の前にやってきたレイたちに、風早は声をかけた。

 

「椎名と言います。ぼくは後方支援をしています。みなさん、これからどうぞよしなに」

「旭日だ。俺は見ての通り攻撃役だ」

「雷だ」


 狩猟士の酒場(ハンターズパブ)に出入りしているのならば、厳つい男など見慣れているだろうに、旭日の体格の良さには軽く驚いている。

 なにより、幼い子供の雷が平然と物騒な場所に出入りしていることに違和感を覚えているらしく、一同妙な顔をしていた。

 働き手として集まる者の実態はともかく、規律と良識と常識によって運営しようと努力する冒険者組合。それとは違い、狩猟士の酒場には犯罪者でなければ、どんな者が出入りしようと、詮索無用という暗黙の了解染みたものがある。

 狩猟士や冒険者という存在に、実態とはかけ離れた夢を見た幼く無知な子供が一人駆け込んでくるだけならばいざ知らず、雷には仲間がいる。

 本人の意思を無視して酷使しているわけでもなく、戦闘に関して互いに了解済みなら、口出しはしないと無言のまま送りだすのが仕来りだ。

 奴隷の子供でも同様。冒険者組合では奴隷の子供を戦闘要員にでもしようものなら、組合から叱責されたり同僚の冒険者からつまはじきにされたりする。

 しかし、狩猟士の酒場ではそういったものはない。無論、白い目で見られるだろうが、冒険者組合ほどとやかく言わない。


 雷たちが冒険者組合ではなく、狩猟士の酒場に出入りするのを選んだのも、そういった組織の体質の違いによるものだ。

 

 ゲーム内でも素行が悪い者が多いと太鼓判を押され、実際その事実を目の当たりにした一行は、見慣れた狩猟士ではなく当初冒険者組合で日銭を稼いでいくか、という話なった。


 物騒な仕事をする物騒な輩が出入りしているのは確かだが、その度合いは狩猟士の酒場よりも小さい。

 細かい取り決めも、日本人である雷たちからしてみれば常識の範囲内だ。最低限の安全と依頼主との円滑な関係の構成のためなんだから当然だろうと受け入れられるものだし、仕事の幅が広い分手に入れられる情報が多い。


 同じような手段でお金を稼ぐのであれば、揉め事をどちらかというと避けられそうな冒険者組合のほうがいいだろう、と判断を下したわけだが、それが失敗のもとだった。


 この組織、奴隷が道先で堂々と売られているような世界の武装組織の割に、真っ当な倫理観を持っていた。


 雷は何をどう見たって誤魔化しようもなく幼い子供だ。

 冒険者組合に出入りすると浮く。

 いや、大人の姿をしている三人組と一緒に出入りするだけならば、多分まったく問題ないのだ。

 事情があって子供を連れて旅をする者が、金を稼ぐために組合の依頼を受けることもあるだろう。

 その依頼が厳しい戦いが予想される場合、子供は連れていかないだろう。

 しかし、雷はついていく。

 彼は幼い少女の身体であろうと、ただの子供ではない。れっきとしたパーティーの回復役なのだから。

 だが、大人に混じって子供が戦闘に参加するという行為が、冒険者という組織の肌に一切合わないから、浮く。

 雷自身の身を組合の職員や大半の心ある冒険者からひどく心配されるし、戦闘に連れ歩く大人組三人に対して白い目を向ける。

 自分自身への的外れな気遣いも、三人への鼻白む態度も鬱陶しい。

 

 側から見れば常識のない頭のいかれた行動を取っているのはこちらだということは、頭ではわかっている。


 だが、こちらにはこちらの事情があるのだから放っておいてくれ、と雷は声を大にして言いたい。

少しでも周囲から向けられる視線の心的負荷を下げるために、雷たちは実力主義かつ個人主義が多い狩猟士たちの世界に足を踏み入れることとあいなったのだ。


 成果さえ出せば、彼らは子供がいようと気にしない。

 戦いの結果で死んだとしても、彼らはきっと無関心で酒の肴の笑い話にでもして、やがてすっぱりと忘れていくことだろう。

 その冷淡な距離感が、奇異なメンツでパーティーを作っている雷たちには都合がいい。


 深く突っ込まれることはなかったが、無言の疑問がうるさいくらいにぶつけられる。

 雷は安易に自分に対しての扱いはそれだけに止まると思ったのだが、そうは問屋がおろさなかったらしい。


「俺はレイ、このパーティーのリーダーを務めてる。

 ところでさ、あんたたち頭おかしいのかよ、危険な仕事にそんな子供連れ歩いてさ」


 レイは開口一番に攻撃的な挨拶をぶつけてきた。


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