新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 7
宿では六人用の大部屋を一つとっている。
旭日と風早は深夜抜け出すこともあるため、部屋で誰かが一人きりにならないよう最低限の防犯だ。椎名はいかにも頼りなさげだし、雷は中身はどうあれ幼い見た目をしているから、夜に一人になると鍵のかけられる宿とはいえ何があるかわからない。
「これからの予定だけれど、気竜を倒すのは決定事項。しかし、それを彼と共にそれを行うかは決めてかねている。さて、どうしようか」
寝台に腰掛けリラックスした状態で風早が切り出した。
彼、とはこの街にいるレイのことだ。
気竜に村を壊滅させられた。大勢の人が亡くなり、村の仲間とともにレイは気竜を倒すために、復讐の刃を鍛えている。
「レイを仲間にしないと主人公は気竜退治のクエストを進められませんでしたが、今ならば共に行動しなくても、気竜に会えそうですし、ぼくはどちらでも構いません。
それにしても、これからやっと物語の主軸に関わっていくのかと思うと、いい年してわくわくしますね」
物語の開始の前提に悲しき過去があることを、とりあえず頭の中から取っ払った椎名は朗らかに笑う。
完全に、娯楽を前にした現代人の顔だ。
一方的に知っているだけで、知り合いですらない少年に対して心底同情するのは難しいのは雷には理解できる。だが、こちらに来てから知るようになった椎名の意外と食えない一面に、戸惑う時がある。
椎名は切り替えが上手い男だ。悲しみと怒りの淵にある若者たちを前にした時は、それに添える表情を浮かべる。
伊達に年だけはとっていない。
そんな彼でも、気が強すぎる女性を前にすると、本気で体調を崩す弱さを見せる時がある。むしろ、弱い、姿のほうが雷の中にある椎名の印象に近い。その弱っている状況すら利用できるならば利用するのだから、やはり根は強かだ。
「で、ありがちな原作クラッシュ! 御都合主義でこれから起こるはずだった不幸をなかったことにする! ていうのはこういう状況になったときの一種の夢というかお約束ですよね。
仲間の件に関しては、俺は、レイを仲間に引き込みたいですね。復讐を遂げさせたいってのもありますが、俺たちよりも先に動かれて無駄死にが出たり、気竜に逃げられたりしたら厄介ですから」
旭日は感情論を織り交ぜつつ、冷静に仲間にするべき理由を語る。
フリーシナリオを採用している『精霊の贈り物』には時間経過が存在する。
物語開始直後は再生歴1218年春と表示される。
物語の中核を成すメインシナリオや、世界観や登場人物を掘り下げるサブシナリオ、経験値やアイテム稼ぎのために請け負ったクエスト。これらをこなすごとに、イベントポイントという隠しステータスが増える。
ポイントが貯まると1218年夏へと移行する。
1218年夏にならないと発生しないシナリオやクエストがあれば、逆に春を超えると、既に解決済みの案件としてプレイできないシナリオが出てくる。
レイの最初の気竜退治もそうで、レイを仲間にせずに開始地点の商国から即違う場所に行き、全く違うイベントをこなして夏へ移行すると、気竜退治のイベントは主人公が関わらないまま彼らだけで解決しているのだ。
その場合、レイとネームドキャラ以外の村の仲間は、気竜との戦いで亡くなったことが伝えられる。
その後彼らを仲間にしてもいいし、しなくてもいい。
主人公が必ず関わらなければならないのは、嵐竜と呼ばれるようになった気竜との最終バトルだけだ。
ゲームの通りならば、彼らは自分たちが介入しない限りは春の終わりまで気竜には挑まない。
しかし、今この世界にいる彼らは生きている人間だ。
血気に逸って復讐に即座に向かわないとも限らない。
ここは現実なのだから、フラグ管理なんてあるわけがない。不測の事態が起きないために、行動を共にする必要があるのは確かにその通りだった。
「俺も、可能であればレイを仲間にしたほうがいいと思います。以前の運搬屋のように断られる可能性もあるけれど、一緒についてきてくれるのならば、他の二人も連れて行って欲しいです。ボスと戦うのは今回が初めてなんですから、戦力はできるだけ欲しい」
ゲームでは腕試し用として配置されていた変異個体モンスターと直接戦った経験はあるが、シナリオのボスとの戦闘は初めてだ。周到な用意は可能な限り行っておきたい。
肉の壁とまでは言わないが、人が多ければその分雷たちへの攻撃が分散されるはずだ。
レイはたくさんの村の友人たちとパーティーを組んでいる。その中に、ルッズとシャナという二人がいる。ルッズは斥候の少年、シャナは僧侶の少女。それ以外の仲間は使い回しのモブ顔で表現されていた。
この二人、NPCとしてパーティーの仲間に出来た。初期レベルが3あり、前衛系アタッカーとしてステータスが盛りに盛られて育つレイと違い、二人はあまり強くならない。全体的に低成長だ。それでも、パーティーが低レベルのうちは誤差の範囲内だ。今の時点なら、ゲームではほとんど気にならなかった。
探索には風早、回復には雷がすでにいるが、本職の斥候と回復魔法の使い手が増えるのは、初期レベル1だろうと頼もしい。
「うん、それじゃあレイたちを仲間にする方向で行こうか。彼らは今、コハンの街からは出払っているんだったね」
風早が意見をまとめる。
「そうらしいですね。依頼を請け負いがてら、憎い仇の居場所の調査を行なっているようです。居場所を突き止めた途端に、いきなり特攻するような軽挙をしていないことを祈りましょうか」
気竜に家族を殺された若者たちが、狩猟士の酒場を出入りしている情報はすでに入手済みだ。
雷たちがこの街に着いたときには、彼らは依頼で出払っていて、まだ直接顔を合わせていない。
レイもシャナもルッズも実に真っ当で素直な少年少女たちなので、コハンの街でこの情報を得るまでは冒険者組合にいるものだとばかり思っていたから、ゲームの通り狩猟士になっていたのには驚いた。そうなったことには理由はあるのだろうが、噂程度しか耳に入ってこない彼らの詳細を、雷はまだ知らない。
「気竜はどの辺にいるんでしょうか。このあたりの初期はもう、記憶の彼方です」
正直に告げる雷に、旭日も俺も俺も、と同意する。
椎名はそんな二人のために、手帳に挟んでいた地図を取り出し寝台の上に広げ、森林地帯を指差す。
「初めて戦う気竜が巣にしているのは、この街から半日歩いたところにある森林地帯の先の、岸壁、ですよ」
「森にたどり着くまでに一日がかりだし、森についてからも岸壁のある場所へ行くのがまた一苦労なんだ。今回も運搬屋を雇うよ。私たちが連弩を運ぶ余裕はないからね」
風早は測量士のジョブについているからか、地図から情報を読み取る力は、他の三人の追随を許さない。
地図の上では森は浅いように見えるが、実際に赴くと足場の悪さのせいで整備された街道のようには進まない。
それはこれまでの経験則でわかっていたことだったし、風早が言うのならばなおのことだった。
「道案内、頼りにしてますよ。貴理人くん」
目的地に着くまでの安全は、探索役の風早の肩にかかっているといっていい。
本命の前に消耗して、万全を尽くせなかったとなったらお話しにならない。
「俺の剣で原作クラッシュしてやる! って言ってやりたいところですけど、シナリオ通り気竜に逃げられたときもお願いします。風早さん」
旭日と雷と椎名は直接気竜と戦うが、風早は違う。
鍛冶屋に作成依頼した連弩と屠竜矢を戦闘から離れたところに設置し、いざとなったとき気竜を仕留めるのも風早の仕事のひとつとなっている。
「ああ、どちらの期待に応えられるように鋭意励むよ」
探索で命を預かり、なおかついざとなったときの奥の手を握る風早だが、その重圧などに押し潰される様子も見せず、涼やかな笑みを肉の薄い唇に刻んだ。