新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 6
物々しい装備はある程度外し、一般人が多いという店の席についた。
周りでは仕事が終わった肉体労働者系の男たちがやいのやいのと酒を飲んでいる。
店員の妖精猫がにゃあにゃあ鳴きながら注文を聞いて回っている。
猫たちは人間の言葉を話せはしないが、理解している。猫語を理解している店員が、猫から注文を聞き料理を作っていいた。
『先着五名様特別なメニュー』の品を頼んだ男に、猫がこれでもかというくらいにすり寄って甘えていた。人の女性によるサービスはないが、猫サービスはあった。この世界の飲食店では、ありふれた光景だ。
今更驚くようなものでもない。
店主の好みによって、猫だったり、犬だったり、鳥だったりする。爬虫類の時もあったが、雷としては毛や羽が飛び散らないとわかっていても、なんとなく気になるので、こういった動物店員の類だと爬虫類が一番好ましかった。
雷たちは猫店員に注文を頼む。
そして、酒の肴というには雷とって死活問題ではあるが、ザカル人の後ろ姿を見かけたことを他の仲間にも報告した。
「遂に君も会ってしまったか。全力で避けよう、協力するよ雷君」
我が事のように雷の身を案じるのは、風早。
彼はダヤン神族を選んでいた。
雷たちは半年前、大陸の北東部の他国の異文化が混じりあう地域で目覚め、そこから大陸中央部を目指してきた。
目覚めた場所では、江戸や明治くらいの日本文化の街が異郷と溶け合いながら存在していた。
そのあたりには従属種族がいなかったので、風早たちはすっかりとその存在を忘れていた。
しかし、大陸の東側の中心地に行ったとき、出会ってしまった。
アステラ人という、ダヤン神族を神として崇め奉り、また主として忠誠を誓う民族に。
目が合うなり、神族であることを見破り、膝を床につけて「神よ……」とうっとりしながら見上げてくる光景は、なかなかぞっとしない光景だった。
彼らは口々に訴える。
自分は神に仕えたい。
貴方のためであればなんでもする。
この命、すべてを神に捧げる。
何もかも差し出し、神の安寧のためなら我が身がどれほど損なおうとも構わない。
嘘偽りない本音が、ひたすら重く息苦しい。
従属種族に追いかけ回されて、ひぃひぃ言いながら逃げ出すこともあったので、もはやトラウマだ。
熱狂的な崇拝を向けられ、それを受け止めるにはそれなりに大きな器が必要だ。
風早にはそんなものなかった。
「やばかったもんな、ヤンデレってやつ。怖えよ、アレ」
かつて旭日は、風早を追い回す従属種族の美女に恐れをなしていた。
女好きの彼ですら、アステラ人には絶句して近寄り難そうにしていた。
「地の果てまで追いかけてきそうでしたからね、でも道中をご一緒するには性格がきつ過ぎます」
椎名は苦笑した。
風早を信奉するあまり、その仲間たちを軽んじたり妬んだりするアステラ人の者たち。道中で会ったのは五人だけだが、その誰もが強烈だった。
椎名は親しげな空気を向けてくれる者に対してはおっとりとした素をみせられるが、あまりに強い敵意を向けられると身が竦んでしまう。表向きは平然としていたが彼の精神的負荷が絶え間なく、風早はその度に「私の友人たちを馬鹿にするな」と激怒して、失態を必死に謝ってくるアステラ人を拒絶して旅してきたのだ。
雷は内心、しつこすぎるアステラ人にボロを出させて追い払うとっかかりを作るための椎名と風早の策略だったのでは、と思わないでもない。
「なんでですかね。一緒に来て欲しくないひとに付いて行きたいと言われても、という感じです。仲間になってほしい人に限って、仲間になってくれませんでしたしね」
雷は、かつて一緒に大陸各地を回れないかと誘った運搬屋のことを思い出した。
気のいい男であったが、さすがにいろんなところを回る体力も気力もないよ、と豪快に笑って断られた。
最近のゲームでデフォルトでついている無限アイテム欄、というのは『精霊の贈り物』にはなかった。
個人で持てる道具の量が決まっており、体格のいいものほど大量の荷物がもてる。その荷物をやりくりしながら、ワールドマップを歩いたり、ダンジョンを攻略したりする。せっかくアイテムを手に入れても、アイテム欄がいっぱいで手に入れられないという場合もあるので、道具欄の空きに気をつけながら進めていた。
もちろん、ゲームですらなかったインベントリという便利なものが、現実になってしまった世界にあるはずもなく。
ゲーム以上に厳しい道具管理が求められている。持って運ぶことがギリギリ可能な量の重さの負担のせいで、いざ戦闘に入ったらまともに戦えないとなったらお話しにならない。
荷運び専任の仲間がいたら、旅路は相当楽になるだろう。
そう判断し、運搬屋の男にそれとなく打診したら断られた過去があった。
いろいろ秘密というか、語ったら頭がおかしいと思われる語るべきではない過去を持っているが、四人だけの旅に固執していない。
旭日は女性の仲間がいれば旅が華やかになるよなあとぼやくし、雷は戦力増強して生存率を上げられ、かつ問題を起こさないのならば、仲良くしようと思えるかは別として現地民の増員は歓迎している。
話がひと段落したところで、注文した飲み物が届いた。三人は酒、雷は遅成り林檎という種類の冬の中頃から春の始めまでなる林檎の果汁だ。
果汁はちょうどいい酸味の中に甘さがある味だ。緩くても美味いと感じる。三人は冷えた麦酒とはいかないが、そこそこ美味いらしい。
「とりあえず乾杯と行こうか」
風早が盃を掲げる。三人はそれに合わせてコップを持ち上げた。
乾杯の音頭に合わせて金属製のコップを軽く打ち合わせる。
鳥の串焼きやこんがりと焼かれた魚、野菜サラダ。頼んだ料理が運ばれはじめ、それに舌鼓を打つ。
「野菜が美味しい店の料理は美味い店だよなあ」
酸味が強いマヨネーズがかかったサラダを一口含み、雷はしみじみと呟いた。野菜を咀嚼し飲み込むと、次々と料理の攻略に取り掛かる。
この世界の生野菜は、品種改良がまだまだ足りないせいであまり美味しくない。ある程度高い料理技能を持つものが生野菜の料理を作ると味が格段によくなるので、この世界のひとは野菜そのものの味を変える必要性をあまり感じないせいかもしれない。
エグミの強い野菜を、しゃきしゃきとした歯ごたえを楽しめる旨味のある野菜に出来るのは、料理技能持ちだ。スキルもちの料理が不味いはずがない。
「酒のつまみって感じの味の濃さがたまらない。温い酒でも美味くなる」
杯を軽々と空ける風早。串焼きを食べ終えた頃に新たに届いたスペアリブに、かぶりつく。
「それは納得ですけど、やっぱり冷えたビールも飲みたくなりませんか? 冷蔵庫が一般にあればいいんすけどね。コンロが広まるなら、冷蔵庫も広めればいいのにって話です」
巨体を維持するためのエネルギーを消費する旭日は、四人の中で一番の大食漢だ。酒も飲むが、食べる。
「一理あります。氷の魔法を使える魔法使いが飲食店をやったら、僕は料理がそこまででも酒のためだけに通いますよ」
「刻印魔法の《氷冷》を早く覚えたいです」
雷もしみじみと言った。温い飲み物よりは、冷たい飲み物のほうが美味いのはこちらも同じだ。
刻印魔法にも対象を冷やすものがある。
マージの使う氷魔法とは違い、氷属性のダメージを与えるものではなく、炎系のダメージ軽減、いわば防御魔法だ。ゲームではそれだけの効果しかなかったが、今は違う。
コップに《氷冷》をかけられれば、中身の飲料も冷やせるようになるはずだ。
高いスキルレベルを要求されないので、頑張れば手に届く位置にある。
たとえば、今日エルフの女の子に宣伝された判子をそれに使うのがいいかもしれない。日常使いで何度も使う物の刻印を買えば、懸念していた金の無駄にはならないだろう。
刻印魔法の染料は、一度魔力を通して効果を発揮させると、綺麗に落ちる。これならばこっそりと使えば、コップを汚したと店員に見咎められることなく、結果的にバレずに冷えた飲み物になるはずだ。むしろ外食の場合は最初から確認してから刻印魔法を使ったほうがいいか。
「雷の刻印魔法で冷やせるのか、それはいいな! スキルレベルさくさく上げて早く覚えてくれよ」
旭日が囃す。
「雷君が頑張ってくれれば私たちはいつも冷えて美味いビールにありつけるようになるというわけか。楽しみにしてるよ」
「ぼくが錬金術でビールを作って、雷くんが冷やしてくれたら、飲み代が浮きますねえ」
錬金術の『れ』の字も触れていない椎名が、いつ形になるかも分からないことを口にする。
いいですね、と他二人も気長に期待した。
組合への許可なく個人で作った酒を勝手に売買するのは禁止されているが、個人の酒造に関して厳しく取り締まる法律がないので、自家製ワインやビールを作るのは自由だ。
「錬金術で発酵も熟成も済ませたビールが一瞬で出来るのはいいですね」
「椎名さんオリジナルビールでも作っちゃいますか?」
盛り上がっている酒飲みたちを尻目に、雷は料理を黙々と食べていた。成長のために体が栄養を必要としているのか、単に燃費が悪いのか、あるいは種族特徴なのか、小さい体にけっこうな量が腹に入る。
冷めてしまう前にせっせと魚を食べ、スペアリブもぺろりと平らげた。バーベキューソースを甘めにした味だ。炒めた飴色玉ねぎがたっぷりはいった自然の甘さとにんにくの香ばしさが、肉の旨味に合う。
おかずだけでは腹が減る。
猫店員に新たに注文すると、配膳係によってほどなくして料理が運ばれてきた。表面がカリッとするまでオーブンで焼かれたパンに、とろっとしたチーズが乗っている。チーズに塩気がきいていて、これは美味い。が、やはり酒のつまみだ。ずっと食べていると味の濃さが気になってくる。
口の中に残る塩気を飲み物で流す。
「にゃあ」
飲み物が空になったことに気づいた猫がやってきた。雷の足元に、しっぽをくるりと揃えた前脚に巻きつけた姿で座る。猫好きならたまらないのだろうが、雷は動物にはそこまで入れ上げない。
むしろ妖精猫の抜け毛は空気に溶けて消えるという予備知識がなければ、動物が飲食店内でうろつきまわっている光景に眉を顰めていたぐらいだ。
猫に新しい飲み物を頼んだ。
さっぱりしたものが食べたくて、サラダのマヨネーズ部分をよけて味のついていない野菜だけを小皿に取り分ける。
「おい、雷。なんだその邪道な食い方は」
錬金術の携帯用器具がそろそろ欲しいとか、気竜退治用の大型連弩と『屠竜矢』の料金も馬鹿にならないからまだ手が出ないだとか、そんな取り留めもない会話に参加していた旭日が、雷の行動を見咎めた。
「味が濃い」
やや眉根を寄せて旭日に端的に告げると同時に、飲み物を持ってきた店員が気さくに声をかけてきた。
文句を言われたとも身構えず、難癖をつけられたとも捉えていない。そんな自然体な姿だった。
「坊やには、うちの店の通常メニューはしょっぱかったか? 薄味にも作れるけれど、次からはそうするかい?」
砕けた言葉遣いには、客の気を損ねたかもしれないなどという気負いはない。
なので雷も同様に、気を使うことなく素直に答えた。
「じゃあ、俺が頼んだものは次からお願いします。とりあえず、次はロロ鳥肉のクリーム煮を」
「了解。すぐに持ってくるから待ってな」
料理はあまり時間がかからずに届けられた。いつものことだが、雷は感心する。
「スキルの力って偉大ですね」
料理の仕上がりの早さもスキルの力だ。料理スキルは味を格段に良くするが、それと同時に料理にかかる時間を短くする。それによって客が多い店でも、現代日本のような便利な機材や出来合いの冷凍食材がない厨房を少ない人数で回せる。
「ぼくも料理スキルはもっていますが、まだ、ここまで早く一品を完成させられませんね」
野宿時に一行の料理担当をしている椎名も、料理スキルを低レベルながら取得していた。
料理人のジョブを持っていないから料理スキルのレベルアップは遅い。作り始めてすぐに料理を作れるようになるのは、まだまだ時間がかかりそうだ。