新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 3
「何か割のいい任務でもあったんですか?」
旭日が椎名と雷の会話に割ってはいってきた。
「特にないですね。適正報酬しかないですよ。でも、今回はいい稼ぎになりましたからね。被害は貴理人くんの装備くらいですし」
割のいい任務は嬉しいものだ。安全であればなおさらだ。風早が怪我を負ったものの、トレントとの戦闘の定石は掴んだので、次はもっと容易く被害なくできるだろう。
「まあ、今回は回復薬も使わず、珍しく安定していましたからね。葉を撒き散らす範囲攻撃は怖いですけど、ちぃっとばかし相手に不足がありすぎですよ」
下級回復薬は2000ゴールド、かなりの出費だ。
ゲーム時代は敵が落として只だったり、50程度で手に入ったりしたアイテムが、とんでもない額になっている。
一瞬で切り傷を跡形もなく治してしまう魔法の薬であるということを考えれば、そのくらい高くなるのも当然なのかもしれないけれど。
雷が回復魔法を使えるとはいえ念の為、一行は最下級の五級回復薬とそれよりも性能がいい三級回復薬を持っている。
これらを使った場合、一日の稼ぎが軽く飛ぶ。
今日はトレントが討伐報酬であったからかなり稼げたし、数がいたから多額をもらえたが、いつもこう上手くいくわけではない。
2000しか稼げなかった日に、下級回復薬を一本使ってしまっただけで、その日の稼ぎは消え失せる。二本使ったらマイナスだ。
回復役の雷の腹に穴が空いたとき、旭日の阿呆の気が動転して回復薬の無駄遣いをしたときは感謝すればいいのか怒ればいいのか自分の失態を恥じればいいのか、雷は苦慮した。結局、詫びも礼もそこそこに悪態を吐いて終わったが。
そういう、上手くいかない日もある。
特に三級回復薬を補充するには今日稼いだ倍の額を稼がなくてはならない。
三級回復薬は一本3万ゴールドもする。
そして三級回復薬は素材が入手が困難で、金だけ稼いだところで購入できるものではない。雷たちは運良く『龍眼の実』という三級回復薬を作るうえで必須素材であり最も入手困難な素材を持ち込んだので、各自一本ずつ保持することができた。
回復薬は生薬ではなく魔法薬なので、劣化しないのが救いだ。大事にとっておいて、いざ必要な時に使おうとしたら期限切れで効果がありません、ということがない。
「不足がありすぎるのが丁度いいんだよ。旭日も椎名さんも風早さんも、面白そうと思ったら後先考えずに飛びつく癖はやめてくださいよ」
雷はしかめっ面でこの場にいない風早も含めて年上たちに苦言を呈した。
彼らは、考えられないくらい命知らず。
取り返しのつかない出来事が、呆気なく訪れる場所にいるのに、自ら危険に飛び込むような真似をしている。
もっとこつこつと鍛えて、広い安全マージンを確保してから先に進んで欲しいのに、一段飛ばしでどんどん進んでいく。
「ギリ、後先考えてるっての。なあ、椎名さん」
「そうですね。ギリギリ採算が取れそうな、現段階での強敵は選んでますよ」
この半年間で、そのギリギリに失敗した数知れず。
椎名はそれを理解していてのほほん、と笑っている。
負債を抱えてなければいいのだ、と言わんばかりだ。
胃液がこみ上げてくるくらい鷹揚すぎる会話だ。
今は運良く、怪我をしたり装備を破損したりして、回復や装備の取り替えをしても、利益のほうが上回っている。
だが、それがいつまで続くかもわからないのだ。
「それってゲーム基準ですよね? ゲームは画面の向こうのキャラが怪我をするくらいでしたけど、強敵に挑んで怪我をして痛い目に遭うのは現実の俺たちですよ?」
今の小さな雷ですら元の肉体を余裕で凌ぐほどの性能を持っているとはいえ、万能ではない。
彼らはこの肉体に宿るであろう可能性という不確かなものを過信している。
強くなる可能性というのは、今ではない未来に過ぎない。
今、生きている自分の持ち得てはないもの。本当に得られるかどうかもわからないもの。それを理由に無謀に足を踏み入れていいはずがない。
しかし、それは雷のみの持論であり、彼らには絶対に通用しない。
「そんときは雷の回復頼むわー」
旭日は厳つい顔をくしゃりとさせた笑みを浮かべた。
「ぼくも、その時はその時だと思ってますよ。痛いどころか、一度死んでますしね。
今更ですよ。
こんな馬鹿げた体験をしたあとに、かつての常識にとらわれて規範に沿った行動で息苦しさを覚えるくらいなら、他人に迷惑をかけないで享楽的に生きたほうがましだと思ってますから。地べたにしがみついて”一般”と変わらない生活をしなければならないほど、力がないのならともかく、今のぼくは鍛えれば鍛えるほど強くなりますから」
「子供の頃の夢叶わず、自分の限界知ってちっぽけな大人になっちまったけど、今の俺ならとんでもない何かになれるかもしれないって思うと、ちまちま生きるのは面倒なんだよな。ガンガン行こうぜ! って感じだわ」
折に触れ、似たような会話は何度もかわしたが、そのたびに望む生き方の違いに雷は打ちのめされる。
ならばお前は付いてくるな、と言わないのが彼らの優しさだろう。
突き放されたところで、雷が彼らについていく覚悟を決めていることは、みな承知済みだ。
雷の望む平穏を笑い捨てず、かといってそれに合わせる気はない。
少しづつ強さを積み上げて確実性を高める道を選ばず、ギリギリ生き延びれる危うい道を行く。物語の英雄のような、思いつくままの単純な行動を止める気はなく、彼らが雷にしてくれるのは、生き方を合わせることではなく、相反する考えを持っていようと雷を受け入れることだ。
「うぅ。もういい、知ってた。知ってるんだ。こういう人たちだってことは」
分かっている、が。
それとこれとは別に、何度経験しようと方針の不一致による疲労感は半端ではないので、雷はややいじけた。
「あはは。こういうぼくたちと一緒に行動するからには慣れましょう。
雷くんが随分と疲れていることですし、稼ぎもよかったからとりあえず今日は美味しいものでも食べましょう」
「いいですねえ。美人なお姉ちゃんがいる店ならなおいいですねえ」
「それは個人の財布で、ね、旭日くん。ぼくはそういうお店嫌いですから」
「……いうだけいってみただけっす」
かつて泥沼離婚をした男は、やや女性を避け気味だ。女性とは仲良くできるが、あくまでも友人としてだけで、親密な仲になるのを極端に嫌がる。
「コハンに来たばかりで、俺たちこの辺の飲食店ぜんぜん知らないですよね。どこかいいところあるでしょうか」
「最悪宿でいいじゃねえか? 追加料金払えばいつもよりも豪勢にしてくれるだろ」
現在使っている宿は、夕食・朝食付き。
毎日の食事は美味い。味が薄すぎるとかしょっぱすぎるとかなく、家庭の味という感じで、飽きがない。
ちなみに一晩一人500ゴールド。
コハンはゲーム最初期に出てくる街なので、宿の物価なども安かったが、現実に落とし込んだらそうはいかないらしい。
雷は1000ゴールドをだいたい一万円くらいと換算している。家族四人を養うヒラ役人の月給が2万ゴールドと聞いたことがあるから、そのようなものだろう。
50ゴールドの食事が日本でいうワンコインランチの感覚で、食堂で普通に食事をするとひとり100ゴールド前後かかる。
今使っている宿は五千円だ。食事付きであることを考えると、日本よりも安くお得な宿だ。商国が全体的に衛生的なので、不潔ということもなく、とても過ごしやすい。
道中の衛生観念の低い国の宿は、泊まることはおろか食事に関してもぎょっとして嫌な気分になることが多かった。
今滞在している倍の額を払って、なんとか納得のいくランクに泊まれる。
いわゆる糞尿を街の裏路地に捨てることが平然とまかり通っているレベル。生ゴミもポイ捨て、豚を街中に放し飼いにして、そういったゴミを食べさせてある程度は綺麗にしているらしいが、雷の基準だとそれは一切綺麗ではない。
宿代だけで稼ぎが無駄に飛ぶのを嫌がって、市壁の外にテントを張って夜をしのぐこともあった。
「宿のご飯が美味しいのは確かですが、せっかくの大都市ですしいろいろ食べ歩きもしてみたいですねえ。不味い店にあたっても、それもまた一興」
「不味いのは嫌なんですが」
「綺麗なお姉ちゃんがいないなら、どこで食ったって飯は飯だろ」
味にあまり頓着しない旭日は投げやりにいう。
「夕飯の話かい? まだ少し早いね」
マスターとの話を終えた風早が戻ってきた。
「一旦解散して、宿の前にでも集まりましょか」
椎名が提案する。
「それでいいと思います。石に刻印して染料を使い切ったから、俺は魔法屋に行きたい」
雷は神官を主にレベリングしているが、刻印騎士という、魔法文字を記したアイテムを扱う職業にもついている。トレント戦のときに使用したルーンストーンが最もたるものだ。
『精霊の贈り物』はレベルに関して癖のあるシステムになっていて、レベル1から始まるのではなく、0から開始する。
そして複数就くことが可能なジョブレベルの合計値がそのキャラクターのレベルとなる。
正しくは種族レベルといい、種族レベルが上がると種族固有の能力が増えたり、ジョブを複数取得可能になったり、種族固有の技能が解放される。
ゲーム開始直後は職業の複数所持の要素を全て解放していないが、ゲームをすすめるごとに増えていき、最終的に5個までの職業を取得可能だ。
最初期に仲間になるNPCはメインジョブの一つしか職業をもっていないが、主人公は初期設定の段階から二つまで選ぶことが可能である。
例えば魔法剣士と学者のレベルがそれぞれ2ずつあった場合、そのキャラの種族レベルは4となる。
経験値は自動で割り振られるのではなく、レベルを上げたい職業にコンソールで任意で割り振る。
職業レベル2までは比較的短時間でレベルがあがるが、3からは意識したレベリングが必要だ。
レベル1までの必要経験値が100、レベル2までの必要経験値が1000、レベル3までの必要経験値が10000。序盤の弱い敵で経験値10000を稼ぐのは骨の折れる作業だ。
例えば5000の経験値を稼いでいたとすると、職業を一つしか持っていないキャラクターはレベル2までしか上げられないが、主人公は二つの職業に2200づつ経験値を割り振ることによって、レベルを4回上げられるのだ。
雷のレベルは神官が3、刻印騎士が2。合計5だ。
風早は測量士という探索系ジョブのレベルが3、魔銃使いという金食い虫のジョブがレベル2。魔銃と弾は持っているが、節約のためにここぞという時にしか使わない。専ら遠距離攻撃をする際は、魔銃使いの射撃技能を活かせるボーガンを使用する。
椎名は吟遊詩人が3、錬金術師が2。錬金術師は生産系のジョブで、スキルの行使に専用の器具を用する。携帯用の器具もあるが、値段は高めだ。回復薬を自作できると便利だからいずれ欲しいのだが、なかなか手を出せず、スキルは上げられないまま、名前だけのジョブと化している。初期選択で選んだジョブの関連スキルは、自動で5まで上がるのだが、椎名の錬金術スキルは5のままだ。
旭日は戦士のような見た目を裏切りレベル3の踊り子だ。紙装甲高火力のジョブを種族の高ステータスで欠点をカバーし、利点を底上げしている。二つ目のジョブは鍛治師レベル2。これも椎名の錬金術師と同じだ。スキル上げをする機会がなく、初期スキルレベルのままだ。
「じゃあ俺は、古道具屋にでも行ってます。何か掘り出し物でも探してきますよ」
古道具屋はゲーム時代、ガラクタばかり売っていたが、稀に貴重なものが安い値段で売っている運試しのような店だった。現時点で中盤まで通用するような装備が手に入ると、非常に助かる。しかし、そうは上手くはいかないもので、今まで各地の古道具屋に目を通したが、そういったものが売られていることはなかった。それでも目を通さずにいられないのが人間というものだ。
「ぼくは楽器屋に行ってます。購入しなくとも、良さそうなものがあったら検討しておきたいですからね」
「私は鍛冶屋に行って、連弩の金属部品を依頼してくるよ。いやあ、組み立てて作る大型装備って少年心を擽るよね、私はいい歳したおっさんだけどさ」
風早は、今後の計画のために必要な物を頼んでくる。
雷が嫌い、他三人が大好きな強敵のための装備だ。
今後の計画……その言葉に雷はあまりいい気はしない。
足元が覚束なくなり、自分の居場所を見失うような不安感を抱く。
乾いた喉を癒すように唾を飲み込んだ。
楽しそうなおっさんたちを尻目に、雷の表情は暗い。
強迫観念じみた恐れが、夢のような視界と脳をぼかすもやをもたらすが、雷はそれを首を振り追い払った。
差し迫っている、真実を見据えなければならない。
これから雷たちは、このディオサ・イピロスと呼ばれる大陸の物語に関わり、筋書きを変えていく。
彼らが積極的に物語に介入しようとしなければ、雷は決して『ゲームのボスキャラ』になんて近づきもしなかっただろう。
『精霊の贈り物』のストーリーを大雑把にまとめると、大陸に生きる者にとって害となる者が目覚めようとしているので、それを主人公が仲間と共に退治するというありふれたものだ。
物語をかき回すための残酷な道化役によって人が死ぬ。
世界観の過酷さを出すために、やたらと人が死んだと語られる。
敵の策謀にはめられて、親友と殺し合わなければならないNPCもいる。
弟殺しの罪を着せられて、国を追われる貴族もいる。
これから雷たちが関わろうとしているのは、レイという少年。
家族を殺された復讐心に燃え、ストーリーを通して気竜という邪悪な存在を追い続ける剣士。
『精霊の贈り物』は仲間になるNPCが五十人超と多く存在している。
プレイヤーはキャラメイクした主人公含めて最大八人のパーティーで行動でき、自分の好みやプレイスタイル、シナリオ進行の必要に応じて、各地にある狩猟士の酒場に待機しているNPCと入れ替えながら物語を進める。
仲間キャラの中には、シナリオの根幹に関わる者がいる。その数、八人。
商国の狩猟士レイ、王国鉄騎騎士団団長エルガー、公国の公子シャルル、獣国の戦士フラッド、渓国の族長フォス、岳国の鍛冶士ムーヌ、森国の学者スキア、帝国貴族ヴァル。
十二あるメインシナリオのうち、八ルートにおいてひとりひとつずつ関わっている。
一ルートクリアするごとに特殊技能や特殊職種、使い魔NPCを入手出来、全ルートクリアするとラストボスへのダンジョンが開き、その後もラスボス撃破後用のやりこみダンジョンや特典ありの三つの隠しシナリオを楽しむことができる。
気竜退治は、レイが関わるメインシナリオだ。
フリーシナリオといっても、制作もある程度物語を進めやすいように誘導をいれる。
それがレイだ。
レイは最初期に仲間にできるメインNPC。
誘導に従い素直に進めるならば、気竜がゲームを進めていると初めて戦う中ボスになる。
その気竜、本来であれば、戦いを挑むたびにあと一歩のところで逃げられ、最後の決戦に至るには計9回の戦闘を要する。
逃げる場所は他のメインキャラがいる国で、気竜が逃げた方角に行くと自然と他のメインシナリオを進めやすくなる。
気竜はいく先々で暴れ、被害を被るひとが大陸各地に生まれるのだ。
大陸中を周り、完全に留めをさすまでに計9回の戦闘を用する悪しき竜。
雷たちはそれを一回の戦闘で仕留める計画を立てていた。