新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 18
薔薇の兵士。
いばらが鎧を纏った兵士の姿をかたどっている。その姿には顔があり、傍目には出来のいい人形が動いているように見えるだろう。薔薇の乙女のような地を這うような直線的な動きだけでなく、ジャンプを使って上から鋭い攻撃を仕掛ける。腕は槍になり、強力な突きやなぎ払いによる攻撃をおこなってくる。時折、手の五指をひろげ、爪にあたる部分が槍のように伸びる。五本の鋭い槍が命を狙ってくる恐ろしい攻撃は、薔薇の兵士の必殺技だ。
薔薇の乙女よりも一段階進化した魔物だ。適正レベル10であり、レベル5の雷では全く相手にならない。……と、いうわけでもない。適正レベルとは、大陸で最も弱い種族である人間をもとにして算出されている。
神族は人間よりも能力値が高く、魔法が得意な種族であるティタン神族であっても同年代の腕白な子供よりも力が強くで頑丈にできている。たとえばレベル0の雷であっても、その辺の人間の子供であれば軽くいなせる身体能力を持っているのだ。
そのうえ雷にはゲーム設定による主人公補正ともいうべき才能の暴力が付随している。安全牌を取りたがるために雷は適正レベルを重視しがちだが、狩猟士隊を組んでさえいれば、冒険者と狩猟士が定めている適正レベルよりも上のレベルが相手でも問題ない。
薔薇の乙女ならば、一対一であれば時間をかけて勝利できる。攻撃手段のない支援魔法使いであっても、雷の実力はそれぐらいある。
なにせ幼い見た目にあるまじき能力値を誇っているのだ。才能の無い人間のレベル10冒険者が羨む数値を叩き出している。魔力においては平均的なレベル10の魔法使いを遥かに凌ぎ、雷が森精霊のドーロゥと同じレベルに並んだ時は、その魔力はわずかとはいえ優っているだろう。
5のレベル差を覆せるわけではないが、一対一であれば逃げの一手ならば高確率で成功するくらいの実力差だ。当たりどころさえ悪くなければ、薔薇の兵士の繰り出す二撃や三撃くらいであれば、即死せずなんとか耐えられる。……全身を砕かれるような攻撃されたあとに、戦いを続ける強靭な闘士を持っていることが前提条件とはいえ。
このときの雷の不幸は、一撃ぐらいならば耐えられることを、ゲームの知識で知っていたことだろう。
(そういや、今みたく運悪くレベル5で会ったけど、即死はしなかったな……。ま、ゲームでの話だけどな)
ちなみにHPが半分以上削れる攻撃をされて動揺し、その後すぐにゲームオーバーとなった。
雷が祈りをこめて放った刻印石は、無事薔薇の兵士を止めた。
雷の魔力が雁字搦めにし、いばらの女兵士が動きだすのを遮っている。
転んだ少年が立ちあがり走っている。レイの背後の薔薇の兵士は予想外であったが、雷の魔法によって無効化した。
彼らが逃げる時間は稼いだ。
雷ははほっと胸を撫で下ろした。
これで、自分の仕事は本当に仕舞いだ。雷は地面を蹴る。さっさとこの場を離れよう。
しかし、完全に騒ぎが治ったわけではないので、自分は仲間のもとに戻らなければ。彼らはきっとまだ戦っているはずだ。
(門にはいって、街中から風早さんたちがいる方向に向かえばいいか)
街道ぞいに作られている門は街に五箇所ある。
街に入って移動し、それから外に出るのは多少遠まりになるが、《停止》の効果が切れたら追いかけられそうな街の外側を移動したくない。
二人の少年とレイが雷の隣を通り過ぎる。足の短さが、肉らしい。そのすぐ後を追うように雷は走った。
後方の確認は忘れない。
薔薇の兵士は、絡めとる魔力にあがらうように全身に力をみなぎらせていた。
《停止》の魔法だが、対象の時を凍らせるように止めるわけではない。体内では血液が循環し、心臓が動いている。
対象の時間そのものを完全に止めるような魔法は、もっと上位の魔法になる。今の雷には使えない。
この魔法は四肢が動かないよう、外側から見えない魔力で絡め取り、がっちりと固めているのだ。
しかし、いばらの魔物は時間経過で消える魔力の圧を、力任せに振り解こうとしている。全身を膨張させるような凄みを発しながら、少しずつ動き始めていた。
「おい、急げ! 魔法が切れる!」
雷は前を走る少年たちを急かす。そうすると、足の短さで雷との距離が離れる。レイが走る速度をゆるめた。雷を置いていくつもりはないらしい。
「早くこっちに来い!」
誰ともしらない焦った声が何重にも聞こえる。
門のそばにはこちらを心配そうに見つめる野次馬だ。
それ以外にも門の中に魔物が入ってこないように備えている兵がいる。シャナとミリア、ルッズと獣人の少年も今にも泣き出しそうな顔でレイたちを見守っていた。
安全域はすぐ目の前。雷はもう前だけ見た。後ろを確認する余力がない。
雷は体力を振り絞って全力で足を動かした。やっとのおもいでレイに並走する。
しかし、その努力を嘲笑うかのように薔薇の兵士を止める魔法の効果がついに描き消える。
いばらでできた女は、バネのように足に力をこめるとその場で跳躍した。
たった一瞬のできごとが、雷にはやけにゆっくりと感じた。
羽があるわけでもないのに、地面に降り立つ白鳥のように優雅に音も立てずに雷とレイの前に立ち塞がる。
先を行った二人の少年は転げ落ちるように門の中へ。
たった数歩の距離の差が明暗をわけたのだ。
すこし先から発された悲鳴を、雷はどこか他人事のようなおもいで聞いていた。
自分を止めていた忌々しい魔法使いである雷を、馬鹿にするような顔をしている。
お前らなら、この程度で十分たどでもいいたげに、薔薇の兵士はいばらの刺がいくつも隆起している槍腕を、無造作に振る。
なぎ払いの動きだ。雷たちならこの程度で屠れると弱者となめてかかるような、やる気のない一撃に思えた。
10レベルの魔物のわりに緩慢な攻撃だった。
避けられる。考えるよりも早い本能の命令により、雷は反射的に後ろに飛びそうになった。
これが旭日たちがいる場所であったら、雷はそれに従っていただろう。自分の仕事は攻撃をうけずに仲間を後方から援護することだ。
しかし、今は頼りになる仲間はいない。
これをただ避けただけでは、次の活路に続かないのだ。
攻撃を避け続けるだけでは、いずれ限界がくる。それに、この一撃を避けられるのは、相手に奢りがあるからだ。
二撃目、三撃目と攻撃を凌ぐたびに、避けることが難しくなるだろう。その先にあるのは死だ。
(踏み込む!)
身長の低い体を思う存分生かした。振るわれるなぎ払いの下を掻い潜り、薔薇の兵士の懐にもぐりこむ。
《遅滞》の刻印が刻まれた棒を、薔薇の兵士の腹部に思い切り打ち付けた。




