新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 17
MPポーションで残りの魔力量を回復させ、雷は市壁のそばを走った。
なにかあったら、すぐに安全な場所に逃げられるようにするためだ。
市壁があり、その外には畑が広がる。それを囲むように下生えがそろった原っぱがわずかに広がり、その先に生き物が身を隠しやすい鬱蒼とした藪があるのだ。
戦闘はのほとんどは原っぱで行われているが、畑も戦場になった。作物や苗、畝が踏み荒らされていく。あとで住民から賠償を求められたりするんだろうか、と今考えても答えのでないことがぼんやりと気になった。
走ってわずかもしないうちに、いばらとピンク色の薔薇が人型を作った植物の魔物の群れを見つける。それらは武装した人を圧倒的な数で何重にもなる輪を作って取り囲み、鞭のように腕枝を猛然としならせていた。
風早たちがさきほど手を貸した者たちよりも、状況は悪いだろう。雷は薔薇の乙女の攻撃範囲にはいらない距離まで駆け寄る。畑を踏み荒らしながら進み、立ち止まる。
近寄って人影の人相をなんとか確認する。熟練風の年の頃の冒険者たちとともに、風早の懸念通り、レイたちがそこにいた。
人垣もとい魔物垣の隙間から見るに、もっとも中心にいるのはシャナ。祈るように手を組んでいるその表情はけわしい。
彼女は回復魔法を使っているのだろう。小さな泡のような光がときおり灯るのが見える。
レイは剣を持ち、戦っているようだ。鼓舞するように吠える声が聞こえる。
さすがは仲間NPCにおいて最強格の物理アタッカーと誉高い少年だ。その片鱗は低レベルであってもあらわれている。
それ以外の面々は実力が低く、なんとか拮抗して戦う冒険者たちの足を引っ張ってしまうが故に、積極的に動けていない。
命に危険性のある負傷はないし、動けないわけではない。だが、彼らは魔物に取り囲まれたせいで逃げ道がない。
(まずは、逃げ道の確保か。頼むからもってくれよ……!)
心許ない残りわずかな刻印石を背嚢から取り出す。
囲んでいる魔物の一部の動きを完全に止め、退避のための道を作る。
「お前ら! これから《停止》の魔法で、壁門側の魔物の動きを止める。タイミングを見て逃げろ!」
雷の張り上げた声に、冒険者たちを取り囲む輪の外側にいた薔薇の乙女たちが一斉に振り向いた。
まともに攻撃できない相手に対して出番待ちをしているよりも、すぐに殺せそうな雷に狙いを定めたのか、うねうねと奇妙に体をくねらせながら早い動作で近づいてくる。
(はー、くっそ! 奴らの包囲をすこしでも薄くできたのは作戦通りとはいえ)
雷は間近に迫った薔薇の乙女に向かって《停止》の刻印石を撃ち出す。
数が多いため、ドーロゥのとき以上に厄介だ。一回攻撃をくらっただけで、その後持ち直すのは難しいだろう。下手をすれば、あっという間に袋叩きの目にある。一回の《停止》の有効時間が、レイたちどころか雷の生死を分ける。
命がけの状況に追い込まれ、雷はかつてない速射を披露した。そのうえ、そこそこ鍛えた〈狙撃〉技能の補正のおかげで、百発百中。石を当て、止めさえすれば薔薇の乙女相手でもなんとかなる。
自分に近づくものたちから急いで距離をとり、包囲が薄くなった薔薇の乙女たちの数体に刻印石をぶつけた。動きを止められた隙を見逃さなかった冒険者が、突破口を作る。
「いけるぞ! 走れ!」
薔薇の乙女を仕留めた冒険者のひとりが、切羽詰まった声で少年たちに退避を命じる。
(ここまでお膳立てされて、逃げることすらもできず固まってしまうような奴らのことは知らん!)
胸中で悪様に言いたて、雷は後方を確認しながら、動き出した薔薇の乙女に即座に《停止》を仕掛けられる状態で走る。背中を見せている間に魔法が切れて、追いつかれてはたまらない。
目指すは門だ。風早たちのところまで持つ気がしないし、現状で手一杯だった場所に多くの魔物を引き連れて行くわけにもいかない。
ミリアはシャナの手を引いて薔薇の乙女の作る輪から逃げ出す。少年たちが次々と続く。なんとかくいつき戦えていたレイも、年長の冒険者に乱暴に促されて殿となって逃げ出した。
逃げる少年たちを追おうとするいばらの魔物に、石を撃ち込む。熟練冒険者は自分たちに襲いかかる魔物に相対するするのが手一杯で、それを始末するのは難しそうだ。
薔薇の乙女たの一団が、手近な獲物を追うために散り散りになりはじめた。
最初に《停止》をかけた薔薇の乙女が動き出そうとしている。雷は舌打ちした。
(あと、残りの石はいくつだ!?)
雷は対象との距離を必死に測り、危険性による止める優先順位を素早く算段し、動きを止めていく。ミリアとシャナの前に立ち塞がろうとした薔薇の乙女を止める、次、雷に枝鞭をぶつけようと腕をしならせるものを止める、届く範囲にいるので素早く《遅滞》をかける。次、殿のレイの背に向かって両腕を振りかざす攻撃を止める、次……。
時間にすれば数秒の間に、ちょっとしたミスで命の危険に及ぶ出来事が幾度も差し迫り、精神が緊張と恐怖で擦り切れそうだった。
喉が灼けるように熱く、心臓が早く動く。
手探りで重さのない背嚢から最後のひとつの石を探し出す。
どうやら先に石がなくなったようだ。
最後の命綱をスリングショットに引っ掛け、思い切り引っ張る。雷は立ち止まった。レイ達と雷の距離はわずかだ。効果時間が長くなったおかげで、薔薇の乙女の集団から逃げ切れそうだ。
(あともう少しだ!)
「早く走れ!」
レイの後ろを走るいばらの魔物に一発撃ち込んだら、追いつけそうな魔物はいなくなる。
雷の脇をミリアとシャナが通りぬけていく。こちらを見やるとき、ひどく案じる視線が送られた。幼い雷が狩猟士の仕事をしていることに対してあれほど言ってきたのに、いざとなったら助けられたうえに、雷の能力を頼って先に逃げ出していく。たった一瞬で、罪悪感につぶれそうな謝意を感じ取る。
雷はそんな少女たいちに目もくれず、魔物を見つめていた。
名前を忘れた獣人の少年が走りぬけ、次にルッズが、そして二人の少年が……と当然のように思っていたところで、雷の眼前で足をもつれさせて転んだ。
「ばっか」
おもわず詰っていた。門にまで辿りつき、こちらを見守る少女たちの悲鳴が聞こえた。
絶望に歪む少年の目と合ってしまう。しかし彼はすぐに表情をあらため、隣を走っていた少年に強くいった。
「お前は逃げろ!」
「んなことできるかよ!」
「いいから行け!」
足をもつれさせた衝撃でくじいたのか、引っ張られてもうまく立ち上がれそうにない。雷はすぐに《小回復》をとばす。
「さっさと走れ!」
雷が魔法を使うと、少年はしっかりと両足で地面を踏み締めた。
その間にレイが追いついた。
後方には薔薇の乙女。
(……薔薇の乙女?)
もしもほんのわずかにでも余裕があったら、雷は目を擦って見直したり、一度視線を外して気を取り直してから二度見したにちがいない。実際はそんな悠長な暇などなかったが。
外枠を棒人間のように真似た薔薇の乙女よりも、より女性の輪郭と顔に近づけた魔物が、レイの背後に迫っていた。
(は!? くっそ、旭日が建てたフラグをこんなところで回収するんじゃねえよ!)
罵声をあげ、雷は全力で魔力と意思をこめて最後の刻印石を撃ち放った。




