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仕事:狩猟士  作者: まほさん
16/23

新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 16

 厄介ごとは向こうからやってくる。

 雷がどれだけ安定と予定調和を望んでいようと、それを嘲笑うかのように唐突に巻き込んでくるのだ。

 トラブルを愛する者たちがいて、また連中はトラブルに愛されているからであろう。

 あるいは、面倒ごとに巻き込まれる主人公補整などという余計なものが働いているのかもしれない。雷は声を大きくして訴えたい。「そんな余計なものはいらない」と。


 ことの起こりはこうだ。

 報告に行ったはずの獣人が一切あわてたそぶりを見せず、駆け足で戻ってきた。表情には変化なく、これで何かあったと察しろというのは無理だと言いたくなるくらいの無表情で、じつにあっさりとのたまった。

「おい、次の仕事だ。さっさと来い。大量のローズレディーが街の近くで暴れてやがる。馬鹿な冒険者が身の程も知らずに親切心で手を出したらしいが、あまりの数で手に負えなくなったようだ」

 ひゅう、と風早と旭日が口笛を吹いた。

「一応緊急事態なんだがな、喜ぶんじゃねえよ。不謹慎なやつらだ」

 責める声音などなく、ごく真っ当なことをいうドーロゥに、雷はうんうんと大きくうなずく。

「ん、じゃあ行くかあ! 担いで連れて行ってやろうか雷ぃ?」

 呆れられているというのに、威勢よく気合の声をあげてよろこびながらからかってきた旭日のふとももを、雷ははたいた。

「いらん。余計なお世話だ」

「はは、元気でけっこう」

 旭日は上機嫌に笑った。

 頭が痛い事態だった。

 走りながら撃ちはなった石の大部分は回収できていない。背負い鞄の重さは、いつもの半分に満たず心許ない。回収できていたところで、刻印(ルーン)の刻み直しが必要だから、ろくに《停止(ストップ)》の魔法は使えなかっただろう。無駄な重さによる足枷がないだけ、まだましな状態だと前向きに捉えるしかあるまい。

「俺の魔法の足止めは期待しないでください。今、ほとんど弾きれしてます」

 現状を端的に告げると、風早は了解とうなずく。

「雷君には回復と《防護(プロテクト)》で防御上げをお願いするよ。あとは攻撃範囲に入らないよう、いつも通り私たちの後ろに控えていてくれ。後衛に攻撃がいかないよう気を付けるけれど、そちらにいったら全力で逃げてほしい」

「わかりました。……はあ」

 《停止(ストップ)》がろくに使えないこと以外は、いつもと同じである。だが、雷は陰鬱なため息がもれた。

「怖いなら引っ込んでりゃいいんじゃねえか?」

 獣人が気遣いなのか見かねたのか、ぶっきらぼうに退避をすすめてくる。雷は軽く首をふった。

「こんな状態で戦うのは怖いけど……いや、そもそも戦うこと事態いつも怖いけど、それ以上にこのひとたちに何かあったほうが怖いですから。自分だけ逃げて、その間に手に負えないような怪我でも負ったらと気を揉むくらいなら、一緒に渦中に飛び込んだほうが精神安定上ましなんです」

 素直に答えると、「難儀な性格だなあ」と獣人はやれやれと肩をすくませていた。

「まあ、いざとなったら死ぬのは俺たちに任せてガキはとっとと逃げるんだな」

「せめて戦うのを任せろって言ってもらえませんか? 縁起でもない」

 雷が眉をひそめると、獣人は喉の奥でくつくつと笑った。

 冗談ではなく、本気なのだろう。彼らは戦いにおいて平然と命を失うことを算段にいれている。

 自分たちの命と隣り合わせの生き方に悲観しているわけでも、過剰なまでの自尊心があるわけでも、諦観しているわけでもない。どんな結果でもあるがままに受け入れているふうな彼らの物の考え方に、雷はついていけなかった。


 ◇


 血涙花獣に乗っ取られたドーロゥから逃げていたときほどではないにしろ、心肺機能に多大な負担がかかる速度で街に向かった。

 雷は最後尾を走っている。

 一団の中で後ろのほうにいる椎名の背中が、遠い。

 皆とはだいぶ距離があった。

 何者から追われているわけでもなく、ひとり遅れて走る雷の身にさしあたって危険が迫っているわけではないので、誰も気にかけない。

 ドーロゥたち四人組は狩猟士(ハンター)としてそこそこの責任感を持って街を目指しているのだろう。仕事に遅れる程度の能力のやつが悪いとでも思うはずだ。

 旭日たち三人は、似たような責任感半分、面白そうな獲物が横取りされないよう急ぐ気持ち半分なのだろうな、と雷は穿った見方をしていた。雷がついてこれないのならば、先に遊びを楽しんでやろうとでも思っているに違いない。

 雷が多少遅れてついたところで、戦力的には問題ないと思われているかもしれないのは……少し癪だ。

 蔑ろにされているわけではないとおもう。彼らは個人の抱く欲求に忠実なのだ。面白いことを求めるとき、脇目も降らない子供のような部分がおおきく剥き出しになって、ちょっとだけ周りが見えなくなるだけだ。

 ついでに回復役がいない状況の危険さも、楽しみのひとつとして捉えてしまうような、どうしようもない性分があるだけだ。

 意地でも追いつこう、そんな危険な楽しみなど奴らに享受させてはならない。ある種の悲痛さのある覚悟を胸にひめ、雷は足に鞭打つ思いで走った。

 件の藪が見えてくると、剣戟と怒声が聞こえてきた。

 俯瞰して見れる距離にきた。戦いは一箇所にとどまらず街を囲むようにあちこちに広がっているようである。

 大量発生の名の通り、相当数の薔薇の乙女(ローズ・レディー)がいるようだ。

 苦戦どころか、まともに相手にならず地に膝をつける者が多い。そういった者たちは、年若い少年たちがほとんどだ。傍目にもきっちりと装備を整えた年嵩の者たちは善戦している。一人前(レベル3)にも満たない者が勢いで加勢し、逆に敗北を喫したのだろう。

 旭日は到着早々に薔薇の乙女に斬りかかった。ドーロゥたちもそれぞれの役目に動いている。

 その後方で風早が指示を出す。

「雷君、急ぎこちらに来て彼らに治療を頼む! まずはこの辺りのロズレを凌ごう。優さんは……ここにいる皆に防御のバフはかけられますか?」

 まだ遠方にいる雷にも届くよう、風早は声を張り上げて指示を出す。

 姿が見えなくなるくらいに置いていかれないよう、必死に食いついただけのかいはあったようだ。すぐに役目がまわってきている。

 しかしながら、と雷は眉をひそめる。

 「勝とう」でも「倒そう」でもなく、「凌ごう」という消極的な指令なのは、勝ちに行くには難しい魔物たちの数があったからだ。

 倒れている若輩者への追撃を避けるために囲み守りながら、年長の経験者が薔薇の乙女(ローズ・レディー)を切り捨てるも、次から次へとわいてくる。

 戦況は苦しい。まさに耐え凌ぐという言葉があてはまる状況だ。

 まずは足手まといたちを治療して戦場から追い出して、薔薇の乙女(ローズ・レディー)とまともに戦えるレベル帯の者たちが思う存分戦える環境を作らねばなるまい。

 雷は駆けつけるなり、乱れた呼吸を整えるのもそこそこに〈神聖魔法〉を行使する。

「《小回復(スモールヒール)》!」

 魔法が届く距離にいる倒れ伏した人影に回復魔法をとばす。

 光の泡に包まれた少年が、驚いた顔をしてこちらを見た。突然の回復もそうだが、その回復魔法の使い手が幼い雷であることにさらに驚きを深めていた。どうしてこんな危険な場所に子供が? と表情がありありと物語っている。

 雷は深く息を吸う。二度目の魔法の行使を素早く行わなければならない。治療対象者は多く、また戦闘に参加している者が怪我をした場合も魔法を使う必要がある。

 この程度の治療では、怪我が深い場合は動けないだろう。なにせ最下級の《小回復(スモールヒール)》では、打身や切り傷、打撲には即座に効果があっても、深い傷には重ね掛けが必要だ。骨折の治療はどれだけ魔法を行使しても不可能で、損傷した内臓の治療も、肉体の部位切断の治療も絶対にできない。その場合、もっと上位の魔法が必要となる。

「動けるようになったら、仲間を連れてとっとと逃げなあ!」

 冒険者たち並び立って倒れた少年たちを守る旭日が、恫喝するような声でいう。

 戦闘の高揚でやや凶悪な面相になっている旭日におびえたか、はたまた強敵と相対するのを恐れたか、雷が治療してやった少年はほうほうの態で立ち上がり、隣にいた少年たちを両肩に担ごうとする。傍目にも無理があるのがわかったが、ひとりでも多く仲間を安全な場所に連れて行きたいのだろう。

 〈神聖魔法〉のクールタイムは、呼吸に似ている。魔法をひとつ使うたびに、深く息を吐き出す。息を吐き出した分、空気を吸い込まなければならない。息を吸い込んでいる間、魔法は使えない。

 クールタイムが終わるなり、雷は再び回復魔法を飛ばす。

「《小回復(スモールヒール)》! お前ら、あとでMPポーション代をもらうからなあっ」

 言っておくだけならただとばかりに、雷はやけっぱちになりながら叫んだ。長期戦の気配がする。これは、MPポーションの消費は不可避だろう。仲間内だけでの消費ならともかく、他人にまで魔法を使ってMPを削っているのだ。見知らぬ他人であっても、負担を強いたくなるのは仕方がないではないか。

 肩に担がれた者のひとりを治療すると、ぎこちないながらも、一人で立てるようになったようだ。

「こいつらも頼む!」

 切なる懇願が聞こえた。

 彼らを戦場から退かせるのが雷の役目なので、言われるまでもないことだ。

 雷の魔法治療の甲斐あって、新人冒険者とおぼしき者たちを安全域に退避させることに成功した。

 椎名は防御力を上昇させる祝歌をうたっている。足手まといがいなくなり、かつ攻撃に対して損傷が減ったことで、皆、格段に戦いやすくなったようだ。状況はゆっくりとだが好転している。じりじりと圧され気味の消耗戦であったのが、五分の状況に持ち込めるようになったのだ。

「雷君、ほかの場所で似たような状況になっている恐れもある。ここを離れて、少し見てきてもらってもらえないか?」

 風早が戦闘の合間をぬい、雷に単独行動をたのんできた。

異能力(アビリティ)で何か察知しましたか?」

 雷は見るからに嫌そうな顔をするが、すぐに拒否はせず質問で返す。

 探索系技能持ちの風早は戦況を広い視野で把握する力に優れている。風早が懸念して雷にわざわざ頼んでくるということは、十中八九、似たような状況になっている場所があるに違いあるまい。

「エネミーの赤マーカーに囲まれている十人以上の人族の緑マーカーがあってね、どうにも不安なんだ」

 もしかしたら、風早はレイたちのことを案じているのかもしれない。

 巻き込まれているのは、彼らではないと断言できないのだから。

「確認して、なんとかなりそうだったら回復魔法をかけたらすぐにこっちに戻ってきます。俺がいない間は大丈夫ですか?」

 雷はうなずいた。一緒にいて楽しい連中ではないが、仲間の風早が見捨てたくないというのだから、仕方ない。風早の意見を尊重しようとおもう。

「ポーションの予備はまだあるからね。しばらくは魔法がなくてももつよ」

「わかりました。気をつけてくださいね」

「そちらも。これを頼んだ私が言うのもなんだけど、危険を感じたら、すぐに逃げるように」

「言われなくてもそうします。他人の命のために、俺は自分の安全を秤にかけませんから」

 雷は胸を張って断言した。それに風早はわらう。

「頼もしい返事だ」

「ではさっさと行って、終わらせてきます」

 雷は風早に背を向け、告げられた方向に向かって駆け出した。

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