新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 14
雷は動きを止めた男の元に駆け寄り、的となった彼にロッドをぶつける。金棒ごしに固い手応えが伝わった。まるで金属でも殴ったようだ。
衝撃の瞬間に、《停滞》を発動させる。
これで、《停止》の時間が長くなったはず。
接近戦できない雷には、使用が不可能だったテクニックだ。
「ところで雷、なにかあてでもあるのか?」
旭日は期待を込めて問うが、雷は力強く首を振って断言する。
「ない!」
「なんとなくそんな気はしてました」
「椎名さんは何か知りませんか? 予備知識の中に似たような事例の解決策は……?」
「残念ながら、そんな都合のいいものはありませんね。魔物に寄生された者への救いは死、だけです。
それにしても、現実は小説よりも奇なり、というのをまざまざと実感しました。こんな低レベルの魔物が、知能ある生き物を乗っ取るなんて思いもしませんでした。私の記憶にある限りでは、血涙花獣が人間を乗っ取るなんていう事例はないですし、変異種の中でも相当稀なんでしょう。スタンピードの前兆で生まれたのがこれだとしたら、今後はもっと厄介なことになりそうです。恐ろしい」
「恐いなんて思ってない声で言わないでください。そっちのほうが恐いですよ」
面白いことになりそうだ、なんて内心思っていそうだと雷は邪推する。
椎名は、四人の中で『精霊の贈り物』に対する知識が最も深い。この世界に来てゲーム世界であると分かった直後、四人でゲーム知識を片っぱしから紙に記録したが、椎名が記した量と質はずば抜けている。
その彼が言うのだから、魔物に乗っ取られた人間を助けることが可能なイベントは、ゲームにはなかったのだろう。
「雷君、君の使える魔法に見破るはないのかい? 敵の情報を得られると、また違うだろう」
風早の問いに雷は首を振った。神聖魔法のスキルを習得していると、六番目に習得する魔法だ。
雷が現在使える神聖魔法は三つ。小回復、浄水、防護の三つである。
「まだです」
「打つ手なしであんな大口叩いたのかよ」
やれやれと狩猟士たちが呆れる。どうしようもないことは了承していたから、大言を叩いた割には諦めが早いと責めるよりは苦笑気味だ。
「安全に時間を稼げるんですから、早計な手段をとるよりはマシだろうと……」
言い訳がましいと自覚がある言葉しか出てこず、最後のほうがボソボソとすぼまる。
「神がかりな神聖魔法の使い手でも来てくれることを祈るかー」
後頭部で手を組み、獣人は冗談交じりで他力本願を口にする。
「おそらく命に別状は与えないバッドステータスでも、試しに振りまいてみますか? 嫌がらせ程度にはなるかもしれません。丁度デスソースっぽいものの試作品があるんです」
「うへえ、なんでそんなのあるんですか椎名さん」
「え? そんなのがあったんですか? 初耳なんですが。優さん、あとで味見させてください」
旭日が引き気味に尋ねる。彼は辛いものは平気だが、別に激辛好きではない。対して風早は激辛料理が好きだ。食い気味に椎名にお願いしていた。食用ではない観賞用に使われていた辛子をもらったものなので、確実に安全と分かったら野営料理時にふるまうと椎名は快諾する。
そんなものを持っている理由だが、
「死と隣あわせな人生を送っていますから。何事も準備をしていたほうがいいかと思いまして。何か揉め事にでも巻き込まれた時に人を殺さないで一瞬でも無力化させるのに丁度いいなかな、と」
含みがあるように見える笑みを浮かべ、椎名は教えてくれた。
「巻き込まれる、では語弊がありますよ椎名さん。積極的に揉め事に介入してますよね?」
「いやいや、気のせいです」
雷は胡乱な目で椎名を見上げた。
「みなさん、一応口と鼻を布か何かで抑えていてください」
透明度の低いいびつな形の硝子瓶。その中に毒々しい色合いの赤黒い液体が入っている。椎名は周囲に警戒を促した割には自身は最低限の防護すらしない。いいのかと訊くと、おかげさまで毒耐性の技能が身についたと笑って答えた。雷は安全性を確かめるまでもなく食べ物じゃなくて毒では、と至極真っ当なことを口にしたが、誰も気ににとめることはなかった。
「まさか、ドーロゥが毒殺されるとは……」
「俺たちの本気の一撃も効かないし、この手の方法になるのも仕方ねえのか」
「命に別状はないって椎名さんが言っただろ。名前は物騒だけどデスソースにはそこまで殺傷能力はねえよ。すげえ辛い調味料だ。ただ、滅茶苦茶辛子成分がはいっているから、匂いを嗅ぐだけできついぞ」
「病みつきになる辛さの調味料だよ」
狩猟士たちが勘違いをして嘆いていた。旭日が誤解を解くべく言葉を重ね、風早が意味のない補足をしていた。最初からドーロゥを殺す覚悟は決めていることと、一方的に嬲れる確約があるため、人一人の命がかかっているというのに緊張感がほとんどない。
「他にも同様の物が三本あるので、まずはこの本体の植物にかけてみましょうか」
椎名はデスソースもどきを血涙花獣にかけやすくなるよう、容赦なくドーロゥの足を払って横倒しし、中身をぶちまけた。
粘性のある赤い液体が血涙花獣に注がれる。デスソースの飛沫がドーロゥの顔に飛ぶ。目に入ったら相当痛いだろう。
植物部分が苦痛を訴えるように強く跳ねた。
揮発した辛子成分が即座に風にのって流れてくる。布で口と鼻を覆っているにも関わらず、椎名と獣人以外の者たちは思い切り咳き込んだ。
「なんだこれ、痛ってぇ! 軽い毒だろこれ」
「食べ物って本当か?」
「きっつ」
咳き込み、口を開いただけで攻撃的成分が喉を妬く。喋るなどもっての他だ。雷は風下を向いてなるべく小さく咳こみ、できるだけ大きく口を開かないよう我慢していた。
その背を軽く獣人の男に叩かれる。
「戦闘中に目を離すもんじゃねえぞ。何が起こるかわからねえんだからな、油断するな」
迂闊な行動に恥じる暇もない最すぎる言い分だったため、雷は軽く頭を下げて己の非を詫びた。
目には生理的な涙が溜まっている。それを手の甲で拭う。
こちらが軽い被害を被って油断している間に、敵に反撃されるのは恐ろしい。雷はスリングショットで石を撃ちこんだ。
蔦をのたうち、葉を揺らしていた動きが小さなものになる。
呼吸の辛さで魔力の込め方に手応えがなかったため、もう一度使用する。今度こそ大丈夫だ。
近づき、デスソースをうっかり浴びないよう気をつけながらロッドで殴る。苦しそうに跳ねる姿を見せたが、高い防御力は未だ健在だ。
「植物なのに、陸に上がった魚みたいでしたね」
デスソースもどきの揮発した辛子成分は風に流され、やっと口を開けるようになった。
椎名の突拍子もなくためらいのない行動に、雷は真面目なことが何ひとつも考えられず、感じたまま素直に呟いていた。
「植物とはいえ、モンスターというのはそういうものでしょう。痛覚が存在して、苦痛を嫌がります。ドラゴニクス草が例外なんです。
……とにかく、効き目はありますし、魔核に近い目からこれを注いでみますか」
魔物を倒すには、魔核を覆う肉体の生命活動を止めるか、モンスターの第二の心臓と呼ばれる魔核を破壊させる二つの方法がある。
血涙花獣は、寄生した生き物の脳に魔核を移動させる。
魔核に苦痛を与えれられれば、もしかたしたら危険な場所と判断した寄生主が宿からでていくかもしれない。
それに一縷の望みをかけている……というのには必死さが欠片もない淡々とした動作で、椎名は倒れたドーロゥの目に劇物をふりかけた。
モンスターに寄生された人間を直視し難いのとは別の意味で、雷は視線を逸らしたかった。
二本目を開けたことで揮発したデスソースによる痛みもさることながら、想像できる痛みに自身の目まで痛くなってきた。
血涙と赤黒いデスソースが目元で混ざり合い、ドーロゥは見るも無残だ。
停止状態だが、もともと色の悪い植物が枯れたように変色しはじめ小刻みに震えだした。
寄生して肉体を動かすために、神経がドーロゥと繋がり、痛覚も共有しているのだろうか。
「軽い嫌がらせ程度のつもりでしたが、想像以上に効いているのは嬉しい誤算です」
咳き込む仲間たちを尻目に、椎名は平素通りにこやかだった。
誰かがうわぁ、と怖気ずいた悲鳴をあげる。しゃがみこんだ椎名が、ドーロゥの口に三本目を余すことなく注いだからだ。
「普通の怪我の痛みは耐えられても、あれは無理。俺は無理。死ぬ、舌が死ぬ」
興味本位で手を出した味を思い出してしまったのか、旭日はやや青ざめていた。それでも、戦士として警戒を解かずシミターを油断なく構えている。
雷も、すぐに刻印魔法を使えるように身構える。液体の大部分がドーロゥの口内に収まったおかげか、空気に揮発した量が先ほどよりも少ないのだろう。喉は痛くなるが、涙腺が刺激されるほどではなかった。
ドーロゥの口にデスソースをぶちこむと、明らかに血涙花獣の動きが変わった。
死に物狂いで停止の魔法を拒むかのようにゆっくり跳ね、上下左右に葉や蔦を揺らすたびに根の部分が見えるようになってきた。
「宿主と味覚も共有しているんでしょうか。激辛は血涙花獣のお好みではないようで」
椎名は最後の一本を手に取った。
見えてきた根っこに、デスソースを少しづつかけている。根に劇物がかかると、植物部分の生気がさらに減退しはじめ、明らかに葉先が枯れた。
実験動物を目で追う無造作さを含みつつも、最低限の真剣味をもって進退を見守る。
これで寄生主が完全に逃げ出してくれれば、願ったり叶ったりだ。
「これ、抜けるのを待つよりも自分で引っこ抜いたほうが早くねえか?」
「出てえが、停止の魔法で思うように動けねえだけなんだろうな。引っ張ったらするっといけそうだ」
「猪の時は普通の血涙花獣だったしな。ドーロゥから出て行けばユニークといえど雑魚に早変わりしてくれるだろ」
「手早く抜けそうであれば、念のため完全に抜ける前に雷君に停止をかけてもらっておこう。
デスソースも全て使わずにすみそうですよ。優さん、全部使わずに残しておいて貰えませんか?」
「風早さん、よっぽど辛いの好きなんすねえ。俺は無理です。辛いのもしょっぱいのも甘いのもほどほどが一番うまく食える」
「安全確認はすんでないので貴理人くんにはまだあげられないです。さて、じゃんじゃんかけちゃいましょう。こうやってみると、除草作業っぽい気がします」
「毒成分がはいっていたとしても、雷君に浄水をかけてもらえれば問題はないのでは」
「……いいこと閃いた! みたいに嬉しそうに言わないで貰えませんか。風早さん、自分で墓穴ほった仲間の治療なんて、俺は嫌ですよ。わざわざ危険なことはしないでください」
毒耐性持ちの獣人が、慎重に半分枯れかけの血涙花獣の茎と蔦を持ち、ゆっくりと引っ張り始めた。途中、雷が停止の魔法を使用する。諦観したように最後の抵抗を止めた色の悪い植物が、ずるずるとドーロゥの頭部や背中から抜けはじめる。弓使いがエルフの穴の空いた体に回復薬を少量ずつこぼして傷跡を塞いでいた。
白っぽい根が幾重にも絡んだ魔核が、こぼれ落ちるように姿を現した。
「万一の可能性に備えて魔核は破壊する」
剣士が有無を言わさず、魔核に剣を鞘ごと振り下ろす。殴打を受けた鉄鉱石めいた魔核が、粉々に割れて壊れた。魔核から生命エネルギーが途絶えたためか、獣人の持っている蔦や葉が最後の生命力を失いくたりと力を失った。
緊張の面持ちで皆がエルフの男を見守る。
そして、完全に血涙花獣の支配から脱したエルフから悲痛な叫びが迸る。
「かっれーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
どうやら無事生きているようだった。
ドーロゥを助ける方法
ドーロゥがやたらと防御力が高いには、ドーロゥを操るモンスターが彼の魔力を利用して肉体強化の魔法をかけているから。魔力が物理攻撃や防御に向かっている分、魔法攻撃ができずかつ魔法防御力が低くなっている。
ので、風早が奥の手として持っている魔銃を使えば、一発で死んだ。それ以外の方法だと、この場にいる面々ではドーロゥを殺せなかった。エルフのおっさんの魔力はレベル8魔法職の中でもずば抜けて優秀だったりするので。
寄生して操るには血涙花獣の魔力と宿主の魔力が必要なので、双方の魔力切れを狙えば自然と寄生が溶けていた。
雷が神聖魔法の《見破る》か、刻印魔法の《解析》を覚えていればこの方法を思いつくとっかかりにはなった。
もう一つは、寄生などの状態異常を軽減するステータスを上昇させ、本人の意思と力によって血涙花獣を追い出す方法。風早の種族能力で『精神』というステータスを爆上げさせるとドーロゥがモンスターの支配に勝つことが可能だった。
ユニークモンスターとはいえ、雑魚なので神聖魔法の雑魚モンスターを昇天させる四級の《昇華》も有効。その手段が思いつくかはさておき。
魔法やアイテムのランクは、下から五級、四級、三級、二級、一級、超級の六段階が存在する。
一般的に知られているのは特急まで、超級の存在を知っているのはごく一部。
一般人が使える魔法、作れるアイテムは三級まで。
一部の天才が二級の能力にいたれる。
一級、超級、に至れるのは主人公のみ。




