新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 12
風早の警鐘に旭日が最も素早く動いた。
シミターを担ぎ、街道との距離をつめる。
丘を睨みつけ、何が起こってもいいように臨戦態勢となり油断なく構える。
雷は置いたリュックを背負った。
鞄に詰めたルーンストーンは、上のほうから使えば使うほど嵩が減って取り出しにくくなる。矢筒のようにはいかない。
そこで鞄の下のほうにある脇ポケットに簡単な仕掛けをした。穴を開けて中身を取り出せるようにしたのだ。ポケットは返しがついていて、中の石が落ちにくくしてある。ルーンストーンを使わない非戦闘時は、頑丈な釦と紐で閉じておく。その締めた状態をほどき、スリングショットを取り出した。
念の為、ロッドも取り出して腰のベルトにさしておく。
神官のジョブは神聖魔法の技能の他に、棒術の技能を得る。雷は早々に近距離での戦闘に根をあげ、この世界に来たばかりのころにしか使っていないから、棒術のレベルは低い。魔力を通すことで規定の長さの伸縮を自在に操作できる便利な品なのだが、宝の持ち腐れなところがあった。停滞の刻印が彫られていて、相手に棒を当てた瞬間にタイミングよく刻印魔法を発動すると、動きを鈍らせることができる。それもまともに使いこなしたことはない。
椎名も軍手を脱ぎすて楽器を抱える。
接近してきているであろう敵に、最前衛で攻められるように旭日は前に出ている。
風早は敵が単体だと判断したこともあり、前衛の旭日を全力で支援できるようボーガンを構えて斜め後ろに立っている。
椎名と雷は、その二人からやや離れた位置に立った。
レイ達は風早の敵の気配の知らせを信じられないのか、まだ戦いの態勢にはいっていなかった。
「リリク丘……昨日、掲示板に依頼が書いてありましたね」
「よく覚えてますね。俺はすっかりそんなもの頭にないですよ」
「たしか依頼内容は血涙花獣でした。ローズ・レディの依頼と迷ったんですよ。今朝方見たら、もう先行組に先を越されて依頼は消してありましたけど」
「……それ、俺の記憶だと、ローズレディよりもレベルが高かった記憶があるんですけど」
「適正レベル7ですね。単体行動が基本ですし、2上なだけなら、誤差誤差。実際一体だけのようですし、私たちなら勝てますよ」
胡乱な目でにらみつけると、椎名に悪びれなくにこやかに返された。
それにしても、災難だ。
受付の手落ちともとれない。初級者向けと上級者向けの依頼が近くにあり、それを請けおった初級者が上級者向けのモンスターに出くわす可能性を失念していた。
冒険者組合ほど親切な場所ではないし、そういった危険を自ら嗅ぎ取るのも、狩猟士の力量なのだろう。
当初の目的地よりも大分ひろくドラゴニクス草が広がっていたことにより、血涙花獣がいるとされたリリク丘に近づいてしまったのがひとつの要因とはいえ。
マスターの送り出した言葉も、今思えば含みがあったのかもしれない。
「旭日くん、貴理人くん! リリク丘から来るのならば、おそらく血涙花獣です。油断せず、万全の状態で挑めば勝てる相手です。毒と麻痺の状態異常を起こす花粉をまくのが厄介ですが、雷くんの浄水があればば解除できます。雷くんの判断でも魔法をかけますが、異常を感じたらすぐに知らせてください」
モンスターの名を聞いて、旭日は楽しげに口笛を吹き、風早は鳥打帽を目深にかぶりなおし好戦的に笑った。反対に、少年たちはたじろいでいる。雷は少年たちの気持ちがとてもよくわかった。
血涙花は、寄生植物だ。四つ足の獣に寄生して、頭部を中心に半身を色味の悪いつるや葉でおおう。この植物に寄生された動物を血涙花獣と呼ぶ。
この植物に寄生された動物は、支配から抵抗するように、そして悲しむように血の涙を流し続ける。かなり醜悪な見た目なモンスターだ。
「血涙花獣……? 本当か?」
疑いとも、恐ろしさで信じたくもないとも取れる疑念がレイの口から漏れる。
「下がっていてくださいね。とてもではありませんが、君たちを庇いながら戦うのは流石の旭日くんも難しいでしょう」
「庇ってもらう必要なんてない!」
椎名の要求を侮りと受け取ったのかレイが気色ばんだ。
「おや、むきにならないでください。
別に君たちを挑発しているわけではありません。足を引っ張られたくないので、引っ込んでいろと努めてお願いしているんです。最悪、今逃げているだろうパーティー含めて、三つの狩猟士隊が全滅なんてこともありえます。自身の実力を見誤り、己どころか仲間、ひいては関係のないものまで巻き込んでの自爆はやめてくださいね。
君たちはやらなければならないことがあるんでしょう?
ここで意地を張って今日あったばかりの他人を巻き込んでまで、戦うことが君たちのやりたいことではないはずです。
それはここで無為に命を散らすことではないのだから、大人しく防衛に徹していてください。引き際を見極めるのも、大事な技術ですよ」
なおも食い下がって前に出ようとするレイを、三人がかりで止め最後はミリアが「バカをするな」と殴っていた。ビンタではない。拳だった。それでやっと大人しくなった。
「優さん! 逃げている者達が来ます。速さをあげる祝歌で援護を!」
【その声に宿る魔力に祝福を】
風早は椎名に指示を出す。それと同時に、自身の能力も使った。
ダヤン神族の種族能力、《加護》だ。
ダヤン神に作られた種族に限り、ステータスにバフに与えることができる。ゲームでは能力値全体を微上昇する効果しかなかったが、現実となった世界では細かく上げたい能力値を絞ることによって上昇値をあげることが可能だ。
指示を受け、椎名は声を前へ張り出し遠くまで聞こえるように、歌い出す。
疾く、速く。感情を掻き立てられ、急きたてられる曲だ。
命短い老婆の最後の頼みだと、手紙を届けられることをたのまれた郵送員の歌。
間に合うように、速く。
足よ手よ、世界よ動けと祈る歌だった。
椎名が歌いはじめると丘の頂点に、人影があらわれた。
はじめは人相を確認出来なかったが、すぐに人相の区別がついた。
見覚えのある顔のものたちだ。
エルフと獣人の人の計四人で狩猟士隊を作っている男達だ。
先頭に足の速い猫の獣人。それよりやや遅れた両脇に、人間がふたり。
魔法が得意な擦れた中年エルフが見当たらない。
下り坂と祝歌の効果を利用して、急いで駆け下りる彼らは必死の形相をしていた。
彼らは風早たちの顔を認めるなり、叫んだ。
「おい、逃げろ若造ども! 変異種だ! ドーロゥが乗っ取られた! まともに戦える相手じゃねえ! 街に戻ってもっと上のやつを呼べ!」
疾走する三人の背後から、血の涙を流しつると葉にからまった二本足の異形が現れた。
その姿が、何であるのか。雷たちが背後に守っている少女たちは気付いてしまったのだろう。
ひっ、と小さく悲鳴をあげて怯えるように身じろいだ。
見知った顔の男が、全く知らない誰かのように変わり果てている。
「血涙花獣は人間までのっとんのかよ」
旭日は呻いた。
「変異種か、そんなものまで出るとは厄介だ。人にまで寄生するなんて聞いたことがない」
【レイ、ルッズ、シャナ、ミリア、ジル、ケイン、トール、マリス。その脚に尽きぬ力と、大地を進む力強さを。走るんだ、街まで全力で逃げてこの事態の報告を!】
決断を迷って呆然と突っ立っていられても困るからか、風早は能力を使ってレイたちを追い立てた。
《加護》はあくまでもステータスを上昇させるもので、強制力のある命令を下す能力ではないが、種族自体の力で言葉に力を込めると咄嗟にいうことを聞きやすくなる。
獣人のジルには全く効果がないが、仲間達が名を呼ばれて走り出したのを見て、出遅れて彼も走りだした。
モンスターに背を見せ逃げるレイたちを守るように、風早たちは間に立ちはだかる。
ルーンストーンを打ち込む軌道に仲間が重ならないよう、雷はやや離れたところに立ち、スリングショットで血の涙を流した正気と生気を失った顔で追いすがるエルフの男に打ち込む。
しっかりと効果をだしたようで、動きが鈍った。
動きが悪くなったのを確認し、雷は的となったエルフに二発、三発と胴体にぶつける。
ルーンストーンの効果で停止し、解除した瞬間に動き出そうとする動きが、生きた人にはあるまじき奇妙な仕草になる。小刻みに震えて不器用に前に進もうとする姿は、衝撃的な見た目もあって生理的嫌悪感にぞ、と背筋が冷える。
「雷くんも魔力が高いとはいえ、それよりもレベルが高いドーロゥさんにしっかりと停止がきいてるのが不思議ですね」
魔力が高いと、魔法的な攻撃や干渉が効きにくくなる。
エルフは大陸に住むものの中で最も魔力が高い種族だ。ドーロゥは自らの資質を万全に生かす完全魔法職。雷よりも魔力が高いはずだ。本来の彼ならば、レベル5の雷の《停止》など跳ね除けてもおかしくはない。
寄生により、なんらかの作用が働いて魔力が減衰しているのだろうか。
歌と雷の援護で、血涙花獣は狩猟士から引き剥がした。
椎名はいったん歌うのやめ、状況を見極めている。
椎名が考察するわきで、風早はボーガンを無言で構える。
鈍く奇怪に蠢く生き物に、ボーガンで撃ち出された矢が飛ぶ。
風早は正確につるや葉を狙い、脆く見える色の悪い植物をあっけなく散らすかに思われた。
しかし、矢がぶつかった瞬間鈍い音がしたと思うと、矢のほうが捩れ曲がり地に落ちた。
「なんだいあれ。矢を弾くほどに硬いなんて」
「貴理人くんの攻撃力は、低くないはずです。あれの防御力がずば抜けて高いんでしょうね」
防御にマナがあるのならば、攻撃にもマナが関与する。握ってる武器はもちろん、撃ち出して体から離れた矢にすら攻性のマナというものが宿り、個人の資質次第でたった一本の矢で文字通り爆発的な威力を出すことが可能だ。
「あいつには生半可な攻撃はきかねえぞ!」
忠告をする彼らは聞くところによるとレベル8近辺の熟練者。
そんな彼らの手に負えない相手と立ち向かわなければならないことに、いやな汗が流れる。
「一体何があったんだ?」
だれもが抱いた疑問を風早が投げる。
幸い雷の足止めが効き、小康状態を保ったことで息をついた彼らは口々に訴えた。
「見ての通りだよ! 依頼を受けて血涙花獣の討伐にいったら、ドーロゥが寄生された」
仲間を魔物に乗っ取られた怒りをぶつけるように猫の獣人が叫んだ。
「寄生されたイノシシを普通に仕留めて、あとは頭に埋め込まれた魔核を取り出せば終わりなはずだった。だが、いつもと勝手が違った。倒したあとにあの薄気味悪い植物がイノシシから離れて、飛んだ。そう思った瞬間にはドーロゥはあのざまだ」
「ああなっちまったからには仕方ねえ。泣いて喚いて終わるわけにもいかねえ。他の誰かがドーロゥの犠牲者になったら、やつとて浮かばれないだろうよ。仲間としても、俺たちが始末をつけなくちゃいけねえ。そう思ったんだが……」
弓使いは顔色を悪くして告げ、荒い呼吸の中で、剣士はうつむく。
「俺たちの攻撃は全く通用しなかった! ドーロゥは魔法使いだぜ。俺たちの攻撃をはじく防性のマナなんてなかった。なのに服にかすり傷ひとつつきやしない。これも薄気味悪いアレのせいなんだろうな!」
猫耳と尾を持つ男は、やけっぱちに叫んだ。
「イノシシの時には攻撃が通用したのに、ドーロゥには効かなかった?」
風早は訝しんだ。対策を練るにも、情報が足りない。
「街道のど真ん中で戦うわけにはいかねえし、違うところに移ったほうがいいでしょうね。どこかいいところはありませんか、風早さん?」
「そうだね。一般の方に出くわしたら危険だ。レイたちと距離が離れて、敵の注意を十分こちらに引きつけたことだし、そろそろ街道を離れて丘をのぼろう。
私たちで対処できなかった場合を考えて、街から近からず、遠からず、人がいないひらけたところで迎え撃つ。伝令は彼らに任せれば問題ない。急ごしらえになるけれど、連携戦は期待してもいいのかな?」
「お前さんらが、やるつもりなのに、俺たちだけ逃げるわけねえだろ。こんだけ人数がいりゃあ、さすがにドーロゥにでかい一発ブチ込めるだろう」
「元仲間におったてられて、逃げ帰ってきたなんて笑い話にもならねえしな。おうよ、一緒にドーロゥのなれの果てを始末してやろうじゃねえか」
「お前たちに任せっきりにするのは、狩猟士の名折れってやつだ。あとでドーロゥに笑われちまう。おい、イカズチはひよっこどもと一緒に逃げなくていいのか?」
風早たちと運良く合流してこころに余裕ができたせいか、剣士は雷を囃してくる。
「逃げません」
正直なところ、敵の見た目も相まって逃げたいのはやまやまだが。
それに、今彼らがゆうゆうと話せる時間を作っているのはいったい誰だと思っているのだ。
雷は内心ぼやきながらルーンストーンを絶え間なく撃ち出した。
「それじゃあ、丘方面に向けて走ろう」
風早の言葉とともに、一同、また走りだした。
狙い通り、ドーロゥに寄生した血涙花獣はこちらを追ってきた。
メモ
・ジョブ取得には、特定スキルをレベル5以上にする必要がある。
(雷たちはジョブを取得してからスキルを得ているけれど、今後あらたなジョブ取得条件を満たしたら、同様に特定のスキルをレベル5にしなくてはならない。ステータスを決める手帳で、ジョブを決めたら勝手にスキルレベル5のスキルを取得できない)
ジョブを得るための必要スキルは、ひとつだけとは限らない。
神官:神聖魔法+棒術か槍術か金属鎧装備
神官は回復魔法を使える兵士っぽい職業。レベルアップ時の物理ステータス上げのために雷は複合職を選んだ。
ジョブレベルを上げて習得する能力も攻撃が多い。
ジョブレベル5になったら、不死系に特攻ダメージを与える棒術か槍術の能力を得る予定
僧侶:神聖魔法+慈悲の心
完全回復職。
慈悲の心は精神系のスキル。回復量を増加させたり、レベルアップ時に特定ステータスを増加させる。スキルレベルはないが、ジョブレベルが高くなるのに応じて、効果が高くなる。
心持ちが本当に慈悲にあふれていなくても、慈悲のあるような行動をしているとこのスキルが取得可能。
精神系のスキルに対応するジョブのレベルが高いと、精霊さんの協力により、「あ、なんかこのひとすごく慈悲深そう」と対面するひとにすごく感じさせることが可能。慈悲の心がなくても、そう感じさせてしまう。
刻印魔法
雷の停止の魔法の有効時間は短いです。
雷の魔力ならもうちょっと対象を止められますが、与えられたスキルの力によって魔法を使えているだけで、きっちり使いこなしていないので、魔法の効果が低いです。




