新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 11
見て見ぬふりをして関わりあいにならないのが一番いい。
それこそが、狩猟士のあり方だ。
椎名は言外に彼らを突き放した。
お前達がやっていることは許せないと訴えてくるものは、自らの正当性を疑っていない。多勢によって守れた常識を武器に責めてきて、少数のごく稀な事情など踏み潰すように攻撃する。
責められるこちらだって不愉快なのだ。
非があるのは確かなので、それを気にかけない狩猟士の酒場に来た。
だが、その先ですら暗黙の了解を踏みにじり、こうも公然となじられるのは、我慢の限界だったのだろう。
椎名は、おそらくレイたちを仲間にしたくないのだ。
雷はそう察した。
椎名は早々に彼らと仲良くする術を放棄した。
彼は他人の悪意が嫌いだ。
悪意を好きなやつなんていないだろうが、何よりも椎名は悪意にずっと耐え続けるのが嫌いだ。
これが一度の人間関係の構築が長く響く会社であれば、椎名は黙って笑みを浮かべて堪えたのだろう。
だが、行き掛かりの人間のために、そのような無用な忍耐を強いられたくないのだ。
そも、椎名は最初からレイを仲間にすることに興味がなかった。旭日と雷がそのようにしたいといったから、多数決の結果に従ったにすぎない。
雷もまた、手応えのないことを繰り返すのを諦めた。
できる限り言葉は重ねたが、それは若者達の胸をうつことはなかったのだ。
仕方がないか。雷は心中で嘆息する。
個人のやりたい通りに我を通したとき、それが誰かにとって見過ごせない不愉快を与えるのは、よくあることだ。
かといって他人の顔色を伺って、やりたいこともできずに我慢したくない。
雷が我慢し、風早たちが多数の意見に流されるといことは、雷が仲間たちから置いていかれるということだ。
戦いもせず、守られるだけの立場でついていくことは可能だろう。
けれども、そんな一方的に搾取するだけのような立場になりたくない。雷の自尊心が許せない。
居た堪れない中で、生きていたくない。
だからと言って、三人から離れる道を選びたくない。
雷の存在によって友人に損をさせ、不利益を被らせ、今も面倒な目にあわせている。
友人たちのように、この世界の戦いの危険を楽しめず、嫌悪する態度を見せながら、それでも、我が儘を貫き通して雷は共に戦う。
とんでもなく嫌なやつだ。
その自覚はある。
けれども、彼らに不快な思いやいらぬ苦労をかけた分、返していこうと決めている。
どう言うわけか手に入れてしまった力で、今までも返すことができていたと信じている。
役に立っているはずだ。
不利益を凌ぎ、必要とされる力をもつよう努力している。
ときおり友人たちの後先考えない思考に不平不満を吐くが、そこは仲がいいゆえの気安さだし、変に遠慮するのおかしい。なにより雷の胃がもたない。
けれど、その生き方が、雷の三人への関わりあいかたが、ありえないことだと他人の目に不快にうつる。
だが、そんなふうに言われたって雷はゆずれない。
互いにゆずれないのだから、妙な軋轢によって大きな問題に発展するまえに、すっぱりと関わりを切って、距離を置くのが一番いい。
「同じ狩猟士だ、仲良くしようと思ったけれど、俺はその思考をやめた。理解できないひとたちは、どうあっても理解できない。顔を合わせたってお互い気分が悪くなるだけだ。金輪際、関わり合いにならないほうがいいだろう。どうせ、やることをやったら俺たちはすぐにいなくなる。仲良くなろうが、仲が悪かろうが、損も得もしない。これ以上話しても、時間の無駄だ」
雷は、自分の意見をひるがえしたことを仲間に伝えるために、はっきりとレイたちに敵愾心を伝えた。
「お前もかよ……」
旭日は残念がって大仰に首を振った。彼もまた椎名の内心を察していたのだろう。しかし、雷はちがい諦め悪くレイ達を引き込みたかったようだ。
風早は困ったように苦い笑顔を浮かべ「どうしようもないようだね」と漏らし、
「とりあえず、一度一緒に受けた依頼を反故にはできないし、完了までは共に行動しようか」
少年たちに告げた。
◇
依頼地点に向かう道中、小型犬に似たモンスター黒爪狗を若者たちが蹴散らしたり、額に包丁のような刃を生やした刃うさぎを昼飯用に狩ったりもしたが、肌に突き刺さるようなぎすぎすした空気が悪いだけで特に問題なく目的地に着いた。
その、空気の悪さが問題といえば問題なわけだが。
そのうえ、雷は市壁の外に出ればいいだけで、荷物の重さに悩まされなくてすむ、と内心喜んでいたために予定よりも歩かされたことに心底げんなりしていた。
目的地に近づいていくと、太陽の暖かさとは違う暖かい空気が風にのって流れてくる。
遠くにドラゴニクス草が見えた。大地に占める面積が予想をはるかにこえている。
生き生きと茂り大地に広がるさまに、雷は軽いめまいを覚えた。
経験値の山だ。
そう思わないとやっていられなかった。
「なに、あれぇ」
ミリアが呆然としていた。
「あんなの、初めてみた」
シャナも驚き、目を見張っている。
「夏の間まで放置したってあんな風にはならないだろ」
依頼を完了させるまでの途方もなさに、ルッズは顔色を悪くしている。
「これも、異常事態の一種ってやつなのか」
レイは始まってもいないのにうんざりした表情になっていた。
例年の倍以上に生えていると驚いていた。
これを全部刈り取り終えるのは、骨の折れる作業だ。
「近くにあった群生地がいつの間にかくっついたのかもな」
「かもしれないわね。それならこの大きさも納得だわ。あーあ、これが小麦畑なら良かったのに。大豊作だわ」
「モンスター退治の草刈りだと思うから途方もないんだな。秋の収穫作業だと思えばいいんだ。村の畑と変わらない広さだろ」
「まあ……言われてみれば……」
苦行を前に、自分たちを奮い立たせる方便とごまかしをきかせて、若者達は思い思いの武器をやる気なく手に取った。
立ちすくんでいても終わらないので、ドラゴニクス草の群生地に着くなり作業の開始だ。
雷は手にグローブなどという洒落たものではなく、野暮ったい軍手をつけ、手を振って所在を教えておく。
「この辺でむしってるから、間違っても刃物をこっちにむけるなよ! 特に旭日!」
「うるせーよ。だれが間違うか!」
雷の腰ほどもある草なので、しゃがみこむと草にまぎれてしまう。
刃物を持っているものは、鎌代わりに使っている。
うっかりということはなくはないので、声かけは必須だ。
回復薬や細々とした道具類のはいった肩掛け鞄は離さないが、石を詰めた背負い鞄はおろした。背中にかかる負荷がなくなってせいせいする。
その場にしゃがみ、群生地の端のほうからせっせと抜き始める。
魔核のはいっている花さえむしってしまえば、ドラゴニクス草は熱を放つのをやめていずれやめる。
冬の暖房用や、蒸し風呂の燃料など、魔核を取り除いた草部分も有用だから、ある程度は抜いた草をためておくつもりだ。
それに、根に近い部分からむしったほうが、完了地点が他者に対してわかりやすくていい。
シャナと椎名も似たように作業用軍手をつけて草むしりを開始していた。
雷と椎名はあまり力をこめずに、次から次へと草を抜いていくが、シャナは一本抜くのにも苦戦していた。低レベルのシャナの素手では、ドラゴニクス草の生命力になかなか勝てないのだ。
見かねたルッズがシャナに短剣の一本を渡している。刃物を使うことで、シャナはやっとドラゴニクス草をまともに攻略できるようになった。
これ一本で経験値3だ。
百本抜けば300。
千本抜けば、3000。
安全に、神官のレベルが3から4になるまでの必要な経験値を五分の一稼ぐことができる。刻印騎士ならば三分の一だ。素晴らしい。素晴らしいのだから、終わるまで途方もなくても頑張るしかない。
同じパーティーに所属していると、仲間にも同等に経験値が分配される。
雷が頑張ったぶんだけ、友人達が恩恵を受けるのだ。気合いを入れて頑張ろう。
本来であれば、低レベルのレイたちに遠慮して刈り取るのをそこそこにしたほうがいいのだろうが、そうも言ってられない量が生えている。正直なところ遠慮したいが、遠慮なくドラゴニクス草を抜いていくしかない。
経験値に関してだが、通常戦闘では、直接攻撃してモンスターを倒していない後方支援役にも経験値がいくようになっている。そうでなくては、雷や椎名がなかなかレベルアップできなくなる。
ただ、分配のされかたがどうやら現地民とは違うらしい。
例えば、経験値20のモンスターを旭日の力だけで倒した場合、相当な距離を置いていない限り、仲間にも経験値20が全員にそのまま与えられる。
これがレイたちのパーティーだと、20が八当分されて振り分けられる。モンスターを直接倒したレイに経験値が少し多めにいくが、かなり微妙な数値だ。
前者は手帳を睨みつつ検証したから確かなことだ。
後者はこの世界の住人の話を聞く限り、そう判断したことだ。
どうやら似たような効果のある《全配当》という常時発生能力があり、これを持っている者は冒険者組合で引く手数多だとか。パーティーに《全配当》持ちがひとりいると、誰がどのような貢献をしても、モンスターの持つ経験値そのままを全員が受け取れる。
指揮技能というリーダーシップをよく発揮しているものが習得するスキルを育てると、得られるアビリティらしい。
新人教育係りとして、組合の正規職員に引き抜かれやすいともいう。
もし、通常よりもレベルが上がりやすいことを指摘されたなら、その能力があるからだと違和感なくごまかせるのはいいことだ。
ずっとしゃがみこんでいると腰が痛くなるので、たまに立ち上がる。
旭日はレイたちの経験値を取らないためにか、あまり本腰をいれずにドラゴニクス草を刈り取っていた。
その気になれば、魔核の回収はともかく一帯の駆除はさっさと終わりそうだ。その事実は雷の滅入った気分を軽くさせた。
甘く低い声の鼻歌が聞こえてくる。アップテンポの、雷には聞き覚えのない歌だ。たぶん、昔の流行歌でも椎名が口ずさんでいるのだろう。
風早は鉈で大雑把にまさに草刈り作業中だ。
視界の遠くで、剣を横薙ぎして草を刈っているレイの姿が見える。
ミリアは八つ当たりのように斧を振り回していた。
それ以外の面々は落ち着いてドラゴニクス草の除草にあたっている。
これだけ見れば、モンスター退治などではなくとてものどかな光景だった。
「皆、警戒を!」
突如、索敵能力を持つ風早が声を張り上げ立ち上がった。
「魔物の気配が一。人の気配が三。まるで逃げるようにこちらに近づいてくる。私たちにではなく、街道に向かってきているんだろうね。あちらから……リリク丘方面から何か、くる」
警戒を促し、風早は街道を挟んで遠くに見える高い丘を指差した。




