新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 10
ドラゴニクス草は初心者向けの依頼だ。
茎の表面が竜の鱗のように見え、花が竜の横顔のように見えるからドラゴニクス草と名付けられた。
群れをなすというよりは、一本姿を見つければ草原に群生している。このモンスター、数は多いが危険度は少ない。攻撃性が皆無だからだ。
解体すると魔核があるためモンスターに区分されるが、一度芽をだし生えた場所にひたすら佇んでいるだけで、他の生物に攻撃してこない。
常に発熱している植物で、冬は暖を求める野生生物やモンスターがドラゴニクス草のそばで丸まっている姿がよく目撃される。
ドラゴニクス草の魔核や、残った葉や茎、根にもその性質が残り、冬場には不燃布に包まれ庶民の懐炉としてひとびとに親しまれていた。
放っておいても直接的害はない……が、夏も近づくとそうも言ってはいられなくなる。
直射日光がじりじりと照りつける暑い日差しの中で熱源が生き生きと生い茂られると、暑さがいや増す。とてもではないが近寄れない熱を持つようになり、ドラゴニクス草の群生地付近を通るだけで熱中症を発症する恐れがある。
冬の間は街道の自然の暖房のために放っておき、春になると夏が来る前に刈り取りを行うのが通例だ。
こちらからしかけようと、ドラゴニクス草は反撃もできないので、安全な排除を行える。
刈り取りだけなら狩猟士や冒険者でなくとも可能な仕事だった。
それでも荒事専門の者に依頼が来るのは、市壁の外での長い活動には危険があるためだ。
ドラゴニクス草自体は安全でも、背後から違う魔物にでも襲撃されたら、一般市民ではとてもではないが相手にならない。
ある程度装備が整った者たちが望ましいのだ。
そして、植物とかわらないとはいえ、腐ってもモンスター。数もいるので、群生地を根こそぎ倒せばそれなりの経験値にもなる。大きい群生地を始末すれば、レベル0から一気に2に育つくらいの経験値がはいることもある。
こういったことから、新米を比較的安全に育てやすいドラゴニクス草討伐は、レベル3にまで至っていない初心者向け用といわれている。
まさに、レベル2程度しかいないレイたち一行にはうってつけの依頼だった。
薔薇の乙女を相手どるはずが、安全な依頼になったことに馬鹿にするなと一悶着が起きたものの、
「カザハヤたちが一緒に行くなら、ひよっこたちが刈り取り中に別のモンスターに襲われても安全だろうよ」
と、有無を言わさずマスターは依頼の手続きをして雷たちを送り出した。マスターの風早たちへの信頼がレイたちの自尊心の炎に油を注ぎ、いっそう剣呑な空気に包まれたが、今更である。
◇
遠慮なくぶつけられる嫌悪など全く気に留めない飄々とした態度で、旭日は破顔した。
「風早さんの機転で無事一緒に依頼を受けることになったし、改めてよろしくな」
一緒に行く流れを変えられないのならば、せめて空気は変えようと努力するルッズとシャナにより、レイのパーティーメンバーの名前を聞くことになった。
レイ、ルッズ、シャナは元より知っていたが、その他の者たちの名は初めて聞く。
赤毛のツインテールの少女はミリア、獣人の青年はジル、ケインにトールにマリス。計八人のパーティーだ。
「もう、こうなったら腹を括って合同依頼を受けるけどよ。レイに下手に喧嘩を売るのは辞めてくれ。あいつがムキになったら俺じゃあ手がつけられないんだから」
市外へ出るための門を目指すなか、ルッズが雷たちに頼んだ。
「特に、そこの竜人のじいさん。あんたは面白がってレイを挑発しそうだ」
「誰がじいさんだ! 俺はまだそんな歳じゃねえよ。せめておっさんと呼べおっさんと!」
「何、見栄はってるのよ。どっからどうみてもジジイじゃない」
ミリアが半眼になって旭日を睨むと、女の子には強く出られない旭日がしゅんと落ち込み黙った。
雷とは真逆の方向で実年齢との差異に苦しむ旭日がやや哀れで、雷はぞんざいに励ました。
「あー旭日。お前はおっさんだ。大丈夫、お前がじじいじゃなくておっさんなのは俺と風早さんと椎名さんがよく知っているからな」
背中には手が届かないので、雷は旭日の腰のあたりを軽く叩いた。
「お前に言われるとなんとなくムカつくな」
十代半ばの少年少女におっさん呼ばわりされるのは耐えられても、二十三歳の雷におっさん呼びされるのはなんとなく抵抗感が残る旭日が、彼の励ましを無下にする感情を漏らす。
「どうしろってんだよ」
雷も腹が立ったので最後に小気味いい音がたつくらいに腰を叩いた。
魔法職についている子供の本気の一撃など意にもかけないくらい頑丈なので、旭日は何処吹く風だ。
むしろ雷の手のほうが痛くなった。
それ以降は沈黙がおち、主に若者達が気まずそうな空気を作って門を目指した。
大きな街門に詰める兵士の顔が確認できる距離まで近づいていたとき、緊張感のある静寂を破りジルが口を開いた。
「なあ、どうしてイカズチみたいな子供がこいつらと一緒に狩猟士してるんだ?」
ダヤン神に作られたとされる人間は、その血を引くダヤン神族に。ティタン神に作られたとされる獣人はティタン神族に。従属種族ほどではないけれど、それぞれ惹かれやすい。
それゆえに、獣人のジルは初対面にも関わらず、雷のことがとくに気にかかるのだろう。
旭日の誘いに真っ先に乗ったのは、彼だった。
低レベルと見下されている反発もあったのかもしれないが、血に流れる神への無意識の畏敬がジルを駆り立てたのかもしれない。
なにしろ、雷は見た目が幼いから、心配する気持ちもひとしおになる。
後先も考えずに、口火を切る発言をしてしまったに違いない。
雷は頭上にある仲間たちの顔をちらりと見やる。
周りに仲間たちがいる中で、ジルの問いに詳らかに正直に答えるのは恥ずかしい。
しかし、雷の内心を偽りなく語ることで、レイたちの感情をこちら側に組することへの一助となるのならば、その羞恥は飲み込むべきだろう。
彼らを仲間にしたいと言ったのは、雷だ。
ぶつけられる一方的な嫌悪は腹が立ったが、人手が欲しいのは変わらない。
「友達を守るためだ。友達が戦う道を志して危ない橋を渡るっていうのなら、放っておけないだろ。
俺は幸い回復魔法と刻印魔法の心得があったから、パーティーに貢献できる。
ただ、それだけだ」
旭日がふうん、とニヤニヤ笑いながら雷を見下ろしている。
素直な感情な吐露は、説得したい相手よりも味方に響いたようだ。
ここは黙って聞き流すのが流儀だろうに、旭日を筆頭に椎名もあまつさえ風早すらもこらえ切れないように唇が弧を描いている。
「なんですか、あんたたち。その顔は」
衣服の形状によって鼻から下が隠れていてよかったと、雷は心底思った。
今の自分は真っ赤な顔になっているに違いない。
居た堪れなさに矢も盾もたまらず雷が友人達から目をそらすと、突然怒声が落ちてきた。
「守るぅ? あんたみたいな子供が、大人のこいつらを? なに生意気なこと言ってんのよ。これだから男の子って嫌いなのよ。バッカみたい」
泣くのを我慢するのに失敗した苦い顔をして体を震わせたミリアが、雷の答えに牙を剥いた。
言いたいことだけ言い捨てると、彼女は一人さっさと門番のところまで行ってしまう。
困惑するよりも早く、彼女の過去を思えば事情があるんだろうな、と察した。
「ごめんね、イカズチ君。ミリア、あの子ね。弟を亡くしてるの。気竜の起こした嵐で瓦礫が飛んできて、ミリアを守ったのよ。きみよりも年は上だけど、きっとシリルとイカズチ君を重ねてしまったのね。自分よりも年下の子が、年上を守ろうとして危険なことをするのって、ミリアからしたら許せないことなんだと思う」
その事情の答えはシャナによって意外なほどに早く教えられた。
繊細で部外者が立ち入るべきではない過去をやすやすと打ち明けられたことに、雷は気まずさが湧き上がる。
「……そうなんだ」
よくある話だな、と余計な一言をくわえそうになったので雷はそれを飲み込んだ。
よそ様の悲しい話なんて、日本にいてもたくさん聞いた。
命の価値が低いこの世界に来てからも、飽きるほど聞いた。
あくまで見知らぬ他人の過去。円滑な人間関係の構成のために、口先でなら「可哀想だな」と憐憫のことばを言えるが、雷の本音としてはそんなことで怒りを深くされても困るな、程度にとどまっていた。
しんみりとした空気の中、ルッズが先行するミリアの背を追いかけていった。
「ミリアじゃないけどさ」
銀髪の少年の背中を見送っていると、ジルがおずおずとためらいがちに再度会話をはじめた。
「子供のお前がこのおっさんたちを守るっていうのはおかしいだろ。お前がそうしなきゃいけないくらい、弱いわけ? ローズレディー討伐に挑もうっていうんなら、そうじゃないだろ。なんでそんなことイカズチがしなきゃいけないんだ?」
問いかけの形をしながらも、まるで責めるような口ぶりだった。
己の中にある良識と照らし合わせ、一度見過ごせないと決めたなら、それを貫く真っ当な気質は風早でなくても好ましい。ただし、それが自分に向けられない限りは、と但し書きがつく。
雷は面倒だなあというため息をすんでのところで押しとどめる。
自分にとって大切なひとであれば、雷は恥ずかしさに言葉に詰まることはあっても、言うべき言葉を選ぶ努力は苦痛ではない。
しかし、今日あったばかりの他人に対して、雷の都合による打算があったとしてもあれこれと思考を巡らすと、嫌な疲労感にどっと頭が重くなる。
「しなきゃいけないから、してるんじゃない。俺がそうしたいから、してるんだ」
内心が表に出て、棘のある声になった。
「あんたたちもそうなんだろ。事情はコハンで噂程度にはあんたたちのことは聞いてる。
気竜への復讐はさ、どんなに命がけになろうとも、しなきゃいけないからやってるわけじゃない。
自分たちが許せなくて、そいつを殺したいからやってるんだ。
理屈じゃないだろ。
たとえ、自分の命が脅かされようと、どんなに怖くても、それをねじ伏せてでも進みたい道がある。
俺はこの人たちと共に生きる道を選んで、お前たちは復讐を選んだ。
おんなじだろう。
俺は今日会ったばかりのあんたたちに、復讐なんて愚かなことだなんて言わない。勝てっこない相手に挑んで無駄に命を落とすことはないなんて、親切ぶった無駄な忠告はしない。
だから、あんたたちも俺たちのことをとやかく言うな。
そんな筋合いはないはずだ」
雷の訴えが幾分かきいたのか、ジルは口をつぐんだ。
「ちびすけの言い分はわかった」
ややうつむきがちに長く黙っていたレイが、静かに面をあげる。
「子供っていうのはそういうものだ。
俺だって、そうだ。大人にはいつだって……親父にも、兄貴にも、お前にはまだ早い、危ないっていろんなことを止められてた。今思えば、そうやって止めるのが当たり前なんだよな。そうするのが年上の役割なんだよ。
なんであんたたちはガキの無謀な言い分を咎めて、言い含めて、止めてやらないんだ?
無責任にしか見えないね。上っ面でどう言おうと、本心ではどうでもいいように扱っているから、やりたいようにさせているようにしか思えない。
ガキが危険な目にあうのが可哀想とか、そういうのじゃないんだ。
大人としての責務を果たしてないあんたたちに、すげえ腹が立つ」
レイの怒りははっきりとしていた。
ジルやミリアが風早たちに向ける嫌悪感が幼く見える雷を案じる感情から湧き出るものならば、レイの風早たちへぶつける苛立ちは、年長の者として年少の者に対する責任を果たしていないと憤りからくるものであった。
「責務を果たす必要がないから、君の怒りは残念ながら的外れだ。
私たちは全員、一個人として独立したうえで、協力関係となっている。雷君の決めたことは、すべて彼の責任であり、年齢を理由にしてその是非を問うことはなしない。
私たちは年が離れた友人だからね。見た目が子供だからといって、雷君は守らなきゃいけない対象じゃない。他の誰が雷君のことをどう扱おうと、私たちは彼を庇護下におくべき存在として扱うつもりはない。
そうすることは、雷君への侮辱になる。
君たちにはただの子供に見えてるかもしれないけれど、雷君と私達はあくまで対等なんだよ。彼が私達と共に戦い、ついていくという決断をしたのならば、私達はそれを尊重する。子供だからと言って、侮らない。
守り、守られる。共に戦う仲間なんだ」
風早に対等な仲間として認められているとはっきりと教えられ、雷は我知らず胸が熱くなった。
元の雷を知っているからこそ、今の姿に惑わされずに成人した一人の人間としての意思を尊重してくれる。
この世界で知り合った者達では、決してできないことだった。
「正直いっちまえば、他の奴らにどう見えようとも、関係ないんだよ。
世間一般の評判や評価、見え方、体裁。そういったものは確かに大事だけどな、それを理由に俺たちは雷がやりたいことを止める気にはならねえ。
お前ら外野が何を言おうと、どんな目を向けようと、そんなものを優先して友達を傷つけることはしない。
こいつツンケンして他人を拒むわりに、その反面すげー面倒くさいやつだからな、割とすーぐに思い詰めんのよ。簡単に傷ついちゃったりする繊細な胃の持ち主なわけ」
旭日の言葉に、雷は目頭が熱くなりかけたが、繊細な胃は余計である。
「旭日くん、そこは胃ではなく、心臓では。雷くんは胃痛持ちなのは確かですけど」
胃痛の原因その一が、さらに感動が薄れるどうでもいい注釈を入れる。
「あー、心臓ですね。心臓。
ええとな、こいつは繊細な心臓してんだよ。
一度懐にいれた相手の大事にする仕方っていうのはいろいろあるけど、雷に対しては誰がなんと言おうとやりたいようにやらせるのが、俺たちがこいつを大事な仲間だと思ってるって伝える手段なんだよ。
こいつを見た目相応に扱ったら、絶対拗らせるからな。ないがしろにしてるのと、おんなじになるのを俺たちは知ってる。それが分かってんのに、他人の目が怖くて、子供扱いできるかっつーの。
どうでもいいから、一緒に戦っているんじゃない。大事な奴だから、同じ場所に立ちたいという意思を尊重する。
それが、世間から白い目を向けられるようなことであってもな。
お前達に、どう思われようと関係ない。
俺たちにとって大事なのは第三者からどう思われるかじゃねえ。
雷が、どう思うかだ」
旭日はゆるがぬ視線でレイの眼差しをまっすぐに受け止めていた。
「と、言うわけで、ぼくたちの言いたいことを総合するとですね」
椎名が真剣な空気をあえてぼかすようなのほほんとした態度で口を挟む。
「あなた達がどう思おうと、何を言おうと、ぼくたちは雷くんへの対応を変えるつもりはないので、放っておいてくださいということです」




