わたしの、記憶
みはるは、目を覚ました。
身体中から汗が出ていた。嫌な汗だった。それに、動悸もする。
みはるは呼吸を落ち着け、今見たものが夢だということを認識する。
「…なんで、理想の夢の中の私が死んでるのよ。意味わかんない、めっちゃうけるんだけど。本当、意味わかんない…」
みはるが今の夢を反芻している間、
突然、背後から声をかけられた。
「新谷、みはるさん。」
みはるは振り向いた。
声の主は、セールスマンだった。
みはるはセールスマンを睨みつける。
「そうよ。なんであんた、現実の世界にいるのよ。夢の中でしか出てこないんじゃなかったの。」
セールスマンは、間をおいて、再びみはるの目をみて、彼女の名前を呼ぶ。
「みはるさん」
質問に答えないセールスマンに、みはるはイライラする。
「ちょっと、質問に答えてよ!」
「………副作用が、あなたには出てしまっているんです。」
「は?副作用?」
セールスマンは、悲しそうな顔をして、
だからちゃんと、説明させてって言ったのに。と、小声でいった。
ドリーミングの容量は1日に一本が限度である。それ以上飲むと、副作用が出てしまうのだ。しかし、みはるは慢性的に1日に一本以上ドリーミングを飲んでいた。
「これを、確認してみてください。」
バサッ、とみはるの足元に一冊のノートが投げつけられた。
それは、みはるの妄想日記だった。
みはるはその妄想日記をひろいあげ、
パラパラとめくる。
その日記には、
真面目で地味な自分が、平和に日々をおくろうとする、そんな日常が妄想として書かれてあった。
「なによ、これ。私が書いてた妄想は、友達もたくさんいて、いっぱい遊ぶって妄想だったはず…」
セールスマンは、みはるの目を見てゆっくりといった。
「この薬の副作用は、夢と現実の区別がつかなくなること。つまり、あなたが今まで現実だと思っていたのは夢で、夢だと思っていたのが現実なんです。」
「…え?」
「覚えていませんか?」
セールスマンは話し始めた。
みはるが、初めてドリーミングを買った時のことを。
「あなたは初めてドリーミングを購入したとき、こう言っていました。地味でもいい、友達がたくさんいなくてもいい、ただ、平凡な人生を送りたい…と」
「どうゆう、こと」
みらるの目が、大きく開かれる。
「あなたは、派手な自分を変えたかった。そのために薬を飲んでいたんです。」
みはるには、訳がわからなかった。混乱する頭の中で、冷静にセールスマンの言ったことを整理する。
今まで自分は、地味で友達のいない自分を変えたいと思って、夢の中で派手な自分になった…つもりでいた。
だが、本当は。
本当は、副作用のせいで、夢と現在の区別がつかなくなり、そう思っていただけだった。
本当の自分は、派手な自分で、そんな自分を変えようと思ってドリーミングを飲み、理想の地味な自分を夢の中で見ていた…?
「じゃあ、この、今の、地味な私は」
セールスマンは、静かにみはるを見つめていう。
「夢の中の姿です。…私は夢の中にしか現れることができない存在なんですよ。」
みはるの目に、恐怖の色が見える。みはるはセールスマンにしがみつき、叫んだ。
「意味、わかんない…意味わかんない、意味わかんないよ!!」
そんなみはるをセールスマンはずっと見下ろし、眺め、そして言う。
「地味で平凡で、何もない毎日を送っているあなたは、夢のあなたです。友達がいて、先生という彼氏がいて、最後に虐められて今、先生に殺されそうになっているのが現実のあなたなんです。」
みはるは、言葉が出なかった。言葉がも出せず、瞬きもせず、床に膝をつけた。
「私が夢だと思ってた理想が、現実で、現実に起きたとおもってたことが、夢だった…?」
「そうです。」
みはるの口元は、笑っていた。
ただ、目だけは笑っておらず、ゆっくりと闇しか見えない空を見上げて呟いた。
「それっておかしいよ。…だって、わたし、さっき、死んじゃってたもん。現実でしんでたら、夢なんて見れないじゃない」
セールスマンは、首を振った。
「あなたはまだ、しんでいません。死ぬ直前に薬を飲んで、この夢の中に来たんです。あなたは今、最期の夢をみているんですよ」
「うそだよ」
いつの間にか、みはるの目には、涙が込み上げていた。
「残念ながら、嘘ではありません。」
「うそ」
「違います。」
「うそだよ…!!!」
セールスマンは、みはるの顔をじっと覗き込んだ。
「思い出してください。本当のあなたを。」
みはるは、セールスマンを見上げる。
「本当の…私」
目の前にいるセールスマンは、悲しそうな、顔をしている。
「あなたは、地味で、平凡で、平和な毎日を過ごすような人でしたか?」
「私…」
セールスマンはそこまで言うと、静かに、みはるの元へとゆき、手を差し伸べた。
「さぁ、もう時間ですよ。起きましょう」
しかし、みはるはそこを微動だにせず、ずっとしゃがみこんでいる。
「セールスマン」
みはるは、セールスマンに言葉を投げかけた。
しかし、
セールスマンは、そんなみはるを見ずに、さようなら、といい、静かに闇に溶け込んだ。
その後みはるは、ゆっくりと立ち上がり、
呟いた。
「思い出した…私…」
「私は」




