史実から考える、異世界での現代知識無双の難しさ
明治政府が建設した八幡製鉄所は、西洋の最新式の設備を導入した一大プロジェクトでした。
外国人技術者も高給で招聘し、高まる国内の鉄需要に対応しようとしたのです。
けれども、それは一時的に頓挫しました。
当初はコークス炉がなかった事、日本の鉄鉱石の品質が悪かった事などが重なり、外国人技術者にも対応出来なかったのが頓挫した理由です。
ここで説明しておくと、コークスとは石炭を蒸し焼きにして硫黄や水分といった不純物を取り除いたモノです。
石炭にも品質があり、不純物の少ない無煙炭から不純物の多いモノまで様々なのですが、製鉄に使う石炭は不純物の少ない高品質なモノを使います。
硫黄は鉄を劣化させ、水分が多いと炉内の温度を下げるからです。
それでも若干は含まれておりますので、手間はかかりますが、石炭からコークスにします。
現代製鉄ではコークスが不可欠で、製鉄所内にコークス炉が併設されています。
八幡製鉄所ではどうしてコークス炉がなかったのか?
その理由は分かりませんが・・・
では、日本で取れる鉄鉱石の品質が悪い事についてです。
実は、という訳でもありませんが、日本で採れる鉄鉱石の質は良くありません。
ですので、日本は鉄鉱石を輸入に頼っています。
それは中国も同様で、中国は鉄鉱石の埋蔵量が多いにもかかわらず、日本を越える輸入量です。
鉄鉱石も石炭と似ていますが、含まれる不純物が多いと宜しくない。
鉄成分が少なければ経済的ではありませんし、溶けても粘度の高い不純物であれば炉内で固まって下に流れて来ず、目的の鉄を取り出す邪魔になったり、溶けた鉄と混ざれば出来上がった製品が割れたりするので大変みたいです。
鉄鉱石ではありませんが、日本で採れる砂鉄にはチタンが多く、たたら製鉄ではチタンを分離出来ないので、近代製鉄の導入以前は鉄の品質管理に苦労したみたいです。
だから刀は何度も折り返して鍛え、成分を均質にしたとかしなかったとか。
対してヨーロッパで採れた鉄鉱石は質が良く、折り返す必要が無かったとか。
まあ、それは兎も角、その様な問題が発生し、解決出来なかった為に八幡製鉄所は操業を停止せざるをえませんでした。
日本人の博士に調査を依頼し、数年かけた結果、無事に解決出来たのです。
さて、この史実から何が言えるのでしょうか?
当時最先端のヨーロッパ製鉄業に就いていた技術者が複数いたのに、八幡製鉄所で起きた問題を解決出来なかった事実です。
この事実を考えると、その道の専門家でもないのに、異世界に行って現代知識無双が簡単に出来るでしょうか?
出来ないとは言いませんが、かなり難しいのでは?
まあ、近代製鉄では分業していたでしょうから、招いた技術者が八幡で起きた問題は専門外だった可能性もあり、なろうで良く見る異世界での現代知識無双とは違うかもしれませんね。
また、こういう事例もあります。
途上国支援でインフラを構築したものの、管理者が帰国した途端、数年で駄目になるというモノです。
例えば上水道。
浄水場から水道管の敷設まで、一通りの設備を作ったとします。
保守点検管理の方法まで指導し、大丈夫だと帰国しても、見ている内はしっかりとやっていたけれども、監視の目が無くなったら駄目になる。
ポンプが壊れ、修理出来ずに上水道自体が使えなくなる。
具体的な国名を挙げると宜しくないのでしませんが、そういう事例を実際に体験しました。
ですから最近は、その辺りのサポートまで含めて支援している筈です。
これって現代の話ですからね。
先進国の技術者が現地で数年間つきっきりで教育しても、その技術者がいなくなれば駄目になったりするのです。
たとえ異世界に近代的な施設を作り出しても、その運営を担うのが異世界人であれば、管理は相当に難しいのではないでしょうか。
とはいえ、私は異世界での現代知識無双を否定したいのではありません。
すんなりと成功するから疑問を感じる訳で、そこそこに失敗していれば納得も出来るかなと。
失敗談を入れれば、よりリアリティーが増すのではないかと。
しかし、こうも言えると思います。
現代知識無双はネタやお約束みたいなもので、本筋に関係しないからササっと成功させるのだと。
まあ、その通りかもしれません。
一々失敗していたら物語が遅々として進まないですもんね。
その辺りの解決策の一つとしては、有能な人に丸投げし、途中経過の報告を受けて方向性をアドバイスするとかで十分な気もしますが・・・
そもそも論として、史実で問題が発生したからと言って異世界でも問題が起きないといけない訳は無い。
異世界の鉄鉱石は不純物が一切無いモノで構わないし、石炭は全て高品質の無煙炭でも良い。
魔法でその辺りを処理しても良い訳です。
そんな事は作者の設定次第ではありますし、展開も自由なので、正直どうでもいいっちゃあ、どうでもいいのですけどね。
だったら何が言いたいんだという事になりますが、結局は読者として楽しめるかどうかでしょうか。
まあ、異世界で近代製鉄場を建てる展開は無さそうですしね。