プロローグ1
現実がバカらしくなったのは、小学三年生の頃からだ。元々ゲームが好きだった私は当時人気だったオープンワールドのゲームに心を惹かれ即決で購入し、一目散に家に帰宅した。オープンワールドという言葉から流れ込むイメージに足をバタつかせながら、ハードにディスクを挿入した。OPの圧巻のグラフィック、ヌルヌル動くキャラクター達に心を打たれた私は、一週間でそのゲームをクリアした。しかし、そこに残っていたのはほんの少しの虚無感とラスボス前のセーブデータだけだった。彼らはラスボスを打ち倒し歓喜し、平和な世を造り、英雄になったはずだ。私は彼らとハイタッチを交わすこともできない。ゲームだからだ。言葉にすれば簡単だが、なんとも言えないものが胸に残る。平和になった後の世界を見ることはなく、彼らの今後の生活を私は知ることはない。彼らが年をとりながら、子を授かり、その子供が冒険に出ると決意を決めた顔で言うのを見て、自分の昔話を笑いながら話す彼らを見ることはない。彼らは所詮ゲームキャラクターなのだ。組まれたシステムの中で決められたセリフを口にし、プレイヤーの選択に従う。機械的ななにかにすぎない。私はその現実に絶望し、それからパッタリとゲームを辞めてしまった。
あれから8年ゲームやインターネット、あらゆるものが劇的な進化を遂げていた。私はそういった情報を耳にしては溜め息をつき持ち前の屁理屈を並び立てた。そんな私を驚かせる出来事が起こった。それはVR革新だ。4、5年前のゴーグルを装着して、コントローラーを手にし、側から見れば滑稽の一言に尽きるそんなものではない。そのニュースはテレビ、インターネット、世界各地そしてなにより多くのゲーマーを釘付けにした。科学知識の無い私はアナウンサーの説明がイマイチ理解できず、ぽかんとしていた。私はこれがとんでもないことだというのをその数秒後に理解した。
インターネットでの情報収集による結果からこの話が嘘でないことをなんとなく分かった。そして私はこれを体験するのにどれだけの費用がかかるのか調べてみることにした。本体だけで30万、安いと言う者もいればこの金額が度を越していると言う者もいる。私は唖然とした。金額を調べる過程で分かったのは、従来のVRのどこでも持ち運べるようなコンパクトなサイズではなく、マッサージチェアのような大きくドッシリとした、そんなハードだということだ。従来のハードは持ち運びやコンパクトさに重点を置き、知らず知らずに機能を制限していってしまっていたのだ。まず私達を驚かせたのはそういった所だ。そしてもっと驚くことはまだあった。このハードを発表したText Virgin社のHPを見ると五感を感じることができると書かれている。それどころか、内臓感覚、平衡感覚など五感に含まれないものも感じることができるという。私はこの記述を目にし、おかしく思い笑ってしまった。そして私はその後の文で今迄に体験をしたことのないほどの鳥肌を立てた。
"弊社はこのハードの発表に先駆けファンタジー系統のMMORPGを鋭意制作中であります。貴方が主人公のゲームです。貴方は大地に足を踏みしめ、魔法を放ち、アイテム、スキル、武器を駆使し、数多のモンスターと対峙することになるでしょう。どうか冒険が始まるその時を心待ちにして頂けると幸いに御座います。"
私は時計のアラームで飛び起きた。時計を見遣ると午前1時、まだ半分も開かない目を擦りながら自分がなにをしようとしていたか思考を巡らす。外はまだ暗い。ベッドを飛び降り、マッサージチェアのようなゲームハードに頬擦りをする。生まれて初めての土下座をしたのは先月のこと。理由を聞かれ答えると母は苦虫を噛み潰したような顔をしてこう言った。お父さんに話をなさい。私は顔色を変え母に泣きついた。あの父がお金を工面してくれるはずがない。パソコンを買うのだって3ヶ月話し合いをしたくらいだ。私が母に泣きついていると、玄関の方でガチャッと鍵が開く音がした。電子ロックにカードキー、父がこの家を購入した際に付けたものだ。心配性の父らしいと言えばらしいが、この時ばかりはこれ程、そうでなかったらと思ったことはなかった。結局父の理解は得られずあの頃からずっと貯めていた御年玉やお小遣い、それでもまだ足りず両親に黙ってバイトをしてなんとかやっと貯めることができた。そんな自分の奮闘を思い出しつつハードを撫で回してやる。父は私の部屋に入ってこない。父の居ない間にハードを部屋に運んだ時は何とも言えない達成感があった。無料のアプリで遊んでいた時にそのニュースは飛び込んで来た。登録していたText Virgin社のSNSから開発中のMMORPG "Follow The Fate Onlineのオープンベータテストの開催が決定したと通知されたのだ。12月10日 日曜日 午前2:00開始。そう書かれていた。あの発表から3ヶ月が経っているのを思い出す。調べてみるとText Vilgin社はサボり癖があるようで、かなり前に運営していた"Brave Congregate Online"でもメンテナンスを延長したり、レアアイテムが9999個プレゼントボックスに入っていたりしたことが度々起こっていたらしい。しかしチーターへの対応や絶妙なゲームバランスや多くのイベントでプレイヤーのハートを鷲掴みにし、一躍有名になった会社らしい。通知をスクロールしていくとキャリブレーションの御案内なる項目が目に入る。キャリブレーション?聞き慣れない言葉だと思い携帯で調べてみる。簡単に書いてあるものを見ると例えるならデータの身体計測のようなものだと書いてある。パソコンに目を戻しスクロールする。キャリブレーションはプレイヤーの身長、性別その他諸々の計測をし、ゲーム内ではその数値を基にアバターを生成するらしい。そういえばVR研究をしている大学教授が現実の数値と仮想現実の数値を誤れば大きな影響を及ぼすという仮説が発表したのを思い出す。キャリブレーションの会場は全国28ヶ所で行われるらしいが、これはオープンベーターテスト用のキャリブレーションで本サービスではまた設けると記述がされている。マップを見ると幸いなことに自分の家から1時間もしない所で会場が設置されるのを確認し胸を撫で下ろす。電車に揺られ会場に着くと如何にもと言ったような人々が散見できた。あれは先日発売されたレースゲームの機体のコスプレだろうか、私は係員の誘導に従いキャリブレーションを受けた。キャリブレーションを受けた際に注意事項としてデータの譲渡などをしないよう言い渡された。私その日帰ってデータパスワードの入力を終え、この日が来るのを待ち望んでいた。色々巡らせているうちにオープンベーターテスト開始まで10分を切っていた。私はハードに乗る。頭部で山折りになっている機器を頭に降ろす。きっと側見れば滑稽に見えるが私はワクワクしていた。私はシステムジェネレートをした。上手く説明できないが、自分身体の五感から離れ、仮想現実の身体に五感を移した。と言ったような所だ。待機スペースの大きな柱時計を見遣り、開始まで1分を切っているのを確認する。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。私の身体は白い光に包まれ何処かに消えていく。
瞼に光を感じる。恐らく太陽の光だろう。瞼を開き、自分の目を疑った。自分の目の前には大きな噴水が見え、その向こうに色々な形の建物が何百、何千と数え切れないほど見えたのだ。辺りを見回すと同じ体験をしている人が多くいる。その人達の腰を見ると一様に刃渡り50cm程の西洋剣をぶら下げている。ひょっとしたらと自分の腰に手を当てると自分の腰にも下がっているのを確認する。何から始めようかと思っていると一人のプレイヤーが駆け出した。
「ちょっと待ちなさい!」
プレイヤーは驚いてこちらに振り向いた。見ると自分と同じくらいの男の子と思しきアバターだった。するとそのプレイヤーは私を一瞥するとまた前を向き走って行こうとする。
「ちょっと!」
プレイヤーは嫌そうな顔をしてこちらを向きこう言った。
「何か用ですか?」
そう言われると何といえば良いのか雛鳥が最初に見た者を親と認識するように咄嗟に呼び止めてしまっただけなんて言えない。私は高圧的な態度で接することに決めた。
「あんた、オンラインゲームとか初めてじゃないでしょ?」
「なんで分かったんだ?」
「女の勘ってやつ?」
「あっそう、じゃあ」
「ちょっと!まだ話は終わってないでしょ!」
「まだなんかあるの?」
「そうよ!あんただってオンラインゲームをやったことあるならわかるはずよ!一人よりパーティの方がいいことを!」
「でも君戦力になるの?」
私はその一言に頭が来て剣を抜いた。これでびびるでしょ。そう思って起こしたアクションだ。
「何?やんの?」
私の期待していたリアクションとは違った。プレイヤーは眼光をするどくし、同じく剣を抜いた。私はまるで自分が剣士になったような感覚に陥り、頰を緩める。
「あんた名前は!」
「名前は個人情報だから言えないけどプレイヤーネームはworkerだけど。」
「そう、worker。私はmarinよ!」
「marin?海がすきなのか?」
「違うわよ!翠の国のアルケミストに出でくる女剣士マリンよ!」
「あっそ、なんか変なヤツだけどパーティになっても良いよ。」
「私がなってあげる側だっつうの!」
嬉しさを噛み殺し私はそう口にした。
「ねぇ、あんたさっきっから何やってんの?」
ワーカーのパーティ申請を受諾した後ずっと、かれこれ1時間ホロディスプレイのステータスウィンドウに齧りつきこの調子だ。
「見てわかんないの?どんなスキルがあるか確認してるんだよ。それと各種操作確認。ここの会社ノーヒントだからなぁ〜。」
どうやら前にこの会社のゲームをプレイしたことのある口振りだ。しかしそろそろ我慢の限界。
「もういいじゃない!それより早く街をでるわよ!みんなどっか行っちゃったじゃない!」
「分かったよ。じゃあ南の門からでて真っ直ぐいった村で装備を整えよう。村に着く前に資金は貯まるだろうから。しかしこのマップ使い回しじゃないか?大丈夫かよ。」
「なんかあんたに指図されるのは気に食わないけどそうしましょう!」
そう私が言うと名残惜しそうにウィンドウを閉じた。
「痛っ!」
「おっ、大丈夫かぁ〜」
「ちょっとは心配しなさいよ!」
私は犬型のモンスターから攻撃を受け尻もちをつく。視界に表示されたHPが5%ほど削れた。そんな私をお構いなく犬型モンスターpride dogは突進してくる。ワーカーは私が噛み付かれ所にpride dogの脇腹目掛けて剣を振り下ろした。
「おぉ〜、消滅エフェクトこんな感じなんだ〜。」
「めっちゃ痛かったんだけど!なんで速く攻撃しなかったのよ!」
私は顔を真っ赤にして言う。
「落ち着けよ。痛かったって言っても少し違和感を感じる程度のものだろ?システムの保護で激痛なんて痛みはないんだからさ。助かったんだからよかったじゃん。」
絶対このことをわすれないわ!いつか仕返ししてやる!それと戦闘見てて引っかかったことが一つある。
「ねぇ、あんたもしかして"Stick Human"で練習でもしてたの?」
「よく分かったな。でも分かったってことは君もやってたってことだろ?それなのにあのザマかよ。」
「別にいいじゃない!何か悪い!」
「いや〜、別に。」
やっぱり、でもこのゲームの戦闘に慣れすぎじゃない?Stick humanは真っ白のフィールドで棒切れを振り回したり出来る基本無料のアプリ。課金すれば大砲とかスナイパーライフルを使うことが出来るらしいけど、
F2TOを待ち望んでいたユーザーならこのアプリをダウンロードしていてもおかしくない。でも何もかもが真っ白でどこまで行っても平面だから気が狂った人がいたとかいないとか、それでもこのゲームの戦闘に順応し過ぎだと思った。まるでこの世界で生きていたかのようなそんな気がした。
このゲームの戦闘は従来のゲームの戦闘とは大きく異なっている。今までのゲームは画面を通してキャラクターに指示を出しているだけだったが、F2TOでは自ら仮想の身体を動かし、避けたり、跳ねたりしたりして攻撃を避け、自分の腕で武器を振るいモンスターにダメージを与える。それはプレイヤーにも言えることだった。
「やっとついたわ。」
私は目標の村に着くと近くにあった木製のベンチに腰掛けた。村の中を見ると私達の他にもプレイヤーが結構多くいるのがわかる。それとは別にNPCらしき人達も見られる。見分け方は今の所は分かりやすく、キャリブレーション時に選んだ一色の長袖のシャツを着ているのがプレイヤーだというのが分かる。早速初期の西洋剣とは違った武器を装備している人もチラホラ見かける。
「俺たちも武器を更新するか。あそこにある剣に金槌打ってる看板が武器屋らしい。」
ワーカーが他の建物と違いいかにも鉄鋼関係ですよと言わんばかりの家屋を指差す。私は
「そうね、ここに来るまでの戦闘でかなりお金は貯まった筈だしね。」
そういって私が武器屋に歩き出すと大きな腹が勢いよくぶつかってきた。
「痛っ、なにすんだよ!嬢ちゃん!」
そう言って男が手から何かの石らしきものを落とした。ぶつかってきたのはあんたじゃない!そう思うながら私は相手を見遣る。飛び出た腹に似つかわしい体重100kgを優に超えるようなそんな男性プレイヤーとその後には2人の男が立っていた。一人は痩せていると言うより、ガリガリと言った方がいい程痩せ細っている。もう一人は中肉中背と言ったような男だ。
「あんたがぶつかってきたんじゃない!」
「おいおい、君が先にぶつかったんだろ?」
痩せて男が言う。
「あ〜、高かった石が地面に落ちて消滅しちゃったじゃないか、500giballしたんだぞ!どう責任を取ってくれるんだ!」
中肉中背の男が金切声で言う。
「これは今日一日僕たちのパーティに加わって弁償してもらうしかないなぁ〜」
太っちょが気味の悪い笑みでそう言った。周りのプレイヤーは事態を把握しているものの助けてはくれない。心配はしていたがこうも早く悪質なプレイヤーに引っかかるとは思ってもみなかった。きっと画面を通してだったら耐えられただろう。しかし面と向かってこのようなことを言われると足が竦み泣きそうになる。
「あの〜。用事は済みましたか?」
呑気にも声を掛けてくるプレイヤーがいた。
「てっ、ワーカー!あんたどこいってたのよ!」
なんか忘れてると思ったらこいつを忘れていたわ!
「武器屋に行ってたに決まってるだろ。なんか話してるから知り合いかと思ってたけど違うの?」
「違うわよアホ!なんで私がこんなキモイ奴等と知り合いなのよ!」
「えっ?円交かなんかかと。おいっ!武器をしまえ!」
腹立つこいつの方が何倍も腹立つわ!
「君たち人の悪口を言うのはよくないんじゃないかなぁ。」
「ウルッサイ!黙ってなさいよ!キモトリオ!」
「まぁ、言い過ぎだと思うけどあんたの方からぶつかってたのは確認したし、それにあんたが500giballもしたって言ってたけどそれ万屋に売ってる小型モンスターを気絶させるためのそこらでも採れるただの石だろ。500じゃなくて5だったよ。」
「はぁ〜〜、フザッケンナヨ!あんた達!よくも吹っかけてくれたわね!覚悟しなさいよ!」
「ぼっ、僕たちは嘘はついてないぞ!その男が嘘をついているんだ!ほんとだよ!」
「ウルサイ!あんた達には罰が必要だわ!そうねぇ〜決闘でワーカーに勝てたらこの件は無かったことにしてあげるわ!」
「えっ?なんで俺知らないうちに巻き込まれてんの?」
「あんたもこいつらと同罪よ!さぁ早くデュエルする一人を決めなさい!負けたらあんたが吹っかけた倍の2000giballをもらうわ!」
「おっ、横暴だしかしそれがまた、よし!この豚カツ定食!いざ参ろう!」
太っちょが前に出た。ワーカーならきっと勝てる筈。
「デュエルか、他の人がやってるのを見てからの方が良かったんだけどな。分かった!引き受けるよ。」
2人が前に出てワーカーがウィンドウを開き地面に赤い円を出した。決闘を示す赤い円はデュエルサークルと言い、10秒間中にいるとその円の中にいるプレイヤー同士で決闘することになる。ワーカーは初期の西洋剣から変わり、刀身がやや細くなった剣をホームラン宣言のように相手に向ける。一方太っちょはウィンドウを開き、初期の西洋剣を取り出した。右手にワーカーの持つものと同じ剣を持ち、左手に初期の西洋剣を持ったいわゆる二刀流だろう。構えはそれっぽいがイマイチ格好がつかない。体型のせいだろうか。決闘開始まで30秒になる。太っちょは右手を下ろしたり、左手を下ろしたりして落ち着きがなく、太鼓を打っているようにみえる。ワーカーはホームラン宣言の体勢のまま動こうとしない。残り5秒、他のプレイヤーも固唾を飲んで見守っている。4、3、2、1、0!ワーカーが強く踏み込みそのまま太っちょの腹目掛けて剣を突き刺す。太っちょは驚き弾くことを忘れ、ボディを開けてしまう。その直後ザクッと音が鳴り、太っちょのHPが削られ始める。太っちょは直ぐにワーカーの剣を弾くも4割ものHPを削られている。ワーカーは体勢をまたホームラン宣言に戻し隙を窺う。決闘というより狩りと例えたほうが自然だとおもった。太っちょはまだ逆転のチャンスがあると思っているのだろうがそんなものは私には無いように見える。ワーカーが何故この世界で生きていると思ったのか私は今分かった。彼はゲーマーなのだ。だったというべきか。ワーカーはこの決闘で負けるつもりもなければ手加減もしていない。相手をよく見て今か今かととその時を待っているのだ。剣を持った右手は強く握られ、それが数値以上の何かを持っているように思わせる。太っちょが私に目を一瞬向けたのを見逃さずワーカーはもう一度太っちょの腹に剣を突き刺し、剣を払った太っちょの後ろに回り込み頭から尻まで一直線に斬り裂いた。直後太っちょのHPがゼロになり決闘は終了した。
「いやぁ〜〜儲かったわね〜」
「とても泣きそうになってたやつの言い草とはおもえないな。」
「ウルサイわよ!あんたには分け前なしね!」
「分かった。雇われるのもここまでにしよう!」
「やっぱり100giballあげるわ!」
「ケチり過ぎじゃない?勝ったのおれでしょ?」
「文句があるなら1giballもあげないわよ。」
「そう言えば何でアイツら金渡してそそくさとどっかに行ったんだろうなぁ?」
「あんた本気で言ってんの?」
あの決闘の後HPが満タンになった太っちょはワーカーを見るなり顔を青ざめ、約束の1000giballを置いて2人をつれ何処かに消えていってしまった。私もワーカーと決闘をしたらそうなるだろうと思った。そんな人の考えなど露知らずこう続ける。
「俺も二刀流にしようかなぁ〜」
「バカなんじゃないの!あんなの普通の人に扱えるわけないじゃないの!」
「そうだけど二刀流にはロマンがだな。」
「それにこの村を抜けた先が厄介ぽいんだよなぁ」
ワーカーが私達の入ってきた所とは逆を見ながらそう呟いた。確かに村を出て行った先に見える洞窟からはRPGゲームをしたことがなくても感じることのできる圧やオーラと言ったようなものが分かる。
「儲けた金もあるし、装備を整えるか!」
「あんたのお金じゃないんだから!私も剣を変えるわ。」
「どうしてこうなったのよ!」
私は湿った洞窟の中で叫んだ。
「おいっ、またあいつに追いかけられたらどうすんだよ!」
サイアク、剣を買って初期金額より大分あるお金で私は武器の強化を4回行った。ベータテストだし、強化でどれくらい攻撃値が増えるのか知りたいと言うワーカーに後押しされ私は武器屋の隣にある鍛冶屋に向かった。店に入ると埃っぽく、奥に180cmほどある筋肉隆々の男が険しい顔でこちらを見てきた。
「あのぉ〜〜武器を強化したいんですけど〜」
「……任せな。どいつを強化するんだ。」
予想通りの低音ボイスで返事が返ってきた。
「うぉ、NPCと会話できるのか!」
ワーカーが興奮してそう言う。確かに私もNPCと会話したのはこれが初めてだ。どういったシステムだったりするのか私にはわからないが本当に人と話しているような気がした。
「この剣なんですけど。」
私は先程購入した片手剣 グライスソードを鞘ごと店主に渡す。
「良い剣だ。使い手のこの剣に対する思いが見える。」
なにこれ、さっき買ったばかりですとか言えないじゃん!
「うっ、ぶふふぅあはっはっはっは!」
「笑うんじゃないわよ!」
「強化するか?」
「よっ、よろしくお願いします。」
そうお願いすると店主の横の鉄の扉が開き、ブクブクと燃える金属が姿を現し、その瞬間から店内の温度が急激に上昇した。店主は慣れた手つきで鞘から剣を抜き金属の沼に剣をゆっくり突き入れた。沼から抜かれた剣はオレンジ色の炎を纏っている。熱くないような顔をし、店主は額から頰に流れる汗を拭った。金槌で勢いよく打ち、剣が発光すると元の大きさより少し大きくなったグライスソードができあがった。
「200giballだ。」
その後一回の成功と一回の失敗を経験した。4回目に突入する前にお金が底をついた。ワーカーはそれでも頼めるのではないかと私に言った。頼むことができ強化も成功した。ワーカーはバグだと言い、製品版では修正されるだろうなと悲しそうに言う。店主は言う。
「750giballだ。」
払える額ではない。
「750giballだ。」
ワーカーはダッシュで店を出ていった。この野郎とおもった。
「750giballだ。」
店主は機械的にその単語を呟き続ける。流石に私も怖くなりダッシュで店を出てワーカーを追いかける。ワーカーは一目散に洞窟の方に逃げて行く。
「あんたのせいで犯罪者になっちゃったじゃない!」
そう言った私ではなく私の後ろを見て驚いた表情をする。私は走りながら後方を確認すると筋肉隆々の店主が金槌を持って追いかけて来ていた。