勉強することでしか這い上がることの出来ない異世界に、俺は問題集を持っていく
前書き
主人公は何のきなしに死にます。
異世界転生して向かった先は、勉強することでしか這い上がれない努力が報われる場所でした。
本文
俺は死んだ。
毎度のことだ。気にしなくていい。今まで散々見てきただろう。始まりはそれと同じ。
でもそこで俺は神に呼ばれる。
天使「神よ……この者の転生先が決まりました」
神「どれどれ……ほう……この世界は他と少し趣向が違うのお」
神「主人公よ……汝は異世界へ何を持ち込むというのか?」
主人公「……」
神「勉強することでしか這い上がれない」
神「お前たちが元いた世界と何ら変わりない……勉強して学問を修めるか、魔法や剣技を修めるかの違い……」
神「そんな世界へ御主は何を持って行くというのか?」
主人公「ゲームだ」
主人公「そんな世界なら今の自分を信じるしかない」
主人公「だったら俺は今の俺が持っているものをぶつけるよ」
神「ところで、御主の名は何というのか?」
主人公「親に付けてもらったのは忘れた」
主人公「名前は向こうへ行ってつけてもらうよ……」
天使「あの者に神のご加護のあらんことを……」
ルーチェ視点↓
ルーチェ「はあ……」
彼女のため息は深い。
メトル「しょうがないよ、僕たちはお金がないんだから」
メトル「いい魔法を覚えられる問題集だって買えないし……」
ルーチェ「そりゃ……そうだけど」
魔法があればなんだって出来る。魔法で美味しい食べ物だって作れる。でもそんな知識は私たちにはない。
メトル「ごめんね、僕手伝いの時間だから」
ルーチェ「うん、頑張ってね」
そういうとメトルはそそくさとその場を後にした。将来の事で盛り上がっていた頃が懐かしい。あの頃はなんの疑いもなく信じてた。
誰でも魔法が使えるって。
メトル「ルーチェの分も買って貰える様に頼んでみるよ」
ルーチェ「ありがと、無理しないでいいから」
気休めを言ってみる。魔法の使えない私たちにとっては何を喋っても退屈。そんな薄暗い気持ちが心の中を覆い尽くしていた。
ルーチェ「はあ……帰ろ」
そうして家までの帰路についた。
魔法剣士「……」
ルーチェ「おかしい……どこ?」
道が分からない。気がつけば知らない場所へと迷い込んでいた。
ルーチェ「はあ……はあ」
主人公「……?」
ルーチェ「あなた、この辺のことを知っていますか? 出来れば教えて欲しいんだけど……」
主人公「すみません……俺はこの辺り初めてで」
ルーチェ「そう……ごめんなさい、他を当たり……え?」
その人は俺の持っていたゲームを見つけた途端、目を色を変えて迫って来た。
ルーチェ「ど、どうしたのですかこれ? こんな高価なもの……」
ルーチェ「いいな……」
主人公「ご覧になりますか……?」
ルーチェ「良いんですか……じゃあお言葉に甘えて」
その子はゲームをそっと手に取ると画面捲り始めた。
ルーチェ「……」
最初はゆっくり少しずつ見ていた彼女だったが次第にそのスピードは上がっていき 、かじりつく様に画面を見つめる。
ルーチェ「すごい……全然分かんない、分かんないけどすっごい!」
目を輝かせてゲームを見つめている。
ルーチェ「あの……これに書いてあること教えてもらってもいいですか?」
それがこの子との出会いだった。
ルーチェ「え……?」
母親「ごめんねルーチェ……お父さんとお母さんが勉強出来ないばっかりに……」
魔法剣士「お前の家には重大な義務違反が見られた……よって処分させてもらう」
私と同じ顔をしたその女は、私の家を燃やしていた。彼女の呟いた魔法はあっという間に我が家を炎に包んだ。時間のかからないサクッと出来る簡単な魔法だった。なんで同じ顔なのかとか、よく分からないことでいっぱいだった。
ルーチェ「どういうこと? 何で私たちの家が燃えてるの?」
私の目の前には煌々と燃える我が家の姿。色んな思い出の詰まった家も初級の簡単な魔法で燃やされる。お守りなんて気休めだ。
父親「お前はこれを持って逃げろ、もうすぐ魔法剣士たちがやってくる……」
そう言ってルーチェは父から問題集を受け取った。
なけなしのお金で買った初級のものだった。もっと前にこの本があれば……そうすればこんな魔法防ぐことだって出来たのに……。
ルーチェ「こんなの受け取れないよ……」
それでも父は私にその本を握らせる。
父親「……ルーチェ、お前だけはこんな苦労はするな」
父親「ちゃんと魔法を修めて自分で生きて行くんだぞ」
ルーチェ「嫌だ……私も」
そう言って父に歩み寄ろうとした時。
バサッ。
ヒトツキだった。
ルーチェの父と母は魔法剣士に殺された。
それは防御呪文で防げる簡単なものだった。
主人公「逃げろ‼」
ルーチェ「?」
偶然その場に居合わせただけの人に当たり前の正論を教えられた。そのまま私と彼は逃げ出した。
全力で逃げた。
足が疲れてようやく辺りに目が行く様になった頃、私たちは森の奥まで来ていた。そこでようやく彼のことを聞いてみる。
ルーチェ「あの……あなたは?」
主人公「俺は異世界からやって来た主人公! 持ってきたのはゲームだけさ!」
ルーチェ「そ、そう……」
そう言ってずっと持っていた機械の様なものを私に見せる。不思議でよく分からない人。私も自分の持っていたものを教える。
ルーチェ「……この問題集からは色んなことが分かるらしいの……でも私は字を読めないから」
そう言ってその本をしまおうとした時、
主人公「読むくらいなら出来るけど……」
ルーチェ「ほんと! ……じゃあこれはなんて読むの?」
私は前のめりで聞く。少々距離をとって彼が質問に答える。
主人公「これは前書きで、どこに何が書いてあるかが分かるんだ」
ルーチェ「聞いておいてあれだけど、これ読めるの!?」
主人公「この世界でいう魔法をどうやって用いるかが羅列してある感じだよ」
ルーチェ「そんな……読めるだけで1月かかるのに……」
ルーチェ「何か出来たりする? ……私にかけて」
主人公「うーん……」
ルーチェ「難しい? あ、変な魔法かけないでよ?」
少しの沈黙の後、彼は私に魔法をかけた。
主人公「よし……はっ」魔法かけー。
ルーチェ「! ……何が起こったの?」
最初は何が起こったのか理解できなかったが……次第に体が慣れていく。
ルーチェ「色んなものが見えるわ……すごい」
鳥や木々が鮮明に見える。この森の表情がよく分かる。どんな遠い所でも見渡せる……そんな気分だった。
ルーチェ「見えるわ……これが魔法なんだね!」
私の感動はこの人には伝わらないかもしれない……それでも言えるだけの言葉を言ってみる。
主人公「弱い魔法だと思うけど……」
ルーチェ「でもすごい……ありがとう!」
主人公「ここから離れよう……?」
その時だった。
魔法剣士「そこまでだ!」
主人公「グア!!」
突然、切りかかられた。彼は背中から魔法剣士に切り付けられた。地面にも、彼女の剣先にも鮮血が映る。
魔法剣士。
異世界の中でも選ばれし教育を受けて、魔法の発動を得意とする剣士。剣術も豊富で相手に対して接近戦を持ち込める。
魔法剣士「……」
そんな魔法剣士たちが、私たちを見ていた。
獲物を見つけたハイエナが嬉しそうに鳴いていた。
主人公「はあはあ……」
深くまで剣が刺さり彼の肉を抉っていた。持っていかれた方が女の剣先に引っかかっていた。
ルーチェ「どうしよ……私が回復魔法を出来たら……」
魔法剣士「……」
魔法剣士は無言のまま立ちすくんでいる。何を言うこともなく……私そっくりの顔をして。
魔法剣士「お前もあの家族の生き残りか?」
ルーチェ「それがどうしたの?」
魔法剣士「父も母も死んだ……だったらお前も潔くなったらどうだ?」
私と同じ形をした口から私を試す言葉が出ている。なんだか不思議な気分だった。
魔法剣士「お前はどうするんだ……私の剣は生身では防ぎきれないぞ?」
ルーチェ「確かに私には魔法なんて出来ないけど……」
ルーチェ「それでも出来ることはある!」
啖呵を切ると彼を背負って一目散にその場から離れる。流れ出る血を止めてあげる時間はなかった。
魔法剣士「……」
この問題集には色んなことが載っている。昔はこんなにこれをありがたいと思うことなんてなかったと思うけど……今はこれがすごい。
彼はゲームというもののことを教えてくれた。
主人公「色々お世話になってるんだよ……とっても楽しい♪」
彼の笑顔は眩しい。その人が良い人と言うのは別として彼はそのことを信じきっている様に見えた。
ルーチェ「これ……他の人にも見せていい?」
主人公「うん!」
主人公「名前がなくて……」
ルーチェ「ホント? じゃあ……君の名前はアル!」
アル「ありがと……ルーチェ」
逃げ続けた俺たちには中々ない時間。森の中での彼の笑顔が眩しい。
耳を澄ませて森の声を聞いている時だった。
魔法剣士「……カツカツ」
ルーチェ「……音がする」
アル「……あれ? 君の問題集は?」
魔法剣士「……カツカツ」
ルーチェ「たぶん……何かを地面に書いてる音」
錬成術。
それは素材ごとに適切な錬成陣を公式を用いて導き、目的物へ変化させる。初級の魔法で問題集でも序章として扱われている。
あの女が問題集を使って錬成陣を地面に書いている……そう思った。
ルーチェ「……ど、どうしよ」
私は逃げることしか考えていなかった。
アル「聞いてなかったけど……君は魔法は使えるの?」
ルーチェ「……」
当たり前の質問。この人の恰好はこの辺りのものではない……だったら私のこともそう思って当然だった。
ルーチェ「私は出来ないの……習ってないから」
お金がない、時間がない。言い訳を探せばいくらでも見つかる。でも、
アル「あの女が持っていた本があれば何とかなる……」
ルーチェ「……え?」
アル「錬成陣くらいなら出来ると思う」
魔法剣士「砕け散れ!」
彼女の錬成術が発動する。土の塊が破片が飛んできて彼に刺さる。
ルーチェ「大丈夫? ……しっかりして!」
アル「ああ……大丈夫」
ルーチェ「ここでじっとしてて……私がなんとかするから」
アル「……」
木々の影を利用して私たちの死角からのものだった。
今一番問題なのは、あの人がどこで錬成陣を書いているか? 下手に移動すると素材の変化で使う公式も変わってくる。だから成分があまり変わらない場所でもう一度書き直すはず……。
そしてそこに問題集もあるはず。
アル「……うおおおお!」
ルーチェ「!!」
彼が破片の飛んできた方向へ走り出していく。
魔法剣士「くっ……」
咄嗟に剣を構えるその女……その時彼女は錬成陣から目を離した。今しかない。
魔法剣士「お前はどうするんだ?」
ルーチェ「え?」
声がする。彼に切りかかろうとするその間。地面に置かれた問題集を奪おうとした私に、振り向かずに話しかける。
魔法剣士「この者たちは魔法が出来ないのに出来ると偽っていたのだ」
魔法剣士「お前が魔法を修めて、その時にまだ我々に思うところがあるなら」
ルーチェ「……」
魔法剣士「その時は復讐しに来い」
魔法剣士「もっともそれまで生きていればのことだが……」
私と同じ顔をしたとても腹立たしい人。
ルーチェ「なにこれ……?」
私の体の中に入っていくる。
魔法剣士「お前はもう、私の錬成陣を踏んでるんだよ」
ルーチェ「ぎゃああああ!」
魔法剣士「……」
燃えゆく我が家を私はただ呆然と眺めていた。
何も出来なかった自分を卑下するわけでもなく。
魔法剣士「君の父は複製術に手を出した」
魔法剣士「数々の学者が挑んでも未だ解明することが出来ていない術式」
魔法剣士「それを君の父は完成させた……」
ルーチェ「……!」
魔法剣士「私はその第一号だ」
魔法剣士「君を実験体にしてしまったから同じ顔になってしまったが……」
魔法剣士「それももう終わりだ」
彼女が剣を震わせる。一瞬で飛び付かれる間合いからもう外れない。
ルーチェ「……もうダメ!」
アル「行け‼」
丁度その時、彼の錬成陣が発動した。錬成陣で出来た槍は女の体を貫いた。彼女の剣でも防ぎきれなかった。
魔法剣士「くっ……」
剣が地面に突き刺さる音がした。彼女の剣が折れたのだ。
その女は肩で息をしていて、その息遣いが伝わる。もう後はない。この世界に蘇生術なんかない。
ルーチェ「……」
ルーチェ「父が書いた複製術に関する本を燃やしておきます」
魔法剣士「すまない……錬成陣はもうないから好きなところへ行け」
ルーチェ「……」
体を引きずりながら去っていく彼女を私はずっと見ていた。