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歯車のふたり  作者: 三柴
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第1話

 細い細い道の先。

 緑の輪をくぐって、木苺を摘んで。

 左手には温かなパイの入った木編みの籠。

 小鳥の囀りを聞きながら、わたしは今日も森を行く。

 大好きなわたしの魔女さんに会うために。






 ーーーーだったはずが。


 エウリカ・スコーレル、19歳。森の中で、なぜか、剣を掲げた見知らぬお兄さんに出会いました。

 えっ、誰。

 と、わたしが思ったときには、すでにお兄さんに一気に距離を詰められていた。


「っひ……!?」

「あなたは誰ですか」

「えっ、いやっ、えっ……こちらの台詞です……?」


 この道は他所の人が滅多に通らない。通るとしても、村人の誰かと一緒のはずだ。でも、このお兄さんは1人でいるし、他所から人が来ているなんて話、村で誰もしていなかった。

 その上、どうしてわたしは剣を向けられているのだろうか。

 自分に向けられた切っ先を見つめつつ、状況が飲み込めないまま目を瞬いていると、お兄さんが更に一歩こちらに歩み寄った。剣先がきらりと輝く。


「ひっ」

「何者か答えなさい。今すぐにです」

「エ、エウリカ……です……!」

「この先に何の用ですか」

「何の用と言われても……」


 何か特別な用事があったわけではない。ただ、パイがとびきり美味しく焼けて、今日は天気も良かったから、いつものように届け物がてら遊びに来ただけだ。

 少し沈黙すると、お兄さんの眼力が増した。そ、そんなに睨まなくても!


「この先の家に、届け物を……」

「この先には魔女しかいないようですが」

「あ、その子です、わたしのお使い先」

「証拠は?」

「証拠……その子に会えば証言してくれると思いますが……」


 困った。証拠なんてない。


 と、いうか、何故わたしはこんなに問い詰められているのだろう。

 このお兄さんこそ、何の用があってここにいるのだろう。


 お兄さんが着ているのは、どうやら騎士の制服のようだ。国に騎士団が存在し、王都や大きな街に騎士がいるのは知っているものの、この辺り一帯は平和そのものなので本物の騎士なんて見たことがないから、想像でしかないけれど。村々を警備という名のもとでふらついているのは、若い男性たちの有志の寄せ集めである自警団だ。

 森の中をきたからか、お兄さんの騎士服は少し汚れてはいるけれど、ひと目で分かる仕立ての良さはこの辺りに到底似つかわしくない。


「同行します」

「え? いえ、そんな……ひっ」


 付いて来ようとするお兄さんに断りの文句を述べようとしたが、またしても睨まれて最後まで言えなかった。


 ごめんなさい、小心者なんです! この人、可愛い顔して怖い!


 そう、お兄さんはとても可愛らしい外見をしていた。ハニーブロンドに空色の瞳、抜けるような白い肌。女性だったら絶世の美女であっただろうことは言わずもがな、拍手を贈りたくなるような美しさだ。柔らかそうな髪は全体的にふわふわとしていて、まるで物語に出てくる天使のよう。

 が、体つきは一見細く見えるものの、騎士服を着ているだけあって身長も肩幅もあるし、何より眼力がすべての天使感を打ち消してしまっている。怖い。ただの村娘であるわたしには、到底太刀打ちでき無さそうだ。

 騎士であるからには、騎士道に背くような無体は働かないだろう。この国の騎士はそういうものだって、近所の物知りなおじさんが言っていた。

 かといって、すんなりと連れて行くのも如何なものが。もし、もしも、万が一にでも、億が一にでも、友人に被害が及んではならないし。

 そんなわたしの心中を察したのか、お兄さんはひとつ息を吐くとようやく剣をおろした。そう、今やっとでおろしてくれたのだ。ああ生き返った。


「その魔女に治療を願いたいだけです。誓って、何も危害は加えませんよ。剣をここで捨てていくことはできませんが、家に入ったら扉の前にでも置いて置きましょう」


 あ、それでも中には入れるんだ。

 そう思ったわたしの心の中をまたもや見透かしたお兄さんは、眉間の皺を増やした。


「ひっ」

「剣と共に生きる騎士なりの、最大限の譲歩ですよ。まさか文句でも?」

「ごごごございませんっ」

「それなら良いのです」


 だから視線が怖いんだって!


 かちんこちんに固まって返事をしたわたしに、お兄さんもようやく満足したようだ。では行きますよ、と言って、歩き出す。

 固まっていたわたしも慌てて追いかけようとしたところで、左手の重みが消えていることに気づいた。あれ、パイの入った籠、どこかで落としたっけ。

 きょろきょろと周りを見渡し、お兄さんの手に探していたものを見つけた。おお、いつの間に。さすが騎士さん。


「何をしているんですか」


 後をついてこないわたしに気づき、お兄さんが不機嫌そうに振り返る。慌てて駆け寄った。


「あの、ありがとうございます」


 横に並んでそう伝えると、お兄さんの眉間の皺がぎゅっと濃くなった。それを見て、思わず笑みが溢れる。と、お兄さんに横目で睨まれたので、慌てて口元を抑えて前を向いた。まずいまた剣を向けられるかもしれない。

 その後の道中はずっと無言であったし、睨まれてしかいないけれど、このお兄さんは悪い人ではないんだろうな、と漠然と思って、すこし安堵した。

 自慢ではないけれど、わたしの勘は良く当たるのだ。


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