02:サバイバル
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◆ゴーレム
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翌朝。
大学の食堂2階にある、情報処理技術クラブの部室で俺(日奈森ヨミ)は目が覚めた。
昨日マホウショウジョと戦った後、ここに2人と1匹(?)で泊まったのだ。
ここは崩れた校舎から少し離れている。そのため、昨日の攻撃による激しい揺れの影響は受けておらず、被害はなかった。倒壊する危険は無いだろう。
辺りは静けさを取り戻しており、雨は止んでいた。時計を見る。時刻は午前9時を過ぎたところだ。
テーブルの上に置いていたメガネをかける。
マナを全て使いきってほとんど動けなくなった俺だが、一晩眠ったことで回復していた。
少女は手術後からずっと眠ったままだった。ソファと椅子で作った急造のベッドで、まだ寝息を立てている。安らかな、満ち足りた寝顔に見えた。
闇妖精のペチカが俺の頭の上に乗ったまま眠っていた。 立ち上がると、頭の上からずり落ちてソファの上にポトリと落ちた。「キュ」っという瀕死の小動物に似た声が聞こえたが、怪我はなさそうだ。
「んにゃ……」
ペチカは上体を起こし、寝ぼけ眼をこすった。銀髪ツインテールがボサボサになっている。妖精というやつはいつも服を着ていないが、寒くはないのだろうか。
「起きたか、ペチカ」
テーブルの上にある、常備してある菓子をつまみながら声をかける。
「お前も食うか?」
「……はっ!!?」
俺の問に答えず、ペチカは思い出したように窓まで飛んでいった。外を見て、へなへなと木の葉の如く舞い落ちる。窓の外は見渡す限り廃墟となっていた。
「わあん、夢じゃなかった!! これからどうすればいいんだよう!! もうおしまいだー!!」
「泣きたいのはこっちも一緒だよ」
「でもでも、ウワアアアン!!!!」
ひとしきり泣きじゃくった後、ペチカはよろよろとテーブルの上に乗り、お菓子にかじりついた。どうやら空腹には勝てなかったらしい。意外と肝は座っているのかもしれない。
改めて窓の外に目をやる。昨日までとはまるで別世界だ。
「……ほんと、なんなんだよ、この状況」
不思議と、絶望するほどの悲しみはなかった。あまりにも現実離れしすぎていて実感を持つことが出来ないのだ。あったのはただ戸惑いと、まとまらない思考だけ。
もちろん、犠牲になった人たちは気の毒に思うし、これからどうなるのか不安もある。マホウショウジョには二度と会いたくない。実家にいる家族のことも気になる。
「どうすんだよこれから……」
ふと、少女の寝顔が目に入った。儚げでたよりなく、放っておくと今にも消えてしまいそうに感じられた。
頭を振って、両手で自分の頬を2、3回はたく。
「どうすんだ、じゃないよな」
テーブルに手をついて立ち上がる。
「今は生き残るんだ。何が何でも!!」
**********
ペチカが騒いだせいだろうか。ぐっすり眠っていた例の少女がムクリと半身を起こした。ゴーレム化手術の後そのまま寝かせていたので、彼女は素っ裸のままだった。
「え!!? ちょ、君、ハダカ、ハダカ!!」
慌てる俺をよそに彼女に照れる様子はなく、あろうことか逆にこちらに飛びついてきた。
「わん!!」
「わん!!?」
犬のように俺の顔を舐めまわす。息が荒い。
「ちょ、ま……」
「手術は大体うまくいったみたいだね」
「どこがだ!!? おい、なんとかしろ!!」
ペチカが魔導書をペラペラとめくった。
「うーん。どうやらゴーレムの制御スペルにミスがあったみたいだよ。基本設定が犬用になってる」
「な、何故そんな……。いいから早く……。り、理性が……」
尚もペロペロは続いた。細い手足が絡みついて逃れられない。こんなハダカの美少女女子中学生に襲われて、いつまでも理性を保っていられようか。
「何とかしろって言われても、ウチには無理だよ。ゴーレムは術者の命令しか聞かないんだからさ」
「そ、それを早く言え!!」
ゴーレム化するということは、製作者に隷属するという事らしい。つまり俺は、この女子中学生に何でも命令する事が出来るようになったのだ。
なかなか心踊る設定だが、もちろん、無闇にそんなことをするつもりは無い。ゴーレム化は、彼女を助けるためのやむを得ない処置であり、命令云々は俺も知らなかった事なのだ。
……ただ、俺は今後、自制心を試される事になるだろう。
マテ、の命令で少女は動きを止めた。ベッドの上で大人しくお座りのポーズをとっている。
「た、たすかった……」
言葉とは裏腹に、俺は内心ですごくガッカリしていた。もっとペロペロされたかった。もっと彼女とくっついていたかった……。
まあ、それでも、表面的にだけでも冷静に振る舞った自分を褒めてやりたい。
名残惜しいが、いつまでも彼女をこのままにはしておけない。部室の中を探しまわって、俺は予備のジャージと靴を発見した。残念ながら下着は無かった。犬状態の少女は自分で服を着られないので、なるべく見ないようにして服を着せ靴を履かせてやった。
その後、ペチカと協力してゴーレム制御スペルを修正する。次こそは問題ないはずだ。再び呪文を読み上げる。
……程なく、少女は人間に戻った。
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◆変化
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少女の2つに束ねた黒髪が揺れて、朝の光を反射した。形の良い目をパチクリさせて、部屋の中を見回している。
「……ここは?」
「よかった。もう大丈夫だ。ここは俺の大学の部室だよ」
「……あなた、だれ?」
「え……」
彼女は真顔で俺に問いかけた。真っ直ぐ見つめる黒瑪瑙の瞳は、とても冗談を言っている風には見えなかった。
「俺のこと、覚えてないのか?」
「……ごめんなさい」
「……そんな」
「ああ、これは元の記憶が消えちゃってるね」
「何だと!? ひょっとして犬化のせいか!!?」
「違うと思う。あんな事があった後だから……」
俺はがっくりと膝をついた。いや、それは贅沢というものだ。彼女の命を繋ぎ止める事が出来ただけでも奇跡のようなものなのだ。
それは分かっている。わかってはいるのだが……。昨日の彼女の告白が無しになってしまったのは、痛恨の極みだ。俺みたいなモテない人間にとっては、一生に一度のチャンスだったかもしれないのに。
「俺の名前は日奈森ヨミ。自分の名前、覚えてる?」
「名前……。ダメ。……思い出せない」
彼女は俯いてしまった。その姿に俺の心はじわりと傷んだ。
俺は自分を恥じた。記憶をなくして一番辛いのは彼女のはずなのに、自分の事しか考えていなかった……。
「そうだ、……これ」
彼女に、中学校の制服から出てきた財布と携帯端末を手渡す。財布を開けると、中には顔写真入りで中学校の生徒証明書が入っていた。ラミネート加工されたカード状のものだ。
証明書を見つめて、彼女がつぶやいた。
「傘戸 真夕……中1」
「まあ、記憶はそのうち戻ると思うから。安心していいよ」
ペチカが言って、マユが不思議そうにそちらを見た。
「ウチはペチカ。よろしくね、マユ」
「うん。よろしく……って、な、なにコレ、よ、妖精!!?」
「マユちゃん、ペチカが見えるのか?」
「ああ、多分ゴーレム化の影響だよ」
「ゴーレム? 何のこと!?」
「いや、あの、それはその……」
「……ん?」
マユが下を向いた。自分の服装に違和感を感じたらしい。記憶が無いので昨日の服装までは覚えていないはずだが、胸元から中を覗いて下着をつけていないことに気付いた。顔が真っ赤に染まる。
「あ、あなたまさか、私を誘拐してハ、ハダカに……!!?」
「ち、違う、は、話を聞……」
「変態!! 異常性欲者!! ペドフィリア!! パラフィリア!!」
マユはその辺の物を手当たり次第投げつけた。これは、本来なら可愛らしい女の子の可愛らしいシーンとなるはずだった。けれど実際は、凄惨な殺人未遂の現場となってしまった。
彼女の手から放たれた本やシャープペンといった品物は、みな音速を超えた弾丸となって俺を襲ったのだ。幸運にも、彼女はノーコンで死者は出ずに済んだが、部室の壁は穴だらけとなった。
「……なにコレ!!?」
マユは、自らの行為に愕然とした。いや、一番驚いたのは俺だけど。
「あー」
俺は天を仰いだ。こうなっては隠しようがない。
マユが、キッとこちらを睨んだ。
「コレはどういう事!? 教えなさい!!!!」
「知らないほうがいいと思うけど……」
「教えなさい!!!!」
美少女女子中学生にスゴまれて、ちょっとドキドキした。
「わかったよ。実は……ええと、その……」
「マユは一度死んだんだよ!!」
なんとかオブラートに包んで説明しようとした俺の努力は、何も考えてないペチカの言葉で水泡に帰した。
「……し、……しんだ!!?」
「そう。だから仕方なく、ゴーレム化の改造手術をしたんだ!!」
「ゴーレム化!? か、カイゾウ!!?」
マユが頭を抱えて座り込んだ。ショックが半分と、ペチカの言葉が理解できないのがもう半分、という表情だ。そのまま3分ほど、彼女は動かなくなった。
自分が死んでゴーレムに改造されたなど、信じられなくて当然だ。だが、それは残念ながら事実だった。直前の出来事を見れば、信じないわけにはいかないだろう。
やがて立ち上がった彼女は、何度か物を投げたり壁を殴ったりして「事実」を確認した。その後また座り込む。
「ええと、その……。事故で君はひどい怪我で……。俺は君をどうしても死なせたくなかった。だから、俺が手術をしたんだ。……勝手なことをして、ごめん」
「……あなたが?」
「ああ」
「……あなた、何者なの?」
もう隠しても意味は無いだろう。俺は腹をくくった。
「俺は、魔法使い見習いさ」
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昨日からの出来事を俺は彼女に説明した。
何者かによる破壊行為。自衛隊の出動。街が壊滅した事。マユがそれに巻き込まれた事。
マホウショウジョの事は説明しにくかったのでとりあえず「敵」とだけ言っておいた。
窓の外に視線をやって、彼女はしばらく言葉を失った。
「……そう、なんだ」
街が壊滅したことについてショックを受けたようだったが、彼女は泣いたりしなかった。
「学校は?」
「うちの大学は半壊ってところだけど、隣の君の中学は跡形もないよ」
その時の彼女の表情に、俺は背筋が凍る思いをした。彼女は笑っていたのだ。
「ど、どうした? 何か思い出したのか?」
「……いえ。私にもわかりません。でも、なんだかすごくスッキリした」
なんだかよくわからないが、彼女のなくした記憶に関係するのは確かだ。学校で何か嫌なことでもあったのかも知れない。
「……わかりました。あなたが私を助けてくれたって事ね。それには感謝します。服のことも仕方ないです。それで――」
マユは顔を真っ赤にして、俺を睨みつけながら言った。
「――それで、見たんですか? 私のハダカ?」
「ごめん!! で、でもなるべく見ないようにしたぞ!?」
本当はガッツリ見てしまっていた。いまでも記憶に鮮明にHD画質で焼き付いている。けれど、それは言うべきではないと思った。
「…………」
しばらくマユは俺を睨んでいたが、一つため息をついて頭を軽く振った。
「別にいいじゃん。女どうし――むぐ」
余計なことをしゃべろうとしたペチカの口を、慌てて指で押さえる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない!!」
訝しげな視線を向けるマユに背を向けて、俺はペチカに耳打ちした。
「ペチカ。『その事』は黙っててくれ」
「なんで?」
ぱっと見、服装・髪型・メガネのせいで男みたいに見えるが、俺は女だった。そのことを知っているのはここではペチカだけだ。
「……だって、記憶が戻る前にそれを知ったら、マユちゃんは、俺を女としか見れなくなる。そうなると記憶が戻ったとしても、もうスキになってくれないかも知れない」
「でも、いつかばれるよ?」
「わかってる。折を見て、俺が自分で話すよ」
「……わかった。言わないよ。……そんな事より」
ペチカが真剣な顔で俺に向き合った。
「ウチ、おなかヘッタ!!」
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◆今後の方針
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俺達3人は1階にある食堂に向かった。この建物内に人の姿はなかった。
厨房に入って冷蔵庫を開ける。電気はすでに止まっており復旧は見込めそうもなかった。緊急事態だ。勝手に食材を拝借させてもらう事にする。どうせほっといても腐るだけだ。
生タマゴとゴハン、冷凍食品を幾つかテーブルに並べる。マユはサンドイッチを。ペチカはおむすびを見つけて持ってきた。
「さて、これからどうするか、だが……」
TKG(卵かけごはん)をかき混ぜながら、誰にともなく問いかける。
俺と目が合うと、マユは警戒心丸出しで顔をそむけた。記憶を無くしたとはいえ、昨日の告白との温度差は一体何なのか。
「……まずやるべき事は情報収集かな」
ペチカが答えた。
携帯端末をチェックする。昨日と同じで、通話もテレビもネットも全て反応がなかった。
「ああそうだ、ちょっと待ってて」
俺は2階の部室に戻って、ラジオを取ってきた。
自然解凍された冷凍コロッケをかじりつつ、チューナーをグリグリと回してみる。ほとんどノイズばかりだったが、一つだけ生きている放送局があった。
『……繰り返します。現在、関東地方を中心に、大規模なテロ事件が発生しています。』
「(テロ? まあ、マホウショウジョが攻めてきたなんて言えないか)」
『住民の皆様は、すみやかに避難を……』
ラジオの情報をまとめると、状況は次の通りだ。
突如現れた「テロ集団」が、関東地方を制圧した。陸上自衛隊がこれに対応したが、苦戦を強いられているそうだ。
戦線は拡大中で、諸外国との連絡も途切れ気味らしい。おそらく、世界同時多発的に「テロ」が発生しているのだろう。関東から遠く離れたこの辺り(西日本)にまで影響が出ている事から判断して、それだけ規模が大きな事態ということだ。
警察や消防も手一杯で、救助は望むべくもない。生き残るためには、自力でなんとかするしかない。
未確認情報ではあるが、すでに万を超える犠牲者が出た可能性があるとの事だ。今後、もっと増えるかもしれない。
「思ったよりもやばそうだな、これは……」
背筋を冷たいものが流れ落ちていく。皆、しばらく無言だった。
「……一体何が起こってるの? 『テロ集団』って何!?」
思いつめた表情でマユが口を開いた。
「てろ集団じゃないよ。マホウショウジョが攻めて来たんだよ!!」
ペチカが言った。
「マホウショウジョ……? なにそれ」
「さあね。俺にもよくわからない。人間の女の子のような形をした何かだ。そして、魔法を使う」
「……また、魔法」
マユが何か言いたげにこちらを見た時、なにか物音が聞こえた。窓から外をのぞくと、1体のマホウショウジョがうろついていた。唇に指を当て、皆に目配せする。
しばらくすると、そいつは何処かへ行ってしまった。
「いまのがマホウショウジョ?」
「ああ。……いつまでもここにいるのはヤバそうだな」
自衛隊がマホウショウジョなどやっつけてくれるとは思うが、今すぐに、というわけにはいかないだろう。戦いに巻き込まれないためにも、なるべく早くここを出立する必要がある。
「とにかく、どこか人がいるところへ避難するんだ」
「……そう、ですね」
この食堂兼部室棟には山岳部の部室もあった。そこでキャンプセットを調達し、食堂にある食料などを適当にバッグに詰めて、俺達は急ぎ出発した。
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◆サバイバル
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食堂から出ると、まず目についたのは多くの遺体だった。昨日、マホウショウジョに殺された俺の大学の女子生徒たちがそのまま放置されていた。中には見知った顔が幾つかある。
「…………」
言葉が出ない。埋葬してやりたかったが、2人ではどうしようもない。心のなかで手を合わせるのが精一杯だ。
マユは気分が悪くなったようだが、吐く事はなかった。ゴーレム化の影響だろう。
ペチカは俺の背中に潜り込んでしまった。
校内はまだマシな方だ。
学校から外へ出ると、街は見渡す限り廃墟だった。マホウショウジョの攻撃がそれほど激しかったという事だ。敵はやはり1体だけではないのだろう。それどころか、他にももっとヤバイヤツがいるのかもしれない。ただ、昨日の雨のお陰で火事は消えていた。
今のところ、周囲にマホウショウジョの気配はなかった。
街なかにも多くの遺体が横たわっていた。大人。子供。老人。焼け焦げているもの。原型を失っているもの……。
ただそれでも、この街の人間全てというほどの数では無い。きっと大部分は避難したのだ。
道端に散乱するガラスに注意しながら歩く。
ところどころ瓦礫で道が塞がれていた。マユが無言で進み出て、1m四方のコンクリートの塊を軽々と持ち上げ、そのまま空いたスペースめがけて放り投げる。4m飛んで、その塊は鈍い音とともに地面に落ちた。
「すごい!」
俺の背中から顔を出して、ペチカが言った。
近くだったこともあり、避難所に行く前に俺達はマユの家に立ち寄ってみた。住所は彼女の生徒証明書に書いてあった。家は傾いて一部倒壊しており、中に人はいなかった。避難したと思いたい。
せめてマユの着替えだけでも手に入れたかったが、着替えは倒壊した部分の下敷きになっていた。しかも昨日の雨のせいで泥だらけになっており、使えそうになかった。もうしばらく、マユにはジャージだけで我慢してもらうしかない。
自分の家を、マユは複雑な表情で眺めていた。
「どうかした?」
「……私の家、と言われても実感がなくて。……先を急ぎましょう」
なにか言うべきだと思ったが、記憶をなくした少女に対してなんと言えばいいのか。上手いセリフを思いつけなかった。
玄関に簡単な伝言メモを残して、俺達はその場を後にした。
次いで、俺の一人暮らしのアパートにも寄ってみる。ここは跡形もなくなっていた。
「ああ、俺のゲームコレクションが……。セーブデータが……。PCの秘密画像が……」
まあでも、昨日ここに帰っていたら俺も危なかった。命があるだけマシというものだ。
俺の実家も気になる。この街からはかなり離れているので大丈夫だとは思うが。
1時間ほど歩いて、災害時の避難場所の一つに到着したが、建物は倒壊しており、人々が避難してきた形跡もなかった。ここまで、生きている人間には全く会っていない。皆どこへ行ったのか。
「おそらく敵から遠ざかる方向に逃げたんだろうな」
「だね」
ペチカが俺の背中から出てきて頭の上に這い上がる。慣れてきたのか、開き直ったのか。
さらに俺達は移動を続けた。
のどが渇いたらそこらの自販機を探す。災害時に無料になる自販機もあるが、それには管理者の専用キーが必要だ。管理者も皆逃げたのだろう。そのため非常時モードになっている自販機はほとんどなかった。電源も切れている。
仕方がないのでマユに無理やり自販機の蓋を開けてもらい、ジュースとコーヒーを取り出した。
傾いたベンチに腰掛けてコーヒーを飲み、大きく息を吐き出す。すでに足が棒のようだ。
マユがペットボトルのキャップにジュースを入れてペチカに飲ませていた。
「この世界には面白い食べ物飲み物がいっぱいあるね」
「この世界? ……そういえばあんまり深く考えたことなかったけど、ペチカは別世界から来たのか?」
「そうだよ。言わなかったっけ?」
いろいろあったせいであまり気にしてなかったが、ペチカの存在もよくわからないものだった。だが、妖精が存在している以上、その仲間が暮らす世界があろうことは理の当然だ。
そうなると、おのずと別の興味も湧いてくる。
「……妖精がいるってことは、モンスターとか神や悪魔もいるのか?」
「いるよ。普通に」
「ホントかよ」
「嘘じゃないもん! ウチには神様の友達もいるんだよ! エスニャさまって言って、すごい美人なんだ!」
「……まじか」
コーヒーを飲み干して、空き缶を自販機の横に転がっていたゴミ箱に投げ入れる。
俺はバックの中から非常用の菓子を取り出した。1つをくわえて、もう1つをマユに差し出す。
「ほら、食うか?」
「……ありがとう」
マユが不思議そうに、俺が渡したケロリーメイトを眺めている。
「どうした?」
「ケロリーメイトだ……」
なぜか、マユの頬を一筋の雫が流れ落ちた。
「え!? え!!? なんで泣く!!?」
「……わかんない。でも、なんだか……」
よくわからなかったが、悲しくて泣いているのではなさそうだった。むしろ、どこか嬉しそうだ。
「よっぽどハラペコだったんだね」
「そういうことじゃ無いと思うが……」
ペチカの空気読めなさ加減は相変わらずだ。とはいえ、俺にもどういう事なのか、答えることはできなかった。
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◆サバイバル2
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日が高くなり、気温も上昇してきた。
その後、いくつか指定緊急避難所を回ってみたが、なんの成果も得られなかった。
「マユちゃん、疲れてない?」
「平気です」
理由は聞くまでもなかった。ただ、いくら体が丈夫になったからといって、心もそうというわけにはいかない。
「……昼飯にするか」
食事の出来そうな場所を探す。ちょうど瓦礫の中にテーブルと椅子が数脚転がっていたので、マユが十字路の真ん中にそれらをセットした。俺はその間に食事の準備をする。キャンプ用品を広げ、食堂から持ってきた食材を取り出す。
「ラーメンでいいか?」
「はい」
「やったー!! ラーメンラーメン!!」
「あ、待てよ水がないな」
マユが自販機からミネラルウォーターを持ってきた。こういう時、自販機はありがたい。いつまでも使える手ではないが。
大きめの鍋に水を入れ、ざく切りにしたキャベツともやし、ネギを少々入れる。次いでウィンナーを5本。ナルトやシナチクは諦めよう。そして肝心のインスタントの袋ラーメンを3つ、放り込む。
「……色々持ってきましたね」
「まあな」
バーナーに火をつけて鍋をセットする。待つこと約4分。麺がいい感じに茹で上がってきた。
「そろそろだな」
保冷バックから生卵を3つ取り出してポトリと落とす。黄身が固まり始める前に火を止め、粉末スープを入れかき混ぜる。
「よしできた」
3つの器にわけて、テーブルの上に載せた。体の小さいペチカ用は、マグカップに入れたミニラーメンだ。
「いただきまーす」
早速ペチカが飛びついた。俺のところに来てからこっち、ラーメンはペチカの大好物だった。ラーメンをすする闇妖精というのも中々シュールな光景だった。
「……ヨミさん。料理出来ないでしょ」
先ほどの手際を見ただけで、マユに見ぬかれてしまった。そう俺は、インスタントラーメンと目玉焼きぐらいしか作れない。
「わ、悪かったな。さっさと食え。麺が伸びる」
「……いただきます」
髪の毛を押さえて、マユは数本の麺をすすった。
「ウマイか?」
「普通です」
セリフはそっけなかったが、彼女の表情は少し違っていた。ほんの微かに、微笑んでいるように俺には見えた。
その後も俺達は歩き続けたが、避難所どころか生存者の一人にも出会わなかった。その代わり遺体は沢山見かけた。その凄惨な光景にも、俺達は慣れつつあった。
周辺には戦車だのヘリだの装甲車だの、自衛隊の兵器が増えてきた。激しい戦いがあったようだ。
運良く、敵には出会わなかったが。
歩く俺のつま先に、何かがぶつかって地面を滑った。詳しくは知らないが、警察がもっているようなリボルバー式拳銃だった。弾はない。なにかの役に立つかもしれないので、拾っておくことにした。
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夕方。
そろそろ日が暮れてきた。
結局今日のところは、何もめぼしい収穫はなかった。ただ廃墟が虚しく続くばかりだった。
「……寝る場所を探そう」
この付近の建物はほとんどが崩壊していた。中に入れそうなものもあったが、寝ている時に崩れてきては目も当てられない。テントを張ることも考えたが、この時期、夜はまだ寒い。
少し歩くと、川の近くに中型の市営バスが乗り捨てられていた。遺体も全く見かけない。
「今日はここに泊まるか」
「あの。私、水浴びがしたい」
近くに少し大きな川があった。堤防に挟まれた幅約50mぐらいの川だ。堤防下の岸辺には雑草が生い茂り、少し背の高い木も生えている。水はそこそこ綺麗だ。
今日は歩きまわって汗をかいたから、との事だった。女の子らしい理由だ。
「けどまだちょっと寒いぞ?」
この時期気温は20度前後。我慢できないことは無いと思うが……。
「平気です」
マユは一人で歩き出した。
「ええと、敵がいるといけないから、俺がついて行って……」
「ペチカ。その人を見張ってて!!」
「りょーかーい!!」
マユはバスタオルを持って一人で川の方へ歩いて行った。俺はペチカに向き直る。
「今度、すげーウマイラーメン作ってやるから……」
「……買収にはおうじないよ!!」
この小さな生き物は、意外と義理堅かった。
「そんなにハダカが見たいなら、ウチを見ればいいのに」
服を着る習性のないペチカがポーズを取ってウインクして見せた。彼女の申し出はありがたかったが、イマイチ嬉しくなかった。有り難みがないというか、小さくてフィギュアっぽいというか……。
「……そういや、お前いつもハダカだよな。恥ずかしくはないのか?」
「ウチらの種族はみんなこうだから」
「……ムラムラとかしないのか?」
「? ああ、妖精はみんな、お花から生まれてくるんだよ!」
何そのメルヘン。
妖精・闇妖精ともに、人間のような生殖行為をしないらしい。なので性欲もないし、裸が恥ずかしいという概念もない。
「ってか、自分の見ればいいんじゃない?」
「……見るほどないんだよ!!」
自分で言っていて、いろいろと虚しくなってきた。俺の残念な胸の事もそうだが、女でありながら、中身おっさんのような自分が哀れになってきた。
疲れもあってか、気分が落ち込んできてしゃがみこんだ。
「はあ」
「元気だしなよ」
あたまをポンポン叩いて、ペチカが慰めてくれた。
「はっ!! 俺が女だってことを告白すれば、一緒に水浴びしてキャッキャウフフしてもOKじゃね!!!!?」
「…………」
「でもそうなると、マユと付き合えなくなるかも。いや、でも。だがしかし……!!!!」
「……元気じゃん。人間てフシギ」
呆れ顔でペチカが首を振る。
気を取り直して、俺は立ち上がった。晩飯まではまだ少し時間がある。
「新しい魔法でも作るか」
「だね。またマホウショウジョに遭遇しても困らないように」
俺達は生きなければならない。それが、死んでいった者たちに対する、生き残ってしまった者の責務なのだろうから。
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◆新しい魔法
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まずは簡単なところから。
【癒しの雫】
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00 エルスマギカ # 魔法開始を宣言
01 コアル_アルブム # 使用する白魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 ヒール_フェオ # 治癒の光を照射
05 エグゼカウテ # 実行
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【神の盾】
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00 エルスマギカ # 魔法開始を宣言
01 コアル_アルブム # 使用する白魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 プロテーゼ_フェオ # シールド展開
05 エグゼカウテ # 実行
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この辺りはほとんど一乃炎と変わらない。イグニス文をヒール文やプロテーゼ文に変えれば良い。ただし、黒魔法モジュールではなく白魔法モジュールを使うことになる。
それはそうと、呪文の使い勝手もどうにかしたい。今のままでは呪文が長すぎて戦闘どころではない。
「それなら、ショートカットを使うといいよ。ブラビスともいうけど」
「ショートカット? ああ、ゴーレムの呪文の時に使ったやつか」
「完成した呪文を魔導書のバインダー部分に綴じて索引に登録するんだ。そうすると、登録名を読むだけで魔法を発動出来る」
「便利だな」
「魔法もこの千年でかなり進歩したからね」
中世の魔法は、詠唱に時間がかかるという致命的な弱点があった。マンガの中の敵は呪文の詠唱を大人しく待ってくれるが、現実だとそうはいかない。守ってくれるパーティメンバーもいない。
中世から1000年。魔法は進化し続けていた。より使いやすく。より強力に。
……というか、つくり話だと思っていた魔法なんてものが、1000年も人知れず受け継がれてきたというのが驚きだ。
「ただ、気をつけないといけないのは、魔導書を持っている時に不用意に呪文の登録名を口にしちゃダメってこと。暴発するからね」
さっそくこれまで作った魔法を魔導書に登録する。
専用スクロールを魔導書の所定の場所に挟みこむと、溶けるように本と一体化した。インデックスに書き込む登録名は一乃炎等、俺が考えた魔法名そのままだ。
ついでに、例の異物転送魔法も登録しておく。
この呪文も有効ではあるが、問題点も多い。大きなものや長い距離を転送させるとマナの消費が尋常ではなくなる。今の俺のレベルでは、MP満タンでも1回しか使えない。それなら普通の攻撃魔法を10回使えたほうがいい。しかも、相手の位置を正確に捉えなければ命中させるのも難しい。
まあでも、何かの役には立つかもしれない。
登録名は、異物転送と書いてマテリア・トランスフェルだ。
ペチカが目を輝かせて寄ってきた。
「サニタトゥム・スティラにアエジス・プロテーゼ、マテリア・トランスフェルか。いいよ!! すごくカッコイイ!!」
「しまった! またペチカの中二ゴコロを刺激することに!」
キラキラした尊敬の眼差しで見つめてくる。俺は顔が真っ赤になるのを感じた。メガネが曇るほどに。
「……はずかしいならやめればいいのに」
「うるさい! せっかくの魔法なのに、今更ファイヤーボールとか古臭い名前をつけられるか!!」
「変にこだわるなあ」
中学生の頃、伊達にオリジナル魔法を考えて過ごしたわけじゃない。
「ああ、そうそう、回復呪文は継続特性だから、手をかざし続けている間有効だよ。手をどけると終了。これもハンドゼスチャの一部なんだ」
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次いで、今最も必要な魔法。より強力な攻撃魔法を考える。一乃炎ではイマイチ役に立たない。
「うーん、低レベルの攻撃魔法で効率よく高出力の魔法を作るには……」
そのためには繰り返し文を使用して、炎弾文を複数同時に展開するなど、いくつか工夫する必要がある。
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レペアット (X = n) # 以下の行を任意の数X = n回になるまで繰り返す
イグニス_座標(n) # 炎弾を指定された座標に展開
n+1 # 座標リストのINDEX変数nに1を足す
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全体の流れは下記の通りだ。
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(1) 座標にそれぞれルーン文字の変数領域(フェオ、ウル、ソーン……)を割り当て、予めリスト化する。
(2) それぞれの変数領域を、始点を中心に円形に配置する。
(3) レペアット文を使った繰り返し処理。
指定した座標に炎弾を展開。
繰り返されるたび、インデックスnに+1する。
(4) 全ての炎弾を動作文で変数領域「ウィルド」に収束させる。
(5) (3)~(4)と同様に風弾文で空気の塊を同数作り、変数領域「ウィルド2」に収束させて圧縮空気を作る。
(6)「ウィルド2」の風弾を炎弾の収束地点「ウィルド」に送り込む。
これにより火力のアップが図れる。
(7) (6)と同時に放出文で「ウィルド」の魔法を放出。
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……大体こんな感じだ。炎魔法を風魔法で強化するのは基本である。
この仕様書を元に、呪文を書き起こす。全部で200~300行ぐらいにはなるだろうか。
俺は無心で専用羊皮紙にペンを走らせた。
ペチカがそっと覗き込んで、声をあげた。
「な、なにそれ!?」
「なにって?」
「そのやり方は中級呪文レベルだよ!! まだ教えて無いのに!!」
「まじか」
「なんでそんなすぐに理解出来るの!? ウチなんて初級から中級に上がるのに1年かかったのに!!」
「へえ。そうなのか。まあ、俺はPC部だしな。魔法とプログラミングはよく似てるんだ」
「……こっちの世界の人間もなかなかやるな。レベル1のくせに……」
対抗心を剥きだしてペチカがつぶやいた。
ちなみに、自分のレベルは魔導書の最初のステータスページで確認出来る。
今の俺はレベル1魔法使い、称号は「見習い」だ。ウィッカは、魔女宗のウィッカンとは関係無いらしい。
半分ぐらい出来ただろうか。手が疲れてきたので一息つく。
「それにしても……」
魔導書をパラパラとめくる。
「俺と敵の魔法の違いってなんなんだ? 敵の魔法の威力はかなり強い」
「単純にヨミのレベルがまだ低いってのもあるけど、ステッキのあるなしが大きいかな」
「ステッキ?」
俺の問いかけに対しペチカが口を開こうとした時、マユの悲鳴が聞こえた。
敵襲かと思い、慌てて河原へ行ってみたが敵の姿は見当たらない。
マユは(残念ながら)水浴びを済ませて、すでにジャージを着込んでいた。彼女の顔は恐怖に震えている。
近寄ってよく見ると、彼女の右腕が草の上に落ちていた。今度はペチカの悲鳴が上がった。俺の背中に潜り込む。
「どうした!?」
「と、突然腕がとれて……それで……」
「痛いか?」
「それが、全然痛くない……」
ペチカが後ろからそっと覗き、チラ見してすぐ隠れた。
「接着があまかったかな」
「プラモかよ。どうすれば?」
「さっき作った回復呪文を使ってみれば?」
「(ゴーレムに)効くのか?」
「たぶん」
俺は彼女の手を拾った。これはゴーレムの部品で作った作り物なのだが、見た目は完全に彼女の手を再現している。細く柔らかで肌がすべすべしていた。
思わず、その手のひらを自分の頬に当ててみる。ヒンヤリとしていたが、まるで彼女に触られているようで胸が高鳴った。
「……なにやってんの」
「はっ!! ……つい」
ペチカがやや冷たい目で俺を見ていた。
慌ててマユを振り返る。
「……本当に私、一度死んだのね」
寂しそうに、マユは微笑んだ。
自分の愚かな行いを俺は後悔したが、もう遅かった。彼女を慰める、うまい言葉も見つからなかった。
*********
俺達はバスに戻った。
マユを一番後ろのシートに寝かせる。ジャージの片肌を脱がせ、腕を元の場所に宛てがう。
「そのまま押さえてて」
マユが左手で右手を固定する。
魔導書の所定のページを開いて傷口に手をかざし、ショートカット呪文を詠唱する。
「癒しの雫!!」
魔導書が淡く輝いて、俺の右手から柔らかな光が照射された。。
マユの傷口が逆再生のように修復されていく。ただ、ダメージが大きいため「一瞬で」というわけにはいかないようだ。俺は右手をかざし続けた。その間も癒しの光は輝き続け、俺のマナは減っていく。
そこから更に30秒ほど続けて、やっとマユの右腕は完治した。俺のマナはほとんどがなくなっている。めまいで立っていられなくなった。
「MPのアップが課題だね」
「……だな」
腕をぐるぐる回したり、パンチを撃つ真似をしてみたりして、マユは感触を確かめていた。
「……すごい。治ってる。ほんとに魔法があるんだ」
マユはバツが悪そうに俺を見た。まだ俺に対する警戒心は解けていないようだったが、それでも、なにか言いたそうにチラチラとこちらを見る。俺と目が合うとすぐにそらして、言いにくそうに口を開いた。
「あr――」
マユのセリフは残念ながら、バスの天井を叩く大きな音にかき消された。何か大きなものが落ちてきたような音だ。俺達は慌てて外に出た。上を見上げる。バスの屋根には、一見すると可憐な少女が立っていた。
―――――――――――――――――――
◆マユの戦い
―――――――――――――――――――
少女は――ゴスロリだかロリータだか明確な区分は知らないが――真っ白でヒラヒラした服を着ていた。スカートは短く動きやすそうだ。灰青の髪をポニーテールのように束ね、背中まで伸ばしている。
全体的には可愛らしい少女に見えるのだが、その目には瞳がなく代わりにただ昏い、奈落のような空洞があるだけだった。
「なぜここに!? まさか魔法を感知された!!?」
「それは無いと思うけど。ヨミの魔力はまだ小さいし」
俺の疑問にペチカが答える。
おそらく、見つかったのはただの偶然だ。こちらも無警戒すぎた。今後はもう少し注意して行動したほうがよいかもしれない。
マホウショウジョと目があう。魂を吸い取られるような寒気が俺の全身を覆った。昨日の奴には戦って勝つことは出来た。だが、今回もそうなるとは限らない。
「くそ!! マユちゃん、下がってて!!」
魔導書のバインダーのページを開き、右手を突き出す。
「一乃炎!!」
……何も起こらなかった。マナが不足しているのだ。
「ヨミ!! 後ろ!!」
「!!!?」
いつのまにかマホウショウジョは背後に移動していた。拳を振りかぶり俺に襲いかかる。間一髪で回避したが、ペチカの声がなければかわせなかった。その拳はコンクリートの壁を撃ちぬくほどの威力だった。冷たい手で首筋を鷲掴みにされたような恐怖が駆け抜ける。
俺は慌てて距離をとった。
「あいつ、キュアタイプだ!! 格闘戦用マホウショウジョだよ!! 気をつけて!!」
「格闘戦!?」
俺には格闘技の経験はない。MPもない。正面切って渡り合うのは不可能だ。距離を取るしか手はなかったが、すぐに間合いを詰められた。再びパイルバンカーのような拳が迫る。
「(やばい!!)」
そう思った瞬間、マホウショウジョが弾けるように吹き飛んだ。
「!!?」
俺の前には、拳を突き出した体勢のマユが立っていた。
敵を見る彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。深窓の令嬢が美味しいケーキを食べた時のようなあどけない笑顔だが、その行動とはあまりにかけ離れた笑顔だった。
「『この世界』はわかりやすくていいですね。強いものが勝つ。弱いものは負ける」
「……マユさん?」
思わず敬語になる。
微笑みながら、マユはマホウショウジョめがけて突っ込んでいった。一見すると穏やかな表情だったが、その目は狂気をはらんでいた。
「フフフ。アハハ」
マユが渾身の右ストレートを放つ。2メートル四方の瓦礫が木っ端微塵に砕け、飛び散った。マホウショウジョは寸前で飛び退り回避していた。
どうやらマユは運動神経が良いようだ。そういえば、フェンスを登って2階に飛び移ったりしていた。さらに、ゴーレム化のお陰で「力」を得た。
「……右腕は完全に治ってるようね」
穏やかに言うと、マユは飛んだ。マホウショウジョのすぐ目の前に肉薄する。少年格闘アニメのような動きだ。
「えい!!」
可愛らしい掛け声とともに繰り出されたパンチは、しかし、可愛さとは真逆で凶悪そのものだ。ガードしたマホウショウジョの左腕が千切れて飛んだ。スポンジのような断面があらわになる。
「す、すげえ……」
ペチカが飛んできて俺の頭の上に止まった。小さな手足が少し震えている。
「ヨミ、今のうちにMP回復を!」
「どうやって!?」
「魔導書の付録『初心者セット・7つ道具』にMP回復薬が入ってるよ」
「……ゴーレムに回復薬に、なんでもアリだな」
「そうでもないよ。ゴーレムは1体分しかないし、それは3本しかない。なくなったら自分で作るんだ」
魔導書の巻末を開く。茶色の小瓶が3つ並んで入っていた。この本の巻末は四次元的なアレになっているのか。
瓶を一つ取り出して、少し考える。はたしてこれを飲む必要はあるのか?
「飲まなくても、マユちゃんにまかせとけばいいんじゃ? 俺の出番なさそう」
「マホウショウジョをなめちゃいけないよ!!」
ペチカのセリフとほぼ同時に、マユが地面に叩きつけられた。
「!!?」
「マユちゃん!!」
見ると、そこにはもう1体のマホウショウジョが立っていた。白いやつとよく似てるが、服の色は黒でショートカットの灰色の金髪がところどころハネている。白と黒、ロングとショート、2体のマホウショウジョ・キュアタイプがマユを見下ろしていた。
マユがいくら強いとはいえ、2対1では分が悪い。
「くそ!!」
俺は小瓶の蓋を開けて、中身を一気に飲み干した。リポナミンαのような味がした。意外とイケる。心に力がみなぎる。妙にやる気が出てテンションが上がる。踊り出したい気分だ。これが精神力回復の効果か。
「神の盾」
念のためシールド魔法を唱えながら、俺は飛び出していた。
「喰らえ!! 一乃炎!!!!」
すかさずハンドゼスチャで連射の動作を行う。3発の炎弾が続けて射出された。ゲームなどでよくあるリキャストタイム(再び呪文が使えるようになるまでの時間)は無いようだ。便利ではあるが、気をつけないとすぐマナを使い果たしてしまうだろう。
マユに気を取られていたマホウショウジョの足元で、3発の炎弾が弾けホコリを巻き上げた。
マホウショウジョが戸惑っている間に、マユに駆け寄って助け起こす。ゴーレム化のお陰で、ダメージはそれほどでもなさそうだ。
「マユ! 走るぞ!!」
なぜか驚いたように、マユがこちらを見た。
この時俺は無我夢中で気付かなかったが、無意識にマユを呼び捨てにしていたようだった。
肩を貸して支えながら、マユを無理やり走らせる。
どう贔屓目に見ても、今の俺は力不足だった。使えそうな呪文異物転送があるにはあるが、これはマナ消費が多すぎるし、動きが早い敵には命中させるのが難しい。
わずかな希望は作りかけの新しい魔法だが、落ち着いてそれを完成させるための時間と場所が必要だ。
いずれにせよ、マホウショウジョを倒すには、マユの力が必要だっだ。2人で力を合わせないと、今度こそ殺されてしまうだろう。
敵はすぐさま態勢を立てなおして追いすがってきた。
瓦礫の間を走り抜け、隙を見て半壊した建物に身を隠す。崩れる危険もあったが、贅沢は言っていられない。なるべく奥へ移動する。
しばらく、マホウショウジョの足音があたりを彷徨い続けていた。
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◆白と黒
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息を潜めること数分。足音は徐々に遠ざかって行った。
このまま諦めて帰ってくれればいいのだが……。
「それにしても、マホウショウジョって何なんですか?」
思い出したように、マユが小声で言った。彼女はかなり落ち着いているように見えた。怖くないのだろうか。
「うーん、俺も良くは……ペチカ」
「マホウショウジョはね、ウチの国の伝説に出てくるんだけど、昔『魔女狩り』でころされた女の子の成れの果てなんだって」
「魔女狩り……」
かつて、12~17世紀のヨーロッパを中心に行われた魔女狩り。多くは教会と迷信に踊らされた人々の集団ヒステリーであり、無実の者を好き勝手に貶める私刑であった。
その当時、魔女や魔女と疑われる者達が数百万人、大した裁判もなく拷問の末犠牲になったと言われている。
「そもそも魔女とは――」
「!?」
慌てて俺はペチカの口を塞いだ。こんな時に、またぞろ解説モードになって講義を始められても困るからだ。
「んーんー!」
俺の手の中で小さな手足がじたばたともがく。
「ってことは、ゾンビとか幽霊みたいなものなの?」
「ぷはっ! わかんない。人は死んだら天界へいくはずで、行ったら、生まれ変わる以外で現世に戻ってこられるはずないのに」
俺の手から脱出すると、再び捕まらないようにペチカは天井に張り付いた。
「……それがなんでこんなことを?」
「たぶん、恨みを晴らすためだよ。きっと! 魔女狩りの時、ひどいころされ方をしたらしいからね。ウチが人間を怖がってるのは、その話を聞いたからだよ」
ペチカが震えて祈るような仕草をしてみせた。
「ま、ヨミとマユは怖くないってわかったけどね」
マユの頭の上に止まる。
「弱点とかはないのか?」
「あれもゴーレムの一種だから、心臓を壊せばいいとは思うけど」
「でも、一乃炎だと決定的なダメージは与えられない。となると……。さっきの新呪文を完成させるしか無い……な」
立ち上がってマユを見る。
「見張りを頼んでいいか?」
「……しかたないですね」
早速魔導書を広げ、先ほどの作業の続きにとりかかった。
俺はただでさえプレッシャーに弱い。急かされると上手くいくものも失敗する。しかしそんな泣き言は敵には通用しない。やるしかなかった。
その後しばらく敵の気配はなく、順調に作業を進められた。受験の時だってこれほど集中した事はなかった。
「ぐぬぬ……。レベル1のくせに……!」
俺の手際を見て、ペチカが妙な嫉妬をしていた。そんな場合では無かろうに。
あと数行となった時、マユの緊迫した声が響いた。
「しずかに!!」
遠ざかったと思ったマホウショウジョの足音が再び近づいてきた。みな息を飲む。足音はやがて俺達の潜む建物の上の方へと登り――
「…………!!?」
――そしてそのまま遠ざかって行く。
「ほっ……。たく、脅かしやがって――」
言い終える間もなく、突然の轟音が俺のセリフをかき消した。部屋の反対側の壁を突き破って、白いマホウショウジョが目の前に現れたのだ。千切れたはずの左腕はすでに再生している。
「なっ!!」
壁の半分が崩れ、鉄骨が外れて転がる。屋根に登ったのとは別の個体が近くにいたようだ。俺の背中から肩にかけて、極低温の戦慄が駆け抜けた。
フリーズする俺をよそに、マユが機敏に反応した。侵入者に先制の一撃を加える。
「私が時間を稼ぎます!!」
マユとマホウショウジョが組み合って、押し合いになった。
もう1体も近くにいるはずだ。時間はない。
「ヨミ、急いで!」
「わかってる!!」
ペチカが俺の頭の上でわめいた。それに応じながら、残りの数行を一気に書き上げる。
「よし、出来たぞ!!」
だがまだ終わりではない。ショートカットの登録が必要だ。羊皮紙を魔導書に綴じる。ショートカットの登録をするために索引ページを開く。その時。ふと背後に気配を感じた。マユと白い奴は目の前にいる。ということは……。
俺とペチカが振り向くと同時に、後ろにいた黒いマホウショウジョが鋭いケリを繰り出した。全く反応できなかった。蹴りを食らった左腕が鈍い音を立てて歪む。
ペチカも巻き添えになって墜落し、気を失った。
「…………!!!!」
声にならない叫び。床に転がってうずくまる。痛みで頭がどうにかなりそうだ。しかしこれでも、神の盾の効果でダメージは半減している。もし呪文を使っていなかったらどうなっていたか……。
今の衝撃で、専用ペンがマユの近くまで転がっていった。戦闘中のマユにペンを拾う余裕はなさそうだった。あとは登録名を書くだけだったというのに。
「(まずい……!!)」
ショートカットをつかわずに呪文を全部読み下すという手もあるが、200行を超える呪文詠唱を敵が待ってくれるわけもない。
黒いマホウショウジョが無表情に俺を見下ろした。こいつは昨日の奴みたいに俺を仲間にする気は無さそうだ。
「(ああ、俺もここまでか)」
不思議と恐怖は感じなかった。昨日からずっと多くの死を見てきた。俺もその内の一人になる、ただそれだけの事だ。
魔法の力を手に入れて、ちょっと映画の主人公になったつもりだったけど、世の中はそれほど甘くはない。
こういう事態になって初めてわかる。今まで俺が死なずにこれたのは、ただの偶然に過ぎない。死は、誰のそばにも平等に寄り添っているのだ。弱いものは死ぬ。そんな当たり前のことを俺は忘れていた。
俺の中の何かが壊れ、溢れ出そうとした時。よく通る澄んだ叫び声が聞こえた。
「ヨミ! しっかりして!!」
マユが瓦礫を拾って、勢い良く投げつけた。黒いマホウショウジョが弾かれて壁に激突する。だが同時に、白い方に背を向けたマユも攻撃を受けてしまい、倒れ伏した。
「マユ!!」
おかげで俺は、危うく正気を取り戻した。
倒れたマユの近くに、先ほど転がっていった魔導書の専用ペンが落ちていた。マユが必死に腕を伸ばす。白いマホウショウジョが蹴るように踏みつける。
「まだ希望はある! 俺にはマユがいる!!」
伸ばしたマユの手が、ようやくペンをつかみとった。すかさず俺に投げてよこす。
それに気づいた黒いほうが慌てて起き上がり、殴りかかってきた。
横っ飛びで黒の攻撃を回避すると同時にペンを取る。俺はまだ死ぬわけにはいかない。マユもペチカも俺が守らなければならないのだ。
「皆で生き残るために!!!!!!」
回転しながら着地し、予め考えていた登録名を魔導書に書き込んで、俺は叫ぶ。
「ニ乃炎!!!!」
つきだした右手を中心に6つの火球が展開され、回転しながら正面で一つになる。続けて、同数の空気の塊が出現し圧縮され火球と交じり合う。
2種類の魔法が融け合い高め合う。小さな太陽のような灼熱の業火を創りだし、轟音を立てて解き放たれた。
俺に迫っていた黒いほうが、とっさに距離を取った。だが、俺の狙いは最初からそちらではなかった。
渦巻く業火が、マユを蹴り続ける白いマホウショウジョを強襲する。
炎弾×6、風弾×6 の複合魔法だ。単純計算で 一乃炎の12倍の威力があるはずだ。ところが実際の効果はそんなものではなかった。
風を切り唸りを上げて直撃した業火は、直径40cmほどの大穴を開けてマホウショウジョの腹をえぐり取り、更にその先にあった瓦礫を焼きつくした。俺の想像を超えた凄まじい威力だ。
マホウショウジョが驚いたように、自分に開いた穴を見つめた。
しかも魔法はそれで終わりではなかった。
「あれ!? と、止まらない!!?」
魔法は、再び炎弾×6 を展開する処理に入った。繰り返し文の最初に戻ったのだ。おそらくこの挙動からして、繰り返し処理の終了位置が間違っていたと思われる。インデントがずれたのかもしれない。……要するにバグ、いわゆる無限ループというやつだった。
なおも魔法命令文は実行され、幾つもの業火を吐き出し続けた。たちまち俺の全てのMPを食い尽くし、やがて異常終了した。
一つの魔法としてみると、これはバグであり失敗作だった。一気にMPを消費したせいで立ちくらみはするし、MPがゼロになるし、使えたものではない。あとで修正が必要だ。
されどその甲斐はあった。マホウショウジョには3つの大穴が開いており、そのひとつは弱点であるはずの心臓部分を撃ちぬいていたのだ。
呪詛の悲鳴を残し、白いマホウショウジョは消し炭となって燃え尽きた。同時に、俺の気力も尽きていた。やれることはやったし、敵も1体倒しはした。しかしMPゼロで攻撃手段は失われた。めまいがひどく立っていられない。
俺は床に崩れ落ちた。
一瞬退いた黒いマホウショウジョが再び俺に迫る。
「――助かった」
マホウショウジョに向けて言った俺のセリフは、別におかしくなったからではない。勝負はすでに決まっていた。空気を切り裂き唸りを上げながら鉄骨がマホウショウジョを襲う。手の空いたマユがその辺に落ちていた3mほどの鉄骨を拾い、バットのように構えてフルスイングしたのだ。
直撃を受けたマホウショウジョは、粘土みたいにひしゃげ、上下に別れて引きちぎられた。胴体はもはや跡形も無い。鉄骨は勢い余って建物の壁をも粉砕した。
白の後を追うようにして、黒いマホウショウジョも冥府に還っていった。
床の上に1つずつ、ブレスレット状のアイテムが転がった。マナクリスタルが付いているところをみると、これも魔法のステッキみたいな物なのか。
魔導書から妙な音が響いた。アラームのような音。
ページを捲ってみる。ステータスページがチカチカと輝いていた。
「……レベル2?」
敵を倒したことで、俺はレベルアップしていた。MPが少し増え、ステータスの値もいくらか上昇している。しかも嬉しい事に、ゼロになったMPが全開していた。
―――――――――――――――――――
◆ロザリオ
―――――――――――――――――――
昨日は気付かなかったが、空は一面の星にうめつくされていた。周辺の、人工の明かりがなくなったためだった。
「う、うーん」
俺の回復呪文を浴びた後、ペチカが目を覚ました。大したことはなかったようだ。
「はっ! 敵は!?」
「倒したよ。マユと協力してね」
「はー。よかったー」
「次はマユ」
マユもかなりのダメージを受けていた。痛みは感じないらしいが、みていて痛々しい。癒しの雫の光がマユを癒していく。
それにしても、今回敵を倒せたのはマユの力によるところが大きい。もしも俺一人だったらどうなっていたことか……。
「助かったよ、マユ」
マユがなんとも言えない複雑な表情で俺を見た。
「さっきからずっと呼び捨てにしてる」
「え!? ああ、ごめん、つい」
「……かまいません」
「ん?」
「呼び捨てでも構いません!」
そっぽを向いてマユが繰り返した。
表情は見えないが、これはアレなのか。噂に聞く例のアレ……。リアルで見るのは初めてだった。
「……そのほうが、なぜかしっくり来ます」
「……ふーん?」
言いつつ俺も、なんとなく同じような感想を抱いていた。
「そのかわり、私もヨミと呼びますけど」
イタズラっぽい笑みを見せて、マユが言った。
普通なら年下に呼び捨てされるのは抵抗があるはずだが、俺に異存はなかった。むしろ、すごく自然に思えた。
ただ、欲をいえば……
「なんだったら、お兄ちゃんって呼んでもいいぞ?」
「お断りします」
マユの回復を終え、最後に自分を手当する。左腕の痛みがスッと引いていった。改めて思う。魔法って便利だな。
「まあいいや、早く戻って晩飯にしよう。いい加減ハラがへって……」
「ちょっと待って。何か聞こえない?」
俺の頭の上にペチカが着地して言った。
耳を澄ますと、遠くから地鳴りに似た音が聞こえてきた。
「いや、それだけじゃない」
周辺からガサゴソと何者かが蠢く音が聞こえてくる。それも一つではない。急いで身を隠す。
やがて瓦礫の影からひとつの人影が分離するように現れた。さらにまたひとつ、ふたつ……。
俺達の周りに、大量のマホウショウジョが出現した。
「あれ!? さっき倒したヤツが……」
「同じ顔が幾つかみえます」
マホウショウジョは人間のように全個体が別人なわけではない。まるで既製品のように、同じ顔をした個体が何体も存在していた。
「だから、『タイプ』か」
今のところ7種類の存在が確認されているとの事だった。
その集団には、マホウショウジョ以外のモノも混じっていた。四足のケモノに見える。
「あれは、マホウショウジョの使い魔だよ」
「使い魔!?」
魔法少女の使い魔といえば普通はかわいいマスコット的なものだが、どう見てもただの化け物だ。10m近い個体もいる。
さらに、もっととんでもないものも控えていた。マユが空を指さす。地鳴りのような音は、空から聞こえていた。見上げると、そこには巨大な要塞が浮かんでいた。
「なにあれ……」
「で、でかい……」
空中要塞。
銀白色の巨大な縦長の構造体で、左右に長大な突起が伸びている。飾り付けられたロザリオといった感じだ。中央部分には巨大な女神像があしらわれていて、そのせいだろうか、全体的にその要塞は神々しく見えた。
大きさは目測で、全体が約3000m。女神の部分が約1500m程度だ。
その要塞から敵の技術力、規模が推し量れる。結論から言うと、「あんな物を作れる連中に勝てるワケがない」……だ。
要塞の周辺で小さな光がまたたいていた。目を凝らすと、自衛隊かどこかの戦闘機が飛び回っていた。まだ戦いは続いているのか。
しかし。
ひときわ明るい光の槍がきらめいたかと思うと、要塞を囲む形に幾つもの火球が生まれた。光の槍は地上にも届き、正面にあった山の頂上が一瞬で蒸発してしまった。
要塞の周りに静けさが戻る。
「…………!!!!」
全身から血の気がひいた。
雲が切れて、月の光で女神の顔がはっきりと見えた。
「エスニャさま!!?」
ペチカが目を剥いて身を乗り出した。今までになく青ざめて、ブルブルと震えている。
「どうした?」
「あ、あの女神は彫像なんかじゃない……。本物だよ」
「え?」
「本物の女神様はもともとアレぐらいの大きさなんだ。あの要塞は、まさか……。女神様の力を利用して……!!?」
1500mの女神? にわかには信じられなかったが、ペチカが嘘を言っているとは思えない。
「どうしてエスニャさまが……。エスニャさまー!!!!」
ペチカの声に反応して、敵の目が一斉にこちらを向いた。敵の数は増え続けて、100体近くにまで膨れ上がっていた。
【続く】




