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Still Green  作者: 匡成 深夜
青春の輝き
11/11

青春の輝き 3

 今度の5月17日は正午と付き合い始めてちょうど1年だ。下校のいつもの長く、くねくねと続く坂を駅の方に下りながら正午と肩を並べて歩いた。歩きながらあと1センチ、あと1センチと正午に近くなっていく。


 髪、少し長くなったかな。

 高校生活の真ん中で、私達の影は2つ横に並んだ。


「17日私たちが付き合い始めて1年じゃん。どうする? 私、あまりお金ないんだよね。港の方に行ければちょっとスペシャル感も出るのになぁ」

手持ちも少なかったし、スペシャル感を演出することはできそうにない。 

「オレが入場料持つからさ。シーパラダイス行こうよ。どうせならワンデーパス買うか」

「えっ、それ結構するんじゃない?」

 高校生は大人と同じ値段だったはずから、2人で1万円くらいしてしまう。

「いいの?」

「いつもその辺ほっつき歩いてるだけだから、たまにはデートっぽいとこ行きたいじゃん?」

「そりゃ、そうだけど」

「たまにはいいトコ見せさせてくれよ」

 分かった、と正午の言葉に甘えることにした。私は基本的に頼りたいタイプだし、時々このくらい強引にリードしてくれると嬉しくなる。


この日は帰っても嬉しくてなかなか寝付けなかった。

「今度、正午とシーパラダイスに行くことになったよ」と嬉しさのあまり、凜乃にメールしてしまった。

「良かったじゃん」と動く絵文字付きで、夜遅いにも関わらず、凜乃は丁寧に返してくれた。

「うん」とニコニコした気持ちでその2文字だけで返しそうになる。幸せを無神経に振りまいてしまいそうで、ハッとして送信ボタンを押す指を必死でこらえた。


「こんなに幸せでいいのかな。バチとか当たらないよね?」

「誰に? 何に?」と、?マークを耳みたいにくっ付けた顔文字の凜乃が笑っていた。

「幸せなんだね。いいんだー。こっちはロンリープリンセスでいいんだもんねーだ」

 舌を出してベーをする絵文字で凜乃がおどけてくれたので、友人のユーモアある優しさにまた嬉しくなった。眠気がやってくるまで胸を締め付けるほどの嬉しさがこみ上げていた。


「機嫌がいいね。デートかい?」

「うん」

 素直に認めると、また少し焦げ目がついた食パンを頬張った。

「ミカちゃんにボーイフレンドができてから、僕と遊んでくれることがうんと減った気がするよ」 いつまで子供を遊びたがるんだろう。

「構ってあげたいのは山々だけど、私だって勉強があるし、忙しいよ」

「ミカだって高校生なのよ? あなただってもう遊んでもらえるような歳じゃなくなったでしょう」、と母が助太刀してくれた。

 父は「そんなこと言ったら」と言いかけてやめる。お母さんだってオバサンだねと言いそうになったんだろう。一瞬母の目が光ったのは、父にそれを言わせないためだ。吹き出しそうになる笑いをこらえて、ホットミルクを飲む。


「今日はどこへ行くんだい?」

「八景島。ワンデー買って1日そこにいると思う」

「遅くはならないわね?」 うん、多分。と答える。

「お父さんが泣いちゃうものね」 僕は泣かないよ。母が茶化すキッチンに向かって父が言う。いつもと変わらない両親の仲良しっぷりに温かさを覚えながら、支度のために部屋に戻った。


 5月、まだ涼しい日もあるけれど、夏らしい服にしようと思っていた。レース素材の白いトップスに、デニム素材のスカートを選んだ。味気ないバッグを着飾るふりをしてショールを忍ばせておく。

滅多に履かない星のマークがついたハイカットのスニーカーは、学校のローファーみたいに馴染んではいないけれど、いつもと違う履き心地が浮き足立った高揚感を抑えてくれるような気がした。変に大きく一歩を踏み出せば、その歩幅でどこまでも行けそうだった。


駅の前で待つ正午は、ドット模様のポロシャツに、ベージュのチノパンだった。それを見て、私の格好は似合うかなと安心した。

「オシャレしてきたんだ」 当たり前だよ。

「そういう正午もドットとか着るんだね」

ダメ? 正午が自分の服をあちこち見る姿が、ぐるぐると自分の尻尾を追う焦げ茶色のレトリーバーみたいで可愛かった。

「何が可笑しいんだよ」

「何か犬みたいだなって。ほら、時々、クルクル回ってるのがいるじゃない?」

レトリーバーかなぁっと言ってみる。正午もオレ、ペットじゃないんだけど。太陽みたいに笑った。


電車の中では何を話すでもなかったけど心地良かった。

「きっと家族連れとかいっぱいだよね」

そう言う私の顔のそばに顔を寄せて、聞き取ろうとしている正午のあごに小さな剃り傷があった。未来の耳に対するのと同じように、ふと手を伸ばそうとしている自分に気が付いて、右の肘を押さえた。


週末で混んでいたし、アザラシに餌をやる時間にはその辺りではなかなか動けなかったけれど、ワンデーパスがあるし時間をかけて回る。水槽を下から見る太陽の光を受けて明るさを増した水色は、ピュアな私の恋心みたいだった。そこで自然に正午の腕に自分の手を絡めた。


所せましと並んだ海洋生物のぬいぐるみや小物が売られているショップで、幾つかのペンギンとカメの小さなぬいぐるみを買った。シロイルカの抱き枕が欲しかったけれど、それはさすがに手が出なかった。多分ここに来るためにリゾートを訪れる人もいると思う。

 休憩のあと行った紫陽花エリア。来月から開催されるあじさいフェアの期間中は毎年、その生い茂る中に作られた遊歩道を行く車輪付きの電車は、いつも家族や恋人たちでにぎやかだ。でも「あじさいトレイン」はまだ走っていないから、紫陽花が咲き誇るはずのコースを歩くことにした。


五分どころか、まだほとんどグリーンだったけれど、それでも良かった。人込みで疲れてひと休みしたかった。

「来月、また見ごろに来ようぜ」

「そうだね。全然咲いてないもんね」

ちらほらと青や白の紫陽花が遊歩道を行く人々に挨拶するようにこちらを覗き込む紫陽花を目に映し思い出す。花言葉のせいか移り気なイメージが多い紫陽花だけど、小人が何人も集まったかのようなその花に、私は「元気な女性」という花言葉の方が似合う気がした。最後の恋であるようにと願っていた私の胸に、恋人の目にそう映って欲しいという少女の祈りがあった。

 

「あじさいトレイン」がいつも停車する場所まで来ると、前方に西日が眩しかった。この日は乗らなかったけれど、海側に来ればジェットコースターがある。その夕日を受けた黒い影が少年ジャッキーとの、いつまでも続く今を夢見て眠るパフのようだった。  


 夜はコスモクロック21に乗ろうとコスモワールドに移動した。入園料はないし、八景からここまでの電車賃と観覧車の2人1400円の利用料は、今度は私が持つことにした。


 こっちも賑やかだった。

 ワールドポーターズがあるから、夕方から来る人も多い。


「コイツは遠くから見る方が綺麗だな。何て言うんだ? ジェットコースターのレール? が邪魔で真下からは何も見えん」

「あはは。そうだね。でもジェットコースターのレールってこんなに近くにあったんだね。全然覚えてないや」

やっぱり観覧車に乗りたい人がたくさん並んでいた。「貸切」に並ぶ。こういう時、記念日が何の変哲も無い日で良かったと思う。

「今だと30分待ちかぁ。どうする? ワールドポーターズの方でも行って、マックでも食べてくる?」

確かに少し何かお腹に入れたい気分だけど。

「いいよ。待ってないともっと待ち時間増えちゃうかもしれないよ。夏は整理券がないし」

だな、正午も同意してくれた。

 クリスマス23・24日には夕方以降に入園した人には整理券が配られるけど普段はないからだ。

 

 40分待って、ゴンドラに乗る。動き出すと、そばにある建物の屋上や、ジェットコースターのピンク色のヘビをすり抜けるように進んでいく。すぐ下のベンチと机で休んでいる人が黄色い光に怪しく揺らめいた。

「いつ振りだろう。ガキだったように思うんだけど。ミカは乗った?」

「多分乗ったことはないなぁ」

 そう言いながら周りを見渡す。左側にイオンの屋上駐車場が見えてくる。積荷を待つ輸出用車両みたいに大人しく主の家族が帰って来るのを待っている。


「子供が4人もいるとね。乗りたいものがバラバラなわけ。お母さんと息子たちはジェットコースターだけど、私とお父さんは絶叫ものがダメで」

恭一たちはこれに我慢して乗る気は全然なかったみたい。弱気はお父さん譲りかな。自嘲するでもなく、顔が似なくて良かったと笑った。「そういうこと言っちゃ、お父さんに悪いだろ」と冗談めかして正午が言う。

「そうだね。お父さん、ごめんなさい」と街のある方へ軽く会釈をした。


「好きだよ。ミカ」

 周りが夕闇で暗くなり、パーク内の電灯の色やビルの明かりが目立ち始めた頃、おもむろに正午は言った。思わず、身を硬くしてしまう。拒否したいわけじゃないけれど、そんな不安と期待とがないまぜになり、自分の仕草に戸惑った。

「好きだよ。ミカ」

もう1度正午が言った。すっと私の側へ寄ったのを流れた空気に感じた。腿のうえに置いた私の手を握ってくる。握り返せばきっと「いいよ」の答えになる。


 ゆっくりゆっくり、指を絡めていく。

 今何が1番大事なのか確かめるように。

 2人の手が完全に重なったのを見届けてから、正午に顔を向ける。


 正午は何も言わない。永遠に感じられる1秒だった

「キス、していい?」 静かに訊かれる。

 コクッと頷いて応える。


そうしてコスモワールドの1番上で、私たちは最初で最後のキスをした。


 正午にはもう会えないかもしれない。またもし会えたとしても、あの頃とは少し違う感情だと思う。でも。会えたらきっと。今度は私から「好きだよ」と言えるはずだ。

 クリスマスイルミネーションが光る通りの下で、「好きだよ。正午」と小さく呟いてみた。


 どうか、あなたの今に幸せが降り注いでいますように。

                            

                        完



ご覧いただきありがとうございました。別のブログサイトで発表し始め、いろんなネット上のお友達に会うことができました。これも「マリン」という方に捧ぐお話です。それでも皆様に喜んでいただけたら嬉しく思います


注;横浜の情報は正確ではないかもしれません。またリアリティを持たせるために、実在する学校の学科や記念日などをいくつか、一部使用させていただきましたが、それらとは実際には関係ありません。

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