青春の輝き 2
なぜか私はF1カーに乗っている。あっ、夢だと分かる。私はF1を運転できる免許どころか、普通自動車免許も持っていないからだ。あのF1カーの狭い穴にすっぽり嵌まっているのに、傍にいるヘルメットを被っている外人さんが、片足を車の奥に突っ込んで片手で四角いハンドルを操作している。
夢だからかフサフサのあごヒゲがあることに気付いている。もう片方の足はボディに無造作に載せて。そんな恰好で運転したら絶対壁にぶつかったりするはずだし、あり得ないとは思うけれど全然怖くない。
「ハーイ」
チラッとこちらに目を遣り、あいさつしてくる。
「いつも応援ありがとう」
「君のことはいつもショーゴから聞いているよ」
どうなっているんだろう。ハンドルを片手で逆さまにひっくり返しながらカーブを切っている。それに彼を応援していた覚えはなかった。
「ショーゴ?」 イエス!ショーゴ~という。
「君は彼の女神なんだってね。僕のフィアンセと同じだね。ジェイは僕の勝利の女神なんだ」
め、女神? あなたの彼女はそうかもしれないけれど私が女神ってどういうこと…。
今年の冬は暖かい。私が知る横浜の冬で一番の暖冬かも知れない。
12月なのに場所によっては、室内だけじゃなくて外でだって一枚脱がなきゃいけないかもしれない。そんなことを考えるほどに。
そんな夢を見たのは、正午は彼のファンだからだろう。良く分からない話をデートの途中で入ったカフェやマックで何度となく聞かされた。
「ねぇ正午。昨夜、正午の言ってたF1の人っぽい外人さんが夢に出てきたよ」
えっと、彼は目を丸くした。ジェンソン?
「そう、そのジェンソンさん…だと思う。正午に見せてもらった写真によく似てた」
「なんでミカの夢に出てきて、オレの所には出て来ないんだよ~」
正午がカァ~という奇声と両手に拳を作りながら天を仰ぐ。
とりあえずF1の彼に正午が私のことを話したというのは嘘らしい。何せ、夢ですら会っていないのだから。
「でね、その彼が正午は私を勝利の女神だと感じているみたいだって言うの。その人の彼女さんみたいに」
「良いこと言ってくれるなぁ…さすが。まあ、確かにオレにとってミカは、あの人のジェイみたいにベストパフォーマンスをするための精神的な支えにすごいなってるよ」
正直嬉しかった。本当は直接、正午から素直に聞きたかったけれど、まずはそれを訊くチャンスをくれたF1の人に感謝しなくちゃいけない。
「どういうこと?」
「言葉で言うのは難しいな。そうだなぁ、未来のために頑張れるって所かな。親父たち見てると今の生活を立てるだけで精いっぱいみたいなんだよな。それはそれでかっこいいし、オレたち子供の未来も心配だろうけど、オレたちだっていつまでも親に頼ってるわけにはいかないじゃん」
汚れた作業着で猫背になり、小さくなっていく父の背中を見るのは、良い気がしない。だけど、男の子はそういう父親の姿に憧れるのかもしれない。
「自分の未来をしっかり見てなくちゃいけない。もちろんミカとはこれからもずっとやっていくつもりでいるし、それに今、頑張れる力をもらえる理由っていうのは何より大切だと思う。絶対になくちゃならない。大人になってもフラフラしてる連中は、そこらへんのパワーの源みたいな、理由っていうか支えがあまりなかったんじゃないかな」
悪い意味じゃなく、そういう環境になかったんだと思う。正午はそう言った。
「世間の波も半端じゃねぇだろうからな」
「なるほどねぇ…。でも自分でいうのも何だけど力の源が女の子っていうのも弱い気がする。それは正午が私との将来を考えてくれてる証拠だと思うけど」
正午の力になっているのは素直に嬉しい。いつもは頼りたい体質でも、その人が挫けそうならたった1度、肩を枕にするだけでもいい。甘えてほしいのがパートナーだ。人間だ。
「別れちゃったら、その位置は簡単に別の何かに取って替わっちゃったりしないかな」とは、口が裂けても言えなかった。
「もちろんそれはある。だけど将来を考えさせてくれる相手って意外といないもんだよ。恋愛は自分の中のオトコとかオンナとか、自分がそういうものに自尊心を持てる相手を選ぶんだと思う。それを超越してしまったら、友達以上にはなり得ないし、力の源が男だったら親友かライバルになるだけだと思う」
だから今頑張れるのはミカがいるからなんだよ、と正午は笑った。
惚れた腫れただなんて言うのは幼稚だと思われるかもしれない。でもそうした自然な気持ちを忘れて合理的な考え方をしているうちに、自分勝手な、あまりにも自分を大切にしたようなライフスタイルが息づいて、関係が希薄になってるような気もする。「彼女バカ」かもしれないけれど、私のために、誰かを意識しながら前を向いて歩いてゆける正午はやっぱり素敵なんだと思う。
上大岡駅で会った時、見えた長い指が印象に残って、それが忘れられなかっただけの私だけど、正午が素敵な人で良かったと心から思う。
「ねぇ、花火したくない?」
もうすぐ夏休みが終わる、そんな時正午からメールがあった。
いいね。と返すと、「じゃ久良岐公園で待ち合わせな」と正午から返って来た。
夕暮れになっても、どこか暑い日だった。
「公園ってウチは市の管轄になっているんじゃないの?」
「そうなんだけど、でもできるんだ。ちゃんと準備しておけば。ま、何かあったらタダじゃすまないだろうけど」 正午は自嘲するように鼻で笑った。
「騒いだりしなきゃ大丈夫だし、水張ったバケツとかあればOK。手持ち花火オンリーっての言うのが微妙だけど」
公園で花火ができるなんて知らなかった。愛知県のおばあちゃん家に行った時は人気がなければどこでだってできた。この都会ではできないんだと思っていた。もちろん打ち上げ花火とか無理だろうけど、正午と一緒にいる時間にハシャがないでおく自信はない。
久良岐公園は周りを森に囲まれている。8割がた緑で「八の字」、「田の字」に作られた遊歩道で犬を散歩させているおじいさんや主婦も多い。
駅の近くで選んだ花火は子供用の花火にした。これなら大々的に火花を作ったり燃え移ったりとかはあまりないはずだ。私が目に留まったのは「せんこう」という文字だった。黄色にマリモを作りながら2人の顔を照らす。ただ正午と向き合うだけでいい。ほのかな光が包む2人だけの世界を堪能する。短いからこそ今ここに、一緒にいられることがこんなに素敵で、たまらなく愛おしくて、かけがえのないものに感じられる。
「やっぱ線香花火は短いな」
そうだね、返す言葉が涙声っぽくなった。
嬉しさに、愛おしさに震えたのかもしれない。短いくせにコイツを見てると温かくなる、正午の言葉に2度首を大きく振って頷いて見せた。もう声は出そうになかった。
もう子供じゃないけど大人でもない。幼い心で知った感情だとしても、こういう幸せが世界を紡いできたと私は信じたい。この間縁日で買ったおもちゃのリングが次の花火の光で笑うように色を変えた。




