ログイン〜初の戦闘
長らくの更新停止申し訳ありません。これからもしばしばそう言った状況に陥るかもしれませんが、長く付き合って頂くと幸いです。
中世を思わせる街中、その白亜の宮殿は存在した。その中、宙に浮かぶ黄金の縁と蒼い水晶で出来た不思議なオブジェの傍多くの光が結集し、それは徐々に人の形を作り始めた。
*
「ここがVRの世界………」
光の結集が収まったそこには多くの人が立っていた。誰彼問わず呟かれたその台詞にその場にいた皆はただ呆然とするしかない。
『FFO』———正式な名称を『Fantasy Frontier Online』。世界初のダイブ型VRゲームの世界を、プレイヤー達は確かに踏みしめた。
多くのプレイヤーが興奮したまま外へと飛び出す中、じっとその場に佇む男がいた。現実の見た目をそのまま投射している為、従来のゲームにあった不自然な体の構造はしていない。点以下、細胞レベルの情報で構築されたこのアバターは現実の物とさして変わりがない。
中肉中背、長身とまではいかないがそれなりに高い身長。目にかかる程度の黒く細かい髪、その髪の間から覗く黒い双眸。男の………高坂 真之の現実の姿そのままだった。
「あ〜あ、髪留めが無いから前髪が掛かってるよ」
本来は髪留めで留めている筈の前髪が目に掛かっている事をぼやきつつ、真之はシステム操作を行った。睡眠学習の応用なのか、ダイブして体が構築されるまでの間にシステム操作に関する情報は頭の中に確かに入っていた。
「open:system window」
単純な英単語の組み合わせなら発音は得意と言わんばかりに見事な発音を見せると、彼の顔を取囲む様に半透明の青い窓組が現れる。それがシステム操作に扱われるシステム画面であり、『オープン:システムウィンドウ』の発言によりプレイヤーの視界に出現する様になっている。またそれには声帯認識が掛かっていて他人のシステム画面を勝手に開く等と言う真似は個人除法保護の為に出来ない。
システム画面には多くの窓組が存在し、一つ一つが専門的な項目に別れていた。プレイヤーの状態や能力等を確認出来る『ステータス画面』。保持するアイテムの確認や整理を行える『アイテム画面』。解除されたスキルや修得したアーツの有効・無効化や確認を行える『スキル画面』。現実と仮想との感度操作、フレンドリストやメール操作、ログアウト操作を行える『システム画面』の四つの画面が存在する。
player name【ユキ】
main class【盗賊:Lv.1】
sub class1【nothing】
sub class2【nothing】
ステータス
【HP】100【MP】100
【str】10【ATK】30(+1)
【vit】10【DEF】20(+2)
【int】10【MAT】30
【min】10【MDF】20
【agi】10【SPD】20
【dex】10
【luc】10
装備
【武器】青銅の短剣
【頭】
【胴】革のチェニック
【腰】革のズボン
革のベルト
【腕】
【脚】
【装飾品】
真之———ユキが開いたのは『ステータス画面』だった。表示された項目を見た後、ステータスと装備の文字を改めてタップすれば、追加として現在の能力値が表示される。
ユーザーの登録において、彼は【盗賊】を選択していた。
選んだ理由はこれと言って無く、ただこれかなという感性でユキは選んでいた。
装備しているのは初期装備なのだろう。ステータスには僅かな加算が見られており、その上昇量も微々たるものだ。
見た目に反映されているらしく、身には革製と思わしき服とズボンが纏われており、腰のベルトには鞘に入った短剣が下げられている。
実に初心者用らしき装備にユキは思わず苦笑が漏れる。
「さてと、俺もぼちぼち動こうかな」
鞘に収まっていた短剣を抜いては少し弄んだ後、ユキはそう呟いて神殿の出口へと目を向けた。
歩いて行く最中、神殿の端々に石像を見つけた。規則的に並ぶそれは柱と一体化しており、合計で三十二個もの石像が存在した。その中でも十個は特に大きな物で、気になった彼は傍にあった石像に歩み寄った。
それは出入口の傍にあった最も巨大な像で、天使を模しているのか鳥の様なそれでいて巨大な翼を背に生やした人の姿を象っていた。台座にはプレートがありそこには名が書かれている。
「『Adny Melc』………何て読むんだこれ、アドニーメルク?」
それは正しい字体なのか、何らかの名前である事は彼にも分かったが、それ以上の事は何一つとして分からなかった。
まあ、良いか………というのは彼の心境で、まだゲームが始まったばかりの今には分かる事は少ない。今は出来る事だけをやろう、そう考えるのだった。
*
神殿の先に広がるのは欧州の中世時代を思わせる赤煉瓦造の街並で、神殿前の噴水がある広場には飛び出したプレイヤーの多くがいた。
VRの技術が軍事や医療からアミューズメントにも溢れVRVという物が出た時からそうだったが、仮想現実における映像と言う物はとてもリアルな物となっていた。家庭用ゲームでもその映像クオリティーは高かったが、よりリアル性を追求した結果、マイクロ以下のポリゴンで作成された世界は現実と大差がない。流れ出る水の光沢や屋根下に出来る影と空から照らす陽光のコントラスト。出たばかりの神殿、その柱に触れて返ってくる大理石特有の滑らかな感触と石独特の冷たさ。
「リアルの追求に力入れ過ぎだろ」
その技術に苦笑しながらユキは歩を進めた。
歩いて数分後、ユキは門を潜り街の外へと出た。四方に門があったのだが出れたのは西にある門のみで、そこには広大な平原が一面に広がっていた。地平線が確認出来、他には何も存在しない。西から出た事を考えると右方は北で、左方は南だ。北には山が、南には森が見えた。他の門が使えない以上、この平原は初期プレイヤーに向けた簡単な場なのだと理解する。
その予想は当たっていた。
暫く草原を彷徨い歩いていたユキが数分後にであった生物。人間の大人と比べるとその全長は腰までしか無く、額には小さな角が生え、腰蓑を巻くーーー正しく小鬼と言った姿を持つそれが三匹、ユキの前に現れた。これがエネミーか、と考えた彼は直ぐさま腰の短剣を抜き、腰を低くしながら前面に備える様にして構えた。
短剣と言うのはその刃渡が短く、斬ると言うよりも押し出す様にして突く事に向いている。と言うのも刃物自体が軽量で斬ろうとしても威力が乗らず、軽い一撃となるからだ。故に突く、それも全体重を乗せて押し突くのが最も好ましいだろう。
故に前面、半身による突きも良いが、それでは軽い。
この様な考えがあるのもユキの祖父が道場を開いており、それを一時とは言え学んでいた事に起因する。
本来は無手。対策の一環で教わった事だ。しかし扱う事はそう難しい事ではない。
ユキが構えたのを見てか、小鬼は下卑た笑みを浮かべ、同時にユキへと飛びかかった。
彼はそれを冷静に、軽く後に飛ぶ事で回避すると、三匹の動きをよく観察する。三匹の持つ得物はそれぞれ折れた刃の付いた剣と木で出来た棍棒、そして無手だ。この中で攻撃範囲的に劣るのは棍棒をもつ者だけであり、それ以外は先の動きを見る以上対して脅威を抱けない。
観察を終えるまでの時間は一瞬で、その考えに至ると同時にユキは前傾姿勢のまま駆け出した。
小鬼達は引くと言う事を知らないのだろう、馬鹿の一つ覚えの様に向かってくるユキへと飛びかかる。黙々とただユキはその行動を見て覚え、その視線の先に棍棒を持った個体を捉える。そしてーーー加速。
駆け出す事に全力は使わず、本気の踏み込みをここぞと言う時の為にとっていた。それが今である。
両手を振り上げ飛びかかって来た化け物達は格好の獲物であり、遠慮せずユキは突っ込んだ。標的は狙っていた通り、棍棒を持った個体だった。
「ギギーっ!?」
自身をまるで矢の様に、一気に突貫したユキは小鬼の腹を確かに短剣で貫きその悲鳴を聞きながら、その全体重をもって宙から叩き落とす。そのまま馬乗りになった状態で両腕を股下で挟み込みながら、腹から短剣を抜くと両手でもってその顔面へと力一杯短剣を突き刺した。
血は出ない。グロテスクな表現を控える為なのだろう。しかしながらそれでも顔面に短剣が突き刺さっているその姿は珍妙としか言いようが無い。
〈頭部へのクリティカルを確認〉
頭部へと短剣を突き刺すと同時に、そんなシステム音声が頭に響く。どうやら急所となり得る部位へはクリティカルと言う物が適応されるらしい。まあそもそも頭部を深く貫かれて死なない生物等いないのだろう。小鬼の一匹は少しの痙攣を見せた後、ぴたりとその動きを止めた。
それを確認してかしないでか、ユキは短剣を抜き取るとすぐに後方を振り返り駆け出した。身を低く駆け出すその様はまるで獲物へと向かう獣だ。着地後の硬直が解けない標的が二体、次に狙うのは折れた剣を持つ個体だった。
「ギャギ」
「ギャギャ」
振り向きながらそのような声を上げる二匹、狙うべき対象は彼から見て左におり、駆ける勢いそのままに、短剣を持たぬ左手を伸ばすと、その小鬼の頭部を掴んだ。大きさはバスケットボールよりやや小振りなのだろうが、そこまで手の大きく無い彼では完全に掴む事は出来ない。だが押さえる事には成功し、目視で確認したその首に目掛けて短剣を突き出した。
傍からこの姿を見る人がいたなら、その人は彼をこう言っただろう。『まるで暗殺者の様だ』と、頭部に首、更に言えば初めの一撃すらも水月を狙ったものだ。躊躇い無く急所を狙う姿は正しく暗殺者。
そして首元への突きもまたクリティカル。システム音声を聞き流しながら短剣を薙ぐ様にして首横から切り離すと、その勢いを利用して力一杯に回転。180°と言わず一回転と半回転の計540°の回転を見せると、後方へと飛んだ。視界に捉えるのは掴み掛かろうと腕を伸ばして来た小鬼の姿。選択は正解だったようだ。
後方に飛んだ彼は片足が地面に着くと同時にそのまま膝を曲げ、もう片足が着くと同時に前方へと飛び出し、そのまま顔面を刺し貫き、それにより敵対対象はいなくなった。
〈プレイヤーの行動経験に伴い【跳躍】【観察】【狙撃】【解体】の実績解除
必要SPを支払う事でスキルツリーを修得出来ます
ただ今の戦闘経験により【小剣】のレベルが上がりました
連続クリティカル×3によりボーナスSPを2P修得しました〉
殺し………という言葉は残酷で、濁すならば倒した敵。その死体に短剣をあてがい、とれそうな部位を剝いでみるがアイテムの入手はできなかった。しかし流れたシステム音声から行動は間違っていなかったと悟る。解体作業にはそれに準じたスキルが必要だったのだろう。他にも気になるスキルが解除されていた。
「必要そうなのは【観察】と【解体】かな………ただ短剣で戦っていたって言うのに、【狙撃】ってどういう事だ?
急所への連続攻撃が関係しているのかな………」
色々と考えながらも、所持するSPと言うものを確認する。スキル画面に残量SPが表示され、そこには残量SP12Pと載っていた。
【観察】【解体】にはそれぞれ3P、気になる【狙撃】は5P。合計で11Pだ。本来なら足りなかったのだろうが、クリティカルによるボーナスの御陰でそれは足りそうであった。
迷わずそれ有効化すると残量SPは1Pに、しかしその御陰で修得スキルは【小剣Lv2】【窃盗Lv1】【鍵開けLv1】【観察Lv1】【解体Lv1】【狙撃Lv1】と豊富になる。
戦闘の仕組みはある程度理解出来た。そう思ったユキは次の戦闘で『アーツ』とやらを確認しようと、また草原の中を歩き始めた。