08 元仲間の獣
とある屋根の上。
ウサの鼻はロウのように、ハガネを嗅ぎ分けられる程、繊細ではない。
「何処に居るん!? 出て来たらどうなんよお!」
ウサは四方から飛んで来る“くない”を避けるだけで精一杯だった。
頼りの耳は手に持ってしまっている。
人と同じように目で見て探すしかないのだが、相手は闇夜に溶けているために、見つけることができない。
相手からの声の返事はない。
一方的にくないが飛んでくるだけだった。
「いっぱい居るん? いや、そんな気配はないんよね……」
自分に残っている獣の力を目一杯使って分かるのはその程度。
兎は草食動物。
狩るより狩られる立場なので、身の危険を感じて逃げることには長けているのだが、攻撃に関してはことのほか弱かった。
「強くならんと!」
ウサは自分に言い聞かせるように呟いた。
ウサは見世物小屋を出るまで、自分がハガネを体内に抱えているとも、耳がハガネ化して武器になることも知らなかった。それをロウに教わり、戦えるようになったのは紛れもなくロウのおかげ。
そして同じような境遇の明王一座がロウを狙うなら、守りたいと思った。
こんな、見世物にしかならない自分を見世物小屋から救って、邏卒の部下として戦わせてくれる小頭にも礼がある。
「強くっ!」
ウサは洋鋏を振りかざし、刃を大きく開いて一点を目掛けて飛んで行く。その狙った先から無数のくないが飛んで来て、ウサの頬や腕、足を切り裂くように通り過ぎて行く。
「いい加減、姿を見せるんよお!」
ウサの洋鋏の先端が屋根に突き刺さる。その刃の間に獲物の首を捉えた。
敵は舌打ちして、悔しそうな眼差しをウサに向ける。
「……ネ、ネズ!?」
洋鋏で押さえ込んでいるウサの手が震えた。
相手を知っていたからだ。
「な、何をしてるんよ!? 何で? くないを投げたのはネズなん!?」
酷く動揺しているウサの刃物の間から、ネズと呼ばれた少年がするっと抜け出て、ウサと距離を取る。
「久しぶりだぁね、ウサ兄ぃ」
トゲトゲとした茶色と白の髪には小さな耳があり、黒く潤んだ瞳でウサを見上げる小柄な出立ちは、ウサのよく知る人物だった。
「だってネズ、ネズは小屋から逃げたんじゃ……」
呆然としてウサが問い掛けると、ネズはそうそうと答えた。
「あの劣悪な見世物小屋から逃げたよぉ。逃げたけどさぁ、人間の世界の方がもっと劣悪だぁね。半獣が生きていける世じゃあねぇ。もっと酷い目に会ったさぁ。まだ、小屋に居た方がマシだったって思うくらいにねぇ」
ネズは昔話を苦々しく語った。
「そしたらクジャさまに拾ってぇもらえたってわけよぉ。命の恩人さぁ」
誇らしげにクジャを語るネズ。
これで、ネズが明王一座に居る理由がわかった。
しかし、飛んできたくないの理由にはならない。
「ハガネを……飲んだん?」
ウサが恐る恐る聞いた。しかしその返事は実にあっさりしたものだった。
「さぁ? 見世物小屋から逃げてる間に、道に落ちてるもんも、畑のもんも川のもんも、とにかく何でも食ったから、そん中にあったのかもなぁ。食うのに必死で覚えてねぇやぁ」
「なんて事を……」
ウサは自分のことを棚に上げてネズを哀しんだ。
自分もいつどこで、ハガネを体内に取り込んだのか覚えていないのに。
「なんでそんなにがっかりしてるんだよぉ。オイラはこれで良かったんだぁ! これでクジャさまに恩返しができるってぇね!」
そう言った直後、ネズはウサ目掛けてくないを放った。
ウサは条件反射でそれを回避したが、数本がウサを通り過ぎる際に傷をつけていく。
ウサの体や着物にたくさんの切り傷がついていた。
「あちしはネズに手なんて上げれんよ! あの小屋で暮らして耐えて、一緒に、」
「そんなんだから、兎は食われちまうんだよぉ!」
ネズは相手の話を遮るようにくないを投げた。
ウサが持ち上げた洋鋏を盾にして防ぐと、ハガネのぶつかり合う金属音が闇夜に響き、足元に針が落ちた。
「針鼠の半獣……」
ウサは落ちた針を手に持って呟いた。
ネズはウサと同じ見世物小屋に居た、針鼠の半獣だった。
体も顔も、ウサより幼いのはネズがまだ少年だからだ。
クリクリとした大きな瞳をウサが悲しい顔をして見つめた。
月に照らされたネズの瞳孔は縦に細長く、ウサを映し出す。
「なんで、あちしらはこんな目に合わないといけないんよお!?」
ウサは今までの不満を、誰に言うわけでもなく、闇夜に叫んだ。
「不満を垂れている時間があるのでしたら、強くおなりなさい!」
ウサの後方から凛とした声が響いた。クジャだった。
そしてネコが猛スピードでウサの元に駆け寄ってくる。
「何なん!?」
ウサが驚いていると、ネコがネズを抱きかかえるようにしてウサの元から逃げていく。
その後に続くクジャを、更にウサが追い掛けた。
「ネズ! 絶対に血を流してはいけないと言ったでしょう!」
「だって、ウサ兄ぃが鈍間だからぁ!」
「あちしは鈍間じゃないんよお!?」
「にゃんでもいいから、暴れるんじゃござンせん!」
何故か四人で逃げている状態になって、はたと気付いたウサが背後を見る。
「ひぇえええええ!」
「だから言ったんです!」
ウサの悲鳴に、ネズがネコの肩越しに様子を伺って身を強張らせた。
四人の背後から、黄金に輝く二つの発光物がまっすぐこちらに向かって来ている。
「な、何だあれぇ!?」
ウサはその正体を知っていた。




