11 半獣それぞれの幸せ
「ウサ」
謙虚で立派な志を言う小頭を、ロウが指差しながらウサの名を呼んだ。
「本当に強い者は自分の弱さを受け入れられる」
ウサは先ほど自分は弱くないと宣ったばかり。
それをロウが指摘していた。
「強くなりたければ、まずはその、己の弱さを自覚しろ。あと小頭殿、好きでついて行っている。戦えればそれでいい」
そう言って、ロウは最後の肉を噛み砕いた。
「ロウには……弱いところがあるん?」
圧倒的な強さで弱いところなど考えられない。
ウサが聞いてみると、ロウはすっかり理性を取り戻した人間の表情で言った。
「こいつらの前で言うか、阿呆」
そう言って笑うロウに、ウサは手を打って納得した。小頭も笑っている。
「わからないのですか? 本当にウサは阿呆ですね」
「阿呆ぅ、阿呆ぅ!」
明王一座にも罵られてカチンと来たウサが身を乗り出そうとした時、耳がピクピクと勝手に動く。
「ウサ?」
小頭の表情が一変し、引き締まる。
「叫んでる声が聞こえるんよ。スリか、強盗か……こっちに向かって来てるんよ!!」
そう言われて半獣が耳をそばだてるが、誰も気付けなかった。
誰の同意も得られぬまま、小頭がウサとロウに声を掛けた。
「行くぞ!」
「ウサ兄ぃしか聞こえてないのに、行くのかぁ? 嘘かもしれないぜぇ」
立ち上がる小頭に、ネズ不思議そうに聞いた。小頭は深く頷く。
「嘘を言う訳がないだろう。ウサを信じている」
「こがしらーん!!」
ウサはネズを膝から下ろすと、嬉しそうな声をあげて小頭の肩に顎を乗せて、スリスリと愛情表現を見せる。
小頭は構うことなくブーツを履き、クジャに一礼した。
「この度の件、誠に感謝する」
ロウが目の前で突然暴走し始め、ウサの消えた方に行ってしまってから、小頭は状況を知らない。
それを丸く納めただけでなく、高価な夕食までもらったのだ。
小頭は心からクジャに感謝していた。
「この恩は何れ」
クジャは鼻で笑いながら手をロウに向けた。
「ロウをこちらに譲っていただければそれで構いませんよ」
「否、断る。ロウは渡さぬ。自分で行くなら……止めは、しない……が」
強気に言った小頭は語尾を弱めてしまった。
それに気付いたロウは無言で小頭を引き寄せる。
そして小頭の髪を整えるように何度か撫でると、首、頬、耳たぶへとゆっくりと舌を這わせた。
ウサの血を味わっていた時とは違う。
優しい目付きだった。
最後に小頭の耳たぶを軽く噛むと、顔を背けてさっさと店を出てしまった。
小頭は全身に鳥肌を立てながら硬直する。
あまりの事で声すら出せない。
「何、今のぉ……?」
誰もが疑問に思っていることを、ネズが誰に聞くでもなく言った。
「人と同じなんじゃないですか?」
クジャがさらっとその答えを言う。
「あの牙で耳を噛んでも引きちぎらないのですから、狼の愛情表現ってところでしょう」
はあとクジャはため息をつく。
明王一座には来ないという意思表示だけではなく、小頭を慕っているから離れることはないと、見せつけられているようだった。
「あんな優しそうなロウ、初めて見たんよ……」
ウサも某然とロウの行動を見ていた。
そして舐めることで愛情を伝えるのは、兎も狼も同じなのだと知る。
「小頭殿、来る!」
店の外から叫ぶロウの声に小頭が我に返る。
「こ、これで失礼する!!」
再度クジャに一礼した小頭は、急いで店の出口へと向かう。
ウサは「またねん」とネズに手を振り、一蹴りで小頭を追い越して店の外へと出て行った。
小頭がピシャリと戸を閉めると、慌ただしさが収まる。
「小頭はカッコ良いんだなぁ」
ネズが嬉しそうに言った。
決してそっちに行きたい訳ではない。
ただ単に、子供がカッコ良い大人の男に憧れているだけだ。
「ああいう人間に拾われることは幸せなことです」
クジャはネコが淹れてくれた茶を啜りながら、しみじみと言った。
明王一座と邏卒の小頭とは対立関係にあるわけではない。
合意の元、ロウを明王一座に入って貰いたいというのは建て前であって、本来の目的は獣としての性、戦いをしたいだけ。
同じ縄張り内の半獣として、腕試しをしたいだけなのだ。小頭もそれを分かっている。
「ネコはクジャ様に拾ってもらえて幸せでござンすよ!」
必死に言ってくれるネコにクジャは苦笑いを浮かべる。
同じ半獣に拾われるより、小頭のような理解のある人間に拾われた方が良いに決まっている。
それなのにネコはクジャが一番と考える。
「あ、オイラもぉ!」
慌てて取り繕うように言うネズはまだ子供。
しかも見世物小屋で監禁されていたため、人間社会を殆ど知らない。
ウサと同じである。
「ネズ、お前はもっと色んな物を見る必要がある。それから、何が幸せかを決めなさい」
「クジャさまぁ?」
ネズには高度な要求で、理解が追いついていなかった。
ネコはうんうんと頷くだけだった。