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10 狼の理性と本能の間

 牛鍋屋。

 文明開化の幕開けと同時に西洋料理が急激に広がり、牛を食べるという文化も広がっていった。


「肉、追加!」

「……本当に遠慮がありませんね」


 クジャが引き攣った笑みを浮かべた。


「だったらてめえを食ってもいいんだぜ。ああ!?」


 そう言ったロウが牙を剥き出しにする。

 瞳孔は細長く、獣が色濃く出ているというのに、牙は銀灰色になっていない。


 他の半獣では出来ない、理性と獣の闘争本能を自在に制御出来る部分も、クジャがロウを欲しがる理由の一つだった。


「ロウ! ご馳走になる相手を食べてしまっては、誰がお金を払うと思っているんだ!」


 小頭がロウの牙を隠すように唇を摘まんだ。


「小頭、そう言う問題なん?」

「クジャ様に何かしようもんなら、ネコが許さないでござンす!」


 ネコが食卓をバンと叩いて膝立ちになる。それに合わせてネズもクジャを庇うように両手を広げた。


「オイラだってぇ!」


 「まあまあ」とクジャが二人を嗜める。


「幸い、ウサはお気に召さなかったようですし、構いませんよ」


 みんな初めての牛肉というものを口にし、そこそこ食べられていたのだが、ウサは直ぐに吐き出した。

 草食動物である兎は肉を食べない。

 あっという間に降参して、野菜をもらって食べていた。


 ウサの膝に上にちょこんと座っているネズは、その野菜を鍋に突っ込んでいる。

 食べているというより、食べ物で遊んでいると言っていのかもしれない。


「肉はやっぱり頂けんよ。野菜が一番なん」


 そう言って葉っぱをはむはむと噛み砕いていく。


 ロウがニヤッと笑って言う。


「だから、草食動物が一番うめえんだよな」


 唇を舐めるロウの行動に恐怖を感じ、ウサが口から食べていた葉を落とすと、ネズの頭の上に乗っかった。


「こら、ロウ! 仲間を食おうとするな! そんなに兎が食べたいなら、ももんじ屋から買ってやるから、な?」


「違う、小頭殿。自分で狩った物を食べるから意味がある」


 小頭を見て言うロウの瞳孔は普段の丸い物に戻っているが、その瞳がネズに移動すると、また瞳孔が長細くなった。

 肉を食べているので、理性と獣の狭間にいて安定しないのだ。


「ネズはダメなんよお!」


 ウサが咄嗟に、ロウから庇うようにネズを背後から抱きしめ、体を捻った。

 そして何度もその小さな耳の間に自分の顎をなすりつけている。


「それにしても……まさか一座に入った仲間が、ウサの見世物小屋時代の弟分だったとは。ごめんな、気付いてやれなくて」


 戦闘が納まって小頭と合流した際、ウサがネズの事を小頭に、事情を含めて説明していた。


 見世物小屋に居たとしても、その時にハガネを飲んでいないのだから、ロウの鼻では見つけられない。


 単に入って探せばいいのだが、小頭はあまり見世物小屋というものが好きでは無かった。


「いいんだよぉ!」


 ネズは恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「オイラは明王一座でクジャさまと一緒に生きて行くんだぁ!」

「立派になったんね」


 ウサは涙を袖で拭う仕草をしながらネズに言った。


「そうか。がんばれよ。……ところで」


 小頭がクジャを見て続けた。


「何でロウだけを勧誘するんだ? ウサだって同じ半獣で、体をハガネの武器に出来るじゃないか」

「ああ」


 クジャは演技のような白々しい相槌を打った。

 そして満面の笑みを浮かべる。


「ウサは弱いから、いりません」

「えええええ!? そんな理由のなん!?」


 一番驚いているのは言われた本人だった。


「あちしは弱くないんよ!?」


 その反論に、明王一座全員がウサを馬鹿にするような視線を送る。


「ネズの攻撃すら躱し切れなかった癖に」

「逃げ回るだけでござンしょ」

「ウサ兄ぃは攻撃出来ない性格だろぉが!」


 明王一座に貶されたウサを庇うように小頭が口を開く。


「そうであっても、それがウサのいい所なんだ。良いんだぞ、ウサはそのままで!」

「そうでもありません」


 小頭の助言をクジャが真っ向から否定した。


「恐らく、我らの中で一番殺傷能力に優れた武器を持ちながら、あんなに弱くては宝の持ち腐れと言うものです。一番の問題は精神ですね」

「精神?」


 ウサは目を丸くしてクジャを見た。


「心が弱すぎる。直ぐに理性を無くす。戦わずに敗北を選ぶ。そんな、なまっちょろい兎なんて、欲しくもありませんね」


 ビシッと本当のことを言われては、今度は小頭ですら庇いきれない。


「まあ、それでウサから手を引いてくれるならいいが」

「でも役立たず」


 ロウが肉を頬張りながら、吐き捨てるように言った。


「こら、ロウ!」

「役立たず……」


 自分でも薄々思っていた。


 小頭の部下としてロウのように鼻が効くわけでもなければ、強くも無い。

 逃げる時だけロウよりも勝るが、邏卒が逃げて良い状況などあり得ない。


「ウサも気にしない! ほら、葉でも食って元気出せ。これから夜間警備なんだぞ! な?」


 小頭がウサに葉を突き出すが、ウサは首を横に振ってそれを受け取らなかった。


「小頭、あちしは強くなって、小頭の役に立ちたいんよ。どうしたら強くなれるん?」


 ウサの切実な思いが赤い瞳を潤ませる。


「あのなあ」


 小頭は呆れて言う。


「俺はウサが強くなる事も、役に立つことも望んじゃいない」


 その言葉に、クジャが「ほう」と驚いた声を上げた。


「ただ、自由に生きてくれればいい。それで、生きてて良かったって思える一生を送って欲しい。ただそれだけだ」


 それは半獣に限らず、人としても獣としても、そう生きたいと願う事。


 ウサは自分を見世物小屋から救ってくれた人が、そんな事を望んでくれていたと知り、涙を浮かべた。


「ロウも同じだ。無理して俺の仕事に付き合ってくれなくていいんだぞ。同僚はみんな一人で戦っている。俺だけ部下を従えて、二人に戦わせて」


「迷惑なん!?」


 ウサが慌て聞いた。

 小頭は柔らかい笑顔をウサに向ける。


「いいや、助かっている。俺が未熟な分、ロウとウサが助けてくれて、本当に感謝している。俺は弱いから、もっと精進し、民を守れるようにならねばならない」


 ウサが安心したように胸をなでおろした。



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