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ピンクのトドと数字パズル  作者: トマトなべエレジー
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ピンクのトド




 可愛らしいステーショナリーグッズは仕事の必需品だ。


 前から機能的で可愛い文房具が好きだったけど、仕事をするようになってからは特にそう思う。


 単調だけど面倒な、誰でもできる雑用ばっかりでお給料も安い。たかが女性事務員って軽く見てるのが丸分かりな態度のオジサンとか、我慢することもいっぱいある。


 でも、可愛いグッズがあれば、ちょっとだけ気持ちが上向くから。


 最近はいろんな可愛い便利グッズがいっぱいあるし、ソレばっかり集めたお店もある。


 そんなお店をゆっくり回って、気に入る何かを見つけるのが、私にとっては贅沢な土日の過ごし方だ。




 実家を離れて一人暮らしで、地元には土日に遊ぶ友達もいるけど残念ながらこっちにはそこまで親しい人はいない。彼氏なんか当然いない。


 特技もなく趣味もなく、ワンルームのアパートで、パズル雑誌なんかで暇を潰しちゃう。


 大きくも無いけど小さくも無い会社の、総務課という雑用係で一番の新入りって立場の、23歳OL。それが私。





 家に帰って、今日の戦利品を並べる。


 今日はちょっと遠出して、大きい雑貨店に行って来た。ワンフロアー全部ステーショナリーという品揃えで、私にとっては遊園地よりも楽しいところ。


 そして目に付いた小物を一通り買った。


 こういうのって、買ってから使い道を考える物も多い。


 例えば、可愛い柄のラインが引けるペン。ハートやお花柄のラインなんて、仕事の書類なんかじゃ使えない。でも可愛いからつい買ってしまう。結局、自分の手帳やプライベートの手紙なんかで使ってる。


 例えば、簪にもなるボールペン。私はショートボブの髪型で髪を纏める機会なんかないし、結局はただのボールペンとして使ってる。


 それでいいんだ。だって、私が欲しいのはちょっとしたユーモアと癒しだから。


 でも、今日買ったのは、それらに比べてかなり実用的だと思う。


 ちょっと大き目の、ダイカットの付箋紙。


 私は、多分水族館で実物を見ても、トドとアザラシとアシカの見分けが付かない。


 でもこれはトドのシルエット。


 だって顔らしき部分に『To Do!』って書いてあるから。


 まるっと膨らんだ胴体部分に、メモを書き込める罫線が数行。


 To Do!って、ちょっとプレッシャー感じる言葉だけど、ピンクのトドがやらなきゃならない用件を教えてくれるなら、きっと煩雑なだけの雑用だって楽しく思える気がする。


 月曜からピンクのトドが大活躍する予感に、私はひっそり笑みをこぼした。










「そろそろ、ランチ行こうか~」


「あ、はい。このコピー、あと数枚なんで直ぐ終わります」


 同じ総務課の先輩たちがお昼休みを教えてくれる。


 私はとり終わったコピーの枚数を数えながら、出入り口横の自分のデスクに戻った。


 お財布を取ろうとして、デスクのど真ん中に張られたピンクのトドに気付いた。


『顧客資料、昨年度分

    →営2

    お昼まで!』


 あれ。こんなの書いてたっけ。走り書きの字は乱雑で、とても自分の字と思えない。よほど急いで書きなぐったようだ。


 私は、自分が忘れっぽいことをきっちり自覚している。だから、どんな些細なことでも絶対メモを取る。覚えてないけど、この用件も急ぎのものだったんだろう。早速ピンクのトドが活躍したことが、ちょっとうれしい。


「すいません。後一個、急ぎのがあったみたいで。ランチ、先に行って下さい」


 ドアで待っていてくれた先輩たちに声をかけると、頑張ってー、とヒラヒラ手を振って出て行った。


 私は資料室の鍵をとって、入室チェックリストに名前を書き込む。資料室には大事な情報がいっぱいだから管理はきちんと、って、総務課の人間しか出入りできないようになってる。

 ……けど、実際、鍵は課長のデスク横のボックスに置きっぱなしで、仕事中なら誰でも鍵に触れる。流石に全く知らない人間が総務課に出入りしてたら見咎められるだろうケド。

 でも、現に今、皆ランチに行っちゃって、総務課には私一人だ。


 ……いや、別に私が何か悪さをするつもりもないけど。


 鍵を開けて入った資料室は、空調も効いていなくて、ホコリ臭い。


 総務課の皆は、今どきペーパーなんて古臭い、コンピューターで管理すればいいのに、って口をそろえて言うけど、さして大きくも無いウチの会社で、そんなシステムを導入するようなお金は無いらしい。


「……っと、去年、去年……」


 営業2課で必要な資料なんだよね。営業2課は、大雑把に言えば、お店が相手だ。営業1課は、会社や工場が相手、……ってことらしい。新人研修でざっと教わった。


 資料は、直ぐ見つかった。けど、量が多い。厚さが10cmもあるA4ファイルが6冊。持てない重さじゃないけど、抱えて運ぶにはバランスが悪くて、とりあえず自分のデスクに運ぶのにニ往復した。


 資料の出庫表、それと入室チェックに施錠確認を書き込んで、ハテ、と止まった。


 この資料、営業2課まで届ければ良いのかな。一体、営2の誰に。


 多分、内線で言われたか、通りすがりの誰かに直接言われたか、だろうけど、誰に頼まれたのかを全然覚えていない。トドにメモった時には、どうして名前まできっちり書いておかなかったのか。


 とりあえず、営業2課に持っていこう。誰かいたら声をかけて置いてくればいいや。と、6冊のファイルを抱えやすいように積み上げたところで。


「あれ? それ、頼んでいた資料?」


 ひょこっと、ドアから顔が突き出た。


「ぅわっ、は、い?」


 私のデスクは出入り口の直ぐ横だから、ホント自分の直ぐ横から覗き込まれた格好で、思わず変な声が出た。


 見ると、営業2課の、……確か、藤堂さん、だったっけ。先輩情報によれば、営業2課のホープで親しみやすい笑顔とマメな性格の29歳独身、ウチの会社で一二を争う超優良物件、……だったはず。


「ごめん、驚かせちゃった?」


 へにゃ、と笑って頭をかくその格好が、確かに親しみやすさを感じさせる。でもホープってほど仕事ができるなら、親しみやすいだけの人でもないんだろう。


「いえ、こちらこそ失礼しました。これ、昨年度の顧客資料です。頼んでいた物って、これで宜しいですか?」


 積み上げた一番上の一冊をとって、背表紙のタイトルを見せると、藤堂さんはにっこりと頷いた。


「そう、それ。ありがとう。じゃあ貰っていくね。今日中には返すから」


「あ、重いので、半分持ちます」


 どうせ持って行くつもりだったのだから、と申し出ると、藤堂さんはまたへりゃりと笑った。


「俺、そんなにか弱そうに見える?」


 ああ。そうか。こういうことはオンナがオトコに言っちゃいけないのか。でも相手は先輩なんだし、こっちは雑用係の下っ端も下っ端だし、たかが資料のファイルくらいで男のプライドも無いと思うんだけどな。


「失礼しました。ファイルは積み上げると崩れやすいですし、持ちづらそうだと思っただけで」


 四角四面に言い訳する。こういう態度が可愛げないんだと、分かってはいるんだけど仕方ない。


 折角気を遣ってやったのに、と不機嫌になるかと思いきや、営業2課のホープは対応が違った。


「ああ、確かに崩れやすそうだ。じゃあ、ここはお互い半分譲ろうか」


 そう言って、ファイル2冊を私に、残り4冊を自分で持った。


「ほら、4冊なら崩れないし。だから2冊だけお願いします」


 爽やかに解決して、超優良物件営2のホープはへにゃりと笑った。


 …………なんか、『喰えない』感じ。


 それが、『藤堂啓太』の第一印象で、人を見る眼に自信が無い私のこの評価は、最終的に間違っていなかった。







 それから3日後、またピンクのトドが活躍した。


 書いたことすら忘れていた用件は、営業2課の備品補充だった。備品と言っても、ホワイトボードマーカーとコピー機のトナーと紙くらいしかない。


 確かトナーは一週間前くらいに交換していて、そのときに紙も補充したはず。だから、ホワイトボードマーカーが書けなくなったのだろうと当たりをつけて、備品倉庫から各色2本づつを取ってきて営業2課に向かった。


 営業の部屋は、日中は大抵閑散としている。常にお留守番の営業事務の人に声をかけて、出入り口横のホワイトボードに向かった。


 置いてあるマーカーを、一応は書けるかどうか試してみると、赤の一本だけがかすれていた。


 ……各色2本づつ置いてあるんだから1本ぐらいで言わなくてもいいじゃん、と思ったのは飲み込んで、かすれた1本だけを交換した。


 赤交換しました、と営業事務サン(確か、楠木さん、だったはず)に声をかけて出て行こうとしたその時。


「あ、待って待って。ちょうどいいところに」


 ドアの外から、声がかかった。自分のことだろうかと振り返ると、そこにいたのは営業2課のホープさんだ。


「ごめん、ちょっといいかな」


 と、何故か廊下側に手招きされた。


「はい。なんでしょう?」


 確かに私は雑用係だけど、でも営業サンの用を頼まれる筋合いはないよなー、と思いながら返事をする。


「これなんだけどね」


 と、藤堂さんがスーツの胸ポケットから出したのは、何の変哲も無いボールペンだった。


「? これが何か?」


 よくよく見れば、シンプルな銀色のボールペンにはこの会社のロゴマークが付いていた。


「これ、去年、社で配られたノベルティなんだけどね。営業先ではいつもこれ使うようにしてたんだけど、インクが切れちゃったんだ」


 ああ。営業さんってそんなことまで気を使うんだな。いや、こういう所にまで気を遣うから、ホープなのかもしれない。どんな形であれ、ステーショナリーに拘ってるって所は、ちょっと好印象だ。


 目で続きを促すと、藤堂さんはへにゃりと笑った。


「多分、余った分が備品倉庫にまだ残ってると思うんだけど。問題なければ、もう1本貰えないかと思ってさ」


 なるほど。確かに倉庫は総務課の管轄だ。


「分かりました。あるかどうか確認します」


 一応誰かに持ち出していいものかどうか聞かなきゃならないだろうけど、雑然とした倉庫を思い浮かべるに、誰もボールペンの一本や二本を気にするとは思えない。


「今日、この後は、ずっとこちらにいらっしゃいますか」


「うん。この後は苦手な書類と格闘する予定」


 へぇ。ホープはデスクワークは苦手なのか。


「では、確認したら持ってきます。もしダメなら内線で連絡を入れます」


「頼むね。ありがとう」


 律儀に礼を言ってへにゃり、と笑う。その笑顔に軽く会釈して、備品倉庫に向かった。



 雑然とした倉庫で、確か『ボールペン』と書かれたダンボールがあったはず、と探し出してみると、中身はやっぱり藤堂さんお望みのボールペンだった。


 『創業30周年記念』と水引が印刷されたそっけない細長い箱が一杯で、これなら数本取っても問題無さそうだ。


 隣のデスクの先輩に、営業さんが欲しがってるんですけど、と聞いてみたら、そんなんもあったっけ大丈夫大丈夫いくらでも持ってけば、との返事だった。


 いくらでも、の言葉を受けて、とりあえず3本取って、営業2課に持っていった。藤堂さんは1本と言っていたけれど、営業先で使うなら予備があるほうがいいだろう。


 営業2課の、真ん中の島の奥の方が、藤堂さんのデスクらしい。失礼します、と声をかけて部屋に入ると、こっちこっち、と藤堂さんが手を振っていた。


「ボールペンです。どうぞ」


 苦手だ、と言っていたわりに、端正な読みやすい字でサクサク書き進めている書類の脇に、長細い箱3本を差し出すと、藤堂さんは大げさなほどお礼を言ってくれた。


 あ。


 置いてあるペンスタンド。斜めにペンが入ってブックエンドにもなる便利なやつ。私も色違いで持ってる。


 ついつい他人の使っている文房具に目が行ってしまう。


 デスク周りに気を取られていると、藤堂さんは3本も融通してくれたお礼、と言って、のど飴をくれた。外回りの営業さんは、のど飴も常備しているらしい。


 融通しただなんて大層なものじゃない。そのボールペンはもともと会社のだし、雑用が私の仕事だし、複雑な問題をクリアした訳でもなし。


 でも、私の好きな生姜味ののど飴だったから、素直にありがとうございますと受け取った。






 次の週、またピンクのトドに助けられた。


 営業の報告会議が、当初予定していた小会議室でなく、普段使われない大会議室に変更になっていたらしい。メモに気付いたのは、会議が始まる30分前で、慌ててプロジェクターやらホワイトボードやらを準備した。


 バタバタと椅子や机を並べていると、藤堂さんが会議室に入ってきた。もうそんな時間かと慌てた。


「すみませんっ、直ぐ準備しますから」


「ああ、慌てないで。まだ15分以上あるよ。俺が早く来たんだ。今日の進行役担当だから、ちょっと練習したくて」


 言いながら、藤堂さんはプロジェクターの調整をしている。本当なら準備で調整まで済ませておかなきゃいけないのに、やらせてしまって申し訳ない。


 でも椅子並べが終わったら後ろのテーブルにお茶のポットと紙コップを置かなきゃいけないし、普段は使われない大会議室の机はうっすら埃がのっているから拭かなきゃいけない。


 黙ってプロジェクターを準備してくれている藤堂さんに甘えて、他の仕事を片付けた。


 準備ができたのが、会議の5分前。ボチボチ皆さん集まる頃合で、何とか形が整ったことに安堵した。


「それじゃ、失礼します。ギリギリで申し訳ありませんでした」


 藤堂さんにお辞儀すると、またへにゃりと笑って頷いた。


「こちらこそ、会議室の変更が直前だったから。バタバタさせちゃって申し訳ない。ありがとう」


 逆にお礼を言われてしまった。営業さんって、普段から気を遣う職業らしい。


 いえいえ、と意味不明に首を振って、会議室を後にした。


 会議室の変更が直前、って、ナントナク引っかかったけど、お礼を言われちゃって恐縮して、聞き返せなかった。




 覚えの無いピンクのトド。


 直前での変更なら、メモしたのも直前だったはず。いくら私が忘れっぽいからって、そんな直前のことを忘れるだろうか。


 机に張りっぱなしだったピンクのトド。書いた覚えも無ければ、誰かに指示された覚えもない。


 走り書きの字は見覚えが無くて自分の字とは思えない。


 ピンクのトド。


 他人のデスクを弄るような人は居ないと思うけど、書き込んでないダイカットの付箋紙は、いつも机の隅っこに置いている筆記具のトレイに入れているだけだから、誰でも使おうと思えば使える。


 …………。


 まあ、でも、きっと私の気にしすぎだろう。


 とはいえ、ナントナク、ピンクのトドは、引き出しに入れることにした。そして私は、なるべく物忘れをしないように注意する。うん。それでいい。







 それ以降も、覚えの無いピンクのトドが4、5回に1回くらいはあった。全部営業2課の……と言うか、藤堂さん絡みの用事だった。


 いくらなんでもおかしいと、流石に気付いている。気付かれていると向こうも分かっているだろうに、相変わらずピンクのトドは、たわいも無い用件から重要な用件まで、愛嬌たっぷりに伝えてくれる。


 おかげで私は、酷く注意深くなった。


 一体全体、いつの間にピンクのトドが増えているのか。


 私のデスクは出入り口の直ぐそばで、ドアから一歩入れば手が届く。メモを置くだけなら見咎められずにできるだろう。


 でも、引き出しにしまったピンクのトドを取り出して、書き込んで、机に張って、残りはまた引き出しに戻す。


 そこまでやってたら、どんなに素早く事を成しえたとしても、私や他の総務課の人が気付くんじゃないかな。


 納得いかない。


 かと言って、本人に直接問い質すような度胸は持ち合わせていないので、なし崩しにそのまま受け入れているわけなんだけど。


 ……でも、ちゃんと総務課のお仕事なんだから、普通に言ってくれれば良いだけだと思うんだけどな。


 勝手にピンクのトドを使われるのも、良い気分はしないし。


 ココは一つ、ピンクのトドを隔離しましょう。


 負けたようでちょっと癪だけど、ピンクのトドは当面自宅待機にした。これで一安心。


 とにかく用があるなら、知らない間に勝手にメモを置くんじゃなくて、直接言って欲しい。


 『頼む』と頭を下げろ、とは思わないけど、ちょっと一方的すぎる気がするし。





 ピンクのトドが自宅の電話横に置かれて、一週間。


 営業2課の用事は、ぱったり無くなった。


 かなり清々した気分で日々の雑用をこなして、さて金曜日、週末はどこの雑貨屋をめぐろうか、と計画していると。


 帰り間際、また、ピンクのトドに出会った。


 『○×駅南口 コーヒースタンド』


 走り書きじゃない端正な読みやすい字だった。見覚えがある、ような気もする。




 ピンクのトドは自宅待機中。


 なのになんでココに現れたのか。





 ……だって、『To Do!』だし。


 ピンクのトドの謎を解くためにも。


 私は、○×駅南口のコーヒースタンドへ、行かなきゃならないっぽい。






 ……いきなり誤字を発見したので修正しましたー……orz

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