第四話 これが僕の愛し方
後編です。バトル(?)含みます。微グロ(?)です。またしてもコメディ要素は少ないかもしれません。すいません。
「さて、じゃあ仕事のお話をしましょうか?」
にっこりと笑う僕に烏丸はうぐっと言葉を詰まらせて、片手でこめかみを、もう片方で股間を抑えた。どうやら僕のこの笑顔はたったの一回で条件反射となってしまったらしい。ちなみにさっきまでこのクズ野朗は「嘘やん。詐欺やん。この子が男なんて世の中間違っとる」なんてほざいていらっしゃいましたが、うるせーこのチン○スヤロー、と僕が笑顔で中指突き立てながら忠告してあげましたらすぐに黙って大人しくなりました。
まあ、どうでもいいことだけどね。
「それで、どうして僕らに頼んで護衛を任せるほどなのに、人がこうも少ないのかな?」
そうなのだ。今このプラントには『時の支配者』の関係者はこいつしかいなかった。あと居るのは仕事を黙々と続ける機械たちだけ。他の幹部の人とか雑用とか下っ端とかどこにもいないんだよね。はてはて、どうしたんだろうか。
「ああ、仕方ないねん。そんなこっちに人数回してられへんかったから」
「そんなっておかしいだろ。僕たち含めて三人しかいないんだよ? せめて他に後、数人連れてきてもらわないと。どうせ襲ってくるのは『三頭の黒狼』でしょ。別の場所でも狙われているって情報があったわけ?」
「ご名答。というか、俺らの所有するプラント全部に同時攻撃ってお話しやったよ」
「はぁ!!??」
全部って。おいおい、マジすか。まさか全面戦争?
「うーん。俺はようわからんけど、あっちにはあっちの事情があるんやないの。まあ、我が優秀な情報班が集めた話では今回来るのは下っ端みたいやし、そんなに気使わんといても大丈夫やない?」
手をひらひらと振りながらあくびまじりに烏丸はのたまいやがる。
一発ぶん殴りたい衝動に駆られたが、それよりどうにも烏丸が言ったキーワードが頭に引っかかってしまって、妙な気分だった。うーん、なんかこんなことが前にもあったような気がするんだけど。
同時攻撃。下っ端。大勢の敵。
「………………下っ端、ね。ああ、なるほど。そういうことか」
あーあ、思い出しちゃった。なるほどね。もうそんな時期ね。
『選別』。胸糞悪くなるようなことをまだあいつらはやっていたのか。
『三頭の黒狼』。さっきも話したけど、悪評の塊って言ってもおかしくないくらいに『悪い』ことをしているチームだ。それもここで生きていくためには仕方がないことなんだけど、どうにもそのやり方がえげつない。『人』じゃなくて『三頭の黒狼』なんてピッタリな名前だよ。
で、そのえげつないやり口の一つが『選別』。
そこに住んでいる住人やら下っ端やらを使って他のチームのプラントを無理やり襲わせるのだ。そして、うまくプラントを奪った班は昇格。衣食住などの生活の水準が上がるようになっている。勝ったやつらが優先的に食料を獲得できるシステム。勝ち続ければ幹部にだってなれる。だけど、けれど、負けた班には何もない。プラントを襲うということは死すら覚悟するようなものなのに、その報酬はゼロ。罰すら受けることもある。それが『選別』。だけど、実際この『選別』の目的はプラントの奪取じゃない。何が言いたいかというと、つまりこれは簡単に言えば口減らしだ。プラントを襲うということは、もし負ければ死は必須。当たり前だね。こっちの生活の供給源なんだから。だから今回も大勢死ぬだろう。あっちはそれで食いぶちが減るだろう。そういうこと。
言葉通りに弱肉強食。強ければ――勝てばそれからの生活も保障されるが、弱ければ――負けてしまえば、生きてはいけない。強者のために糧となる。そんな獣のような生き方が、ここでは当たり前となっていた。それは覆ることのない前提条件。永遠の不文律。
自然とため息が出た。
「はぁ。何か気が進まない。これで酒瓶一ダースっていうのは割に合わなくない?」
「今更言うても遅いで。まあ、恨むならお宅の長男さんを恨みんさい」
そりゃそうだ。後でしばき倒してやることにしよう。
「でもチームの奴らが言うとったで。おたくら二人で十分やって。新人の俺一人って言われたときは、なんやこれ嫌がらせかいな、とか思うたけど。二人で百人力の活躍らしいやないか。期待しとるんで、楽させてぇや」
「ああ、残念だけど、今回は無理っぽいね。楽はさせてやれそうにないよ。僕たちでもさすがにこの人数はきつい」
へ、と間の抜けた声を出して烏丸は僕の見ていた方向に振り向いた。そこにいたのは数十人にも及ぶかというような人、人、人、人。しかも柄の悪そうなむっさい男ばっか。いや、そうでもないか。明らかにやつれているような人やまだ小さな子供もいる。だが、そんな人たちは手に持つ武器と共に目に危険な光を放っていた。
こういう奴らを作るから『選別』って有効で胸糞わるいんだよね。
「………………あー、あー。面倒臭いことになったわ」
「絶対に割に合わない」
くそ礼二め。後で覚えていろ。
頭の中で一通り礼二に罵詈雑言を浴びせた後、僕は視線を移した。
「呉羽。充電完了? 仕事だからそろそろ慣れて」
「………………よし。大丈夫かなっ!? たぶんバッチリだよん! こいつはジャガイモって認識したからっ!!」
「ジャガイモ!!??」
「ああ、そう」
奇声を上げる烏丸を無視して僕は内心ほっとした。というのも、それはちょっと奇特な性質を持つ呉羽のせいである。
さっきまでずっと黙りこくっていた呉羽。人見知りが激しいので知らない人の前ではまったく話さない。一度慣れるとうるさいくらいなんだけどね。
で、こいつは恐ろしいことに人見知りしている間はどうにもこうにも役に立たないのだ。
『知らない人っていうのが敵なら全然オールオッケーなんだけど、味方だと接し方がわかんないのー』
とかほざいて、やる気ゼロな感じになってしまうのだ。普段なら静かにして欲しいので結構なんだけど、さすがにこの人数を呉羽なしでというのはとてもじゃないが無理。
「安心したよ。じゃあ、行ってらっしゃい。暴れてもいいけどあんまり殺すなよ」
「にゃははははははは。大丈夫。わかっているって」
呉羽はいつものようにニコニコ笑いながらその大人数の前へと足を進めた。何の躊躇いもなく。スタスタスタスタ。何かのスイッチがあれば今にも飛び掛ってきそうな下っ端諸君との間にはピリピリとした空気が張り詰めている。
「ええの? あの嬢ちゃん、嬲られて殺されてまうで」
「宍倉家族にそんな心配は無粋の極みだよ。というか、そっちは準備できているわけ?」
「まあそれなりに」
「そう。≪死神四時≫にはいらないお世話だったかな」
意識を呉羽に戻すと呉羽は敵の数メートル前で止まっていた。
顔は変わらずにこにこ顔で、手は後ろに組んでどこかに遊びに行くかのような、そんな雰囲気。それはここには合わないどうにもちぐはぐな感じ。
「ねぇ、お兄さんたちっ!」
呉羽が、えへ、みたいな感じで首を傾ける。
緊張が走るその集団に、呉羽こう言った。
「ボクと遊び合おう(殺し合おう)よ」
そして轟く爆発音。聞こえる悲鳴。やれやれ、早速かよ。
集団の中央に突然起こった爆発。もちろんそんな『いきなり』な展開についてこられる人間がそうそういるわけじゃない。というか、集団っていうのはやっぱりいけないね。どこか他人に頼って人任せな分、思考が遅れるから。その思考が遅れた分は、この結果。だいたい十分の一くらいは吹っ飛んだ。まあ、まだ先は長い。
「なはははははははは。遅いよん。ほら、ほら、ほら」
呉羽は両手の一指し指を指揮者みたいに動かしていく。
そして伴奏というにはけたたましいような爆発、爆発、爆発、爆発。
ダイナマイトを爆発させたほうがどうにも効率良さそうなくらいコントロールはめちゃくちゃだけど、その分威力は高い。しかも今回は人が多いから大体当たるしね。
それでも、僕の言うことを守っているのか、死人はでなさそうだ。くらっても腕や足すら吹っ飛んでいないようだし。
まあ、人を殺さない爆発って口で言うほど簡単ではないんだけど。
やっぱり恐るべしは宍倉家族の次女ってことなのかな。
破滅に向かう狂詩曲。無邪気な歪み。悪意なき殺戮者。
≪破壊衝動≫
異名に間違いなしってね。
そんな威力は抑えられていてもできれば遠慮したいような爆発をくらっている敵さんたち。彼らだって馬鹿じゃない。最初は呆然と爆発に巻き込まれていく人たちを見ながら固まっていた人々が、次第に分散してその爆発を回避し始めた。爆音が轟く中で、怪我を負いながらもプラントの中へと浸入してくる。もちろん幾人かは呉羽ではなくて僕たちのほうへとやってきた。目にはしっかりと殺意と憎悪。なにやら呉羽の爆発の怒りとかを、僕たちにぶつけてくる気満々らしい。おいおい、勘弁してよ。
「…………へぇ、やるやないか。何、あれ? 自然干渉型?」
「僕もお話はしたいところなんだけど、悪いね。そんな余裕なくなりそう、っていうか、現在進行形で危ない状況、みたいな。何が言いたいかっていうと人が剣やら斧やらを避けているときに話かけないでくれない!?」
「余裕やん」
呆れた感じで烏丸が言う。余裕じゃねぇよ。しばくぞ、ボケ。
「まあ、おいしいところをあの嬢ちゃんに取られっぱなしもなんかムカツクし。しゃあない、俺も張り切りますか」
烏丸は襲い掛かってくる敵をかわしながら、にたっ、と嫌な笑みを浮かべる。呉羽みたいに純粋じゃなさそうな笑い。さっきまでの胡散臭い笑みのほうがまだよかったね。どうにもその笑いは悪魔に見える。いや、死神か。
「そんじゃあ、刮目せぇや」
手を前に掲げて、死神は言った。
「死羽を纏いし烏が鳴くとき、日は夕闇へと堕ちていく」
空気が変わる。何かが外れる。どこかがずれる。
「≪葬送輪廻≫」
烏の羽が、死を誘う漆黒の羽が、どこからともなくあふれ出した。それは死神の掲げた手を中心に渦巻いて、集まって、ある形を作り出す。
そしてその羽の乱舞が終わるとき、それは世界に具現化された。
日本刀。鞘はなく、その刃は剥きだしになっている。しかし、その刃はどこまでも黒く、黒く、染まっていた。すでにその身に血を浴びたかのように、どす黒い。闇にすら溶け込まぬ漆黒。柄からその刃の先まで真っ黒だ。
烏丸はそれを持って、前から襲い掛かってきた連中に刃を向けて、
「ほらよっと」
という気の抜けるような声と共に横へとなぎ払った。
嘘のような静粛が一瞬舞い降りて、崩れるような音でそれが終わる。
前にいた敵たちはもの見事に上半身と下半身が離れていた。できれば目を背けたいような光景がそこに広がっている。血と肉と骨のコントラスト。そこに内臓のコンセプト。ああ、だめだ。今日は肉じゃなくて魚にしてくれと明菜に頼もう。
胸糞悪くなって、避けてばかりの僕に油断しているアホどもをとりあえず蹴り飛ばした。
足が正確に一人一人の人体急所を打ち抜き、僕の周りにいた奴らはみんな吹っ飛ぶ。
しかし、≪死神四時≫ね。どうにもこうにも、気分を悪くさせる人たちがその役職に付くらしい。
ため息を吐いて、僕はもう一度辺りを見回した。呉羽はプラントなどお構いなしに爆発し放題だし、烏丸は気にかけるようなことすら馬鹿馬鹿しいほどに敵を殺戮し続けている。それでも、敵を見てみれば諦めているなんてことはしていなかった。狂気染みた様子で襲い掛かってくる。中には十にも満たないような子供もいたりして、少しだけ胸が苦しくなった。
「仕方がない、か」
敵の攻撃やら味方の攻撃やらを避けていた足を止める。
どうやらあの二人を襲うより僕を襲ったほうが簡単そうだと見切った人たちが集まってきたようで、僕を中心に人垣ができていた。残念ながら呉羽も烏丸も自分の相手で精一杯。この人たちは僕が相手をしなくてはいけないらしい。
「偽善なんだけどね。できれば引いてくれないかな? 僕は君たちを殺したくない」
「………………あんたは、こっちの事情をわかっているみたいだな。だったら、答えはわかっているだろ」
頬のこけた僕と同い年くらいの男が言った。
「生きていくためなんだ」
目のくぼんだ子供が斧を持ってそう言った。
「許せとは言わないけど、恨まないで欲しい」
悲しい顔をした男が涙を落としてそう言った。
「成り上がらなくては『ここ』では生きていけない」
辛そうに。血反吐を吐くがごとく。
「死にたくない」
切実に。それは慟哭のように。
「お腹が空いた。ここを奪えば、食い物にありつける」
乾いた狂気に血を注ぐ。
「お願い。だから殺させて」
彼らは僕にそう言った。
次々と上がる声が僕に全部突き刺さる。いやはや、まったく。
「わかったよ」
僕は足に付けてあるホルスターからナイフを一丁取り出した。それは何の変哲もないただのバタフライナイフ。僕を取り囲む人が持つ武器に比べたらちゃっちな玩具のようなもの。これで人と戦おうなんて馬鹿げている。これで人を殺そうなんて笑わせる。
でも、だからこそ、『ここ』には相応しく。
僕はそれを手で弄ぶかのようにクルクルと回した。クルクルクル。
そして僕にとって『おはよう』と『いただきます』と『ごちそうさま』と『おやすみなさい』ぐらいにお決まりな台詞をそこで口にする。
「切ないなら、歪めてやろう」
クルクルクル、曲芸のようにナイフを回す。
「恋しいなら、狂わせようか」
チャキ、と僕はその曲芸を止めて、ナイフの柄を掴む。
「愛しいなら、壊してしまえ」
ナイフを、僕を囲う集団へと向ける。少しの時を待って、僕はにっこりと微笑んだ。
「さあ、愛し合おう(殺し合おう)」
結果。僕たちの勝利。
結果。『三頭の黒狼』の思惑通り。
結果。死者累々。
結果。酒瓶一ダース。
「ほんと、割に合わないね」
酒瓶の入ったケースに座って僕は頬杖をつく。特に何をするわけでもなく、僕は呆然と憮然と前だけを見ていた。ただ、遠くの方に呉羽が蝶々を追いかけているのは気配で感じている。しっかりと見張っとかないとあいつはそのまま蝶を追いかけて迷子にでもなりそうだ。
僕の眺めるその景色はとてもではないが、絶景とは言いがたい。寂れた土地。北風ピューピュー。人の気配などありようもない。まあ、さっきいたプラントの地獄絵図よりは幾分マシなんだけど。
「あれー、睦月くん。そんなところで何やっているんですか?」
なんだか最近憂鬱になることが多い。まさか鬱病ではあるまいな。
なんて心配をしていたら突然どこからか声が降って来た。かけられた声の方へと顔を上げればそこには≪十一時≫さんが不思議そうに立っていらっしゃる。いつも通りにおさげを二つ作って、いつも通りに赤いフレームの眼鏡をかけていた。純朴そうな顔にお決まりみたいなその格好。図書館の司書でもやっているほうが似合いそうだと思うんだけど。
まあ、それはともかく。
「『何やっているんですか?』じゃないですよ。心配になって見に来たに決まっているでしょう。他のプラント同時攻撃なんて聞いたから心配して来たんですよ」
「え、本当に!?」
「何言っているんですか。嘘に決まっているでしょ」
がくっと肩を落とす≪十一時≫さん、改め≪蜘蛛十一時≫、改め秋月紅葉さん。
これでも『時の支配者』の副リーダー的存在。
あの後。屍の山を作り、生かした人を捕虜として捕らえ、報酬を貰いにいった後。僕と呉羽は烏丸と別れ、家へと帰宅する経路をとった。
「ほなね。何かおたくらとは縁がありそうやし、これからもよろしゅう頼むわ。今日はなかなか楽しかったで」
そう不吉なことを言い残し、奴は去って言ったのだが。もし縁があるとしたら、全力で見つけ出し、切り捨てようと決心する僕。
で、そのまま帰ろうとしたのだが、少しばかり気になることがあり僕はこの人――紅葉さんのいる場所へと足を運んだわけです。ちなみに居場所は事前に『時の支配者』本部で報酬を貰うときに聞いておきました。
「うう、嬉しかったのに。気にかけてくれたかと思って嬉しかったのに。どうしてそうやっていつもいじめるのぉ。そんなに私をからかって楽しい?」
「はい。ものすごく。だって僕、家じゃツッコミばっかなんですよ。僕だってたまにはボケたりしたいですよ」
「それは何というか、仕方がないんじゃないかな? あの人たちにツッコミを入れられるのは君と礼二君くらいなものだと思うし」
「だからそれが大変だって言っているんです。僕だってはっちゃけたいのに。あ、おいっ! あんまり遠く行くなよ!」
物凄く遠くから小さな声で「はーい」と聞こえる。
豆粒みたいに見えてしまう距離であんまり遠く行くなとか明らかに可笑しいというかそういうことを言うような次元でもないけど、まあいいや。ちゃんと注意すればどこにも行かないし。
しかし、本当に僕とあいつは一つしか歳は変わらないのだろうか? やけに子供っぽいところもそろそろ直して欲しいのだけど。
「あら。呉羽ちゃんもいたんだ」
「仕事帰りですからね。で、僕がここに来たのも仕事関係というか少しばかり私情も混ざるんですが」
「………………烏丸くんのこと、だよね」
「わかっているなら話は早いです」
苦笑と形容するような顔で紅葉さんはずれかけた眼鏡を直す。
少しばかり季節に合わない冷たい風が、僕の髪をたなびかし、紅葉さんのおさげを揺らした。
「あれは一体何ですか?」
単純明快に至極当然な質問。
戦っている最中。ほんの一瞬目を背けていれば気づかなかったようなこと。だけど、僕は見てしまった。あの異常を。あの歪みを。あの既視感を。不意に。意識なく。偶然に。それでもそれは必然で。そして悟った。
彼は、あれは、壊れている。
この異常な世界の中の異端。
異端でありながら異常。
狂いながらにして壊れていて。
壊れているのに狂っている。
アンビヴァレンス。可笑しな矛盾。
少なくても、それは生きていていいような存在ではない。
少しの間。
聞こえてきたのは、知りえていた回答。
「…………あえて言うなら、同類だよ。君の」
そう、僕のように。
あれは、生きているべきじゃない。
紅葉さんが僕を見ていた。真っ直ぐと。真剣な面持ちで。
僕は紅葉さんを見ていた。逸らしながら。曖昧な微笑を浮かべて。
「そう、ですか。わかりました。やっぱりね。いや、用件はそれだけですよ。紅葉さんも今日はお疲れ様でした。怪我はないようでよかったです。それじゃあ」
僕はのっそりと立ち上がった。椅子代わりにしていたケースを持って、少し大きく息を吸う。そして叫んだ。
「おーい! もう帰るぞ! 置いていかれたくなかったら早く来い!」
「わかったっ!」
「って、うぉい!」
何と呉羽は僕のすぐ横に居らっしゃった。さっきまであっちにいたのにどうして今ここにいるのさ。というか、声かけろよ。恥ずかしいじゃないか。紅葉さんも見ているのに。
気恥ずかしさを何とか押し隠すため、とりあえず笑顔、笑顔♪
「じゃ、紅葉さん。また今度。できれば次は今回よりもマシな仕事を回してください」
「またねー、もみじん」
「ええ、また。あと、呉羽ちゃん。お願いだからもみじんは止めて」
そんな切実な願いすら「にゃはははははは」の笑いで掻き消し、呉羽はスキップ交じりに歩いていった。僕もその後を追う。
少しばかり悲しそうな顔で紅葉さんが僕を見ていた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「ねぇー、むっちゃん。今回はボクも役に立ったでしょ?」
紅葉さんももう見えなくなって、そろそろ家に着くかという頃。
ずっとニコニコで、ずっと楽しげで、それでも僕に話しかけてはこなかった呉羽が突然そんなことを言い出した。歩きながらケースを肩に担いでいる僕に顔を近づけてくる。僕は残念なことにそこまで身長が高くない。そのため、呉羽ともさほど身長差はなく、危うく唇すら接触するくらいの近さだった。いや、近すぎるよ。ちょっとストップせいや!!
「うん、役に立ったよ。本当にすごかった。マジでびっくり。だから、とりあえず落ち着いて離れよう」
「えへへへへ」
褒められたくらいでそんなに嬉しいのか、妹は頬を薄く赤く染めて笑った。いつもの笑みよりも照れが混じっている気がする。まあ、褒めてこんなに喜ぶならいくらでも褒めてあげるけど。
「でも、やっぱり呉羽はトラブルメーカーだよね」
「うん? どうしてですかー? 別に今回は何もなかったかとー?」
「結構大きいことがあったんだよ。色々とね」
「色々ですかー」
「色々ですー」
テクテク、ポクポク。僕らは歩く。
一応『時の支配者』の本部でシャワーを貸してもらったから体は血生臭くないし、服もさほど損傷はなく。怪我とかの心配も僕にはまるでない。だってそんなもの僕には無縁のものだ。そして殺しなんて一々気にするほど繊細でもない。そんな繊細さはどこか遠くへ消えうせてしまった。いや、初めから持ってなんていなかった。
だって、僕はそういうに作られたから。
横を向くと呉羽が僕をじっと見ていた。そしてその妹様は何がおかしいのか、にぱっと微笑んだ。
「むっちゃん、駄目だよ笑ってないと。笑わないと福が逃げちゃうよん!」
そう言って彼女は笑った。にこにこ。いつものように。笑い続ける。
もしかして、呉羽は僕よりもずっとずっと大人なんじゃないかと一瞬頭に過ぎるけど、そんなのは勘違いどころか痛々しいまでの愚考だと思い直した。
とりあえずまた抱きつかれても敵わないので、にっこりと笑っておく。妹もそれに応えていつもの三割増しくらいの笑顔を僕に向けてくれた。
そんなことをやっていたらようやく我が家が見えてきた。それはいつもの我が家。かけがえのない帰る居場所。帰ってこられる居場所。
さてはて、それじゃあ家に着いたら一発礼二を殴るとしましょうか。
とりあえず呉羽編という気分で書き上げました。うん? 呉羽が思ったよりも出番ない・・・・。ま、いいか。
なんかコメディ要素少ないですかね? 次は丸々コメディの気分で頑張ります。