第一話 過去という名の禁忌
コメディーです。いえ、これは違います。この一話はシリアスちっくです。おまけにブラックです。コメディー一筋だー! という人は次の話から読んでくださるとよいと思います。
白濁とした世界。
そこに境界はなく、また明瞭に把握できるものなどどこにもありはしなかった。
曖昧は曖昧のままに。上も下も右も左も前も後ろも成し得ない。
一面が、全面が、ただ白く淡い光に包まれたその空間。無為に空しく濁った場所。
そんな場所に僕は一人で、独りで立っていた。いや、浮かんでいた。漂っていた。意味もなく。意味を持たず。意味も理解せず。だからこそ、理解した。
これが夢だと。
不意にその白濁とした世界が形を成し始める。
それを夢だと理解したせいか、辺りを包んでいた光は薄く揺らぎ、色なき世界はさまざまな 彩りで鮮やかに染められていった。しかし、今の僕にそれを疑問に思うような思考はなく、変わり行く世界をただ呆然と見つめることしかできない。
そして、周りの景色が未だ不明確にしか現れていない状態で、それでもはっきりとわかるものがその世界の中心に現れた。
それは≪家族≫だった。
顔がはっきりと見えない四人の≪家族≫。
父親らしき男性が一人。
母親らしき女性が一人。
父親らしき男性の肩の上に乗る少年が一人。
母親らしき女性と手をつなぐ少女が一人。
それはごく平凡で普通で退屈でつまらない≪家族≫の姿。
その≪家族≫は、だけど僕がよく知っている≪家族≫の姿で、『幸せそうな』≪家族≫の姿で、どうしようもなく終わってしまった≪家族≫の姿に他ならない。
夢だと自覚したその世界で僕は激しい嫌悪感と倦怠感に襲われる。
そして僕の檻の中に閉じ込めていた『もの』がぞくりと鼓動するのを感じた。
それは憎悪? 憤怒? 怨嗟? 悲哀? 殺意?
この胸の内に蠢くものを何と呼べばいいのだろう。いや、元々そんな言葉などで括れるようなものでもないのかもしれない。
ただ、それでも一つだけ言えることは、僕は、こんなものを持ってしまっている僕は、壊したかった、ということだけ。
吐き気を催すほどに狂おしく。
自らの手で心臓を掻き毟るほどに禍々しく。
流れ出でるおぞましき血を全て抜き取りたいがほどに歪み行く。
途方もなく、途方もなく、僕は自分が嫌いだったから。
だから、壊したかった。
自分という名の存在を。
自分を取り巻く過去の全てを。
いや、違う。壊したかったではない。壊したい。終わりではなく、それは今も続いている。
ああ、でも僕はどうしてすがりついてしまうのだろう。こんなものに。
こんな過去に。
その四人の≪家族≫を取り巻くようにして、周りの景色も明確化される。境界が生まれる。
しかし、どれもこれも甚だしいほどに滑稽だった。呆れてしまう、この幼稚な存在意識。本当にどうしようもない。どうしようもなく、重傷だ。
平和の象徴のように輝く白い日差しも、『綺麗』だなんて陳腐な形容詞で表されるような澄んだ青空も、生い茂る色鮮やかな草花も、賛美するかのような鳥の囀りも、楽園であるかのようなこの場所も。
くだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらない。
何て僕は愚かなのだろう。全部全部が所詮虚実に過ぎない、まやかしだと言うのに。
四人の≪家族≫。
薄くぼやかされたその顔もはっきりと見えてくる。
父親は穏やかな顔で笑っている。
優しそうな顔で母親も笑っている。
少女も無垢な笑顔で笑っている。
しかし、父親の肩に乗る少年に顔はなかった。
それでも皆、とても楽しそうに笑っている。可笑しそうに笑っている。
父は笑い、
母は笑った。
少女も笑う。
しかし、少年に顔はなかった。
歪み、歪み、歪み、歪む。
父は笑う。
母は笑う。
少女は不思議そうに首を傾げ、
少年に顔はなかった。
砕け、崩れ、破れ、壊れ、散り、落ち、堕ちる。
父は呻いた。
母は笑った。
少女はその頬を涙で濡らした。
少年に顔はなかった。
ああ、なんて馬鹿馬鹿しいまでの『幸福』だったのだろう。
これが、それが、あれが、『幸福』?
そうだろう。そうだろうとも。幸い、幸い。どこまでも、『幸福』であったはずだ。
そして、世界は崩壊する。
父は倒れた。その体はまるで人形のように。
そしてその顔は、その顔は?
母は剥がれた。その顔はまるで仮面のように。
そしてその顔は、その顔は?
少女は泣いた。その涙はまるで宝石のように。
悲しく、哀しく、かなしく。
そして少年は、少年は―――。
書きましたー。ものすごくジャンル指定に迷いましたが、一応コメディーで。はい、コメディーです。誰が何と言おうとコメディーです。でもこれは違いますよ。次回の話に期待してください。いえ、まだ導入部分ですけど。
できれば評価なんかくださると嬉しいです。狂気乱舞で喜びます。そんな珍現象を見たい方。また素直に奇特に「わ、おもしろーい」みたいな方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひ。