Cambria in manu
それは、変わり果てたパリの市街地の様子だった。いつものようにSNSで時間を無駄にだらだらと過ごしていたとき、パリの暴動の様子を伝える動画が流れてきた。学生、労働組合、政治団体、移民_____まるでこの世のカオスとエネルギーをすべて詰め込んだような連中が半ば暴徒と化して警官隊に煙玉を投擲するのである。悪漢どもは混乱に乗じて商店を襲撃、または放火する。いや、暴徒が盗人となったのか、もともとに盗人だったのかもわからない。パリの遠景は常に火柱に包まれ、まるで世界大戦時の市街戦の様相を呈している。
ただただ(これが暴力で自由を勝ち取った国か・・・)と鼻をほじりながら眺めていることしか普段はできないのだが、この日は何かが違った。言論で民主主義を守る時代は既に終わりを迎えたのではないかと思った。政府はいちおう機能しているはずなのだが、国民はそれを信用していない。ネットの普及により、討論で以って反対勢力と落とし所をつける試みもなされなくなってしまった。極め付けに「何を信じるか」が第一だったものが「誰を信じるか」に変質してしまったことだろう。特に陰謀論なんてうぉw……うおぉwwwww。取り乱してしまった。とにかく私が言いたかったのは、パリのような実力による現状変更の試みは可能か、ということである。平和な世界に慣れきった国民は、デモなどという生ぬるいものではなく血なまぐさい革命を求めている。衆愚政治となるよりはその方が何倍もマシだろう、と。
とりあえずしばらくはこの複雑怪奇なる欧州情勢を見守っていようと思う。




