第1章 完璧な子ども (記録ログ16)
(第七課施設 屋上)
矯正局本部ビルの屋上。
夜風が金属の手すりを鳴らしていた。
都市の光が下に広がる。
青白いルーモ信号が街の窓という窓で脈動している。
その中で、レンは一人立っていた。
手すりに背を預け、端末の通信ログを確認する。
送信済みのメッセージは短い。
「聞きたいことがあります。
屋上へ来てください」
返信はすぐに来ていた。
「了解。五分」
レンは端末を閉じる。
夜風がコートを揺らした。
足音が近づく。
迷いのない歩き方。
振り返らなくても分かる。
朝霧 澪。
白銀の髪が月光を反射し、金属のように光る。
琥珀色の瞳がわずかに細められた。
「こんな時間に呼び出すとは珍しいな、レン」
声は落ち着いている。
戦場でも変わらない、指揮官の声。
レンは軽く会釈した。
「すみません。
業務報告ではありません」
「なら私用か?」
「……半分は」
朝霧はレンの隣に立った。
夜景を見下ろす。
都市は静かだ。
AIが管理する街は、
人間の騒音をほとんど持たない。
「で?」
朝霧が言った。
「聞きたいことは何だ」
レンは少し間を置いた。
そして言う。
「九条家の件です」
朝霧の瞳がわずかに動く。
「……誤作動案件か」
「はい」
レンは続ける。
「波形ログが妙でした」
「どこが」
「整いすぎている」
朝霧は黙った。
レンは言葉を続ける。
「同じ構文が複数の誤作動に存在している」
「……偶然ではないと?」
「はい」
朝霧は腕を組んだ。
「それで?」
レンは真っ直ぐ言う。
「ARC-9/Seed」
風が止まった。
ほんの一瞬だけ。
朝霧の表情が動いた。
だがそれはすぐに消える。
「……どこで聞いた」
声が低い。
指揮官の声ではなく、
警戒する兵士の声。
レンは答える。
「ログの削除構文です」
「削除ログ?」
「はい」
朝霧はレンを見た。
数秒。
琥珀色の瞳が
まるで演算しているように静止する。
「……聞いたことはない」
短く言った。
だがレンは続ける。
「もう一つあります」
「何だ」
「止められました」
朝霧の眉が動く。
「誰に」
レンは答える。
「朱鷺アラハ」
その瞬間。
朝霧の瞳孔が変形した。
AIインターフェースが一瞬だけ作動する。
「……」
沈黙。
夜風が吹いた。
朝霧はゆっくり言う。
「どこで会った」
「施設の廊下です」
「戦闘は?」
「ありません」
「能力は」
「糸」
レンは言葉を選ぶ。
「情報を偽装する能力」
「偽装系の能力か」
朝霧は小さく呟いた。
そしてレンを見る。
「本物だったのか」
「え?」
朝霧は小さく息を吐く。
「都市伝説だと思っていた」
「都市伝説?」
「第七課の裏処刑人」
「裏切り者を処分する存在」
「暴走案件の最終処理」
朝霧は屋上の夜を見上げる。
「――JOKER」
レンは言った。
「知っているんですか」
「噂だけだ」
朝霧は首を振る。
「私は直接会ったことはない」
少し沈黙。
そして聞く。
「何を言われた」
レンは思い出す。
紅い瞳。
笑い。
あの言葉。
「……」
レンは答えた。
「まだ処刑したくない
大事なおもちゃだと」
朝霧は静かに目を閉じた。
そして。
小さく呟く。
「最悪だな」
「?」
「つまり」
琥珀の瞳がレンを見る。
「君は」
「上層部に観察対象として認識された」
夜の都市が脈動する。
ルーモ信号が同じリズムで光っていた。
朝霧は言う。
「ARC-9」
「アラハ」
「九条家」
「全部つながっている可能性がある」
レンは聞く。
「調べますか」
朝霧は即答しなかった。
しばらく夜景を見る。
そして言った。
「……公式には動かない」
「え?」
「だが」
琥珀の瞳が鋭くなる。
「非公式なら別だ」
風が吹く。
白銀の髪が揺れる。
朝霧 澪。
コードネーム
Aegis
「私が盾になる」
静かに言った。
「だから君は――」
レンを見る。
「真実を掘れ」
その言葉は命令だった。
そして。
屋上の夜は静かに続いていた。




