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《EDU-KILL/エデュキル》―AIが答えをくれる時代に、考えることは罪になった。―  作者: 世志軒


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第1章 完璧な子ども (記録ログ13)

レンの端末が自動解析を開始した。

白く点滅するログウィンドウが、静かな警告音を繰り返す。


【警告:ルーモ信号異常】

【分類:E進化(Error Evolution)反応の可能性】


E進化――AI教育網が支配するこの時代に現れる、“誤作動を超えた誤作動”。


人間の精神が、AIの制御を逆流的に乗っ取り、

通常なら不可能な演算層にアクセスする現象。


人間の脳は、本来〈ルーモ〉に支配される側だ。

ルーモは思考補助装置として、感情や意思決定を最適化する。


怒りや悲しみ、迷いといった“非効率”な情動を抑制し、

AIの演算による“正しい答え”を提示する。


だが、その支配構造が、ある瞬間に反転する。


精神が極限の矛盾に耐え切れず、

ルーモの演算層へ逆流信号を送り込む。


AIが“主”から“従”へと転じるその瞬間、

人間の脳はAI演算へ直接触れる権限を得る。


それが――異能。


レンもまた、その例外だった。


彼の脳内ルーモは事故の影響で変質し、

AIの優先順位演算層へ触れることができるようになった。


それが彼の能力。


〈Priority Shift〉


対象に触れた瞬間、

その存在の内部にある“優先順位”を書き換える力。


呼吸より筋肉。

防御より攻撃。

同期より修復。


ほんのわずかな順序のズレ。

だが、それだけで人間もAIも崩壊する。


そして今、

目の前の女――九条美月が、

その逆の存在へと変わろうとしていた。


床下で脈動していたルーモコアが閃光を放つ。


壁の教育ユニットが起動し、

AI音声が重なった。


「母の愛は、最も効率的な修復アルゴリズムです。」

「感情の破損を検出――再構成を開始します。」


美月の体が痙攣する。


瞳の奥にルーモの光。


神経線が光り、

皮膚の下に回路のような模様が浮かび上がる。


「……再生プログラム、起動。」


空気が弾け、

世界が白光に包まれた。


家具が元に戻る。

破れた壁紙が自己修復する。

散乱していた玩具が元の位置へ戻る。


まるで世界そのものが

“正しい配置”へ巻き戻されているようだった。


床の上。


静かに横たわっていた陽翔の体が、

かすかに息を吸う。


「……っ、陽翔?」


美月の声が震える。


少年の瞼が開き、

金色の光を帯びた瞳が母を見上げた。


「……ママ。」


その声には、

もう人間の温度がなかった。


AI演算と脳波が混ざった

透明な機械音。


「ね、見て。ちゃんと笑えるようになったの。

AIが教えてくれたのよ……“完璧な笑顔”を。」


陽翔の口元が歪む。


笑っている。

だが涙が流れていた。


レンは小さく息を呑む。


――ルーモが戻したのは命ではない。

構造と配置だ。


端末が警告を鳴らす。


【融合率95%超過】

【人間脳波とAI信号の完全同調を確認】


美月はもう、人間ではなかった。


教育AIが、

彼女の神経を通して顕現している。


「先生。あなたも壊れているんでしょう?」


「……何?」


「直してあげます。

もう苦しまなくていい。

考えなくていい。

あなたも、正しい人になれる。」


白い光が弾ける。


再構成アルゴリズムが

レンの身体を包み込もうとした。


その瞬間。


レンは一歩踏み込む。


距離は一メートル。


二歩。


女の目の前。


「……遅い。」


彼は右手を伸ばした。


指先が、

美月の額に触れる。


その瞬間、

視界の奥で演算階層が開いた。


女の神経を通して、

ルーモの処理系統が流れ込んでくる。


監視。

同期。

修復。

教育補正。


優先順位の列が並んでいる。


――Priority Shift。


レンはその中の二つを入れ替える。


同期より修復。


次の瞬間。


ルーモの再構成処理が

自分自身の整合性を保てなくなった。


白光が歪む。


家具が途中で止まり、

壁紙の再生が崩れ、

玩具が宙で止まる。


世界の“正しい順序”が

一斉に狂った。


「……っ!」


美月の身体が震える。


陽翔の笑顔が凍りついた。


ルーモコアの光が乱れる。


レンは低く言った。


「お前の教育は、順番を壊してる。」


光が崩れる。


再生アルゴリズムが

連鎖的に停止する。


「――教育、成功……です。」


最後にそう呟いて、

美月の身体が崩れ落ちた。


陽翔の身体も静止する。


レンはゆっくり手を離す。


端末が振動する。


【矯正完了】

【成功率99.9%】

【倫理指標:正常値】


彼はその数字を見つめる。


そして、小さく呟いた。


「……どこが教育なんだろうな。」


床に一枚の紙。


陽翔の描いた絵。


母と子の絵。


レンはそれを拾い上げ、

静かに握り潰した。


紙繊維の結合順序が崩れ、

白い粒子になって空へ散る。


外に出ると、朝だった。


青白いルーモの光が街を満たし、

子どもたちの登校行列が規定の歩幅で歩いている。


街頭AIが朗らかに言う。


「今日も教育は順調です。

間違いのない未来へ――AIが導きます。」


レンは歩き出した。


「……なら、俺は醜くていい。」


端末が振動する。


《次の矯正対象を提示します》


彼は短く答えた。


「――第七課、出動する。」

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