第九話 この世界を知っていく
ノルディル様は、普段は猫神殿の書庫にいて、神託の儀式の際も活躍するらしい。
ブラッシングへのこだわりが強く、ブラシの種類ごとの特徴を滔々と語りながらも、力加減がいまいちだと、ジト目で圧をかけて教えてくださる猫さんだ。
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ある日の知識番ノルディル様の講義
「うーにゃっほん。
今まで、いろんな講義を受けたと思うが、今日は今いるこの世界と猫神であるエルトア様について教えようと思うにゃ。」
来ました。ついに本格的な講義が。
少し怖いし、聞きたくないような気持ちもあるけど、これを学ぶために来たからね。
「はい、先生!お願いします。」
「創造主様から伝え聞いてる話と被るかもしれないが、一通り伝えておくにゃ。」
是非お願いしたいところです。
「この世界は、創造主様が創られた世界にゃ。そして、息子や娘として創り出した神々と共に、この世界をお護りしてくださっているのにゃ。」
なるほど、やはり家族で神様なのね。
「神々は、大神殿のある神界に集うものもいれば、住処を見つけてそちらに住まう神もいらっしゃるにゃ。他には実力を認められて、違う世界の創造主になった神もいらっしゃると聞くにゃ。
神々の数は正確には分かっておらんにゃが、他の世界の噂をチラリと耳にすると、うちの世界の神々はみんな仲が良いにゃ。」
うんうん、少し接しただけでも、人の良さというのか神の良さが分かったしね。仲良さそうだったよ。
「その中で、エルトア様は末っ子の猫神様として創られ、大層可愛がられておられたにゃ。」
あの子の話に移ってきて、胸かざわりとしてきた。
何を言われるか分からないけど、内容は辛いことも多いだろうから、平常心で聞けるかな。
「神々が仲も良いので、下界も安寧を享受していたのにゃが、エルトア様が産まれる前あたりから、雲行きが怪しくなってにゃ。余りにも平穏だったがために、人々が神々を忘れ、信仰が薄れていったのにゃ。」
あぁ、人間の罪深いところだ。
うん……平穏が当たり前になっちゃうと、神様のこと忘れられちゃうんだよね。
「習ったと思うが、信仰が少なくなると、神力も弱まるにゃ。神々もなんとか信仰を増やそうとしたのだが、なかなか難しくてにゃ。
そんな中ある神が立ち上がったのにゃ。立ち上がったのは、奉仕と勤勉の神、名を……いや、名はやめておくにゃ。」
ノルディル様は、ふるふると頭を振って、ほうっと息を吐き出した。
「人々には“努力の神”とも呼ばれていてな、真面目で神界では他の神を陰で支えるタイプだったにゃ。
彼は、農民や職人、子供たちの信仰の対象であったが、豊かさと共に忘れられていったにゃよ。」
目を瞑りながら話すノルディル様の瞼の裏には、努力の神が映ってるのかな。
「その神は、もっと努力をしよう、もっと見てもらおうとして、身を削って神力を振るうようになり、神としての心のバランスを崩してしまったのにゃ。
そして、祈りが途絶えた時に、自分は何のために存在しているのかと悩み苦しみ、心を壊してしまったにゃ。
そして、祈らないなら祈らせればいい、という歪んだ思考になっていき、心が闇に堕ち、邪神という存在になったにゃ。」
異世界から来た私には邪神がどれほどのものか分からない。けれど、良くないものだというのは分かる。
身内から邪神が出たことは、相当な衝撃だったと思う。
「闇に堕ちるともう元には戻らないと、他の神々は判断して、邪神を止めようと争いにまでなったのにゃ。
下界の人々の心だけでなく、神界にも影響がでてくるようになってにゃ。
最後には、尊い犠牲を払い、邪神を消滅させたにゃよ。
今は、人々も我々も復興中なのにゃ。」
神という遠い存在の話。けれど、人々の生活にも関わる話。
この世界の神様は、人間のように悩んだり苦しんだりするのね。
そんな中生まれたあの子は、どうして私の世界にくることになったんだろう。
「さて、本題の我がエルトア様についてお話するにゃよ。」
「はい、先生!お願いします!」
いつもよりも気合を入れてお返事する私。
「邪神の影響が強まってくるなか、癒しの存在として生まれたのがエルトア様にゃ。
だが、邪神は闇の存在、心の弱いもの、心を守れないものから蝕んでいくのにゃ。
神とはいえ、生まれたばかりのエルトア様は弱かったにゃ。」
そうだよね、生まれたばかりの猫さんなんて、蝕まれ放題だよね。
「守りつつ戦えないと判断した創造主達は、エルトア様を異世界へ避難させることにしたのにゃ。
送る時はみな泣いておったにゃ。」
思い出したのかノルディル様の瞳が光る。
うんうん、大事にされてたんだね。
戻れて本当によかった。
「お嬢さんのところに行ったのは、恐らくいろんな神の加護がかけられて、その影響で選ばれたと思うにゃ。」
「そっか、私、選ばれてたんだ。」
えへへ、ちょっと嬉しい。
そのおかげで出会えた。
私の人生に色がついて、毎日新しいことの発見で、毎日可愛くて。私のとこに来たのは偶然かと思ってたけど、神様の加護で、選ばれたなんてね。
「邪神は、元は神なので、神力を辿って居場所を突き止めることもできるからにゃ、異世界とはいえ念には念を入れて、エルトア様の神力も封じて、送り出したんにゃよ。
こちらの体のままで、異世界にいくと、体に負担がかかるのは承知の上だったにゃ。」
「エルトア様は向こうではすごく病気がちだったんです。こちらに来た時に、創造主様にもう大丈夫といわれたのですが、元の世界だからですか。」
「そうにゃね。体の負担もなくなるし、神力を少しでも取り戻せば、向こうで病気といわれたものも、すぐよくなるにゃよ。」
「はぁ〜〜。」
大きなため息出ちゃった。
そっかぁ。ほんとに良かった。
毎日毎日、健やかに穏やかに暮らせるようにって思ってた。こっちでは神様で責任もあるだろうし、穏やかは分からないけど、少なくとも健康には過ごせるのよね。
健康って大事だもん。
「お嬢さんの献身的なお世話がなければ、エルトア様はどうなってたか分からないと言われておるにゃ。心配性な神々は、大神殿にある鏡の泉という、見たいものを映し出せる泉で、お前さん達のことを時々見守っていたらしいにゃ。」
創造主に見守ってたって言われたけど、これのことなのね。
ありがたいけど、ちょっと恥ずかしいな。
「ただ、エルトア様の体もそろそろ限界だろうということで、今回の召還となったにゃ。」
「限界…」
この言葉が私の心を締め付ける。
やっぱりあの子は辛いのを我慢してたんだ。ごはんも食べる量が減って、よく丸まって寝てた。できるだけ、食べやすいものをあげたり、暖かくしたり、思いつくことは全てやったと思う。
最後はかなり付きっきりで、私もあの子の前で疲れが隠せないくらいになってしまってた。
ちょうど、、、ギリギリのタイミングまで待ってくれたんだね。
いろんな思いがぐるぐる頭を駆け巡る。
なかなか簡単に消化できる内容ではなかった。
でも、単純に理解できたのは、もうあの子は安心だよ、ってこと。
……だけど、健康になって家族の元に帰ったあの子に、私は……まだ必要とされるの?
お読みいただき、ありがとうございました。
第一章【第一の扉 あの子の隣が私の居場所】は、全16話で完結となります。
最終話まで、1日1話ずつ、夕方に投稿していく予定です。
どうぞ最後まで、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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