第六話 歓迎と温もりと
私は今、灰色の石造りの少しこじんまりした神殿の前に立っている。
そう、大神殿のお庭から、神の力によってここに飛ばされたのだ。創造主が、じゃ、この世界について詳しくなってくるんじゃよー、と言って手を降ったと思った途端の出来事だった。
今から飛ばすぞ、的な優しさ溢れる一言がほしかった。創造主、こういうことだけは仕事が早いな。
私が預けられるのは、神界にある猫神殿、つまりエルトア様の神殿。エルトア様自身は、まだ大神殿で静養されるみたいだから別々だけれど。
でも、この世界や猫神様についても学んでおいでと、心憎い演出をしてくださった。
話は通してあるからと言われたけれど、神界の神殿に異世界の私が一人で訪問って、なんの罰ゲーム?なのかな。ふぅ。
気を紛らわすために神殿の周りをうろうろすると、青々とした木々に囲まれているのが分かる。
鬱蒼としているのではなく、木漏れ日が落ちて輝いていてとても幻想的だ。藪のようなものもなく、下は柔らかい土なので、ここならあの子と遊び回ったりもできそう。
鳥の鳴き声も聞こえるし、小さな動物さんならいるのかもしれない。仲良くなれたりするかな。
深呼吸すると、清々しい神聖な空気が体に入り込んだ。気持ちいい!
少し歩くと、小さな池のようなものもある。少し覗いてみる。お魚さん、いるかな?
あの子はお魚派だから、食べられるお魚さんがいたら、捕まえて食べさせてあげたい。
ふふ、猫神殿だけあって、猫さんが遊ぶには困らなそうね。そういえば、神殿もなんとなく人を寄せ付けない雰囲気があって、とても厳かだけれど、よく見ると壁に緑の蔦が絡まっている。
蔦は蔦で遊び甲斐がありそうで、猫さんが喜びそうな感じ。触ると、けっこうしっかり巻き付いてた。
よしよし。
まぁ、充分眺めたしそろそろ行きますか、と振り返ると、足元で『わぁっ』と声がして、見下ろすと一匹の猫さんが転げていた。
はわわわ、いや可愛いけど、可愛いけど!
落ち着け、私。
「あの、大丈夫?ごめんね、いきなり驚かせちゃったね。」
と声をかけて、猫の挨拶をしようと指を近づける。
「いえ、僕が近づきすぎたのが悪いのにゃ。ごめんなさいですにゃ。」
「……えぇっ!あなた言葉話せるの?」
「もちろんですにゃ。この猫神殿にたずさわる猫神官を始め、お庭係まで全員が、創造主様に猫神殿で仕えるために、生み出された特別な猫なのですにゃ。この姿で、話したり書いたり、いろんなことができてしまうのですにゃ。」
ふんす、とばかりに胸を張るお猫様。
仁王立ちできてるけど、この子は長い毛が立派だから、足が短く見えてそれもまた可愛い。
もぅ!顔がニマニマしてしまう。
「可愛い上に、すごい猫さんなんだね。仲良くしてくれる?」
「もちろんですにゃ。お嬢さんのことは創造主から頼まれていて、今は迷子になっていないか探しに来たところですにゃ。しばらく我々の神殿で、体を休めつつ、こちらの世界に慣れるのがよいと思うですにゃ。」
うわー、親切と優しさがまた溢れてるよ。喋れる猫さんに感動で胸が震える。
「うんうん、ありがとう。君みたいな子がいてくれて嬉しいよ。」
嬉しくなって満面の笑みで返せば、
「はにゃ、こちらこそですにゃ。猫は楽しく暮らすのが一番ですのにゃ!」
と、片手をあげてジャンプしながらお返事してくれる。
あの子に会うまでは死ねないけど、心臓もつかな、コレ。
「そうそう僕は、この尊き猫神殿の神官を務めている、ティムって言うにゃ。困ったことがあったら、何でも聞いて欲しいにゃ。」
「うんうん、ありがとう。この世界は何もわからないから、すごく頼りにしてるね。」
と本気で猫さんを頼る私。猫さんがいなかったら、私この先詰んでしまう。
えっへん、とまたまた胸をはるティムくん。ん?僕って言ってるから、くん、でいいよね。
そんなちょっと自慢気ティムくんが、どうぞにゃー、と言いながら、神殿の扉を開けてくれたのだけど、その先には目を疑う光景が広がっていた。
扉の中は明るく、天窓からの光も、中庭からの光も入り、とても気持ちのよい空間だった。人間の私でも気持ちがよいそこは、猫さんにとっては楽園だろう。
エントランス中央の陽だまりに、数匹の猫さんによる猫団子が積み上がっていたのだ。
そして団子が喋りだした。
「むにゃ…ようこそ、猫神殿へですのにゃ。異世界のお嬢さんが来るってみんなで気持ちよく待ってたにゃ。でも決して寝てはないですにゃ。」
明らかに寝起きの声で迎えられる。バレないようにーーふふ、バレてるけどーー誤魔化そうとするのは、人間も猫も同じなのね。
「はじめまして、よろしくね。みんな気持ちよさそうね。私もそこへ行っていい?」
「ふにゃー、空いてるとこにどうぞですにゃー。」
さっきの声が答えてくれる。他の団子は、単なる団子に成り下がっているようだ。
キラキラ目を輝かせてるティムくんに、行こっか、と声をかけて、一緒に団子にどーんと突っ込む。空いてるところはなかったから、もう勢いでいくしかないよね。
「お邪魔しまーすっ!」
「ぐぇぇっ!」
「うにゃっ?!」
「……。」
団子が崩れそうになったけど、みんなが動いて、ちょうど私を包むように守ってくれた。ふふ、さすが猫さん。そしてチームワークがすごい。
初めて体験した猫団子はもふもふでふわふわで、みんなの生きてる温もりが心地よくて。
私の猫神殿での生活は、こうして始まった。
* * *
結局、私の混ざった猫団子は、その後再度意識を失い、日が陰るまで、惰眠を貪ったのでした。
うーん、気持ち良かった!熟睡だよ!
お団子には猫神殿の大神官様も混ざっていたらしく、
「ふ、普段はこんなことないんですにゃ…」
とお髭を下げて言い訳しつつ、仕事が溜まっているにゃー、と言いながら、慌ててお供を連れて走り去り、他の猫さん達も、やり残した仕事に戻っていった。
「さて、私はどうすればいいのかな?」
猫団子を名残惜しく思いながら、残ってくれたティムくんに聞く。この子だけが今は頼りだ。
「そうですにゃね。まずは、生活の基盤となる神殿内部を見ることが、大事だと思うのですにゃ。早く慣れるよう案内するにゃ。」
「うんうん、そうだね。場所が分からないと困るしね。」
「はいにゃ!」
ピシッと胸を張ったティムくんが、元気よくお返事をしてくれる。
「うん、お願い、ついていくね。」
こうして、ピンと立ちつつ揺らめくしっぽの後を追いかけて、私は猫神殿を巡ることになったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
第一章【第一の扉 あの子の隣が私の居場所】は、全16話で完結となります。
最終話まで、1日1話ずつ、夕方に投稿していく予定です。
どうぞ最後まで、お付き合いいただけたら嬉しいです。
感想やレビューをそっと残していただけると、とても励みになります。
お忙しい方は、評価を押していただけるだけでも力になります。
これからも、よろしくお願いします。




