第十六話 これが私の選んだ道
猫神殿の中庭は、深夜も明るい。
月明かりで辺り一面照らされ、星も瞬いてるのが見える。
天界のシステムは分からないけど、綺麗なものは綺麗、でよいと思う。
ベンチやテーブルの近くには照明も設置され、優しげな柔らかい光が所々に浮かんで見えて、幻想的だ。
私は、少し一人で考え事をしたくて、中庭に来た。
夜の中庭は寂しいかなとも思ったけれど、全然そんなことは無かった。
梟に近いような鳥の鳴く声、噴水の音、風が葉を揺らす音、どこで寝てるのか、すぴーすぴーという猫さんの寝息。
耳をすませば、ここは生命の音で溢れている。
*
明日は、とあくんの修行のため、下界の猫神殿に皆で移動することになっている。
だから、ここでのんびりできるのも、今日が最後だ。
振り返ってみると、本当にいろいろあった。
異世界に行くなんて、急な決断もあったけど、自分の選択に後悔は1ミリもない。
自分の決定には責任を持っているつもり。
でも、とあくんを覚えていたから良かった。
無くしていなくて良かった。
大事だと思ってるものを、ほんとに心が大事と思っていて良かった。
その大事なものを手放す決断をしなくて、ほんとに良かった。
ただ私は、家族どころか、自分自身の生い立ちや名前すら覚えてないんだよね……。
ふふ、ちょっと何にも無さすぎて笑っちゃうわ。
自分からは、コレ覚えてないです、アレは忘れましたっていうのが言えない。
もう存在自体が、私の心には無いんだもの。
名前大事につけたのに、とか、家族として大事にしてたのに、とか相手が思ってたらちょっぴり申し訳ないとは思うけど。
でも、私の心が判断したんだから、仕方ない。
大事に思うかどうかの判断は、私次第なんだから。
相手がどう思っていようが、相手に強制されるものでもないし、押し付けられるものでもない。
無くなったのは、私の心が大事だと思えなかった物事。嘘偽り無く、自分の心をさらけ出した結果がこれだ。
だから、忘れたことや無くしたことに関しては、あまり悲観してないし、むしろ忘れて良かったとも思っている。
誰にも嫌な記憶の一つはあるだろうし、忘れたくても忘れられないことってあるから、それが無くなったなら、むしろスッキリだよね。
ただ、思うことはある。
家族……家族ってなんだろう。
家族だよってとあくんにはよく言ってたし、その気持ちは覚えてる。今もそう。
とても大事なかけがえのないとあくん。
ただ、とあくんから離れてみてみると、家族っていう感覚や気持ちが分からないのだ。
創造主やお姉様方から、家族のように接してねと言われたけれど、“家族のような接し方”が、不完全な私にはよく分からなかった。
ただ、その言葉で心がじんわり暖かく、でもちょっぴり切なくなって、でもやっぱり嬉しい方が大きくて。
泣けちゃった。
前の世界のことは分からないけれど、私、家族とは愛ある関係を築けていなかっただろうな、とは思う。
そもそも、覚えてないし、異世界の狭間で、前の世界の家族を思い出すことはなかった。
つまり、そういうことよね。
そんな感じで、私どういう風に生きていたんだろう。
思い出そうとしても、何を思い出したらいいのかすら分からないって不思議な感覚。
モヤモヤする。
魂に無いならそりゃそうか。
今は、とあくんのこと以外はからっぽだけど、でもそのとあくんが隣にいる。
しかも、とあくんと話せるようになった!
夢みたいな現実。
だから、私はこれだけで充分なんだよね。
これからの時間を、とあくんと一緒に少しずつ幸せで埋めていけばいいんだよね、きっと。
*
下界に降りるのは、私は初めてだ。
少しの知識しかない。
魔法もあるらしいし、問題に巻き込まれないように気をつけよう。
迷惑かけませんよーに。
神殿の猫さん達は、創造主のお力で人間型に変身して行くみたい。そりゃ、下界の人々はびっくりしちゃうよね、猫がいろいろやらかしたら。
あ、でもとあくんは、特別みたい。
今の姿は、普通の猫の形態だから、“僕は普通の猫です”ってスタンスで、このまま行くみたい。
その方が、町中にも気軽に行けるし、神殿内も自由に動けて、困ってる人を見つけやすいからって。
うんうん、そうすると、私がいろいろフォローするわけね、ふふ。
そして、実は猫神として顕現する時のお姿が別にあるらしい。
早く見てみたいな。
とにもかくにも、いよいよ明日からは、人々に猫神様の素晴らしさを知ってもらい、信仰心を集めるため、せっせと活動していくのだ。
ある程度信仰心が集まれば神力があがり、猫神としてできることも増える。
そして、浄化の旅にも出ることができる。
天界の猫神殿では、嫌な思いもすることなく、学ぶのも修行も遊ぶのも毎日が楽しくて。
こんな楽しくて平穏な毎日が続きますように。
さて、とあくんの神力をあげに行きますか。
ふと顔をあげると、猫神殿に移り住んだとあくんが、心配して探したのか、走ってくるのが見えた。
胸がほんわか暖かくなる。
ふふ、こっちにきて良かったね、ゆの。
お読みいただき、ありがとうございました。
この第十六話にて、第一章
【第一の扉 あの子の隣が私の居場所】は完結となります。
“ひとりじゃない”ということ。
たとえ忘れても、失っても、大切なものは、これから少しずつ増えていく。
小さな猫神様と、その“愛し子”が歩き出すこの物語に、
ここまでお付き合いくださり──本当に、ありがとうございました。
この後は、閑話【神殿余話 あの子と私の歓迎会】全4話をお届けする予定です。第二章までの間のおまけとして、お楽しみいただけるよう書きました。
準備が整い次第、1話ずつ投稿の予定です。
そして第二章は、
【第二の扉 あの子の神対応は猫神式】に決まりました。
お気づきの通り、舞台は下界の猫神殿。
新たな信仰と騒がしい(?)日々が始まります。
こちらも神殿余話のあと、少し間をあけて投稿予定ですので、のんびりと気長にお待ちいただけたら嬉しいです。
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私は一足先に、“第二の扉”の向こうで、みなさんをお待ちしております。
☆1/11より、音声配信サービスSPOONでの朗読配信も始めました。よろしければお立ち寄りください。☆




