第十四話 僕にしかできないこと
僕が名付けたお姉さん、“ゆの”が、姉上たちに
「ゆのちゃんゆのちゃん。」
と呼ばれながら、揉みくちゃにされ
「エルトアちゃんの愛し子なんだから、私たちの愛し子のようなものよ。なんでも頼ってね。」
と口々に言う姉上達の声が聞こえてきたり
「ゆの嬢は、エルトアを家族と言ってくれてるんだから、僕達の家族といっても差し支えないのではないか?」
という、無理やりな理屈をこねる兄上達の呟きが聞こえてきたり。
誰が何を言ってるか分からないほど、うちの大家族が賑わいをみせる。
そんな中、僕の耳が衣擦れの音を捉えた。猫の特徴を備えた僕は、人間型の神よりも耳がいいのだ。
音の方をみると、あ、顔がニマニマしたお父上。
もう嫌な予感しかしない。
「おーい、ワシも仲間に混ぜとくれぇ。」
賑やかな集団に対してそう言い放った。
仮にも創造主なのに。
言われた集団も集団で、しょうがないなぁと言いながら、少し場所を開けて、そのままお父上を吸収していった。
その後中から、
「お嬢さんが家族とはのぅ。ゆのちゃん。ワシのことは、お父様でも、おじいさまでも、じーじでも、好きなように呼ぶとよいわ。はっはっはっ。」
という、聞き覚えのある声が聞こえてきたが、ご機嫌すぎるよ、と心の中でのみ突っ込む。
「ゆのよ。」
もう一度名を呼ぶお父上の声色が変わった。
周りも僕もはっとして、口を噤む。
ゆのも気づいたのか、笑顔から真剣な面持ちになった。
「はい。」
「こちらにきて寂しいこともあろうが、誰かが言ってた通り、ワシらのことを家族と思って、接するがよい。神と人間の違いがあるとて、遠慮はいらんぞ。ワシの家族に、そんなことで怒るものはおらん。」
「……はい、ありがとうございます。そうします……。」
震える声で返事をしたゆのは、堪えきれないように、俯いてしまった。
肩が小刻みに揺れてるのが見える。
傍に行って支えたいけど、近づける雰囲気ではない。今手を差し出すのは、創造主としてのお父上の役割だ。
俯いたゆのの上に、お父上の大きな手が置かれる。
手の平から光が溢れているのが遠目にでも分かる。
お父上が、神力を使ってるようだ。
「ゆのよ、前の世界では、お主は自分を犠牲にしてでもエルトアを守り、日々辛いことも乗り越えて生きておった。そういう人間だったのをワシは知っておる。何も恥じるようなことなどなかったわ。自信を持て。」
ゆのは、言葉が出ないながらもぶんぶん首を振って、頷く。
その間にも、溢れた光が薄い膜を作って、ゆのをすっぽり包んでいた。
「こちらの世界でも、エルトアのことを任せてしまうが、お主自身のことも大事にし、お主らしく生きていくのじゃ。」
そして、口の中でぶつぶつ呟くと、ゆのの背中に光の膜で黄金の翼が形作られた。
「これからは、ワシもお主のこと、ゆのを見守っておるぞ。」
というと、光の膜は、全てゆのに吸い込まれていった。
完全にお父上は、こっそりゆのに何かしらの神力を使った。
あの翼はなんだろう。
未熟者の僕では分からないレベルの加護か祝福か、それとも別の何かを。
一番上のセレフィーヌ姉上と、リグナス兄上が、こそこそと話し合っているのが見える。
あの二人には分かってるはず。
その話を僕にも聞かせてよ!
ただ、二人の顔は驚きもあったけれど、とても優しい顔だったからね。
まぁ、いい事ならいっか、そのうち誰かに聞けばいいしね、と思いながら、ゆのが顔をあげて、涙をお父上に拭いてもらうのを見つめていた。
* * *
みんなの興奮が落ち着いたところで、お父上が手を振って、全員分の白いソファーを出した。
「さぁ、そろそろ本題に入ろうかの。みんな座っておくれ。」
ぽかーん、とする僕。本題?
姉上兄上達は、当たり前のように座っていく。
心配そうな顔で僕の傍に来たゆのに、
「一緒にここに座りましょう。」
と冷静さを装い、2人がけのソファーを示す。
そして、ぴょーんとかっこよくジャンプして、雲ソファーの上でばいんと跳ね返されて、落とされた……。
べちゃっと音がしたんじゃなかろうか。
呆然とする。
猫なのに!恥ずかしいよ!
このソファー、ほんとにやめて欲しい。
「あはは、エルトアちゃん、ソファーに落とされてるー。」
「何をしてもエルトアは可愛いな。」
という笑いが起きる中、ゆのだけが、
「とあくん大丈夫?これ、ほんとに跳ねるよねって私も思ってたの。雲っぽいけどねぇ。」
と心配して、潰れる僕を起こそうとしてくれた。
ゆのはやっぱり優しい、と思って見上げると、唇に力をいれて、笑いをこらえるゆのの顔が見えた。
ついでに、頭をヨシヨシしてくれるけど、僕は誤魔化されないぞ!
「こういうとこも、とあくんらしい可愛さなのよねー。」
って嬉しそうに言うけど、ちょっと待ってほしい。僕はスマートな猫を目指してるんだ。
ただ、ゆのの言葉はみんなの意見と一致したようで、僕は生暖かく見守られながら、よいしょとソファーによじ登るしかなかった。
* * *
ソファーに上がったときには、机も出ていて、それぞれの前に好みの飲み物まで、出現していた。
「少し難しい話にもなるし、喉も適当に潤しておくれ。」
そう言って、お父上は話し出した。
「まず、これを覚えておいてほしい。これはな、ワシだけでなく他の神々からの総意として話しておるということを。」
これは、かなり大きな話みたいだ。頷いて、話の続きを待つ。
「そして、この話はエルトアとゆの、2人が関わることになる話じゃ。」
突然名前を出されたゆのが、びくんと身体を震わせる。
小声で
「びっくりしたぁ……。油断してた…。」
とぼそぼそ呟いてる。
いや、それ、周りは神だからみんな聞こえてるけど。
そして、小声とはいえ、この緊張の糸が張り詰めた場面で、声が出せるゆのの大胆不敵さに、改めて感心する。ほんとに普通の人間なのか、怪しくなってきた。
「うむうむ、まぁこれから話すのは二人への依頼じゃな。ざっくり言うと、邪神が残した残滓と、それと共に散らばった兄神の欠片を集めて欲しいという話じゃ。エルトアにしかできぬことで、まぁ使命といってもよかろう。」
ざっくりとんでもない話出してきた。
赤ちゃん神と揶揄られたのは、ついこの間なのに。
ゆのはどこまでこの世界の知識があるのだろうか。
顔を見ても、理解してるのかしてないのか、全く分からない無表情を貫いている。
今回はぽかん顔は使わないらしい。
まぁ僕も理解してないんだよね。
これから、お父上、説明してくれるよね?
二人で無言でいると、
「ま、そういう訳での、ゆのはお世話係で愛し子じゃし、二人で一緒に旅をしながら、使命を全うしてくるのじゃ。」
あ、完全に説明端折られた。
なんなんだ。
「父上、少々よろしいですか。」
とここでリグナス兄上が口を挟む。
「きっと、今の説明だと、この二人には何も伝わってないと思いますので、私の方から補足説明をしたいのですが、よろしいですか。」
おぉ、リグナス兄上、さすが知と秩序の神だけある。ありがたい。
鷹揚に頷くお父上。
「リグナス兄上、よろしくお願いします。」
許可が出たのをみて、僕からもお願いをする。
眼鏡をクイッとした兄上は、キリッとして話し出した。
「こういうのは、私が得意ですからね。今から説明しますが、この世界の知識がかーなーり、出てきます。ゆのさんは、分からないところが出てきたら、途中でも聞いてくださいね。」
「はい、分かりました。お手数おかけします。」
ゆのは頭を下げたあと、真剣に兄上を見つめた。
「この世界で、神々と邪神との争いがあった話は聞いたでしょう。邪神は、私の弟で、元々は奉仕と勤勉の神でした。闇に飲み込まれた彼の力は強かった。最終的に争いを終わらせたのは、私のすぐ下の弟である武と正義の神のヴァリオン。彼は、自分の身を犠牲にして、邪神と共に消滅し、世界を救いました。」
どちらの神も僕の兄神だ。
衝撃の最期は、今初めて聞いた。
僕だけ他の世界に逃がしてもらっていたのが、申し訳なく感じる。
ふぅー、と息を吐きながら、お父上は目を瞑りながら言葉を漏らす。
「世界を救うにはそれしかない、というヴァリオンの言葉に、ワシは頷いてしまったのじゃよ……。」
重い沈黙がたちこめる。
経験した者たちは、思い出しているのか、俯いたり、顔を覆ったり、涙を流したりして、感傷に浸っている。
誰も言葉を発せるような雰囲気ではなかった。
なのに、
「その後に問題が残りましてですね…、」
さすがのリグナス兄上は、そのまま変わらない口調でぶっ込んできた。
声に、ゆのがまたビクッてしてるよ。
「消滅した際に、邪神の残滓がこの世界に散らばってしまったのです。それに気づいたヴァリオンが、急いでこの世界に自身の身を削って欠片を残し、その欠片が残滓の後を追ったのだ。欠片は今も残滓の傍らで、闇の力が広がるのを抑えている。」
初めて知る情報が多すぎる。
そんなことがあったなんて。
相討ちにとどまらずに、お互いがこの世界に残したもの同士も、まだ戦っているのか。
けれど、僕である必要があるのだろうか。
チラリとゆのを見上げると、気付いてくれて、いいと思うよ、という風に頷き返してくれる。
僕は意を決して疑問を伝える。
「リグナス兄上、僕の力はまだ未熟ですし、僕が戻る前に残滓を浄化して、兄神の欠片を集めることは出来なかったのですか。」
僕の言葉に、そこなんだよエルトア、と眼鏡を光らせる兄上。
「この世界にいた我々は、邪神と敵対し争った記憶がある。それ故、この残滓を浄化しようとしても、癒すのではなく裁きになってしまう。それでは、世界の調和を保つ鎮魂はできない。」
癒すのではなく裁きになる……それでは浄化出来ないはずだ。
「つまり、癒しとは、傷ついた魂に寄り添い、力を静かに手放させること。裁きとは、その力ごと断罪すること。似て非なる行いなのですよ。」
そして僕を鋭く見つめてこう言った。
「今回それができるのは、エルトア、お前だけだ。」
ビシッと指差す幻が見えた気がした。
「な、なんで……。」
急に僕だけしかできないって言われて、声が震えてしまった。
どうして、僕なの。
これ、僕が背負うには大きすぎるよ。
その疑問に答えてくれたのは、お父上だった。
「エルトアはの、赤ちゃんの時にこの世界から避難した。過去の争いの記憶を持たないじゃろ。故に、無心で邪神の残滓を“祈り”で浄化し、兄神の欠片を集めて天に返すことができる、唯一の存在なのじゃ。お主は“誰も裁かず、ただ弔う”ということができるのじゃ。お主に頼むことで、神々の意見は一致しておる。」
分かるかの?とお父上は言って、僕の心を見透かすような目を向ける。
そうか。
僕は争いに直接は関わってない。
邪神とも会ってない。
何かしら思うところはあるけれど、恨みや執着などの、神が持つには好ましからざる強い感情を持つほどではない。
だから純粋に浄化に挑めると判断されたのか。
「はい。僕が唯一というのは分かりました。
ただ僕ではまだ力不足です。」
「もちろんそうじゃ。
なに、これは今すぐ行けというものではない。
エルトアは、そろそろ体も回復したし、下界の猫神殿に降りても良い頃合いじゃないかの。
そこで信仰を集め、神力が少し増えたところで旅立てばよろしい。旅をしながらも修行になるしの。」
なるほど、少し力をつけてなら、なんとかなるかもしれない。
ゆのも僕を見て、優しく頷いてくれる。
二人なら頑張れるね。
「あの欠片はの、ヴァリオンの記憶と感情なのじゃよ。集めながら、ヴァリオンの神としての生き方や想いを知り、学ぶとよい。お主の成長にもきっと繋がるはずじゃ。」
それにな、と小さくお父上は続ける。
「セフィルを早く弔ってやりたいのじゃ……。」
……セフィル?誰だろう。
ゆのを見ると、知らないという風に首を横に振る。
「お父様、名前は……。」
セレフィーヌ姉上が、止めようとするが、お父上は力なく首を振った。
「この二人には、知らせておいた方がよかろう。ゆのは、知らなかったかもしれないがな、邪神になった奉仕と勤勉の神は、セフィルという名のワシの息子なんじゃよ。」
悲しそうな面持ちのお父上。そこで説明は途絶えてしまった。
聞き出せるのはここまでか。
と思った矢先、その先の説明を促すように、ゆのの声が響いた。
「猫神殿では、名前は伏せられて教えてもらいました。名を隠す理由はあるのですか。」
僕は諦めてしまったのに、必要なら創造主にも発言できるゆの。
優しいだけじゃなくて、こういう強さもあるんだよね。
核心をつく質問に、お父上はかすかにハハッと笑い、こう答えた。
「邪神になりかけたあやつにな、セフィルと呼びかけたら、その名で呼ぶな、と言われてしもうてな。
その時のあやつの目は、まだセフィルだった……でも、名を拒んだ瞬間、目から光が消えたような気がしてな……。」
窓の方に目を向けるお父上。
セフィル兄上の姿でも見えているのだろうか。
「思えばその時に、セフィルという神であることを諦めたのかもしれんのぅ。」
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は【第十五話 ライバルの予感】です。
聖獣がライバル?!
もふもふ不足気味でしたが、今回は少しモフれます。
お楽しみに!
第一章【第一の扉 あの子の隣が私の居場所】は、全16話で完結となります。
最終話まで、1日1話ずつ、夕方に投稿していく予定です。
どうぞ最後まで、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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